第53話 商人ギルド
「こちらが会員カードになります。これでケイタさんは商人ギルドの一員と認められ、許可が下りた物に限り売買が出来るようになります。」
敬太は冒険者ギルドの依頼で手に入れた異世界のお金を手にし、手早くハイポーションを手に入れる為に夕方の商人ギルドに来ていた。
冒険者ギルドではお金を受け取ると何も言われずそのまま帰され、ゴーレムの件については触れてくる事は無かったのだ。まぁ何か言われても「ゴーレム使いました」としか答えようが無かったので助かったのだが・・・。
冒険者ギルドには泳がされているのか、情報がそこまで出回っていないのか分からないが、兎に角、敬太にはまだ猶予がある様だった。
前回、商人ギルドに来た時は一文無しだったので門前払いを受けてしまったが、今回はちゃんとお金を持っていたので簡単に会員カードを作ってもらう事が出来た。
「それで早速なのですがこちらを買い取り、または販売する許可を下さい。」
「これは何の肉ですか?」
「はい、豚の塩漬けです。多分ラッシュボアに近い物かと思うのですが・・・。」
前々から異世界のお金を手にれる為に売ろうと考えていたハム、正確にはロースハム400g1,980円を取り出し、商人ギルドの職員に見せてみた。
「なるほど。売り物になるかどうか、少し味見をさせてもらってもいいですか?」
金髪を後ろに撫で付ける所謂オールバックにしている目つきの鋭い商人ギルドの職員が、取り出したハムに興味を示し、食べてみて良いか聞いてきた。
「もちろんです。このまま齧りついても、薄切りにしてパンに挟んでも、厚切りで炙ってステーキの様にして食べても、それぞれの味が楽しめると思います。」
ダンジョンの改札部屋のネットショップで買ったハム。ビニールの真空パック状態で買えるものだが、異世界に合わせてビニールを剥がし紙に包んでおいた、手のひらサイズの肉の塊を、職員の方に押し出し食べ方を説明した。
「モグモグ・・・美味し!獣の臭みは一切なく、柔らかくて旨味が溢れ出してくるではないか!」
「お口に合ったようで良かったです。」
商人ギルドの職員はカウンターの下からサッと小さなナイフを取り出し、慣れた手つきでハムを切り取り、口に放り込んだかと思えば、怒涛の勢いで感想を述べ始めた。味の方は満足してくれたように感じるが、販売の方はどう判断するのだろうか。
敬太は異世界のお金を集めるために来ていたので、無駄使いをする訳にはいかず食事は全てダンジョンから持ち込んだもので済ませていた。その為、異世界の味の基準が分からず、このハムが美味しいのか、売れるような物なのか判断出来ないまま商人ギルドに持ち込んでいた。唯一の異世界の知り合いモーブ達には絶賛だったので大丈夫だと思っていたが、戦闘奴隷だったモーブ達だと異世界の知識が偏っていると言うのが嫌と言う程分かって来ていた昨日今日だったので、少しドキドキしながら職員の出方を見ている。
「数はどれぐらいあるのですか?」
「今日持ってきているのは900個ぐらいです。」
「なんと!なるほど、そうですか。」
本当は、ハムは1,000個持って来ていたのだが、無一文だった時に小銭をごまかす為、何個か配ってしまっていたので、ぴったり1,000個はもう無い。その為、確実にある900個という中途半端な数になってしまっていた。
商人ギルドのカウンターで向かい合って対峙しているオールバックの職員は、敬太が用意して来ていると言っているハムの数に一瞬疑惑の目を向けたが、椅子に座りながらも大事に抱いているハードシェルバッグをチラッと見て勝手に納得していた。きっとまたマジックバッグ持ちだと勘違いしてくれたのだろう。
「少し大きな商談となりそうなので、私一人では判断できかねます。なので上役と相談してきたいのですが、よろしいですか?」
流石に、ハムを900個も取引するとなると大仕事になる様だ。
「ええ。構いません。こちらのハムは見本として渡しますので、それを持って行って判断して下さい。」
「助かります。それでは応接室の方に移動して頂けますか?」
どうやら、ハムの話を前向きに進めてくれる様なので、職員の案内に従いカウンターから奥の個室に移動する。
ドアを開け案内された部屋に入ってみると、応接室は冒険者ギルドのそれと変わりは無く、殺風景でテーブルにソファーというお決まりの感じだった。
コンコン
しばらくすると応接室にドアをノックする音が鳴り、先程のオールバックの職員ともう一人、多分話にあった上役と思われる小太りでおかっぱ頭のおっさんが入って来た。
「始めまして、コネルトと申します。」
小太りでおかっぱ頭のおっさんが手を差し出し握手を求める形で名乗ってきたので、敬太も手を差し出し握手をしながら名前を告げた。
「先程商人ギルドの会員になったばかりのケイタです。よろしくお願いします。」
「あっ申し遅れました、キーファです。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
上役のコネルトを握手を交わしていると、先程まで対応してくれていた金髪オールバックの職員が思い出したように名乗りをあげ、手を差し出してきたので、ついでにこちらとも握手を交わした。
「まぁまぁ、お座り下さい。」
コネルトが促し全員が席に座ると、応接室のドアが開き女の職員がトレーに乗せたティーセットを持ってきて紅茶っぽい物のを淹れてくれた。敬太はいきなりのお客さん扱いに少し戸惑ったが、そういう物なのだろうと、ひとり納得し出された紅茶に口を付けた。
異世界で初めて口にした飲み物なのだが、敬太は味の良し悪しが分かるほど肥えた舌をしていないので「うん紅茶だ」という感想しか出てこなかった。
「それで本日はどの様なご用件で?」
敬太が一息ついた頃を見計らい、上役のコネルトが口火を切った。あれ?また一から説明しなくちゃならないのかなっと思っていると、オールバックのキーファが思い出したように、手に持っていた紙に包まれているハムをテーブルに置いた。
「先輩、まずはこれを食べてみて下さい。」
「これは?」
「『ブタ』というラッシュボアに似た物の肉の塩漬けだそうです。」
キーファは上役のコネルトの後輩になるようで、コネルトを「先輩」呼びして敬太が渡していたハムを一切れ差し出している。
「モグモグ・・・これは・・・美味いですな。臭みがなく、柔らかい。」
「でしょう。」
何故かキーファが嬉しそうにしている。敬太からは特に説明する事がない程しっかりキーファが説明してくれたので、特に口出しはしないで2人のやりとりを見ている事にした。
「これが900個あるらしいです。」
「ふむふむ、なるほど。ケイタさんはこれを900個ギルドに売りに来た、という事でよろしいですか?」
「はい。そうです。」
「これだけの物ならば、間違いなく売れるでしょう。ですが、ギルドに売りつけるという形になるとケイタさんの手に入るお金は、小売りするより販売の手間分減ってしまいますが、それでもよろしいですか?」
「値段にもよりますが、基本的にはその形でお願いします。」
敬太が商人ギルドの会員になりたてと言ったからなのか、噛み砕き丁寧に教えてくれるように話してくれるのは、とてもありがたく好感を持てた。
本当は、自分の手で手売りしている時間が無いので、是非とも買い取ってもらって即金が欲しいと言いたかったが、それを言ってしまったら足元を見られるような気がしたので何も言わなかった。
「これは、どれぐらい日持ちする物なのですか?」
コネルトがハムについて質問をしてきたが、真空パックから出した状態でハムがどれぐらい持つのかなんて、正確な所は敬太は知りはしなかった。
「10日ぐらいなら問題ないと思います。」
「なるほど、生肉よりは持つ程度なのですね。」
当てずっぽうに、現実世界の生活での経験則で適当に答えてしまったのだが、これで良かったのだろうか。
「分かりました。キーファ、いくらにしますか?」
「はい、1個3,000リヤぐらいでいけると思います。」
「う~ん、少し高いかもしれません。この味なら問題なく捌けるでしょうが数が数なので・・・。ケイタさん、1個2,000リヤでどうでしょうか?」
なんだろう「リヤ」って。多分通貨単位っぽいんだけど、それがどの硬貨に対応しているかが分からない。
「すいません。1,000リヤだと、どの硬貨が何枚になるんですか?」
「ああ、これは失礼しました。1,000リヤは大銅貨1枚となっています。」
聞くは一時の恥と、思い切って聞いてみたが、案外あっさり答えてくれたので助かった。
金、銀、銅と異世界の硬貨を手にして、それからを街中のお店を色々見て比較してみていたのだが、敬太が考えていた異世界のお金の価値と、今聞いた「リヤ」でそれらがはっきりとした。1リヤ=1円でだいたい合っている感じがする。
100リヤ=銅貨=100円
1,000リヤ=大銅貨=1,000円
10,000リヤ=銀貨=1万円
100,000リヤ=金貨=10万円
これで換算すると話が分かりやすくなった。
1,980円で買ったハムが2,000リヤ。このドンピシャ具合で、伊達に商人やっている訳では無さそうなのが窺える。ここから小売り分の利益が上乗せされ、異世界の食卓に並ぶ事になるのだろうが、日本の美味しいハムならばそれぐらいの付加価値は付いてもいいと思う。
異世界のお金を手に入れる、言わば換金目的なので、多少安く叩かれようと構わないと思っていた。たとえ1個1,000リヤと言われても売るつもりだったのだ。なので損が出ないこの値段はありがたかった。
「分かりました。2,000リヤでお願いします。」
「そうですか。おーい頼む。」
敬太が言われた値段で良いと伝えると、コネルトがドアの前に立っていた女の職員に声をかけて何かカバンの様な物を持って来させて、それを後輩のキーファが受け取っていた。
「それではケイタさん。テーブルの上でいいのでハムを出していってもらえますか?」
「分かりました。」
値段が決まったので今度は納品となるようだ。
「亜空間庫」なら一気にハムを900個、どさっと取り出せるのだが、これが異世界で通じる方法なのか分からないので、面倒になるが1個ずつハードシェルバッグを経由する形にしてテーブルの上置いていく。冒険者ギルドのゴーレムの件もあるので難癖をつけられるような行動は控える様にしておいた方がいいだろう。
敬太が頭の中でカウントしながら1個1個ハムを取り出していくと、キーファが数を紙に記しながら、先程女の職員から受け取ったカバンにハムを詰め込んでいっている。10個、20個、30個・・・100個。明らかにキーファがしまい込んでいるカバンの容量を超えているように見えるのだが、誰もそれを不思議と見ていない。
なるほど、あれが話に聞く所のマジックバッグなのだろう。自分でも「亜空間庫」を使っているのだが、他人が使う所を見ると物凄い違和感を感じるものだ。
それから少し時間がかかったが、無事に900個のハムを納品する事が出来た。
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