3章 ハイポーション
第43話 マシュハド
ルシャ王国の西側にはアイン鉱山と言う山がある。豊富な鉱物が採れる国内屈指の採掘場だ。そこで採れた鉱物を、精製している工場が大きくなっていき、出来上がったのが鉱山の街マシュハドだった。金属が豊富な為、武具を作る鍛冶屋も次第に集まり出し、今では鍛冶の街としても有名になっている。
街の規模は首都に次ぐ大きさになっていて、魔獣除けに野面積みにされた壁が大きな街を囲い守っている。北と南の2か所には大きな門があり、門番が通過者をチェックしている様だ。主要な道は石畳で整備され、その上をひっきりなしに馬車が行き交っていて、街の繁栄が見て取れる。
そんなマシュハドの南門から大通りを進んですぐに、石造りの堅牢な建物があった。目の付く位置には看板が掲げてあり「冒険家 公会」と書いてある。
建物の中は入ってすぐにカウンターがあり、体つきの良い男達が鎧を着て思い思いの武器を身に着け、たむろしている。壁には文字が書かれている茶色い紙が、乱雑に張り付けられているのが特徴的だった。
そんな建物の中に板張りの床を鳴らし、1人の男が入って来た。この辺りでは見慣れない顔が入って来たので一瞬注目を集めたが、手ぶらで鎧なども身に着けていなかったので直ぐに視線は散っていった。
男は平たい顔をしていて、長い黒髪は後ろでひとつにまとめている。身長は175cmぐらい、中肉中背で特徴的な体では無い。背中には珍しい光沢があるカバンを背負いキョロキョロと部屋の中を見ながらカウンターへと進み、女の職員に話しかけていた。
「すいません。お金を持ってないのですが登録って出来ますか?」
「大丈夫ですよ。登録には大銅貨3枚かかりますが、初回報酬から天引きに出来ますので、今、手元に無くても問題ありません。」
「それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「冒険者ギルドに登録ですね。かしこまりました。」
女の職員は営業の笑顔を張り付けたまま、書類を差し出す。
「それではこちらにご記入をお願いします。代筆の方は使いますか?」
「あ、はい。いいですか?」
「代筆には大銅貨1枚かかってしまいますが、よろしいですか。」
「はい。お願いします。」
どうやら男は字が書けないようだった。
「ではお名前をお願いします。」
「ケイタです。」
「『ケイタ』ですね。」
「次に年齢を教えてください。」
「38歳です。」
「はい。38歳っと、最後にレベルの方をお願いします。」
「はい。ええっと22レベルです。」
「22っと。以上で結構です。今から認識票をお作りしますので少々お待ち下さい。」
女の職員は記入を終えた書類を手に、奥の部屋に消えていった。カウンターの前で手持ち無沙汰になり、あちこちをキョロキョロと見ている男は、ダンジョンからやって来ていた敬太だった。
敬太は先程このマシュハドの街に着いたばっかりで、南門から街に入り、最初に目に付いた、この冒険者ギルドにやって来ていたのだ。
「お待たせいたしました。こちらがケイタさんの認識票になります。」
「あっどうも。」
戻ってきた女の職員が渡してくれたのは「ドッグタグ」の様な、ネックレスチェーンに金属の小さな板がついた物だった。
「始めはアイアンランクからスタートとなりまして、ランクに合った依頼を達成しますと、ギルド独自のポイントが貯まります。そしてポイントが一定数に達しますとランクが上がり、上のランクの依頼が受けられるようになります。」
「なるほど、分かりました。」
「それから、こちらの認識票を無くしますと、手続きの上、再度手数料がかかりますのでご注意下さい。」
「はい。」
「以上で説明の方は終わりになりますが、何かご質問等はありますか?」
難しくない何処にでもある様な話なので、特に質問は思い浮かばない。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」
「いえいえ、ではまた何かありましたら気軽にお声がけ下さい。」
丁寧な女の職員だった。早速受け取った認識票に頭を通し、首にぶら下げた。
これで私も立派なギルド会員だな。
認識票には数字と名前が掘られていて、部屋の中にいる体つきの良い男達の胸元にも色とりどりの、金属の板がぶら下がっていた。色でランク分けをしているのだろう。ひとり納得し頷いた。
それから壁に乱雑に張り付けられている茶色い紙に目を向けた。紙には漢字のような文字と数字が書かれているので、たぶんあれが依頼書になるのだろう。
敬太は駆け出しのアイアンランクになるので、それに見合った依頼書を探す。
「ふむふむ・・・。」
読めない。
数字は知っているアラビア数字なので読めるが、文字の方が解読出来ない。知っている漢字があれば、知らない漢字も使われていて、見た感じ中国語の様に見えて、細かい所が分からない。
このせいで代筆して貰ったのだ。
腕を組んで依頼書とにらめっこしていると、不意に腰の辺りをチョンチョンと突かれた。
「代読しようか?」
見ると小学生ぐらいの男の子が立っていた。
「それは助かる。お願いしてもいいかい?」
「それじゃ、銅貨1枚ね。」
困っていたので渡りに船だとお願いした所、手の平を差し出してきてお金を要求されてしまった。ボランティアって訳じゃなかったのね・・・。
敬太は自分の甘い考えに苦笑いし、背負っていたハードシェルバックを開けて、中から1本のハムを取り出した。
「ごめんな。お金持ってないから、これでお願い出来ないかな?」
「えっ?銅貨1枚も持ってないの?」
「うん、だからその代わりにこれじゃダメかな?」
「何なのこれ?」
「これは肉だ。とっても美味しいんだぞ~。」
どうやらこの少年はハムが何かを知らなかった様だ。
「ふ~ん。まあいいや、これでいいよ。」
「助かる。それじゃ、これね。」
敬太は少年にハムを手渡し、代読をお願いした。
「おじさんは、えっとまだアイアンなのか、それじゃあこっちだね。」
少年は敬太の胸元にあった認識票を見て、少し端の方に移動して行った。
「アイアンはここら辺ね。」
少年が壁を指さし教えてくれた。それからどんな依頼を受けたいのか、どれぐらい稼ぎたいのか聞かれ、敬太はしばらく悩んだが、最終的には少年にお任せする事にした。なんせ敬太には異世界のお金の価値が分からないし、一般的に1日どれぐらい稼ぐのかも分からない。したがってギルドでどんな依頼を受ければいいのか、さっぱり見当もつかないのだ。
「それじゃあ、これでいいと思うよ。えっとね薬草取りね。20本で大銅貨4枚。」
「そうか、薬草20本ね。ありがとな。」
「これをカウンターに持っていけば大丈夫だよ、うんとね薬草は北門から出てアイン鉱山の麓の森に生えてるからね。」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございました。」
少年に依頼の説明をされ、剥がした茶色い依頼書を受け取ってカウンターに向かう。
「すいません、これお願いします。」
空いているカウンターに行き、座っている職員に剥がして来た依頼書を渡す。
「はい。受け付けました。」
職員は敬太の胸元にチラリと目をやり、何か数字を書類に書き込んだだけだった。
まぁこんなものかと思い、外に出ようと歩きだしたら
「あ、ちょっと、これは持っていって下さい。それで依頼が終わったら報告と一緒に提出して下さいね。」
職員に呼び止められ、敬太が剥がして来た依頼書を渡された。
なるほどね、そういうシステムなのね。
「すいません、初めてだったもので。ありがとうございました。」
「いえいえ、初めてでしたか。気を付けて行ってきて下さい。」
そんなやり取りを、先ほど代読してくれた少年に見られていた様で、気恥ずかしくなり軽く手を振ると、少年もハムを小脇に抱えながら手を振り返してくれた。
冒険者ギルドから出て、石畳で整備された広い道を北門方向に歩いていく。冒険者ギルドは南門からすぐなので、ここから北門までは結構な距離がある事になる。北門まで行ったことが無いので正確な距離は分からないけど、自動マッピングで見える頭の中の地図から考えると2km~3kmはありそうなので、歩いたら1時間ぐらいかかるだろうか。
折角の初めての街なので、散策気分で歩いていく事にした。
大きな通りを歩いていると、さっきから馬車が何台も通りガタガタと音を鳴らし、歩く敬太を抜かしていく。きっと乗合馬車みたいなものもあって、座っているだけで北門に運んでくれる馬車もあるのだろう。そのうち1度は乗ってみたいものだな。
看板に書いてある読める漢字と店構えで、宿屋、酒場、武器屋、防具屋あたりはすぐ見つかり、異世界の生活を目にし感動した。武器屋の武器、防具屋の防具なんかは、中世ヨーロッパの博物館でも見物している気分になり、店先でしばらく眺めてしまっていた。
道を進むと雑貨商と言うのか、雑多な物が並ぶ店が見えてきた。店内をパッと見て通り過ぎようとしたが、おばあちゃんが座るカンンターの奥に並ぶ、リップクリームぐらいの小瓶を見つけ足を止めた。あれポーションだろ。
敬太が街までやって来た大きな理由の一つが、ポーションより強い回復薬を探す事なので、これは調査しない訳にはいかなかい。
店内に入り奥の棚に並ぶ小瓶を端から「鑑定」にかけていく。ポーション、マジックポーションと知っている物が沢山あったが、肝心のポーションより強い回復薬が見当たらない。
「すいません。ポーションより強い回復薬っていうのはありませんか?」
カウンターに座るおばあちゃんと目が合ったので、聞いてみる事にした。
「ああ。ハイポーションはうちには無いよ。」
「えっそうなんですか。」
「うちは、しがない雑貨屋じゃからね。欲しいなら、冒険者ギルドか薬屋に行けば売ってるじゃろ。」
ポーションより強い回復薬、ハイポーションと言うのが違う所に売っているらしい。
「強い回復薬がある」っていう確認が出来たので有意義な情報だったが、まさか冒険者ギルドにあっただなんて盲点だった。
この雑貨屋のおばあちゃんに薬屋の場所も聞きだし、お礼を言いハムを渡すと喜んでくれた。この「お金が無いならハムを渡そう作戦」は先程ギルドで代読してくれた少年にも使ったが、実は街に入る時に南門の門番さんにも使っていた。
街に入る時の通行料が払えなかったので、ハムとベーコンを握らせるとすんなり通してくれたのだ。余分に持って来ていて正解だったよ。
来た道を戻り、冒険者ギルドに行くのは気が引けたので、雑貨屋を出て大通りから少し逸れた道を進み、教えてもらった薬屋に来ていた。
「药店」と看板があるが、ここで合っているのか不安になる。何かの店なのは読み取る事が出来るのだが、何の店なのかは外見からも分からない。この辺りに他に店らしきものが無いので、雑貨屋のおばあちゃんに教えてもらった所で間違いないと思うのだが、入るのに勇気がいった。
「すいませ~ん。」
恐る恐るドアを開け、店内に顔を入れる。
店内は得体の知れない物が色々と並んでいて、独特の匂いがする漢方薬のお店の様だった。
店の奥からは何か作業をするカチャカチャと言う音が聞こえて来たので、もう一度声をかけた。
「すいませーん。」
「ちょっと待っとれ!」
すかさず、ちょっとイラついた感じのおばあちゃんの声が奥から飛んできたので、素直に待つことにした。
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