第6話. 伝説実現のために

 新魔王の誕生によって再燃するであろう戦火に備え、国王を中心に対策会議が開かれた。

 しかしまったく話はまとまらない。

 どのような手が打てるのか。会議は揉めに揉め、収拾がつかない有り様であった。

 そこで一人の臣下が場を落ち着かせるために提案。

「ひとまず状況を整理しませんか」

 現在、新魔王が誕生し、魔王軍の編成が始まり、それが完了次第王国へ宣戦布告がなされる。よって魔族との再戦は避けられないだろう。

 しかしこれに対する問題がふたつ。

 一、王女クレアが囚われの身であること。

 二、前回の勝利の立役者である勇者が失踪していること。

「クレア様が囚われの身であられる以上、相手はそれを大いに活用してくるでしょう。こちらから攻め込めばお命に関わる結果になりかねませんし、身柄の返還を要求すれば見返りに軍の撤退、領土の割譲なども。何処まで譲歩するかを決めておく必要があり、確実に我らが後手に回るでしょう。また、勇者様の不在も痛手です。前回、魔城に鎮座する魔王をどうして討てたかと言えば、勇者様が単独で攻め込めるだけの戦力を有していたからです。勇者一行の少人数だからこそ魔王軍の警戒網に引っ掛かることなく魔城まで侵入でき、またそのまま魔王を討てたのです。――つまり、我らは守るも攻めるも難しい状況にあるということ。言わば、盾と剣を奪われたようなものとお考えください」

 この説明に列席した重臣達は一様にごくりと生唾を飲んだ。どれだけ現状が厳しいものなのかを改めて認識させられたからだ。

 流れる重い空気。沈黙が続く。

 それを見かねて議長である国王が案は無いかと尋ねる。しかし重臣の中に応じられる者はいない。

 いよいよどうしたものかと国王が唸ったところで、静かに手を挙げる者がいた。

 英雄の一人として末席に着いていたドロシーである。

「とにかく、こんな所で時間を浪費するのは得策やないと思うんですよ。すぐに討伐隊を編成して魔城に攻め込み、魔王を討ち取るべきやと思うんです」

 この意見に対し、重臣達は呆れたように嘆息する。

 簡単に言ってくれる。それが出来れば誰も悩まない。前回の戦争で王国は敗北の憂き目に遭った。勇者がいなければ、今頃はどうなっていたことか。その勇者がいない上に、王女も囚われているのだ。

 重臣達の批難するような反論に対し、ドロシーは毅然と応じる。

「新しい魔王が誕生したとは言え、日も浅い。となると、魔王軍の編成にもまだ時間が掛かり、魔城への警戒網も出来上がってないはず。つまり今こそが唯一の攻め時なんです。勇者あいつがやったように、他には目もくれずに最大戦力を魔王へとぶつけるべきやと思います」

「むむむ」

 一応に筋の通った反論に重臣達は口を噤む。

 無論、ドロシーの作戦にも穴はある、それこそ致命的な穴が。

 指摘したのは国王だった。

「一つ、警戒網に掛からない少数、かつ魔王を討てるほどの戦力を有した討伐隊が編成出来るのか。勇者が不在の今、誰がその責を果たせるのか。二つ、もしも失敗に終われば娘の生死に関わる。これらの問題をどのように解決するのだ」

 これらの問題点にどのような言葉を以て反論するのか。

 皆が注目する中、ドロシーはすこし考える仕草を見せた後に口を開いた。

「まず王女様のことなんですけど、命を奪われることはないと思います。おそらく王国が軍を動員して攻め込んでくるのを牽制するために王女様を攫ったんでしょう」

「何故、そのように考える?」

「まず第一に、人質は生きていてこそ意味があるんです。だから死なせるマネはせんでしょう。そして第二に、切り札とは窮地に立った際に相手を牽制するために使うもんです。それを今の段階でチラつかせてきた。つまり向こうはこちらに動かれるのを恐れてるんです。だから王女を攫ったことを明かし、王国を牽制してきた。――以上の点から、こちらが軍を動員するような大きな動きさえ取らなければ、王女様の身に危険が及ぶことはないと思うんです」

「なるほど……。ん、大きな動きさえ?」

「はい、魔王に気取られるような大きな動きさえ取らなければ、王女様は安全。言い換えれば、相手に悟られないくらいの少人数やったら動けるということ」

「しかしそれは……」

 勇者が居てこそ成立する策。ゆえに現状では絵に描いた餅。非現実的な策と言わざるを得ない。

 しかしドロシーは問題ないと即答。打開策を提案する。それは誰も考えつかない大胆なものだった。

勇者あいつがいないなら、新しい勇者を生み出せばええんですよ」

「……はあ?」

 あまりにも突拍子もない話に皆が唖然とする。当然だ。勇者など望んで生まれるものではない。

 しかしドロシーは言う。

「皆様はルークという青年をご存じやと思います。王国の伝説では、聖剣の担い手こそが勇者やと言われてますよね。これをどう思われますか?」

 一同は互いに顔を見合わせる。確かにそうだと思いながらも、しかし本当に大丈夫なのだろうかと確信が持てず、周囲の反応を窺い合っていた。

 それを見てドロシーは立ち上がり、背中を押すような大きな声で言った。

「新たな魔王が誕生し、勇者は不在。まさに王国の窮地。そこに現れた聖剣の担い手は、囚われの身となった王女様の婚約者。果たして、この用意されたかのような状況は偶然にも出来上がったのでしょうか。否、これは必然。今、本当の勇者が誕生すべくして誕生しようとしてるんです!」

 ドロシーの言葉は魔王に怯えていた重臣達の心を鷲掴みにした、あなた達がすがるべき存在はあるのだぞと。事実、重臣達の顔には少なからず安堵の色が帯び、張り詰めていた空気も弛緩していたのだ。

 ドロシーは畳み掛ける。

「王女様を救い出すのは誰か! 魔王を討つのは誰か! さあ、皆で力を合わせて新しい勇者を助け、新しい魔王とやらを討ち果たそうではありませんか!」

 これに重臣達は「おおお!」と歓声を上げる。今、目の前には希望が広がっているに違いない。

 とにかく、こうして新勇者ルークは誕生するのであった。


 国王から勇者に任命されたルークは、魔王の討伐と王女の救出という困難な使命を課せられた。しかし彼に悲観などなかった。むしろ逆。ようやく勇者と認められたことに満足感を得ており、先代の地味勇者が魔王討伐を成し遂げたのだから、自分はそれに加えての王女救出くらいは出来るだろうと楽観していた。

 とは言え、単身で魔城へと向かうはあまりにも無謀。手練れの同伴者は必要だろう。

 そこで名乗り出たのはドロシーだった。

 これに反対する者はいなかった。戦力もさることながら、実際に魔城へと辿り着いた経験があるため、案内人としても役割を担えると考えられたのだ。

 かくして新勇者による壮大な旅が始まるのだとルークは思った。

 しかし。

「聞いてなかったんですか? 警戒網に引っ掛からんように魔城までは基本的にこそこそと隠れながら行動するんで、けっこう地味な旅になりますよ」

「え?」

 王都から離れてしばらく、森の中を進んでいる時に同行者のドロシーが言った。

「なんか勘違いしてるみたいなんで繰り返しますけど、我々の目的は魔王の討伐と王女様の救出やから隠密の旅になりますよ」

「うーむ……。今の話を聞く限り、まるで暗殺者のようだぞ。勇者の旅には思えん」

「そうですよ」

「あっさり肯定したな」

「事実ですからね」

「しかしだな、そもそも俺達は敵の本拠地に向かうんだぞ。相手も前回の反省を生かして警戒網を強化しているに違いない。だからこちらも相応の準備をだな」

「大丈夫やと思いますよ。はっきり言って警戒網とか無いと思うんで」

「そんなわけがないだろうが」

 魔王を倒す旅だ。これから行く先々で魔族の妨害を受けるに決まっている。だから旅をしながら仲間を増やしたり強敵と渡り合ったり何かしらの陰謀に巻き込まれたり、そんな幾つものイベントをこなしながらも勇者である自分がリーダーシップを発揮して仲間を引っ張り、魔城へと到達するはずなのだ。

 いや、むしろそういう旅にならねばならない。他ならぬこの勇者ルークを中心とした旅なのだから。

 なのに。

「……本当に着けてしまった、こんなにあっさりと」

 ルークの旅は、何かしらの妨害や陰謀に巻き込まれることなく進み、今や鬱蒼とした森の中に佇む魔城を目の前にするところまで来ていた。

 が。

「ちがうだろ!」

 ルークはがっくりと両膝をつき、地面に拳を叩きつけた。

「こんなはずではないだろ! もっとこう、なんやかんやとそれっぽいイベントをクリアしながら魔城へと辿り着くのがセオリーだろうが! なんで初心者ハイキングースよりもさらに生易しい道中になっているんだ!」

 そんなルークを冷ややかに見据え、ドロシーは言う。

「確かにそうでしたね。さながら過保護な母親が最愛の息子のためにと設定した、初めてのお使い並みの生易しさでしたね」

「あり得ん! 認めん! いくら魔王軍の整備が済んでいないからと言って、ここまでガバガバな警戒網があるか!」

「いや、初めから警戒網なんて無かったんですよ」

「ん、なんだと?」

「いいえ、なにも。――とにかく、むしろ敵の本丸にこれだけ簡単に近付けたのはラッキーやないですか」

「それはそうだが……」

「きっとあれですよ、勇者ルーク誕生の報告に魔族側がビビったんですよ。せやから魔王軍も整えられずに道中はフリーパス状態やったってことで、これもすべてルークさんの威名によるものなんやないですかね」

「なるほど……。いや、そのとおりだ! 合点がいったぞ!」

 つまり魔城への道のりが生易しかったのは、あらゆる困難が勇者ルークの名に怯んだ結果なのだ。つまり俺だったからこそ為しえた偉業なのだ。

「そういうことだな!」

「はいはい、そのとおりですよ」

 乗せるために言ったことだが、ここまで簡単に調子に乗るとは、さすがのドロシーも呆れるしかなかった。

「ならば残すは魔王を討ち、クレアを救出するのみ。行くぞ!」

「ういーす」

 そうして颯爽と魔城へと乗り込んでいったルークとドロシーだったが、さすがに敵の本拠地ということもあり、何事もなく魔王の居場所に行くことは叶わなかった。途中の広間にてアンジェラが待ち構えていたのだ。

「存外、遅い到着だね。ピクニックでもしてたのかな?」

「……」

 顔見知りの相手だったが、ルークに再会を喜ぶ気などさらさらなかった。むしろ苛立ちと怒りに今すぐ斬り掛かりたい心境だった。しかしそうしなかったのは、それ以上に問い質しておかなければならないことがあったからだ。

「ひとつ確認しておきたいことがある。――クレアを攫ったのは貴様か?」

 クレアと同時期に姿を消した魔族。状況的に問う必要もないほどに疑わしいわけだが、それでも婚約者が信じた相手だ。一応の確認は必要だろう。

 そんな想いを知ってから知らずか、アンジェラは馬鹿馬鹿しそうに笑った。

「さあ、どうなんだろうねえ。攫ったのかもしれないし、攫ってないのかもしれない」

「ふざけているのか?」

「まさか。大真面目だよ」

「友好の徒などと宣っておきながら……。俺やクレアを裏切っておいて、なんとも思わないのか?」

「裏切る? ずいぶんな言い草じゃん。あんた、あたしを信用してなかったろ? だったら裏切られたなんて言葉を口にする資格はないんだよ。もう一度言う。

「……」

 やはり魔族と言ったところか。もはや語り聞かせる言葉も無い。

 鞘に手を掛けるルーク。しかしそれを制止するドロシーの手が肩に掛かった。

「ここは私に任せて先に行ってもらってええですよ」

「そんなわけに行くか。奴に自ら手を下さなければ気が済まん」

「それは私情ですよ、ルークさんの使命は魔王討伐と王女救出なんやから」

「むっ」

「加えて言えば、あのアンジェラとかいうのは魔王軍の幹部を張ってた奴で、結構強いんですよ。せやから、ここで戦えば確実に消耗してまう。そんな状態で魔王に勝てるんですか?」

「……」

 確かにドロシーの言うとおりだった。

 魔王との決戦前に消耗は避けたい。

「しかし大丈夫なのか?」

 相手は魔王軍の幹部。英雄の一人だとしても難しい相手なのではないだろうか。

 しかしドロシーは笑って応える。

「心配ないですよ、アンジェラとは初対戦でもないんで。勝てと言われれば難しいでしょうけど、足止めなら経験済みですわ」

 前回の魔王討伐の際、勇者が魔王と戦っている時にドロシーが足止めした幹部とは、まさにアンジェラのことだったのだ。結局は決着がつかない内に勇者が魔王を討ってしまったが、足止めは成し遂げた。それだけに自信がある。

「そういうことなんで、ここは任せてください。私としても確かめたいことがあるんで」

「確かめたいこと?」

「色々です。とにかく急いで行ってください」

「わかった」

 ルークはこの場をドロシーに任せ、ひとり魔王が待ち構えているであろう玉座を目指して駆け出した。そうして辿り着いた玉座の間には、物々しい仮面を被った魔王が鎮座しており、それを見たルークは笑いを噛み殺す。

「くくく。実のところ、ここまでの道中があまりにも歯応えがなかったために、本当は魔王など誕生していないのではと不安になっていたのだが、どうやら杞憂だったらしい」

 いよいよ最終局面。あっさりし過ぎているような気がしないでもないが、最後が良ければすべて良し。魔王を倒して王女を助け出した暁には、王国中がルークという名を称えるに違いない。そうとなれば――。

「観念しろ、魔王よ! 貴様には俺の人生の糧となってもらう!」

 これに応えるように魔王も玉座から腰を上げ、側に立て掛けていた剣を手に取る。対し、ルークも聖剣を抜いた。ぴりぴりと張り詰めた空気が一帯に広がる。互いに切っ先を向けて牽制し、相手の出方を窺う。その膠着を破ったのはルークだった。床を蹴り、一瞬で魔王に肉薄して剣を振り下ろす。それを魔王も剣で防ぎ、反撃の一刀を振るったのであった。

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