第580話 二人の未来

 突如として現れた“巨鴉モンスターレイヴン”――


 一瞬怯んだ士郎たちだったが、気を取り直して一気に襲い掛かる。この得体の知れない巨像が何であれ、結局は李軍リージュンであることに違いはないのだ。だったら斃すまで――


 オメガたちに呼応するように、外からも凄まじい量の誘導弾が撃ち込まれてきた。その細長い筐体が、次々にこの“八咫烏ヤタガラスモドキ”に命中する。


 カァァッ――!!!


 弾着の凄まじい爆発音とともに、目が潰れるような閃光と大火球が怪物を覆い尽くした。だが――

 その光景に、士郎は驚愕する。


 それは弾着の瞬間、突如として虹色に乱反射したかと思うと、ムクムクとポリゴン状のワイヤーフレームのような球体を膨らませたのだ。


 これは……まさか振動弾頭!?


 確かにコレなら、かざりのそれと同等の硬度を誇るあのデス・スターの硬質膜ですら、打ち破れるに違いない。


 振動弾頭――

 それは、開発中と噂されていた国防軍の新型兵器だ。その概念は、今までの兵器の常識を根本から覆す、恐るべき代物である。それはつまり、こういうことだ。


 物質にはそれぞれ、固有の“振動数”というものがある。石ころであれ人間であれ、この世の中に存在するすべての物質は分子が結合したものであり、その分子もまた、さらに小さな素粒子が集まってできたものである。

 その素粒子のことを『量子』と呼ぶわけだが、実はこの量子、それ自体がじっと固定されてそこにただ静かに佇んでいるわけではない。常にプルプルと振動しているのである。


 まぁ、言ってしまえばこの振動こそが量子波動の発生源なのであるが、実はこれ、物質同士を繋ぎとめるために極めて重要な役割を担っている。


 同じ振動数を持つもの同士は、いつのまにか惹き合って次第に塊になっていくのだ。そうやってできたものが最終的に「鉄」だったり「水」だったり「酸素」だったりするわけだ。

 つまり、物質が塊として存在するためのいわば接着剤にあたるのがこの“振動”。


 いっぽう“兵器”というものは、そもそも対象を破壊するための存在だ。多くは物理的に相手を損傷させ、原型を破壊するもので、たとえば銃弾は人体を物理的に貫けるし、威力の高いものであれば貫くだけでなく粉々に粉砕したりしてしまう。


 ところが当然ながら、銃弾すら貫くことができない頑丈な物質も、世の中には数多あまたあるわけだ。

 たとえば防弾ガラスは拳銃弾など簡単に弾き返すし、兵士が身に付けているフルメタルアーマーなどは、一般的に7.62ミリのライフル弾さえ食い止める。戦車などの分厚い装甲を持った車輛も然り。


 では何故これら防弾ガラスなり戦車装甲なりが銃弾を弾き返すことが出来るのかといえば、それらを構成する物質が、とてつもなく強く結合しているからだ。つまり、頑丈な物質を造ろうと思えば、分子同士の結合力が高い素材を材料にすればよい。


 兵器とはすなわち、この攻撃力と防御力のせめぎ合い、いわば“力比べ”だ。


 その究極の進化形こそが、音速の数十倍という恐るべき速度で弾体を射出する電磁加速砲レールガンだ。これだけの運動エネルギーを対象に叩きつければ、大抵はこの物質同士の結合力を上回って破壊することが出来る。これはある意味、弾体兵器のひとつの到達点と言っていい。


 いっぽうこの振動弾頭は、極めて高い結合力を持つそれら物質を、力でねじ伏せるのではなく、そもそもその結合自体を瞬間的にほどいてしまおうという発想。


 物質同士の結合さえほどけば、どんなに堅牢な物質も、まるで砂糖細工のようにパラパラと一瞬にして崩れてしまう。これなら、対象がどんなに高い硬度を持つ物質であれ、もはや関係ない。そう――

 文の持つ凄まじい硬度を盗み取った、デス・スターのあの硬質膜ですらだ。


 つまるところ『振動弾頭』とは、この「物質固有の振動数」を着弾した瞬間に割り出し、それとは完全に逆位相の振動を瞬間的に放つことにより、振動そのものを吸収して物質同士の接着作用を無効化させることを目的としている兵器なのだ。


 そして士郎がたった今目の前で目撃したその誘導弾の着弾の光景は、まさにこの逆位相振動を放った時の可視化現象そのものだったのである。

 それは以前、叶のラボで見た実験の時の光景そのもので、士郎は一瞬にしてその時のことを思い出したのだ。


 虹色のワイヤーフレームは瞬間的に膨張したかと思うと、その巨像のまさにその部分を、完全に球体状に抉り取った。その場所の分子結合を一瞬にしてほどき、肉眼で見えない量子レベルに完全に分解して大気中に消し去ったのだ。


 ギャあァァァァ――ッ!!!!


 巨鴉はけたたましい咆哮を上げる。それは黒板を爪で掻きむしるような、そんな不快感に溢れた不協和音だった。思わず全員が耳を塞ぎ、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。


 だが、本当に驚いたのはその直後だった。

 振動弾頭で綺麗にくりぬかれた巨鴉のその身体の奥の方に何かが埋まっているのを、全員がはっきりとその目で目撃してしまったのだ。


『――し……士郎ッ!! 化け物の腹の部分に何かが見えるぞッ!!』


 不協和音に怯むことなく敵情偵察を続ける久遠が、跳躍した高い位置から報告してくる。


『……あれは――クリスタル!?』

『え? 何が見えるって!?』

『――クリスタルだ!! 化け物の腹というか、胸の部分にクリスタルみたいなのが埋まってる!』


 クリスタル――!?

 それはいったい何だ……!? 士郎は困惑する。


 この巨鴉――八咫烏モドキは、どう見ても生体だった。もちろんそれは見たこともないような生物で、そういう意味ではそもそもそれ自体がまがい物のように見えなくもない。だが、それでもその巨大な羽といい、鋭い眼光といい、禍々しいクチバシといい、それが生物であることはもはや疑いようがない。


 その生物の身体に、クリスタルが埋め込まれている!?


 それじゃあまるで、以前『幽世かくりよ』から『現世うつしよ』に戻ってくる前後で、アイシャがその腹部に出雲大社のご神体の欠片を埋め込んでいたみたいじゃないか――

 それは、あまりにも嫌なフラグだった。そんな異物を生体に埋め込んだもので、この先上手くいったためしがない。そして案の定――


 最悪の報告が、ついに飛び込んできたのだ。


『――士郎ッ!! 至急至急!!』


 上空の久遠から慌てたような口調が飛び込んでくる。


『どうしたッ!?』

『あのクリスタルの中に、人影が見えるぞ!』

『はァ――!?』


 あまりのことに、士郎は思わず剣呑な返事をしてしまう。

 だが一方で、直感が早鐘のように危険信号を発し始めていた。これは何かある――

 しかも……途轍もなくヤバい話だ――


 思わず士郎は、叶への回線を開いていた。


『――こちら石動いするぎです! 叶中佐、聞こえますかッ!?』


 一瞬の間が空いて、返事が返ってくる。


『――おぉ!! 石動君……無事だったかい!?』

『中佐! 今の攻撃は中佐ですか!?』

『あぁ――というより、ヂャン将軍だよ。狼旅団が支援に駆け付けてくれた』


 なんだって――!?

 張将軍が……? どうやってこちらの世界に――!?

 しかも開発途上だと思っていた振動弾頭を……


 情報量が多すぎて、士郎の頭はパンクしそうになる。だが、先ほどの久遠の斥候情報の方がどうやらそれを上回っていた。


『――えと、中佐! 詳細は後でお聞きするとして、先ほどのその……振動弾頭による攻撃で、敵モンスターの腹部から胸部にかけての部分が露出しました』

『おぉ――さすが僕の最高傑作!』


 やはり……アレは叶中佐が実用化したのか――

 いや、今はそんなことよりも――


『――それでですね、その中からクリスタル状のものが出てきました。しかもその中には、人影が見えます』

『は? 人影……!?』

『えぇ、ですから一旦攻撃をペンディングしてください! 繰り返します、攻撃をペンディングしてください!』


 そうなのだ。振動弾頭で根こそぎその部分を消滅させてしまうと、当然クリスタルもざっくり抉られて、そしてその中にいる人影も当然ながらただでは済まないと想定される。


『――わ、わかった……君がそういうなら……』


 その直後だった。

 クリスタルが、異常な輝きを放ち始めたのである。それはどうやらクリスタルそのものが何らかの変化を起こしたのではなく、その中にいる人影が原因のようだった。

 なぜならその人影が、クリスタルの中で僅かに動き、その瞬間凄まじい光芒を放ったからである。


 カァッ――――


 それはまっすぐ直上に光条を迸らせ、低く垂れこめていた戦雲を刺し貫いた。直後、鉛のような雲海が一気に帯電したのか、強烈な雷光を空全体に含み始める。


 バリバリッ――!

 バリバリバリッ――!!


 亜紀乃が悲鳴のような声を上げたのはその時だ。


「――士郎少佐ッ! アレはっ……未来みくちゃんでは――!?」


 は――!?

 亜紀乃は、その神速の瞬発力を生かして巨鴉に肉薄したかと思うと、パッと距離を取る。その繰り返しで先ほどから何度もクリスタルを観察していたのだ。

 突然放たれた雷光のせいで、そのクリスタルのやや滲んで見通しの悪かった部分が、まるで劇場のスポットビームを浴びたかのように明るく照らし出されたのだ。


 亜紀乃の指摘を受け、士郎は慌ててクリスタルを凝視する。次の瞬間――


 バリバリバリッ――!!!


 凄まじい雷光とともに、再びクリスタルが内部から明るく照らし出された。その瞬間、士郎の頬は無意識に強ばる。そこにいたのは確かに――


「――未来……なんでそんなところに――」


 それはまごうことなく、神代未来その人だった。

 巨鴉の胸部に埋め込まれていたクリスタル――その中に、確かに未来が閉じ込められていたのである。


 じゃ、じゃあ……


 士郎は慌てて隣を振り返る。そこには――


 そこにもまた、間違いなく未来がいた。先ほどから元気がなくてリアクションも極薄だが、その美しい銀髪といい、白磁の様な頬といい、透き通るような淡い青色の瞳といい、そのどれもが本物の……神代未来――


 つまり、今この瞬間、未来はあっちとこっち、二人存在していたのだ――


「――ど……どうなってるッ!?」

「士郎さん、私にもアレ、未来ちゃんに見えます」

「うん、未来ちゃんだねアレは……」


 くるみもゆずりはも、信じられないという面持ちで両方の未来を見比べる。すると二人は、何を思ったのかこちら側の未来に駆け寄っていって、そしてぎゅっと二人して彼女を抱き締めた。


「――ねぇ未来ちゃん、なんであっちにもいるの?」


 あぁそうだ――

 こうなったら本人に訊くしかない。


「私、あっちの未来ちゃんにも訊いてくるのです!」


 言うが早いか、亜紀乃が再びダンッ――と床を踏みしめ、巨鴉に突貫していく。くるみたちに抱き締められたこっち側の未来はというと――


「――未来ちゃん、ねぇ未来ちゃん!?」

「え……えぇ……」


 何とも要領を得ない。そのうち、亜紀乃が戻ってきた。


「少佐!」

「キノ! どうだった!?」

「あっちの未来ちゃんも、口を開かないのです。でも……」

「でも――どうした?」

「喋らないだけで、表情はとっても反応あるのです。あっちの方が本物っぽいのです」


 何だって――!?

 ということは……


 士郎の思考が、凄まじい勢いで回転を始める。

 今ここに一緒にいる未来――仮にこれを1号とする――は、確かに少し前から様子が変だった。いつから!?

 そうだ――それは確かにあの時、マクロファージ……いや、カブトガニ型ドローンに集中的に狙われて、それを蹴散らした直後からだ。

 あれ以来未来1号は、まるで初めて出逢った時のような、オドオドして存在感の薄い少女に逆戻りしてしまっていた。


 でもだからといって、あのクリスタルの中に閉じ込められている未来2号は、じゃあいったい何なのだ――

 同時に同じ人間が別の場所に存在することなど、あり得るのだろうか!?

 あるいはあちらの2号はフェイクか……先ほどと同様、あれは李軍の作り出した幻覚――!?

 でも、万が一あれも本物だったら――!? いや、本当は2号の方こそ本物で、隣にいる1号こそが偽物……!?

 確かに1号は、未来らしくなかった。亜紀乃によれば、2号の方がむしろ本物っぽいということだし――


 どうする……!?


 やがて士郎は、ある結論に達する。


『――叶中佐! 聞こえますか!?』

『あぁ、あの化け物の中に未来ちゃんが囚われの身になっているんだろ? 今こっちでも確認してビックリしてるとこさ!』

『そのことなんですが……こっちにも、俺の隣にもちゃんと未来がいるんです! なのでどっちが本物か、あるいは両方本物かもしれませんが――分かりません! ひとまず攻撃中止願います!!』


 叶からの返事は、しばらく返ってこなかった。士郎はジリジリと待つ。まぁ、こんなことを突然言われて、思考が追い付くわけがない。かくいう士郎自身も、混乱してひっくり返りそうなのだ。やがて――


『石動少佐、君の要請を受け入れよう。あの化け物への攻撃を中止する。未来ちゃんは国家の至宝だからね――だが、どうする!? 向こうはこのままおとなしく引き下がってくれそうにないよ!?』

『えッ……?』


 叶の言う通りだった。巨鴉は唐突に、その翼を大きく広げ始めたのである。さらにその巨大な全身の輪郭から、ボゥッとオレンジ色のフレアを滲ませ始めたのだ。このパターンは……


 唐突に、叶付きの観測員の声が士郎の無線にも割り込んでくる。外殻が砕け散ったことで、既に外部との無線連絡は自由自在だった。


『――目標から高エネルギー反応を確認! 何らかの熱核反応か、あるいは――』


 その時だった。

 巨鴉が、突然咆哮を上げたかと思うと、天頂に向けて真っ直ぐエネルギー波を放ったのだ。


 それはまるで、軌道エレベーターの如く、真っ直ぐ宇宙に突き抜けていく――

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