一見さんお断り

 朝目を覚ましたら、世界は劇的に変わっていた。それはまるで、物語のように。


 二度寝してしまいたい気持ちを我慢して、布団から出る。重たい瞼をこすり、むくんだ足を引きずって、わずかな頭痛を引っ提げながら、やっとのことでリビング辿りつく。コーヒーを淹れたいな、と思いつつも億劫で、ついついXXXを起動してしまう。これをしてしまうと、少なくとも三〇分はその場を離れられなくなるのが毎朝のオチだった。


『先週、――さんが集団暴行に遭い、死亡するという悲しい事件がありました。犯行を主導した人物は、被害者が月面の出身であったことを動機として証言、事件がヘイトクライムであったことが明らかになっています。月面への入植開始から七〇年の節目を迎える今年、深刻化する差別解消への取り組みを取材しました。

 昨年、地球へ移住した月面出身者を支援するボランティア団体を立ち上げた、――さん。彼自身も月面の出身で、様々な差別に苦しんできました。

「移住して最初の職場でいじめに遭いました。攻撃されるのは、見た目や言葉、文化的な振る舞いといったことですね。顔や肌の違いはもうどうしようもないことですし、言葉だって月面語の癖が抜けきるには時間がかかります。振る舞いについては――いまも忘れません、カレーに青のりをかけて食べようとしただけで、気持ち悪いからやめろと皿をひっくり返されたんですよ。そのせいで火傷もして、会社に行くのが恐ろしくなりました。差別を受けているのだと痛感させられましたね。月では普通のことなのに」

 ――さんは自身の経験を活かし、相談にやってくる月面出身者の心のケアや新生活へのサポートを行っています』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る