聖女「涙を飲んで呪殺するほか道はありません」

 あまりの衝撃にわなわなと唇を震わせながら固まっていたら、アリスはこっちの気なんて知ったことではないとでもいうように眩しい笑顔を浮かべました。


「ちょっと前までは絶対に両想いだと思ってたんだけど、最近、ちょっとだけ自信なくしてたところだったんだよね~。そんな時にこの占い屋の評判を聞いてさ、折角だし占ってもらっちゃおうと思って!」

 

 ちょっと前まで、絶対に両想いだと思っていた……!? 

 どうして? 何故、そこまで自信満々に言い切れるんですの? 確信に至った絶対的な根拠があるということですか!?


「へ、へええ~。そ、そうなんですのねぇ」

「うん!」


 どうしましょう、激しく動悸がとまりません。

 とりあえず、深呼吸をしましょう。

 落ち着け、マノン=ルーセンハート。まだ、この女の占ったお相手が、剣士様だと決まったわけではありません。現段階で、呪殺を企てるのは早計に過ぎるというもの。

 

 考えてみれば、アリスはうちのパーティの中でも一番社交性に富んでいますから、お知り合いも沢山いるようですしね。冒険者ギルドの休憩所に行くと、知らぬ間に、見ず知らずの別パーティの輪の中に打ち解けていたりしますもの。

 

 ちなみに、そういう場で私と剣士様が直接話しかけられることは滅多にありません。私も剣士様も冒険者界隈では超がつく程の有名人ですので、皆さん話しかけてみたそうにうずうずしてはいるものの、やはり畏れ多くて遠巻きに眺めていることしかできないといった感じです。言うなれば、アリスは庶民派アイドルで、私たちはトップスター。ふっ、格が違うんですのよ。


 その点についていえば、ギークも気安く人に話しかけられるタイプではないですが、あれは冒険者として敬われているというよりも、目つきの悪さから普通に怖がられているような気がしてなりません。


 なんだ。こうして冷静に考えてみれば、さして冷や冷やする必要もなかったですわね。広い交友関係をお持ちのアリスが恋に落ちる可能性のあるお相手なんて、星の数ほど存在しているのですから。


 さあ。とっととアリスの容疑を晴らして、爽やかな気持ちに戻りましょう!

 

「そのお方とは、一体、どこで知り合ったんですの?」

「どこで知り合ったって言うか……まぁ、ぶっちゃけていうと、うちのパーティの人なんだけどね!!」


 パリン。

 あれ。今、なにか、ハートにひびが入ったような繊細な音が……。 


「へ、へえええ、そう」


 この女、ほぼほぼ、黒確定ですわ。しかも、限りなく、黒に近い灰色グレー……!


 うちのパーティーの男性陣といえば、剣士様か、ギークの二択になります。でも、いくらアリスといえどギークに恋をしているだなんてありうるでしょうか? いや、限りなく、低いでしょう。


 ドウシヨウ。もし、アリスの占ったお相手がやはり剣士様なのだとしたら、涙を飲んで呪殺するほか道はありません。


 お願い、アリス。私だって、人の道に外れるようなことをしたくはないのです。嘘でもいいから、ギークに恋をしていると言うのです。いや、嘘だと困るので、やっぱりマジ恋でお願いします!

 

「で、でも……なんで、アリスはその人のことを好きになったんですの?」

「その人はね、口では結構キツくあたってきたりもするんだけど、心根はすっごくやさしい人なの」


 っっ~~!! 剣士様の特徴そのものじゃない!!

 

「ちなみにですけど、目つきは犯罪者のような人かしら?」

「ううん! 透き通った、綺麗な目をしているよ!」


 完全に黒だ。

 それも、なんの疑いようもない程に、真っ黒ブラック!!


 へえぇ……この前、あの大きなお胸をわざわざアピールするかのように剣士様の腕に押しつけていたのは、そういうことだったんですのねえ。それでまんざらでもなさそうにデレデレと鼻をのばしていたあの男はあの男で、葬り去りたくなる程に憎たらしかったですけれども。


 ふん。ちょっとばかり剣士様に「可愛い」と言われたぐらいで、浮かれてほいほい相性占いにまでやって来てしまうだなんて馬鹿みたいですわ。そんなの、これっっぽっちも羨ましくなんてないですもの。「私はそんなこと言われたことないのに、アリスだけずるい」だなんて微塵も思っていませんもの……!!


 これからアリスと剣士様の仲がどうなろうと私の知ったことではないのですが……今の話を要約すると、彼女も剣士様との相性を占ったということになります。


 一体、あの占い師は、アリスにはなんと言ったのでしょうか? 


「それでっ? そ、その人との占い結果は……どうだったんですの?」

「ふふふー。気になるんだ?」

「べ、別に! ただ、アリスが言いたそうにしていたから、気を利かせて聞いてあげただけですわ!」

「もお、マノちゃんは素直じゃないんだからなぁ」


 アリスは、ある種の狂気すら感じるほどの純粋無垢な笑顔を浮かべると、


「それがね、相性抜群なんだって! 嬉しくて舞い上がっちゃったよ~~」


 私を絶望の底に蹴落としてきました。


 はあ!? 相性抜群、ですって!? この私には『永久に結ばれない』と宣言したにも関わらず、一体、なにがどうなっているんですの! 「一生望みなし」の間違いではなくて!?

 

「た、たかが、占いでしょう!? そんなものを本気で信じるなんて、馬鹿みたい! いや、正真正銘の、お馬鹿さんのすることですわ!!」

「ふふ。そうかもしれないけど、それでも嬉しいし信じたくもなっちゃうよ。だって、大好きな人とのことだもん」


 大好きな人!?


 ステッキでガツンと後頭部を殴られたような衝撃に襲われ、一瞬、心身共にカチコチにフリーズしてしまいました。


 まさか、あんなに能天気そうな顔をして、胸の内にはそんなにも熱い想いを秘めていただなんて……! ま、まあそうは言っても、口で言うだけなら誰にでもできることですけれどね。アリスのことですし、どうせ大言壮語でしょう。


「だ、大好きな人と簡単に仰るけれど……あなたは、その人のことをどれぐらい好きだっていうの!?」

「そうだなぁ」


 うーんと腕を組みながら、なにやら考え込み始めました。えっ……そんなに真剣に考え込むほどなのですか? そんなにも剣士様のことを想っていらしたの? 


「例えば、もし、その人が死にそうになっていたとして」

 

 重い!! 始まりからして、重い……! この不穏すぎる例えは何なんですの! 

 なにか得体のしれないものと邂逅してしまったような恐怖感に襲われながら、恐る恐る彼女の瞳を見つめ返すと。

 アリスはにこりと愛らしく微笑みました。

 

「もし、あたしの命を差し出せばその人が助かるのなら、あたしは喜んで自分の命を差し出せる」


 お、重すぎるうううううううううううううう!!!!!!


 これは、想像を遥かに凌ぐ深い愛でしたわ。アリスがまさか、そんな真剣な覚悟をもってして、剣士様のことを想っていらしたなんて……!


 で、でもっ! 私だって、アリスになんか負けないぐらい、あのお方のことを――


「わ、私だって! いざとなったら、この命だって差し出せる覚悟ですわっ」

 

 ――あれ。今、私は、いったい何を口走って……?


 つい、熱に浮かされたようになって発してしまった自らの発言を振り返り、急激に心音が高鳴り、全身が熱くなっていくのを感じ始めたその瞬間。

 

「マノちゃん!! やっぱり、あたし達って両想いだったんだね!?」

「ち、ちがっっ! ……へ?」


 今、この子、何と仰いました? 

 私の聞き間違いでなければ、「あたし達って両想いだったんだね」と、聞こえてきた気がするのですが。


 呆然としている間にも、いつのまにやら、アリスに正面から抱きしめられてしまいました。ふあっ、やわらかくて、あったかいなぁ……って、流されてる場合じゃないですわ!!


「あたしは、今日ここにマノちゃんとの相性を占いにきたんだよ~」


 …………は?


 時が、数秒程、止まってしまったように感じられた後。


「はああああ!?」

「えええ!? なんでそんなに驚いてるの?」

「あ、相性占いといったら、普通は異性との相性を占うでしょう!?」

「別に、友達との相性を占っても良いでしょ? っていうか、マノちゃんだって、『色事だけが、人生における悩みだと思ったら大間違いですわ』って言ってたじゃん」

「うっ……」


 どうしましょう、ぐうの音もでません。


「えへへ、両想いだって!」

「…………そ、そうですか」


 心底幸せそうなオーラを弾け飛ばしながら私にすり寄ってくるアリスを見ていたら、なんだか急にとてつもない罪悪感に襲われて、非常に胸が苦しくなってきました。


「アリス」

「んー?」

「……悪かったですわね。呪殺しようだなんて、本気では思っていませんから」

「ほえ? なんの話?」

「こっちの話です」

「えーっ。気になるよお~」


 全く、もう。この子といると、調子を狂わさっぱなしです。休日だというのに、お仕事をしてきた日以上の疲労感でいっぱいじゃないですか。

 

「アリス」

「うん?」

「ケーキでも食べに行きましょう。今日は、私が奢りますわ」

「ほんとう!? やったあー!!」


 さて。甘いものでも食べて、しでかしたような気がしないでもない失言のことは、すべて忘れてしまいましょう!

  

【その②聖女のとある休日 完】 

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