グラクイ狩り

buchi

第1話 グラクイ狩り

 私は、見晴らしのいい丘のてっぺんに、ライフルを担いでひとりで立っていた。


 灰色のしょぼしょぼした草が一面に生えた草原が地平線まで続いていた。乾いた冷たい風が吹いている。

 やつらは、いつ、どこからやってくるかわからない。土の中から現れるからだ。

 見つけ次第撃ち殺す。それが仕事だ。


 ちょうど正午で、今日はかなり明るい日だった。ここらは緯度が低いから、真昼間でも夕暮れのような感じだ。赤道直下へ行けば、小麦もできるけど、ここじゃ問題外だ。


 彼らが現れたのは、ちょうど最後の戦争が終わったころだった。だからもう何十年も昔の話だ。


 最初にやつらを見つけたのは、夜回り中の農家のターナーさんだったが、

「腹の中がぞぉっとした。」


 ぶつぶつが不規則に並ぶ皮膚は真っ黒で、黒い毛がまばらに生えている。グラクイは身長は一メートル三〇センチくらい。二本足で歩く真っ黒な生き物で、背筋を伸ばしたチンパンジーに似ている。

 だが、目が違っていた。目は白い。まぶたがなく、瞳孔もなく、いつも開けっ放しでどこを見ているのかわからない。暗闇の中、ターナーさんが持っていた懐中電灯に照らされた目は鈍い緑色に光って見えたという。


「宇宙人だ!」


 ターナーさんはぶっ飛んで自宅に帰り、息を切らしながら隣近所と警察に訴えたが、聞いた連中は大笑いした。


「なに? 宇宙人だと? 俺たちも会いたいもんだな」


 おもしろがって、マスコミに知らせるものまでいて、おかげでターナーさんの名は後世にまで残った。キムさんをさんざんばかにした農家の連中の名前は残らなかったが。


 それっきり「化け物」を見かける者は出ず、気の毒なターナーさんは誰にも信用してもらえなかった上、その後、農家を廃業する羽目に陥った。


「しかたねえよ。日が射さないんだもん。小麦もトウモロコシも全然ダメだ。あいつらは悪魔だったんだ」


 とはいえ、このとき周りの農業も一緒に全滅した。日が当たらないのがターナーさんの農地だけのはずがない。まわりの農家も一蓮托生だった。


 それは不吉の前兆だった。やがて、そんな話はあちこちで聞かれるようになった。


 グラクイを見かける、日が射さなくなる、農業廃業、移転。


 農業となんの関係もなさそうな、見た目が不気味なだけのグラクイだったが、日の光が届かないエリアと、グラクイとの遭遇率が高いエリアは、見事なまでにぴたりと重なった。そしてそんな場所はどんどん増えていった。


 グラクイを好きなやつなんかいなかった。大体、グラクイは見かけからして不気味だった。グラクイが出てくる土地は、いずれ空が暗くなり農作物の栽培には適さなくなるのだ。



 この前の戦争のおかげで、縮小に縮小を重ねた軍隊が、やつらの駆除といういやな仕事をしていた。

 日が射さなくなってしまった本当の理由はわからない。グラクイのせいなのかどうか。グラクイが暗いところを好むのか、グラクイが暗くしているのか?


 やがて地上の大半は薄暗い地に成り果ててしまった。赤道直下の一部を残して、後は静かな乾いた土地となり、地上は落ち着きを取り戻した。もはや人も植物もいなくなってしまったが。


 グラクイを全滅させることで、昔あったと言われている生き生きとした緑の草原と豊かな水の流れ、生い茂る木々と青い空、白い雲ときらめく海が取り戻せるなら何のためらいがあるだろう。(この手のキャッフレーズはよく利用されている。私は昔、学校の退屈な授業でそのビデオを見たことがある。感傷的な話だと思っただけだ。)


 グラクイを全滅させれば日の光を取り戻せるという仮説には根拠がないとして、グラクイを殺すことに大反対している勢力もある。クリーンエイルという団体だ。


 彼らは、日が射さなくなった理由の科学的な解明が必要だとして(それは確かにそのとおりだったが)、政府に立証を求めた。

 グラクイの悪影響を数字的に証明したかったら、出現前後の日射量の比較をするくらいしかなかったが、昔の先進国エリアのデータはあっても、それ以外の地域の気象データは失われていて、証明はできなかった。


 しかし、結局、グラクイ狩りは続けられた。

 クリーンエイル側の意見が通らなかったのは、単にグラクイの見た目が不気味だったからだ。

 たいていの人は、議論なんかどうでもよくて、こんな不気味な生き物に周りをうろちょろされたくなかったのである。


 それが五年位前からいきなり問題は大きくなった。


 理由は、ある日彼らが人間を襲ったからだ。


 鹿やイノシシだって、たまには人間を襲うことがあるが、グラクイは違っていた。


 彼らは、レーザーガンで武装していたのだ。

 レーザーガンが持てるなら、手榴弾だって地雷だって使えるんじゃないだろうか。

 誰かが彼らに武器を与えたのだろうか。調べると驚いたことにそのレーザーガンはお手製だった。安いぼろい中古部品を買い集めて組み立てたのだ。誰かが教えたのか、それとも自力で研究したのか?

 軍は問答無用でグラクイを見つけ次第、撃ち殺す手段に出た。おびえた議会はこれを追認した。大量破壊兵器の使用には制限がかけられたが、ライフルで撃ち殺す分には自由だった。


 だが、騒ぎは拡大しなかった。なぜなら、レーザーガンを持ったグラクイの出没がほんのわずかなエリアに限られていたからだ。辺境の地、すなわち今私がいるここだ。もちろん他のエリアのグラクイたちも本当は火器を所持しているかも知れなかったが、それは確認されなかった。だが、グラクイ狩りは続いた。




 昔、中央にいたころ、私はこの話を時々テレビで見ていた。軍もやることがないのでこんな遊びに手を出しているのだろう。好きなだけライフルが撃てるというのは、なかなかよさそうだった。

 それで大人になってしばらくして、私はライフル片手に軍に入った。たった一人で荒野に立ち、グラクイが出現すれば黙って撃つ。殺す。それだけの仕事だ。単純なのがいい。


 日が沈んだらしい。光度が落ちてきた。

 テントに戻って、夜の準備をしたほうがよさそうだ。もう、ライフルは役に立たない。レーザーと赤外線スコープが活躍する時間だ。

 グラクイは戦いを嫌う。(ここに、例のクリーンエイルが感傷的になる理由のひとつがある)

 単独行動が多く、たまたま遭遇でもしない限り殺すことは不可能だ。

 効率が悪いことこの上ない。


 だから、私は、今日もひとりでパトロールに出ていた。

 なにかのんびりしたシューティングゲームのようだ。たまに、やけどを負うことくらいはあるが、たいしたことにはならなかった。


 テントから必要な装備を出してくるとあまり暗くなりすぎないうちに、糧食を出してきて食べた。酒を飲んではダメなので、代わりに煮しめたように苦いお茶を飲んでいた。空がどんどん暗くなる。今晩を過ごせば、パトロールは終わりだ。いったん基地に戻る。

 夜は危険だが、一方で狩りのチャンスでもあった。グラクイは暗闇を好むからだ。


 だが、今回はあいにく不漁だった。数匹しか撃てなかった。翌朝、私は基地に連絡を入れた。


「ノッチか。グラクイは出たか?」


「全然だめだ。今からいったん戻る」


「OK。ブルー隊のほかの連中も戻ってきてるよ」


 ジェレミーは不漁でも全く気にしていなかった。こういうことは良くあることだった。

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