第12話 ロウカスト

「ジリリリリリリーーーーン」


 スマホの目覚ましが鳴り響く。


 寝たまま手に握りしめていた、布団叩きを見て状況を把握する。予想通り、あのまま意識を失ってしまったようだな。ちょっと実行するのは怖かったが、体に異常は無いようだし意外と目覚めが悪くないので、結果としては良かったのだろう。


 スキル使用8回目で、症状が現れ。9回目は意識を失う。安全に使うなら7回までかな。面倒な確認作業だけど、謎のシステムの把握が1歩前進しただろう。これはダンジョンで安全にスキルを使う為の大きな1歩だ。




 それから連日ダンジョンに潜り、スキルを7回だけ使ってすぐ帰るのを繰り返し、7回までなら何も問題ない事を確認できた。




 仕事が休みの日。いつもより少しゆっくりしながら、父親の世話をする。流れで敬太自身も身支度を済ませる。今日もダンジョンに向かう予定なのだ。


 部屋にあるダンジョン用の荷物を取りに来たが、そこでふと思い出しウエストポーチを開ける。サラ金にお金を返済して、手元のお金を使い切ってしまっていたが、スキルの検証の為に平日も足繁くダンジョンに通ったせいで、現金が増えていたので、出発前に数えておきたかったのだ。忙しく仕事とダンジョンとの二重生活を送っていたので、お金の管理がおざなりになっていたようだ。


 スキルを使い切ってすぐにダンジョンを出てしまっていたので、たいして稼いでないと思っていたのだが、ちゃんと数えて見ると66万円もウエストポーチに入っていた。塵も積もれば何とやらですな。

 


 いつものスーパーに寄り半額弁当とお茶3本。自炊で弁当を作るより安く上がるので毎日のように買っている物だ。レジのおばちゃんの顔も覚えてるし、常連と呼んで差し支えないだろう。



 自転車を止め、駅構内を歩き、いつもの改札へ。


「ピピッ」


 ススイカをかざすと電子音が鳴り、改札部屋へと到着した。


「ピッ」


 ロッカーを開けて、着替えを始める。オレンジ色の防護服にモトクロスバイクのヘルメット。ライトを点灯したら扉を開けて外に出る。


 今日は仕事が休みなので、前々から考えていたポーション関係の検証をしたいと思っている。



ポーションを飲めばスキルを使いすぎた時の症状を収める事が出来るのか?

ポーションを飲めば筋肉痛まで治るのか?

ポーションを飲めば元気が出るのか?



 他にもあるが、この辺を色々検証して色々知りたいのだ。その為には、まずは準備からしないといけないだろう。


 さて、ポーション集めと参りましょうか。



 左手沿いに壁を進み、天井がアーチ型のトンネルまでやって来た。今までニードルビーやピルバグは、たくさん倒しているのだがポーションを1個も発見できていないので、ポーションを手に入れるにはブレイドラビットを狩らなければならないのだろう。

 この考えは、おそらく間違っていないと思う。なんせ今まで手に入れたポーションは、全部ブレイドラビットが落としているのだ。


 動物なので未だに倒すのが抵抗があるし、群れでいるのもよろしくないが、それらを考慮した上でもポーションの可能性は魅力的だった。


 ハンディライトでトンネルの中を照らしてみると、さっそくブレイドラビットが1匹現れた。中型犬ぐらいの大きさのウサギは、鼻をヒクヒクさせてこちらの様子を伺っているようだ。


 やはり対峙すると殺りにくい。愛くるしい顔つきで敬太を見つめてくるモフモフ・・・。やめろ、そんなつぶらな瞳で見つめるな。敬太は、犬猫問わず動物大好き人間なのだ。


 もはや戦う前から心の何かが削られるが、それでも進むのだと決めて来ていたのが良かったのかもしれない。木刀「赤樫 小次郎」の一太刀でブレイドラビットを倒す事が出来た。


 ブレイドラビットは煙に包まれ1万円札を落として消えていったが、ポーションは落としていなかった。


 お金を拾い、トンネルを先に進むと部屋にでる。正面には壁があり、左と右にトンネルがある分岐の部屋だ。広さはバスケットコートぐらいなので十分に持っている明かりが届く範囲だ。部屋の中をハンディライトで照らすと、3匹のブレイドラビットがいた。


 背中から木刀を抜き構える。大丈夫だと自分に言い聞かせながら、ブレイドラビットに向かって近づいていく。


 ピクリとブレイドラビットが反応して一気に距離を詰めてきたが、敬太は落ち着き、動きを合わせてカウンター気味に額に木刀を叩きこんだ。すると、鈍い音を残しブレイドラビットは地面に倒れ込んだ。

 

 ここで気を抜いてはならない、何故ならブレイドラビットは連携してくるからだ。すぐに他に目を向けると1匹は横に回り込み、もう1匹は足元に突っ込んで来ていた。油断ならないな。


 振り抜いてしまった木刀の返しが間に合わず、膝の辺りを噛みつかれた。圧迫するような圧が膝辺りにするが、それ以上の痛みは無い。木刀を振り噛みついているウサギの腹に叩きこむ。


 ウサギは噛みついていたのを放し「キキー」と声を上げた。痛いよな・・・分かっている。ここで怯んではいけない。跳ね上げた木刀を強く握り、体重を乗せもう一度振り下ろす。一瞬ウサギは木刀を避ける様に動いたが、間に合わず地面に倒れていった。


 さて、残る1匹はというと敬太の後ろまで回り込み突っ込んできていた。中型犬ぐらいの大きさの、ウサギの引っかき体当たりアタックは、なかなか強烈でドスンと重さがあった。敬太は後ろからの衝撃につんのめり倒れそうになったが、なんとか踏ん張り後ろを振り返と、斜め後ろにアタックを決めたウサギがいた。


 悪くない位置だ。足を一歩出し、後ろに振り向く捻りを利用して野球のスイングをした。木刀は鋭い軌道でウサギの鼻っ柱に吸い込まれていき、カコッっと硬い音を響かせた。それから直ぐにウサギは煙に変わっていった。


「ふぅ~。」


 ひとつ息を吐き、もう一度部屋の中をぐるりとライトで照らすが、他にウサギは見当たらなかった。


 木刀を背中にしまい噛みつかれた膝を見たが、チェンソー用の防護ズボンには穴や傷は無くなかなかの防御力を示していた。これならば大丈夫だろう。


 それから落としたお金を回収したが、肝心のポーションはまた落ちていなかった。前回は33匹倒して3個拾う事が出来たので、落とすのはそれぐらいの確率なのかもしれない。まだまだ分からない事だらけだ。


 入って来たトンネルを背に右側のトンネルの先には、数多くのブレイドラビットがひしめいている絨毯部屋がある。近づくのは危険だろう。


 逆の左側のトンネルは、まだ行ったことがないので、ここは迷わず左側のトンネルに進むとしよう。



 ハンディライトでトンネルの中を照らすと、先が大きく右に曲がっていて見通せなかった。何処も似たような作りのトンネルだなと思いながら歩みを進めていく。


 ゆっくりと大きく右に曲がって行くと、ブレイドラビットが2匹ライトに照らされて見えた。立て続けにウサギ退治だな。

 

 少しウサギに慣れてきたのか心の揺れは大きく無く、案外あっさりと木刀を打ち込めて倒す事が出来た。だいぶ堕ちたのか染まったのか・・・気が楽になっていた。


 ここで1本ポーションを拾う事が出来た。ブレイドラビット6匹目にして1本。どうやら考えは間違っていなかったようだ。



 トンネルが終わり先が開け、また部屋に出た。正面には下りの階段が見える。ハンディライトを振り回し部屋の中をあちこちを照らし出すと、ブレイドラビットを5匹発見した。


 敬太は急ぎ足で部屋の隅に陣取る。少し数が多いので安全策だ。壁を背にし、ブレイドラビットに木刀を叩きつけていく。1匹倒すと、また1匹と連携をとるように次々に飛び込んできたので思いの外、早く片付ける事が出来た。


 少し息があがってしまったので、ゆっくりとお金を拾いながら息を整える。


 リュックからお茶を取り出し、口にする。小休憩だ。グッと腕を伸ばしたりして体の具合を確かめるが、まだ大丈夫そうだった。もう少し頑張ろうか。



 下りの階段の先をハンディライトで照らし様子を見る。下った先には踊り場が見え、そこから先は見えない。ウサギや蜂が居る様子はなく、生き物は見当たらなかった。


 踊り場まで降りると、階段の先は折り返しており180度回れ右する格好で残りの階段があった。


 最後の階段を下り切ると開けた場所に出た。ハンディライトで照らし、左から右へゆっくりと光の帯を動かしていくが何も無く、何も照らされなかった。


 軍用ハンディライトで届かないぐらい遮蔽物が無い広い空間のようだ。迷子にならないように左手の壁沿いに移動する。


「チキチキ・・・。」


 遠くから虫の鳴き声の様な音がする。何の音だろう?見当がつかない。ハンディライトで鳴き声の様な音がする方を照らすが、何も見えない。


「チキチキチキ・・・。」


 気になる。壁から離れてしまうと迷子になりそうだから壁際から離れたくないのだが、少し様子を見て来よう。得体の知れない鳴き声の様な音に恐怖7割、好奇心3割だ。


 木刀「赤樫 小次郎」を背中から抜き出し、地面を引きずりながら歩く。万が一、どちらから来たのか方角が分からなくなってしまった時の為に地面に線を引いておこう。

 

「ガガガッ」


 壁から手を放し、線を引きながら音がする方向へ。何もない空間を進んでいく。


「チキチキチキ・・・」

「ガガガッ」


 地面に線を引く音と、虫の鳴き声の様な音だけが、暗闇の中響いていた。懸命に音がする方向をハンディライトで照らしながら進む。


「チキチキチっ」


 突然、鳴き声の様な音が止まった。その瞬間ハンディライトの光の帯の前を何かが横切って行った。慌ててハンディライトを振り、影を追いかける。


「うわっでかっ!」


 大きさは手漕ぎボートぐらい、色は肌色と緑色。種類とか全然知らないけどバッタ系の生き物だった。急いで鑑定を使う。



『鑑定』

ロウカスト

見た目はトノサマバッタ

地面を跳ねて飛んだ後に長めの翅を拡げて

長い距離では数十メートル程も飛翔する



 トノサマバッタのロウカストか。コイツも倒せば煙に変わるのが分かるな、鑑定のチカラだろう。

 

 15mぐらい先でじっとしているロウカストを観察していると鳴き声の様な音がした。


「チキチキチキ」


 ロウカストは飛び跳ねたと思ったらそのまま敬太に向かって飛んできた。翅が大きく広げられ、体全体がさらに大きく見える。なかなかの迫力に全力で避けた。


「わああああ。」


 声を出して、横っ飛び。ロウカストの飛ぶスピードは速くは無いので、簡単に避けられたが驚いた。虫って急に飛ぶから嫌いなんだよ・・・。


 飛んで行ったロウカストを見ると先の方にに着地していた。急にバッタに飛ばれてビックリし腹が立った敬太は、それを見てぶっ叩いてやろうと駆けだした。


 背後からロウカストに迫り、木刀を容赦なく振り下ろす。


バスン


 ロウカストの翅を折り、腹に木刀がさく裂する。決まったなと思っていたら、一瞬敬太の目の前が真っ暗になって、気が付くと地面に転がっていた。


「うううぅ・・・。」


 腹が殴られたように痛い、打撃系ダメージだ。腹を押さえ丸くなる。あの大きな後ろ脚で蹴とばされたか・・・。チェンソー用の防護服を着て、防刃ベストも着ているが打撃系の衝撃は貫通してしまう。


 ロウカストに追撃されたら嫌なので地面に倒れたまま様子を伺うが、ピョンピョン跳ねて小さな円を描きながら、方向転換していた。どうやらどんくさい奴のようだった。


 この隙に、敬太は痛めた腹を押さえながら立ち上がり、走り出してロウカストととの距離を一気に詰める。


「強打!」


バスン


 いい手応えだ。木刀が当たった翅の付け根は折れ曲がり、垂れさがる。これで飛翔することは封じ込められただろう。しかし、まだロウカストを倒すまでには至っていなかったようで、煙が噴き出してこない。威力不足だったようだ。昆虫系は硬いなぁ。


 ロウカストは翅が折れているのにピョンと飛び跳ね、敬太を飛び越えていった。太く大きな後ろ脚の蹴りに警戒して備えたが、ロウカストが蹴とばしてくることは無く、続けてピョンピョンと跳ねていた。


 ちょうど敬太と正面で向かい合う位置にまでロウカストが方向転換して来ると、そこでピタリと動きを止め触覚だけを動かしている。こちらの様子を伺っているのだろうか。敬太も木刀を構えて向き合った。


 ロウカストととの視線の高さはあまり変わらない。手漕ぎボート程の大きさのトノサマバッタ。マジでかい。大きな目、動く触覚、凶暴そうなアゴが目に入る。こいつに噛みつかれたら腕ぐらい引きちぎられるんじゃないかと考えてしまう。


 今更ながら怖くなってきた。

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