第578話 超高密度飽和攻撃
デス・スターは、粘菌だった――!?
いや、厳密に言うとそれは“半分が”という意味だ。
もともとこの巨大な天体モドキは、
だが、それでも叶の試みにより、この物体の一部に『粘菌』とよく似た性質が見て取れることがたった今判明したのだ。
もともと李軍は半機械体だったから、もしかしたら残り半分の生体部分が『粘菌』化してしまったということなのだろうか――
では『粘菌』とはいったい何か!? という話になるのだが、これがまた実に複雑怪奇な生命体なのだ。
まず第一に、それは単細胞生物であって多細胞生物だ。
もっとも基本形となる生命維持のかたちは、まさしくアメーバ菌とよばれる単細胞生物。周囲にエサがある限り、これは限りなく増殖していく。
ところが、エサとなるものが周囲になくなって飢餓状態になった途端、今度はそのアメーバ菌ひとつひとつが寄り集まって、私たち人間と同じように多細胞生物になってしまうのだ。
もちろん、それは人間のように極めて高度な生命体、というわけにはいかないのだが、それでもこれは普通に考えたら想像を絶する変化といえる。だって、人間に置き換えてみればいい。
それまで個々で活動していた人間一人ひとりが寄り集まって、それとはまったく別の、新たな「人間」として活動を開始する、というのと同じだからだ。
じゃあその時、もともとの個々の人間はどうなるかといえば、それは既に元の人間としての意思は持たず、単なるパーツと化してしまうのだという。
『粘菌』というのはそれほど特異な形質を持つのだ。
そして第二に最も恐るべきは、この生命体が“動物”なのか“植物”なのか、分からないということだ。
多細胞化した粘菌は、ある時唐突にその動きを停止し、大地に根を下ろす。そしてその身体自体がセルロース化し、胞子を放出するようになる。それはつまり、一般的に言うところの“植物”に他ならない。
それまで自律的に空間を動き回っていた粘菌が、ある時突然植物と化す――
これらの様々な形質を併せ持つこの生命体は、まるでこの地球上で、一番生きやすいスタイルは何なのかをずっと探し求めているかのようだ。それはあたかも、究極の“自分探し”だ。
言うまでもないが、奴らがその形状を変化させるのは、個々の置かれた環境や状況による。要するに、個体によってバラバラなのだ。それは若者が、自分はいったいどう生きるべきなのか思い悩む姿にも似ている。人によっては思春期に入った早々に、また別の人は社会人になってから悩んだりするだろう。それと一緒だ。
そんなわけで結局、科学者たちはこの『粘菌』を、生物学上の“何か”に分類することを諦めた。すなわち――
『粘菌』は、『動物類』でも『植物類』でもなく、『粘菌類』だとしたのである。
そして今――
この巨大な『粘菌』は明らかに、大地にその根を下ろそうとしていた。
「――叶中佐! デス・スターが……」
「あぁ、なんてこった……」
目の前で、デス・スターから一本の足が生えてきていた。中天に浮かんだその巨大天体モドキは、
殺人光線の攻撃を避けて星の真下に避難していた多くの帝国兵、そして自由日本軍兵士たちは、慌ててそこから飛び退いていく。
触手はまるでホワイトチョコのフォンデュタワーのようにも見えた。それは無尽蔵に地面に伸び、そしてますます太くなっていく。そう、天体を支える幹が、あっという間に太くなっていったのだ。
「――植物化……しているというのか……」
叶は思わず口走った。そうだ――
『粘菌』の性質を考えれば、これは間違いなく第三形態――つまり“植物化”だ。兵法家としては碌に役に立たなかった叶だが、科学者としては自信をもって断言できる。
叶は、傍にいる各級指揮官たちに胸を張って指示を下した。
「――みんな、コイツは今、形状変化を始めている――植物化だ。したがって恐らくこれ以上動かないから、慎重にレーザー光線の死角を探すんだ。パニックになる必要はない!」
「りょ……了解しました!」
叶の言う通りだった。
それまでグルングルンとその地軸を動かし、周囲の敵――つまり我々のことだ――を一掃しようとしていたデス・スターは、今やその動きを完全に止めていた。
だが、実際のところその光景だけを見れば、それは見る者を恐怖に陥れずにはいられない。
一瞬にして数千人の兵士を蒸発させてしまうような、そんな危険な攻撃をさっきまで断続的に繰り出していたこの謎の巨大天体が、今度はいったい何をしでかそうとしているのか――
もしもコイツが「植物化」し始めているのだ……ということを知らなければ、恐らく兵士たちは、ますます恐怖に駆られ、パニックに陥ったことだろう。
だが、叶の落ち着き払った態度は、兵士たちをクールダウンさせるには十分だった。今、自分たちの指揮官はすべての事態を掌握している――
叶の予測通りに事態が推移し始めたことで、兵士たちは少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。根拠はないが、なんとなく今から反撃が始まるような――そんな空気が戦場を覆い始めていたのだ。
だが――
事態はそう単純ではなかったらしい。
「中佐! アレを見てくださいッ!!」
指揮所の観測員が、双眼鏡を真上にかざしながら叫ぶ。叶も慌てて上空を振り仰いだ。
「――な……なんだアレは……!?」
それまでデス・スターを真球状に覆っていたあの硬質膜が、俄かに変形を始めていたのである。
その膜は、実際のところ「膜」というより「殻」だ。表面は比較的ツルンとしているように見えるのだが、双眼鏡でグッとその表面を拡大して見てみると、それは案外ザラザラで、デコボコしている。それは言うなれば、甲殻類の殻の質感に近いかもしれない。
そんな硬質膜が、俄かに泡立ってきたかと思うと、次々に針のような鋭い棘を四方八方へ突き出し始めたのである。
その変形スピードは予想以上に早かった。あれよあれよという間に無数の針はやがて槍のようになり、そして徐々に束ねられて剣のように幅広になっていって、最終的には鋭い三角錐のようなものが何本も突き出して――ようやくその変形を完了した。
いや違う――
その変形は、デス・スターのちょうど下半分だけのようだった。上半分は、最初の針状変形のままで止まっている。ただし――
その色は、いつの間にかやや赤色に寄せた紫がかっていて、まるで何かの花のようにその見た目の印象を変えていた。
花――!?
その瞬間、叶は思い至った。
この色と形状は、まるでキク科の植物『アザミ』のようじゃないか!?
アザミは、真っ直ぐ伸びた比較的太い茎の先端に花を咲かせる植物だが、その花の基部――つまり『がく』の部分は大きく鞠のように膨らんで、そこからギザギザした棘状の葉をあちこちに突き出している。
花冠自体はとても可憐でこんもりと丸い形をしているのだが、それを構成する無数の花弁はその葉と同様、まさに鋭い棘のようで、ともすると見る者を警戒させる。
目の前で変形してみせたデス・スターは、まさにこのアザミそっくりだったのである。
「――おいおい、まさかコレ、我々に『報復』しようとしてるんじゃないだろうな……」
「中佐、『報復』とは……」
「だって、アザミの花言葉は『報復』、あるいは『私に触れるな』だよ。コイツ、それを分かっててアザミに変形したんじゃないだろうなと思って……」
観測員は、そんな叶の例えがまったく洒落にならないと思って戦慄した。
こんな直径300メートル近い巨大アザミに報復されたら、いったいどんな地獄絵図になるか――
しかも“私に触れるな”だと!? 今からこれを攻略しようとしているのだから、全面対決は避けようがないじゃないか――!?
そして観測員の懸念は、あっという間に現実となった。
『がく』の部分の鋭い三角錐の先端が、急激に内部から光を放ち始めたのである。
「――これはッ……!? 全員退避ィーッ!!!」
気付くのが遅すぎた――
次の瞬間、凄まじい光条がその切っ先から迸った。それはまさに、天頂部から放たれていたあのレーザー光線と同質のものである。当然その三角錐の大多数は地面の方を向いているから、その先端が指向する先にいた多くの兵士たちは、まともに光線の直撃を喰らう。
カッ――!!!!
ぐわァァァァ――――ン!!!!
凄まじい熱炎が、一帯を覆い尽くした。それはまるで、ナパーム弾を落とされたかのような惨状だ。当然、途轍もない数の兵士がその灼熱地獄に巻き込まれる。
唯一無事だったのは、叶が陣取っていた指揮本部だ。そこには、僅かに特戦群の従兵たちが居残っていたから、先ほどの特戦群兵士たちがやったように防弾装甲を外し、急増で
戦場は、あっという間に阿鼻叫喚の様相を呈していった。さらに――
「――デス・スター上方より爆発音多数ッ!!」
傍にいた観測員が絶叫する。“花弁”の方か――!?
何かしら投擲したのだろうか!? クソっ――
「――爆弾か何かが大量に降ってくるかもしれん! 全員対爆姿勢ッ!!!」
叶は本能的に、その場に低くしゃがみ込んで頭を覆った。
クソっ! クソっ!! クソっ――!!!
正直、こんなに一瞬のうちに追い詰められるとは思ってもいなかった。これじゃあ、反撃するきっかけさえ掴めない。あの中に突入した
そうだ――せめてかざりちゃんだけでも守り切るんだ!
外部からの攻撃にビクともしない以上、今はひたすら耐えて、オメガチームが中からこの要塞を破壊してくれるのを待とう。
それまで、せめてかざりちゃんだけでも――
あれ――!?
だが、爆弾は一向に降ってこなかった。どうなってる……!?
次の瞬間!
ドガガガガガガガガガ――!!!!
凄まじい爆発音が、再度デス・スターの上方から響き渡ってきた。違和感を覚えた叶は、特戦兵たちが緻密に覆ってくれていた鱗盾を少しだけずらし、肉眼で上方を覗き込む。
「――ちゅ、中佐!? 危険ですよ!?」
「大丈夫、ちょっとだけ――」
だが次の瞬間、その光景を見つめる叶の目が、カッと見開かれた。そこに浮かんでいたのは驚愕――そして喜びの色だ。
あの爆発音は、着弾音だったのだ!!
巨大アザミの花冠に向けて、上空の四方八方から無数の白煙が伸びていた。それはまごうことなく、周囲からアザミに向けて撃ち込まれた、何らかの攻撃の痕跡に違いなかった。直後――
『――叶先生!! 遅くなりましたッ!!』
その声は――!!
『
『詳しいことは後で! 今はとにかく、首をすくめといてくださいッ!!』
言うが早いか、
それを聞いた兵士たちが、どれほど彼らを力強く、頼もしく思ったことだろう。
『――引き続き、全力攻撃だッ!! 持てる火力をすべて、あの化け物に叩き込めェッ!!!』
『こちら誘導弾中隊! 第一から第三は振動弾頭を射出ッ!!』
『――第四から第五は多連装ロケット弾を効力射!!』
『砲兵中隊だ!
『撃て撃て撃てェ!!! 力負けするなァッ!!!』
それは、凄まじい殴り合いだった。
化け物アザミは、狂ったように乱射を繰り返していた。
四方八方に向け、その鋭い棘から凄まじい火力を爆発的に繰り出している。ただの一瞬も途絶えることなく、僅かでも衰えることなく――
これはまさしく、波状攻撃だ。
だが、張秀英の攻撃は、それに対し一歩も退かない――どころか、気合いの入り方では明らかに一枚上手だと思えるほどの猛攻だ。これほどの超高密度飽和攻撃を、叶は見たことがない。
まさにヘビー級ボクサー同士の、ガチンコの打ち合い――とでも形容できようか。
辺りは一瞬で、凄まじい爆炎と黒煙に包まれた。
もはや化け物アザミに、地上の叶たちを構っている余裕など1ミリもなさそうだった。先ほどの一撃で消えかけていた兵士たちの闘志が、沸々と煮えたぎってくるのを叶は受け止める。
自然、特戦群をはじめ、帝国兵、自由日本軍兵士たちの陣営からも、凄まじい勢いで銃砲撃が再開された。あとはまさに、決壊したダムの如しだ。
その時、ひときわ大きな爆発がアザミの花冠から噴き出した。直後、大火炎と濃密な黒煙が上空に噴き上げ、無数の火花が地上に降り注ぐ。
あの硬質膜を、打ち破った――!? 誰が――!?
『――こちら誘導弾中隊! 振動弾頭の有効性を確認! 繰り返す――振動弾頭の有効性を確認した!』
『了解だ! 砲兵中隊はただいまよりレールガンをマイクロ波弾体に切り替える!!』
振動弾頭!? マイクロ波弾体――!?
叶は、その言葉の意味するところをよく承知している。
「そんな――ウソだろ……!? あれを実戦投入したのか――」
だが、ウソではないし、ましてや夢でもなかった。さらに猛烈な飽和攻撃が、四方八方から繰り出され――
そしてとうとう、その時がやってきた。
あの化け物アザミの花冠が、すべて吹き飛んだのである――!!
そして中から現れたのは……!?
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