聖女「私と、剣士様の、相性占い結果は果たして……?」

 馬車を走らせること三十分間程で、王都前に到着いたしました。転移魔法テレポートを使えば、数秒ともかからずにここまでやってくることも可能なのですが、時間に余裕がある時は馬車を利用するようにしています。ガタゴトと馬車に揺られながら、ぼうっと外の景色を眺める方が趣がありますもの。


「タイムセールやるよ~! 今から一時間限定で、なんと回復薬十本五百ルピー! 冒険者はお見逃しのないようにね~!!」

「剣士職必見! 昨日から、オリハルコン製の剣が入荷しておりまーす!」

「虹色キャンディーはいかがですか~!」


 王都レグシオンは、いつやってきても、人で溢れていて活気に充ちています。普段通りの格好でこの大通りを歩いたりしたらちょっとした騒ぎになっていたでしょうが、本日は変装が功を奏しているようでまだ誰からも声をかけられていません。


 何を隠そう、私、マノン=ルーセンハートは、冒険者界隈で知らぬ者はいないといっても過言ではないほどの超有名人。まぁ、聖女としての天才的な素質と、他の追随をゆるさぬ圧倒的な美貌を兼ね備えている人物なんてこの世界に私ぐらいしか存在しないですしね。冒険者事情にあまり詳しくないお方でも、顔ぐらいは知っているという方が多いようです。


「ねえねえ、ママー。あのお姉ちゃん、なんか怪しくない?」

「こらっ。人を指さしたりしちゃだめよ」

 

 本日の服装は、シルクのブラウスに黒いパンツ。普段はワンピースやスカートを身に纏うことが多いのでこれだけでもぐっと印象を変えられているとは思いますが、念には念を入れて、髪はおだんごにまとめてキャスケットの中にしまいこみました。その上、黒いサングラスまで身に着けたことですし、これ以上になく完璧な変装ですわ!


 何故、ここまで手の込んだ変装をしてきたかといえば、それはもちろん他でもありません。


 今から、私が偵察に向かうのは、占い屋。それも、ただの占いではなく、恋占いで人気を博しているという場所です。


 冒険者史上最大の天才美聖女としても、ルーセンハート家の長女としても、二重の意味で世間に顔の知れわたっているこの私が恋の占い屋に顔を出しているなどという噂が広まったら、極めて、大変な事態につながってしまいかねません。


 もし、万が一にも、運悪く冒険者通信の編集記者に見つかりでもしたら、


【天才美聖女様に恋の予感! マノン=ルーセンハート、噂の恋占い屋に現る!】


 などという見出しの冒険者通信が、冒険者ギルド中、ひいては王都中にばらまかれる。そして、その記事を手に取った剣士様が、


『まさか、君が占いごときにうつつを抜かすとは。そんなくだらないものに頼らなければならない程にまで、追い詰められていたのか? しかも、恋愛関連で』


 と渇いた笑いを漏らし、しまいには――


『はあ? 僕との相性を占いに行っただって? 君……僕のことを、好きすぎないか?』


 ――あああああ!! もし現実にそんなことが起ころうものなら確実に羞恥心で焼け死ぬ! 顔から火を噴き出すぐらいではすまされない! そんな最低最悪の事態だけは、絶対的に回避せねば……!!


「あのサングラスの女子、さっきから一人で唸っててめちゃめちゃ怪しくね?」

「ね。しかも、恋占いの行列に並び始めちゃったよ、引くわぁ……」

「なんとなくの勘だけど、あれは重い女っぽいなぁ。片想いされてる人、苦労しそう」


 ふう……脳の生み出した最低最悪の未来予想図に思わず取り乱してしまいましたが、冷静に考えてみるとここまで抜け目なく変装をしていれば、まず誰かに気づかれる心配はないでしょう。


 それにしても、すごい長蛇の列ですわね。先ほど、ちらりと漏れ聞こえてきた話では、現在の待ち時間は約一時間程だとか。全く、恋占いがこれほどまでの人気を博すだなんて……ここに並んでいる方々とは全く別次元の理由でここに立っている私は別にして、世の中の女性の大半は頭の中にお花を咲かせているということですわね。


 むう。ここまで来てしまったからには今更引き返すのもなんだか癪ですし、読みかけの小説でもめくりながら、時間をつぶすといたしましょうか。

  


「長らくお待たせして、申し訳ございませんでしたな。私は、ミーネと申す。さて、早速だが、本題に移らせていただくとしよう」


 蝋燭のたゆたう光だけが唯一の光源である仄暗い部屋の中。


 薄紫色のベールでお顔を覆った妙齢の女性と真っ向から見つめあった時、なんだか妙な緊張感に包みこまれて、ごくりと唾を呑み込みました。


「若き乙女よ。本日は、どの占いをご所望かな?」

「そ、それは、決まっているでしょう。ここで一番人気のある、例のあれですわ」

「はぁ。つまり、気になるお相手との相性占いで間違いないかね?」

「そ、そうっ。それです!」

「ふむ。要するに、そなたには気になる殿方がいると、そういうことで間違いないですな?」

「ち、違いますわ……!」

「は……?」 

「だ、だって、この私が、片想いなんてしているわけがないでしょう!?」

「し、しかし。そうであれば、そなたは、何のためにここにやってきたのだ?」


 はっ……! いけない、ついムキになって、本音を漏らしてしまいましたわ。


 本日、私がここにやってきたのは、あくまでも目の前のこの女が、誠の占い師であるか否かを見定めてさしあげる為。その判断を下すためにも、剣士様との今後を占っていただかなければならないのでした。


 ということはつまり、この場ではあくまでも、彼に片想いをしているというのが最適解。


「こほん。……ええと、その……た、たしかに、想い人がいないこともありませんわね」 


 どうしたことでしょう。なんだか、無性に胸の辺りが痛いというか、苦しいというか……ただの演技なのにここまで胸をドキドキと高鳴らせられるなんて、私には、女優としての才能まであったんですのね。聖女を引退した暁には、女優に転職するのも悪くないかもしれませんわ。


「ふむ。ちなみに、そのお相手の生年月日はご存知かな?」

「百年前、たった一人きりで、最高難易度ダンジョンを完全制覇しその名を世界中に轟かせた剣聖王ヴィオレッタの生誕日と同日同時刻ですわ」

「時刻!? 今、時刻と言ったか!?」

「うふふ、聞き違いではなくて?」

「……うむ。私としても、そういうことにしておきたい」 


 ほ、本当に違うんですのよ? これには、深い理由があるのです。


 いくら私が剣士様のことを好きではないといっても、パーティーリーダーの誕生日を祝わないというのは、パーティを構成する一メンバーとして人情に欠けるというもの。しかし、うちのリーダーは、自ら積極的に自分の誕生日を言いふらしたりしたら、まるでみんなに祝ってほしいと言っているみたいで格好悪いと考えるようなとってもひねくれたお方です。そうかといって、こちらの方から誕生日を聞くのは癪も癪。そんなことで調子に乗られては、たまったものではありません。


 悩み抜いた結果、こんなに悩むぐらいならとある筋から秘密裡に聞き知ってしまったのですが、ここでひとつ大問題が。それは、誕生日を教えた覚えのない相手から唐突に祝われることが相当な恐怖だということです。気が付いた時は絶望に暮れましたが、祝う前に気がついて良かったと思うことにしています。


 そんなわけで、剣士様の生年月日は役に立ちそうもない駄情報だと思っていましたが、まさかこんなところで役に立とうとは。人生、何が役に立つのか分かったものではありませんね。


 その後も、占い師は、質問を繰り返しては私と剣士様に関する情報を聞き出していきました。自分のことはともかく、剣士様のことも全て即答できたのは偶然中の偶然です。


 五個目の質問を終えた後、彼女は突然じっと黙り込みました。


 いよいよ占いに必要な情報が、出揃ったのでしょうか。


「結果が、出たぞ」

 

 心臓が、どきりと高鳴りました。

 薄紫のベール越しの彼女の視線を探るように、じっと見つめ返します。


 ああ。演技なのに、こんなにもドキドキするだなんて思いもしませんでした。


 さて。

 私と、剣士様の、相性占い結果は果たして……?

 

「そなたは、永久に彼と結ばれないだろう」


 …………。

 ええええええええええええええええええええ…………!?

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