冒険者の街‐1

 数時間後、日も完全に沈んだころ、ある違和感に気が付いた。


「食事が……ないな」


 そう、もう異世界に来てから半日以上たったというのに、食事をとっていない。というか、アイラに関しては、食事を気にする素振りもない。女神は食事をとらないのだろうか?


「なぁ、食事はしなくていいのか?」


 思い切って聞いてみることにした。無いなら無いでいいのだが。


「え?あぁ、神殿の中にいる内は、とらなくていいわよ。私の栄養は人々の信仰心だし、あんたはその私の眷族。ここにいればエネルギーは自動で供給してくれるわ」


 便利な体になったものだ。できればこの体で永遠とネトゲをしていたかった。……いや、飽きるか。


「あぁ、何か食べたくなったら街へ出ればいいわ。ここ、一応この世界の中心地だし、栄えてるわよ」


 それに、と付け加える。


「私だって時々、何か食べたくなるもの」


「そういう時アイラはどうしていたんだ」


「この神殿の神官にお供えさせたわ」


「便利に使うんだな」


「でも、そうすることによって私を実感させることも出来るのよ?お供え物が本当になくなった!ってね」


 上手い関係なわけだ。確かに実感できない不確かなものを信仰するよりも、信仰甲斐がある。それに、彼女は彼女でより信仰心を得られる。


「でも、やっぱりお供え物だから、儀式的なものだし、冷めちゃってるし、味は微妙なのよね」


「アイラも味は気にするんだな」


 普段から食事はとらない訳だし、そこまで食に拘りがあるものとは思っていなかった。それに、女神への献上品なのだ、それなりに良いものだろう。


「するわよ!はぁー……前一度だけ食べた酒場料理の味が忘れられないわ……」


「そんなもの女神が食べていいのか?」


「この世界の神は私よ?私が決めるわ」


 この女神、俺の乏しい空想ですら女神は神聖なものだと定義来ていたのに、どこまでそれを無視するんだ。


 いや、どうせ女神らしくないのは彼女だけだろうが。


「あ!!!」


 突然彼女が叫ぶ。その顔は喜びに溢れていた。


「な、何だ急に」


「私、思いついちゃったわ!──おつかいよ眷族!あんた酒場の料理持ち帰ってきなさい!」


「アイラが行けばいいだろ」


「だーかーら!私は正体がバレたらまずいの!さっさと行ってきなさい!」


 そう言うが否や、彼女は俺の足元に手を向ける。すると、突然魔法陣が現れ、回転し始めた。


「はは……どこかで見たことのある光景だなぁ!」


 俺がそう叫ぶのと同時に、また光に包まれた。足場がなくなった。さらに、高速で移動しているのかと思った。光の中を、飛んでいるような感覚。


 光が薄れてくると、足が地面に着いた。視界を取り戻す。そこは、やはりというか、神殿の外だった。街灯りが下に広がっていた。どうやら、よりも高い、丘の上にこの神殿は建っているらしい。


 なだらかな丘の斜面には、街へ一直線にのびる階段が造られていた。それを降りて街へ向かう。


 流石に夜にもなると礼拝者は居ないらしい。階段を降りきるまで、誰ともすれ違うことは無かった。


 街へ出ると、さっそくメインストリートに出たようだった。商店街の門のようなものがあり、道沿いに様々な店が出ていた。


 通行人は、普通の人間もいれば、ネコや犬のような耳が頭についている人、耳のとがっている人もいた。


 その多くが、剣やナイフ、ハンマーといった武器を腰からぶら下げていて、鎧や胸当てのような防具を着けていた。


「冒険者たちね、ヒューマンから妖精族、やっぱりこの時間は盛んね」


 不意にアイラの声が聞こえた。まさかついてきたのだろうか。


 いや、それはないだろう。もしそうだとしたら気配を感じるはずだし、そもそも彼女は神殿から出にくい存在なのだ。


「ここよ、ここ。あんたの胸に、宝石のネックレスかかってるでしょ」


 そう言われて自分の胸元を見やる。すると、つけた覚えのない赤い宝石のネックレスがかかっていた。どうやら、声もそこから出ているようで、声がするたびに淡く光る。


「あー、言ってなかったわね。それは私の魔力の結晶よ。それがあれば私はあんたの居場所も把握できるし、会話もできる。ちょっと頑張れば視界だって共有できるの。便利でしょ」


「便利なのはいいが、周りに聞こえたりはしないのか?明らか怪しいぞ、これは」


 こんなファンタジーの世界だ。こんな魔法道具もあるだろうから、女神だとは思われないだろう。だが、一人で喋ってる人のように見られる可能性もある。それはさすがに恥ずかしい。


「大丈夫よ、私の魔力が流れている人にしか聞こえないわ」


「わかった、ところで、酒場とやらはどこだ?」


「そうね、酒場は結構あるけれど、ギルドにある酒場に行ってみたら?」


「ギルド、とはなんだ」


「ギルドっていうのは、この街の中心施設みたいなものね。冒険者たちの集会場だったり、酒場が入っていたり。宿泊もできるわ」


「では、先程からいる人々は、格好からして冒険者たちということか」


「そうね、彼らは街をモンスターから守ったり、外まで出て狩りをしたり、洞窟やダンジョンの探索もしたりするわ。それを支える商品を売ったり、帰ってきた冒険者の食事処だったり。そうやってこの街の経済は回ってるわ」


 いかにも異世界ファンタジーといったところだ。強大な敵を倒したり、依頼をこなしたり、財宝を求めてダンジョンに潜る冒険者。そしてそれを支える人々。それによって成り立つ街。


 見たり読んだりしてもあまり面白くはないが、いざ自分が体験するとなるとワクワクするものだな。


 とりあえず、アイラの言うとおりにギルドとやらに行ってみるか。


「ギルドはどこにある?」


「この通りをまっすぐ行ったら道沿いにあるわ。見た目ですぐにわかると思う」


 わかった、と答え歩き出す。それにしても、本当に賑わっている街だ。多くの声が飛び交っている。店の店員の呼び込み、冒険者達の雑談、今までの俺ならただただ嫌っていたが、不思議といい気分だった。


 数分ほど大通りを歩いていると、右手に明らか他とは違う大きさの建物があった。さらに、多くの冒険者が出入りをしている。


 より一層の賑わいを見せるそれに、俺は一歩足を踏み入れた。

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