天誅! サンタさん

沢田和早

サンタ、討つべし!

 大主教セイント・ニコラウスはミラの街を歩いていた。すでに日は暮れ、雪がちらつき始めている。人通りの絶えた通りを急ぎ足で進んでいたニコラウスは、とある家の前で足を止めた。


「金は天下の回りもの。隣人にさちあらんことを」


 懐から金貨の入った袋を取り出し、家の中へ投げ入れる。身売りされようとしている娘を助けるための金だ。両手を組んで短い祈りを捧げた後、ニコラウスは足早に立ち去ろうとした。が、その時、


「見つけたぞ、このサンタ野郎め」


 下品な言葉と共に現れたのは奇妙な格好をした男だった。突然の出来事に驚いたニコラウスは、努めて平静さを装って男と対峙した。


「失礼ですが、ひょっとして私に呼び掛けたのですか」

「そうだよ、あんたに言ったんだよ。俺はあんたの命を奪いに来たんだ。セイント・ニコラウスさん、いや、サンタクロースさんよ」


 命を奪いに来たと言われてさらに驚いたニコラウスであったが、取り乱すことなく訊き返す。


「どんな理由で私を殺そうと言うのですか」

「あんたは子供たちを絶望の淵へ叩き込んでいる。俺も父も友達も、あんたのせいで暗黒の子供時代を過ごしたんだ。これ以上、不幸な子供を生み出さないようにあんたを殺すんだよ」


 ニコラウスには理解できなかった。人々を、ましてや子供たちを不幸な目に遭わせたことなど今まで一度もなかった。この男は何か勘違いをしているに違いない、そう思ったニコラウスは男に詳しい説明を求めた。


「いいよ、話してやるぜ。俺のこれまでの人生を」


 そうして男が語ったのは次のような話だった。


 * * *


 俺はあんたが生きているこの時代から三千年以上先の未来からやって来たんだ。その世界には忌まわしい行事があった。十二月二十四日、クリスマスイブ。そうだよ、キリストの生誕を祝う前夜祭さ。

 この日、世界の子供たちは真っ二つに分断される。サンタクロースからプレゼントをもらえる子供とサンタクロースからプレゼントをもらえない子供、誰もが必ずどちらかの子供になるんだ。そしてほとんどの子供は後者、プレゼントがもらえない子供なんだ。


「ねえねえ、お父さん。どうしてボクはプレゼントがもらえないの」

「ごめんよ。お父さんの稼ぎが少ないせいなんだ」


 母はすでに他界し、兄弟もいなかった俺にとって父は唯一の肉親だった。小さい頃は父の言葉が理解できなかった。しかし小学三年生になったある日、俺はサンタクロースに関するある事実を知って驚愕した。


「全地球サンタクロース財団、そんな団体があるなんて……」


 全地球サンタクロース財団Global SantaClaus Foundation、略してGSFはクリスマスイブに世界各地の子供たちへプレゼントを配達する団体だ。対象は小学生以下、もしくは十三才未満の児童。ただし条件がある。その年に一定額以上の寄付金を納付した家庭にしか配達されないのだ。


「最低寄付金の額は……なんてことだ。父さんの年収の十倍じゃないか!」


 言うまでもなく、そんな高額の寄付金を納付できる家庭などほんの一握りだ。俺の通っていた小学校でもせいぜい一人、誰ももらえない年だってあった。


「クリスマスプレゼントがもらえる最後のチャンスは小学六年生に進級する年。父さんはこの年に全てを賭けるよ。実はね、おまえが生まれた時から毎年少しずつ貯金をしているんだ。六年生になる頃には最低寄付金額に到達できるはずなんだ。それまで待っていておくれ」

「うん、楽しみにしているよ」


 父は馬車馬のように働いた。食べる物を惜しみ、寝る時間を惜しみ、酒も煙草もやらずにただひたすら働いて金を貯めた。俺にクリスマスプレゼントを贈るためだ。たった一度でいい、サンタから直接プレゼントをもらって喜ぶ俺の笑顔を見たい、それだけのために必死になって働いたんだ。


「ば、馬鹿な! 話が違う!」


 だが父の努力は徒労に終わった。俺が小学六年生になった年の十月、消費税が十%に引き上げられ、それと同時に最低寄付金の額も十%引き上げられたのだ。クリスマス二カ月前の突然の値上げでは、さすがの父も手の打ちようがなかった。


「お願いします。不足分の十%は来年中に必ず納付します。ですから今年のクリスマスはこの子にプレゼントを届けてあげてください。どんな粗末な物でも構いません。サンタさん、お願いします、お願いします」

「寄付金の納付期限はクリスマスイブの二日前までとなっております。それができなければサンタの派遣はできません。お引き取りください」


 GSFは冷たかった。父の懸命の懇願は門前払いされた。


「父さん、もういいよ。ボクの友達だってみんなプレゼントなんかもらえないんだから」

「いいや、父さんは諦めないぞ」


 父は不屈の精神の持ち主だった。クリスマスまでまだ二カ月ある。それまでに不足分をかき集めてやる、そう決心した父は金策に奔走した。親類、知人、高利の金融業者から金を借りまくり、昼夜兼行で働きまくった。

 そしてクリスマスイブの三日前、過労のために急死した。残された通帳の残高は最低寄付金の額には届いていなかった。


「父さん、いったい何のためにこんなに頑張ったんだよう……」


 悔しかった。俺が生まれた時からこの年のクリスマスのために働き続けてきた父。自分の楽しみを全て犠牲にして金を貯め続けてきた父、その父の苦労は結局何の役にも立たず、泡となって消えたのだ。


「くそっ、サンタなんか大嫌いだあ」


 俺の子供時代は終わった。同時にサンタからプレゼントをもらえる機会は永久に失われた。俺たちのように貧しい家の子供にとって、クリスマスほど縁遠い行事はない。

 だが俺はクリスマスを忘れなかった。子供につらさと惨めさしか与えないクリスマスを、父を死に追い遣った無情なGSFを絶対に許せなかった。


「いつか必ず復讐してやる」


 俺は死にもの狂いになって勉強した。最高の組織力と権力と財力を誇る財団、GSF。それを潰すにはどうすればよいか、それだけを考えて勉学に励んだ。


「これは、絶好のチャンスじゃないか」


 三十回目のクリスマスを迎えようとしていた俺に朗報が舞い込んだ。今年のニコラウス会長の訪問先が俺の国に決まったのだ。

 クリスマスイブに各家庭へプレゼントを配達するのはGSFサンタ職員である。しかしその年一番多くの寄付金を収めた家庭へは、GSF最高責任者であるニコラウス会長が届けることになっていた。


「会長の命を奪えばGSFは滅びる。やるしかない」


 問題はどうやって命を奪うかだ。会長はソリ型ジェットヘリで目的地の上空まで飛行する。そこから個人用飛行装置を背負って飛び降り、あらかじめ配達先の家庭に設置された高さ五十mの煙突型侵入口から建物内部へ入り込む。

 ジェットヘリを撃ち落とすのが一番手っ取り早いが、それではパイロットまで巻き込んでしまう。煙突の中で会長に接近し命を奪うのが最善の策と言えよう。


「煙突の中へ入り込むには……やはり、どこでもドアを使うしかないか」


 この日のために俺は古今東西の科学技術を学んできた。どこでもドアを作るくらい朝飯前だった。


「よし、やるぞ!」


 決行の日は来た。俺はどこでもドアとナイフを持って、ニコラウスの到着を待った。ジェットヘリの爆音が聞こえる。続いてそこから飛び降りるニコラウス。その姿が煙突の中へ消える。俺は待った。プレゼントの受け渡しが終了するのを待っているのだ。


「プレゼントがもらえなかったら子供が悲しむからな。さあ、そろそろ突入だ」


 どこでもドア作動開始だ。目標は煙突底部。ゴー! よし、侵入成功だ。クリスマスイルミネーションが煌めく煙突の底で待っていると、プレゼントを渡し終えたサンタ姿のニコラウスが戻ってきた。


「おや、こんな場所で人に会うとは、こりゃまた驚いた」


 外国人のはずなのにこの国の言葉を流暢に喋っている。世界中の子供と会話するために全ての言語を習得したのだろう。さすがは地球一巨大な財団の頂点に立つ男、大したものだ。これで苦手な共通言語を喋らなくて済む。


「やっと姿を現わしたなニコラウス。俺は子供の頃クリスマスプレゼントをもらえなかった。代わりにおまえの命をもらう。覚悟しろ」

「ああ、貧乏人の逆恨みですか。今年もまた出現したのですね」


 ニコラウスはうんざりした表情をしている。どうやら俺の他にも同じことを考えて実行した者たちが多数いたようだ。


「おまえたちGSFが不幸にしたのは俺だけじゃない。父さんは働き過ぎて死んだ。クリスマスイブになると俺の友達はみんな悲しそうな顔をしていた。おまえたちさえいなければ、みんな幸福な子供時代を過ごせたんだ」

「わかります、その気持ち、よくわかりますよ。だから私に死んで欲しいのですね。でもそれはできないのです。なぜなら私はサンタクロース、サンタクロースは不死身なのです」

「不死身だと。嘘をつくな」

「サンタクロースは嘘をつきません。これを御覧なさい」


 ニコラウスは赤いサンタ服のポケットからナイフを取り出した。胸をはだけてその刃を自分の心臓に突き立てる。抜く。血が……出ない! しかも傷口は見る見るうちに修復されていく。俺は我が目を疑った。


「ば、馬鹿な。おまえは人間ではないとでも言うのか」

「そうです。私はサンタクロース。人間ではないのです。今から三千年ほど前のことでしょうか。神の啓示を賜ったのです。『大主教セイント・ニコラウスよ。そなたの財を人々に恵み与えよ。されば永遠の命と共にサンタクロースの称号を与えん』その啓示に従って私は人々に財を施し、永遠に生き続けるサンタクロースになったのです」


 信じられなかった。その話が本当ならこの男は三千年生き続けていることになる。あり得ない。


「そ、そんな話を信じるとでも思っているのか」

「別に信じたくなければそれでも結構です。そのナイフで私を滅茶苦茶に切り刻んでも構いません。何をしても死なないんですから」


 ニコラウスは胸をはだけたまま平然と俺の前に立っている。俺はナイフを握り締めた。だが、動けなかった。先ほど見せられた奇跡。胸を刺したのに出血もなく、傷も直ちに治癒してしまったあの神懸かり的現象。それは取りも直さずニコラウスの言葉が真実であることの証明だった。


「できませんか。そうでしょうね。他の皆さんもそうでした。それでは私は帰りますね。今のあなたにとってクリスマスは縁遠い行事でしょう。しかし子供ができれば話は別。いつかやって来るあなたのお子様のために今日から貯蓄に励んでみてはいかがですか。寄付金さえ収めていただければ、GSFはどんな家庭にもプレゼントをお届けします」


 テレビのCMで聞き飽きた言葉を残してニコラウスは去った。悔しかった。憎んでもあまりある父の仇を目の前にしながら、何もできずに立ち尽くすだけの自分が情けなかった。


「くそっ、これくらいで諦めてたまるか」


 俺は考えた。どうすればGSFを壊滅させられるだろうか。出した結論は「根元から叩く」だった。


「三千年前はニコラウスも普通の人間だったはずだ。つまりその時点まで時をさかのぼれば奴の命を奪えるはずだ」


 それを実行に移すにはタイムマシンが必要だった。さすがの俺もこれには苦労した。だが不屈の精神は父譲りだ。三十年の歳月を掛けて、遂にタイムマシンが完成した。


「今度こそうまくいくはずだ」


 俺は三千年前のミラの街の言語を習得し、タイムマシンを使ってここへやってきた。そしておまえを見つけ出した。さあ、観念しろ。この世からサンタクロースを絶滅させてやる!


 * * *


 男の話はそこで終わった。

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