鴉の騎士と死神剣士(仮)

三丁目の中川さん

第1話 路地裏の向うに

些細な事で、運命は狂った。

 彼には、運命をかき乱す、不思議な力があったから。

 ブレイクがその世界に迷い込んだのは、全くの偶然であった。

 とある事情で故郷を三年もの間離れていた彼は、妹の成人祝いの為に帰郷していた。

 帝都アルケー。世界最大の超大国であるアルケニア帝国の首都である。

 科学と魔法が互いに進展させたこの都市は、近代的かつ芸術的な風景を映していた。

 先ず、目に付くのは空高く聳え立つビルディング。青を基調とした四角の箱が地面から空へと突き出す光景は他の国では中々見られない。

 整備された道路には、大勢の人が行き交っている。伝統を重んじるこの国では、人々は些か古典的ともいえる礼服を纏って仕事をする。最も、技術の進歩に伴い、ある程度その服装にも機能性や芸術性が見え隠れしているが。科学の心配により発生した大量生産は、多くの人々に安価で丈夫な衣装を与える功績を獲得していた。

 この整備された道路の下には、複雑な電気経路と魔術経路が張り巡らされている。

 これによって、アルケニア帝国内では、どこでも電子機器、魔道器具を使い国家的な通信を可能としているのである。近く、同盟国の間でも衛星を使った共通規格の通信を行うかっ協議が進められ、上層部の会談などでは使われているという。

 実の所、発展途上国や、紛争地帯を中心として巡ったブレイクとしては、三年ぶりに見る世界最先端の技術の域はどこまでも新鮮に映った。僅か三年で、人々の常識は大きく変わったのだ。

 そんなブレイクの格好は、戦場帰りの兵士か、或いは田舎のおのぼりさんといった所か。

 灰色の襤褸切れを身に纏い、その下にある服装も帝都では逆に購入できない程貧相な布きれでできている。では人が最新の携帯端末では無くブレイクの方を見る理由がそれだけかと問われるとそんな事は無い。

 ブレイクという青年は、とても美しい顔立ちをしていたのだ。

 純白の僅かに癖のある髪は整える時間が無かったのか男性としては僅かに長く、睫毛も女性が羨む程度に長い、肌は初雪のように透き通った白さをしており、快晴の時と同じ色をした瞳は宝石のような輝きを纏っていた。線の細い、中世的な顔立ちである。一見冷たい印象を与える色合いでありながら、どこか暖かい印象を与える表情をしていた。

 まるで、映画の主人公がスクリーンから抜け出して来た光景に、人々は訝しみ、カメラが近くに無いかと探したのである。帝都の一角が撮影に使われるのはよくある事であるが、それでもこの混雑時は難しい。

 周辺から携帯端末を向けられた事を悟ったブレイクは、少しだけ煩わしそうに口をへの字に曲げて、見つけた裏路地へと滑り込んだ。

 親友から妹の成人式の報せを受けたのが三日前、何の準備もせずに帝都へと急いだのが運の尽きであった。親友に土下座をして様々な支度をして貰っているが、そこに辿り着くまでは人々の好奇の目線から逃げ続ける必要がある。

 いっそ、ビルを駆けあがり、屋上を飛び移っていく選択肢をブレイクは考えた。

 それは決して難しい話では無い、通常の人間を遙かに超える身体能力を誇る【覚醒者】であるならば、その気になれば誰もができる暴挙である。

 最も、主に事故発生を抑制する為に法律で禁じられているが。どうにも辺境の大地の法整備の緩さに慣れていけないとブレイクは自らを戒めた。

 仕方なしに、ブレイクは裏路地を通って親友の家に辿り着く算段を立て始める。旅によって磨き上げた土地勘は、大凡直感的に目的地までたどり着く事ができる。三年の月日によって見違えた帝都も、大まかな位置関係は脳内にインプットされている。

 そうと決まれば話は早いとばかりに、ブレイクは小走りに動き出す。関税を突破する為に、本当に必要最低限な物を除けば手持ちの荷物も少ない。基本的に物は現地調達するのが、ブレイクの旅人としての流儀だった。

 さて、そうして街の影を走っていくブレイクであるが、小さな違和感が胸に残る。

 それは、ホームレスの不在である。

 繁栄には影が付き纏う。どれ程表向き豪奢な世界でも、その裏には貧困にあえぐ者が存在する筈であり、幾度か訪れた大都市も、そして三年前の帝都も同様に裏路地には家を持たない者がうろついていた筈である。

 それが、全く見かけない。少し集中し気配を探っても、恐ろしいほど人の気配を感じないのである。

 無関心を決め込む事もできたが、ブレイクには一つ癖があった。

 好奇心が強すぎるのである。なまじ猫よりも死に辛いのが考え物であり、猫も即死するような物事に後先考えず首を突っ込んでは、盛大に物をかき乱して解決した後、何事も無かったように去っていくのが彼の流儀であった。

 結果救世主のように扱われ、逆に宿敵のように忌み嫌われる事もあったが、本人はただただ自分の好奇心を満たしているだけなのだ。

 兎も角、ブレイクは物事に興味を抱いてしまった。

 銀時計を取り出し、日時の確認をする。

 妹の成人式まで後一日の猶予がある。親友の家には今日中に着けば何の問題も無いだろう。そう言い訳して、ブレイクは意気揚々と裏路地探索に勤しみ始める。

 表向き些かも暗さを感じさせない帝都の裏路地は、異様な暗さと汚れに包まれていた。しかし、やはり生活臭を感じさせない。多すぎる獣に狩られ尽くされた羊のように、その存在が絶滅したかのように感じられるのだ。

 国家政策か?否。帝政であり、強権を行使できるアルケニアだが、民を巧く扱うコツを永い統治の中で洗練された国家である。今更浮浪者を駆逐するといった事を、こんなに静かに行える筈が無い。

 何か、この裏路地に魔物が巣食っているような薄ら寒さをブレイクは覚えた。

 一般的に怪物など存在しないとされているが、世界の秘境や魔境と呼ばれる一部の地域には、自然の摂理に反した悍ましい怪物が存在する事をブレイクは、そして国家の上層部は認知している。故に一部の自然には手を付けず、そこを神聖不可避の場として侵入を禁じるのだ、近寄るのはブレイクのような、命知らずばかりであり、一部の例外を除き、それらは全て絶滅するのである。その例外の中にブレイクは含まれており、その秘境に似た気配をこの裏路地に覚えていた。

 慎重という言葉を母の胎に忘れたかのような軽い足取りでブレイクは歩を進める。

 五感を最大限活用し、しっかりと世界を見て、聞いて、感じて、それ以上のものを探ろうとする。狭い範囲に囚われず、広い世界をありのままに受け止める事こそがブレイクの探索の秘奥であった。

 不気味な気配がする方へ、一歩、一歩と近寄っていく。

 そして、ブレイクは辿り着いた。

「……!」

 そこにあったのは、帝都であり、帝都では無い世界。

 朝にも関わらず、空の色は黄昏色に切り替わり、空気が色あせ、沈鬱な気配を纏わせる。

 空気に魔力濃度が濃いのだとブレイクは察した。只人によっては呼吸が辛くなるが、ブレイクの心肺機能は問題なく駆動する。

 街の形は変わらず、摩天楼が天を衝いているが、そこに電気は通っていない、まるで鏡に映った世界のように、姿形ばかりを真似した虚像の空間。

 寓話の世界に潜り込んだようであると、ブレイクは瞳を輝かせて街の確認を始める。

 そして表通りへと飛び出すと。

 そこは地獄であった。

 本来の帝都と違わず多くの人影が行き交う表通り、しかしその存在が奇妙である。

 肉体の一部、あるいは全身が人間離れした姿をした怪人が行き交っている。街のあちこちが破壊され、そこには秘境でしか目にかかれないような怪鳥や飛竜が巣を作り、時折飛翔すると地面にいる怪人を食らうまである。

 そして、表通りでは市が行われていた。

 そこで取引されている奇妙な物体と、もう一つは。

 人が、取引されていた。殆どがボロボロな身なりをしている浮浪者であるが、中には偶然迷い込んでしまったのか、しっかりとした身なりの人間も居る。それが檻に閉じ込められて管理されているのだ。

 どうやら、厄介な場所へと迷い込んでしまったらしいとブレイクは頷いた。襤褸切れの頭巾を頭に被り、顔を隠す、怪人と常人の間に体型の大きな差が無い場合もある、取りあえず顔を隠せば誤魔化せる可能性もある。

 取りあえず、ブレイクは観察を続けた。

 一体どれ程の人数があるのか、この空間はどこまで広がっているのか、そして、一体此処は何なのか、ひとまず見ない事には何も理解できない。

 ブレイクの空色の瞳は、この世界が帝都を中心とした、閉じた世界であると見た。

 ドーム状、街一つを覆うように展開されている。そして、更に調査を続けようとしたところで、一つの光景が目に映った。

 一人の人間の少年が、怪人によって買い取られる光景であった。怪人はカマキリのような特徴を有しており、手の鋏で器用に少年を持ち上げる。

 少年は泣き叫び、援けを乞うていた。

「マ、ママッ!ママーッ!」

 行き交う人の群れの足元にある幾つもの血だまりを確認して、次に起こる出来事をブレイクは、理解した。

 だから、奔った。

 ビルディングの壁を奔り、飛んでいる飛竜を足蹴にして、少年の元へ、一直線に。

 蟷螂男の振り下ろした刃の手が少年に当たる寸前に。

 ブレイクの手が、少年を奪いすり抜けた。

「gia!?giagia!!」

驚愕し喚く蟷螂男と、周辺の怪人たちの視線が一斉にブレイクの方を向く。

 それらを全て無視して、ブレイクは少年をそっと地面に降ろす。

 少年は驚きの余り、涙が引っ込み、声も出ていない。

「だいじょうぶ?」

 柔らかい、春の日差しのような声音でブレイクは訊ねた。

 少年は、なんども頷く。

「ん、よかった」

 ブレイクの白く細い手が、少年の頭を撫でる。ふわりと華のように微笑むブレイクに、少年は目を奪われる。

「俺の物だ!何しやがるクソ野郎!」

 蟷螂男の口から、人の言葉が洩れた事にブレイクは少し驚いたが、蟷螂男が自分に刃の手を振り下ろした事でそれどころでは無くなった。

 咄嗟に動く事ができたのは、長年の旅に経験と、弛まぬ鍛錬故だろう。

 瞳が、心が、その攻撃を捉える。

 左手で、刃の側面を弾き方向を逸らし、返す動きで蟷螂男を投げ飛ばす。

 派手に一回転して、蟷螂男は地面にのめり込んだ。

 間一髪で避けた為に、顔の頭巾が取り払われる。

「人間だ!」「迷い込んできやがった!」「覚醒者だ!!」

 怪人たちが思い思いの言葉を喚き、奇怪な鳴き声が表通りを支配した。

 溢れ出る殺気が、全てブレイクへとぶつけられる。

「……うるさい」

 ブレイクは近所の迷惑な騒音に対する苦情のように言った。恐怖という感情を母の胎の中に置き忘れたのかも知れない、忘れ物の多い男だ。

 途端、一斉に怪物はブレイクと少年へと押し寄せてくる。

 数の暴力は、一つの絶対的な暴力である。どれ程技を極めた達人であろうとも、取り囲んで一斉に殴れば何もできずに死ぬ。暴徒のように化した群衆、それも人外の怪物の群れに対して、抗う術など殆どない。

 その僅かな術をブレイクは保持していたが。

 ブレイクは古武術家のように構えた。

 構えは人類の闘争の歴史が生み出した一つの究極な型である。

 多種多様の方法の為に、勝利と言う結論を得る為に生み出された戦闘に特化した姿。

 大地を踏みしめ、ブレイクは舞のような滑らかな動作で手を薙ぎ払う。

 途端、表通りに、雷が炸裂した。

 ブレイクを起点として、周辺に居た殆どの怪人が黒焦げとなり、衝撃によって吹き飛び壁に叩きつけられる。

 紫電(スパーク)。人の身で雷を起こす異能である。四散する性質を持ったこの力は、圧倒的多数との戦いでも有効である。

「ん」

 戦果に満足してブレイクは頷く。死んで蒸気を漂わせる怪人、吹き飛び、積み重なり圧殺された怪人。そして、その惨劇を目の当たりとして、恐怖する怪人。

 ブレイクは背後の少年の無事を確認すると、人々が閉じ込められている檻に近寄り、その扉を力任せに引っ張った。

 扉が曲がり、強引に解き放たれる。中に居る人々は困惑してブレイクを見るが、ブレイクは小さく微笑んで頷いた。

「逃げよう」

 自らの身に起きた突然の出来事に、民衆は叫んで飛び出した、ブレイクは少年を抱えて人の波に巻き込まれないように注意すると、人々を先導するように先を悠々と歩く。

「こっち、こっち」

 余り根拠は無いが、嫌な予感の薄い場所なら逃げられると考えたブレイクは兎に角一端ここを抜ける事を考えた、あんまり居座ると、明日の催しに行けなくなると考えたからだ。

 裏路地を抜けていくと、背後から悲鳴が上がる。

「追っ手だ!」「追っ手が来ている!」「早い!」

 ブレイクは目先に恐らく逃げられるであろう場所を確認すると、少年を降ろし、ぽんとその頭に手を置く。

「あそこまで、皆を連れて行って」

 少年は何度も頷いた。それを見てブレイクは優しく微笑みかけた。

「頑張れ、君が、皆を導く、ヒーロー」

 大役を仰せつかった少年は、やる気に満ち溢れて向かっていく。

 ブレイクは壁を走って群衆を避けながら最後尾へと突貫していく。

 見ると、漆黒の鎧を纏い、背に羽を生やした悪魔のような騎士達が手に銃のような武器や、白兵武器を持って追従してきている。速度は大体時速百キロメートル程か。

 銃は既に構えている、警告するつもりは無いようだ。

 そして、群衆に向かって一斉に銃弾が放たれる。

 ブレイクは間一髪それに間に合うと、再び右腕を突き出す。

 途端、世界に強い風が吹きすさぶ。

 竜巻(トルネイド)。空間が捻じれ、前方で突風が荒れ狂う。

 銃から放たれた何かが風によって明後日の方向へと飛翔していき、悪魔の騎士達は飛翔できずに大地に向かって落ちていく。

「ッ!」

 ブレイクは自ら生み出した竜巻の中に突貫する。

 自ら生み出した暴風は、彼の味方である。風に乗って落下してくる騎士達の元まで跳躍すると、すれ違い際にその頸をへし折っていく。

 風が止む頃には、首を百八十度回転させた騎士達の遺体が大地に転がった。

 風だけで殺す為の火力を出すと背後の民衆にも被害がいくと考え、わざと態勢を崩す程度の風と範囲に留めた為に、このような処置となった。

 ブレイクは直ぐに他の追っ手が居ないか確認して、自らの背後___民衆の方にその気配を覚える。

「ッ!!」

 思考も隙は無い、全力でのダッシュ。

 見れば、上空に一人の悪魔騎士が居座り、手を上に掲げている。

 上空から、流星が堕ちる。

「はしって!!」

 民衆に呼びかけ、ブレイクはぐっと力を籠めて跳躍した。

 回避すれば民衆に当たる。砕いても民衆に降り注ぎ被害が発生する。

 故に、もっと無茶な方法で対処する必要がある。

 人類が、他の生物よりも圧倒的に優れるとされる、能力。

 それは遠距離武器の起源であり、人が次のステップに至る為に必要だった能力。

 投擲(スロウ)。

「フンッ!!!!」

 落下する流星を手に受ける。砕ける右腕に構わずに、全力を振り絞ってそれを悪魔騎士へと投擲し返す。

 それは物理法則を無視した圧倒的暴挙。それを為し得るのが覚醒者である。

 最も、大半の覚醒者がこの暴挙を聞けば青い顔で首を横に振るだろうが。

「gi!?」

投げ返された流星に驚愕する暇もなくそれは悪魔の肉体を消失させた。

 ブレイクは空中で態勢を整えると、猫のように大地に着地した。

 砕けた右腕に注意して力を流し込む。怪我など覚醒者にとっては大した問題では無い。

 肉体構造を考え、それをイメージして、血の流れをイメージするように力を流し込む。

 嫌な音を響かせながら、手は元通りの形になる。とても痛いという事と、直している最中は少しだけ無防備になるのが短所でもあるので、余り怪我もよろしいとは言えない。

 軽く手をグーパーと開いて閉じ調子を確認すると、ブレイクは民衆を追って走りだす。

 どうやらブレイクの直感は正しかったようで。少年を始めとした先頭集団は空間の揺らぎを突っ切り消えていく。きっと、元の世界に戻ったのだろう。

 全員が通り抜けるのをブレイクは待つ。助けたのだからもとに世界に戻るまで世話をするのが道理というものだろう。

 そして、ブレイクの直感が、遠方から飛来する危険を認識した。

 音速を超える狙撃は目視も聞き取ることも出来ない、故に僅かな兆候を感じ取り、適切に対処するほか無い。

 相変わらず回避を行えば群衆に当たる、ブレイクの刹那の間に自らが取るべき適切な行動を判断し、迷わず行動に移した。

 鏡(ミラー)の異能を狙撃方向へと展開する。

 通常の鏡は姿を映す程度の力しか有さないが、それが異能となったとき幾つかの性質が付与される。

 一つは、姿顕しの力。身を隠している存在や、身を偽っている存在に向けることで、その真実の姿を明るみに出すことができる。

 もう一つは、反射の力。遠距離から攻撃を、そっくりそのまま持ち主へと反射する魔の鏡を展開できるのだ。

 狙撃は、一寸の狂いもなく狙撃手へと跳ね返る。しかし、今回はそれでは終わらなかった。

 狙撃と同時に相手は凄まじい速度で迂回しつつブレイクへと突撃を敢行したのである。反射を終えたころには既に狙撃手はそこには居らず、横合いから突撃する場面であった。

 狙撃手の手から白銀の光が煌めき、ブレイクへと振るわれる。建築物を両断しつつその光はブレイクへと殺到した。

「ッ!」

 異能を変換する暇は無い。ブレイクは回避か受け流しを余儀なくされ、後者を選択する。

 様々な角度で襲い掛かる攻撃の回避が難しいと踏んだからである。射撃などの直線的な攻撃に比べて、面制圧の攻撃の回避にはある程度の余裕が必要となる。

 咄嗟の武術の構えとともに、左手に強く力を灯す。左手が青白い輝きを纏う。

 そして、殺到する光を手で弾く。合計五つ、間髪入れずに振るわれた手が全てを叩き落し、そのまま狙撃手に向かって踏み込む。

 狙撃手もまた、ブレイクを仕留める為に全力の攻撃を行った。

 二つの影が交差し、次の瞬間、片方が崩れ落ちる。

 狙撃手の心臓部に、大きな穴が開いていた。そこから溢れだした緑色の血液が大地に広がっていく。

「フーッ」

 ブレイクはこれ以上の追撃、そして民衆が逃げ切ったことを確認して一息をついた。

 最後の攻撃は危なかった。あの狙撃手はかなりの手練れだったのだろう。

 無敵かのように暴れたブレイクだが、当然弱点は存在する。というよりも、生物的弱点かはら覚醒者も逃れられない。脳、心臓、それを繋ぐ首を完全に破壊されると、再生ができずに即死してしまうのだ。狙撃手の最後の一撃はブレイクの首を狙っており、首筋に僅かに血が垂れていた。

 今度から来る時には、完全武装で来ようとブレイクは思った。そして元の世界へと戻る道へと踏み込もうとして。

「あ」

 その道が、消えている事に悟ってしまった。

 遠くから、喧騒が響く中。

 ブレイクは一人、化け物の世界に取り残された。


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