第11話 グラクイの大群来襲。またか

 バルク少佐との話が済んで戻ると、オスカーがうろうろしていた。ジェレミーとギルは、不安そうに私を待っていた。


「なんて言われたんだ?」


「一人で頑張っちゃいけないって。遠慮なく、救援を呼べって」


「その通りだろうな」


 我が意を得たりといった様子で、ジェレミーは腕組みをしてうなずいた。


「その通りだな」


 私はしょんぼりして言った。


「明日からは、誰かと一緒に行こうかな……」


 ジェレミーが、え? という顔になった。


「今日は? ねえ、今日は一人なの?」


「まあ、今日くらいはいいんじゃないかな。じゃあ、行ってくるわ」


「ノルライド! この大バカ者!」


 ジェレミーが喚いた。私はGPSを作動させた。

 




 位置を慎重に確認した。無駄死にする気はさらさらない。


 明日からはギルと一緒に行こうかな。とにかく、あいつは無口で、あれこれしゃべらない。それに、一緒にいてそんなに緊張しない。楽だ。腕も確かだ。


 ふわっと浮く感触があり、落ちた。砂利の上だ。今回はかなりの衝撃を受けた。


 だが、まあ、別に異常は無い。くるりと回転して立ち上がった。膝についた小さな砂利を払う。


 敵さんは、近場にはいなかった。GPSを確認しつつ、周りの地形を偵察する。

 まず、ベースを決めた。少し回りより高くなっている、見晴らしのいい、日当たりのよさそうな地点だ。


 荷物を降ろし、武器だけ取り出し、GPSの範囲を広げた。今日のグラクイはどんな具合かな。画面に見入った。

 

 少し離れたところに、二つの赤い点がある。二匹いるらしい。まあ、順調だ。そして、いつもどおりだ。

 

 二つの点は、こちらの方に向かって動いている。始末をつけなくてはならない。


 射程の長い銃で、首を吹っ飛ばした。長距離の射撃は得意中の得意だ。


 競技大会では、あまりいい成績は取れなかったが、誰も見ていないここでなら、百発百中だ。

 吹っ飛ばせば、目視で確認が出来る。

 2匹とも、ほぼ同位置から首を飛ばし、近づいて腹を裂いて卵を出した。


 思ったとおり、2匹とも卵を持っていた。


 裂いた腹を見ながら、私は首をひねった。

 個体の形が小さいというのに、卵はよく探せば、ほぼ例外なく腹にあるのだ。

 とりあえず、卵は袋詰めにして、ベースキャンプへ戻り、丁寧に梱包した。



 それから、範囲を拡大してGPSを再確認した。


 びっくりした。

 

 ずっと遠くに、消え入りそうな赤い点が、数十個まとめて見える。グラクイだ。


 数が多すぎる。


 それに変だ。


 消え入りそうな赤点なんておかしい。点が小さすぎる。個体が全部とても小さいのだろうか。

 そいつらは、同じ場所で、うぞうぞとうごめいていた。気持ち悪い。



 危険なのかなんなのか、わからなかった。

 ちょっと考えてから、ジェレミーに連絡した。


「何だ、どうした、囲まれたのか? 言わんこっちゃない。今すぐ……」


 ジェレミーは、何も言わない先から、興奮して怒鳴った。


「いや、そんなんじゃないんだ。今のところ、2匹しか出てきていないんだ。だから、そっちは別に問題ないんだけど、ここから十時の方向に、数十個の赤い点が動いてるんだ」


「数十……! 結局囲まれてるじゃないか!」


「違うよ。小さい点なんだ。しかも移動しないんだ。GPSで捕らえられないほどわずかな熱しか出していないんだ。おかしいよね」


「なんだ、それは? ぼくには、よくわからん。ノッチは危険だと思うのか?」


「ほんとにわからないんだ。ただ、非常に小さい個体のはずだ。銃なんか扱えないサイズだと思うんだ。おそらく危険性が低いと思う。これから近寄ってみる」


「おいおい、ノッチ、くれぐれも無茶をするなよ」


「大丈夫。だから、いま連絡したじゃないか」


 私はそういうと、装備を再点検して、近づいていった。

 スコープで、確認できるところまで、ぎりぎり近寄る。


 でも、なんだかわからない。とても小さいのだ。

 これほど小さければ、武器の所持は、絶対出来ない。


 照明弾をやつらのど真ん中に飛ばすことにした。例の光ボムだ。

 今は、放物線を描いて、彼らの真ん中へ落ちるようにしなくてはならない。


 膝を突いて、上体を安定させ、撃つ。


 ズドーン……と、低い音が出た。


 GPSとスコープを確認すると、赤い点は動かなくなっていた。

 多分、気絶している。

 早足で近づく。




 変な嫌な臭いがする。

 数十メートルのところまで来て、気がついた。


 そう、ここは、先々週の戦場だった。


 死体が転々としていた。コイツはひとつだけ一番端の離れたところに転がっていた死体だった。


 我々は、卵は回収したが、死体は回収しなかった。


 腹を裂かれた無残な死体が、そこここに転がり、大して気温も高くないし、湿度は非常に低いのに、それなりに腐っていた。


 そして、裂かれた腹から、孵化した幼体がうじゃうじゃ沸いていたのだ。

 幼体は親にそっくりで、ただサイズだけがとても小さかった。


 先々週、腹を裂いたとき、三分の一の個体からしか卵を発見できなかった。オスカーがそう報告したのを覚えている。

 一方、私が始末した個体は、そのほぼ全てから卵が発見された。

 たぶん、卵を見つけられなかっただろう。


 腹が裂かれていたので、幼体は、外へ出ることが出来たのだろう。


「ジェレミー、変なことになってるよ」


「連絡を待ってたよ」


 私は事情を細かに話した。


 ジェレミーは絶句した。


「とりあえず、サンプルを幾つか持って帰る。後は全部始末するか。だが、そいつらの腹から、また、卵が出てきたらどうしたらいいんだ」


「ノッチ……君は、天才的だ。それとも、不運なのか?」



 まだ、出撃していなかったレッドの連中が、うんざりした様子で次々やってきた。彼らは汚い作業用に、全員、密閉袋と手袋を持たされていた。なんだか、すまないような気分になった。


 中佐と少佐もやってきた。


「ノルライド少尉、君は一発当て屋だ。君が何か行動するときは、我々は心してかからねばならん」


 中佐に言われて、私は恐縮したフリをした。


「今はどうすべきなのでしょうか」


「グラクイは自分たちの子どもを回収したりはしない。だから、急がなくてもいいだろう。だけど、このまま置いとくわけにはいかないから、とりあえず全部処分するしかないな……で、彼らに、こっちに回ってもらった」


 少佐は、そう言うと、レッドの方をなんとなく指した。


「一人じゃ無理だからね」


 レッドの連中にしてみれば、いい迷惑だ。


「だが、グラクイの繁殖力については、研究したほうがいいね。我々ではできないから、どこかの研究機関が手を上げてくれるといいんだけど」


 少佐が、至極まともなことを言った。


 て言うか、今まではどうしていたんだろう。

 殺していただけか。

 そうだな。自分もそれで満足していた。


「少なくとも、成果は上げているから、中央への報告の際には苦労しない。こういった発見も成果になる」


 中佐がもったいぶって言った。まあ、中央向けの予算的には、そういうことなんだろう。





 だが、そのとき、全員のGPSが一斉に鳴り始めた。


 耳をつんざく金属音だ。聞きたくない緊急事態を知らせる音だ。


 袋ばかりを持たされ、武器を所持しない戦闘部隊の顔にさっと緊張が走った。

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