第577話 粘菌
突如として無数のマクロファージが
彼女はそのせいで、完全に身動きが取れなくなってしまった。
「――未来ッ!?」
「士郎くんッ――」
それは、やはり体内の異物を除去しようとする免疫機能の本能なのだろうか。士郎たちオメガチームは、このデス・スターの中ではあくまで“外部から侵入してきたウイルス”なのだ。
だが……
なぜいきなりその攻撃が未来に集中したのだ!?
彼女が“異物”の司令塔だとでも認識したのだろうか――
それとも……別に何か理由があるのか――
いずれにせよ、どこかで誰かが意図的に、未来を集中して潰しに来ていることは明らかだった。
このままでは未来が危ない――!
今や彼女の全身は、ぎっしりみっちりマクロファージに取り付かれ、あっという間に単なる柱状塊と化していた。
士郎は必死で未来の傍に駆け寄ろうとする。だが、他のマクロファージに行く手を遮られ、なかなか思い通りに辿り着けないでいた。
その時だ――
カァッ――
未来が埋もれている柱状塊の内部から、凄まじい閃光が迸った。次の瞬間――
バァッ――!!!!
マクロファージが、一斉に爆裂した。吹き飛ばされたのだ。
その中心から、仁王立ちになって現れたのは未来だ。どうやったのかは分からないが、とにかく途轍もないエネルギー放射で、このしつこい連中を中から吹き飛ばしたのだ。
ガシャガシャン――!!!!
思いがけず金属的なけたたましい音を立てて、吹き飛ばされたマクロファージが
これは――!?
そのデバイスの形状を表すとしたら……そう――それはまるでカブトガニだ。
上面はやや扁平したお椀型のいかつい甲羅で覆われ、そして下面は――幾体もひっくり返っているからよく分かるのだが――ダンゴムシの腹のように、何本もの節足がギュっと縮こまっている。
尾部と思われるところからは、長い尻尾のようにも見えるセンサー
これが、奴らの本当の姿……
恐らく
さっきまでこれが白血球の一種である『マクロファージ』に見えていたのは、やはり幻覚だったか――
このデバイスはおそらく、基地などの施設防衛用ドローンだ。
その時、ハッと気づいた士郎は、辺りを見回した。
目の前に広がっていたのは――
まるで戦艦か何かの内部のような、妙にメカニカルな通路だった。天井部にはパイプやさまざまな配管が伝っていて、壁にもそこかしこに大小さまざまな棚や何かの筐体が据え付けられている。
振り返ると、先ほど自分たちが昇ってきたと思われる場所には、ラッタルの開口部が開いていた。
やはりここは、間違いなく人工物だ。デス・スターの内部は、帝国兵たちの言う通りガチンコの人工施設だったのだ――!
もちろん、変化に気付いたのは士郎だけではない。
「――士郎……ここ、さっきまでの光景と全然違う……」
「えぇ、どうやら幻覚症状が収まったようですね」
口々に安堵の言葉を漏らすオメガたち。そして――
みなの視線の先には、未来の姿があった。さらに――
彼女の足元には、そこかしこに先ほどのカブトガニ型ドローンが転がっていた。先ほどの未来のエネルギー放射によって、スクラップ化したのか……
それだけではない。それらデバイスは、あちこちが欠損していたのだ。
例えば、あの気持ち悪い腹部だ。本来そこから生えているはずの複数の節足が、櫛の歯が欠けるように何本も抜け落ちている。尾部から伸びた細長いセンサーも、多くの個体が欠損していた。デバイス上面を覆うお椀型装甲も、その半分以上が欠けていて……
これってもしかして――
その時、仁王立ちしていた未来が、グラリとよろめいた。
「――未来ッ!! 大丈夫かッ!?」
慌てて駆け寄った士郎は、思わず彼女の両肩を掴む。どうやら大きな怪我はしていないようだったが、どことなく元気がない。
まぁ、疲弊するのも無理はない――と士郎は思った。意外に手強かったこのマクロファージ……いや、カブトガニ型デバイスを、彼女はたった一撃のもとに仕留めたのだから。
お蔭で、先ほどまであれほど猛威を振るったカブトガニたちは、今やすべてその動きを停止していた。
「……士郎……くん……」
「あぁ、無理しなくていい。少し落ち着くといい……」
士郎はピンと来ていた。恐らく未来は、例によって異能を発動した際、
リバースドライブは、本来の異能を逆ベクトルに発揮させるものだ。例えば人体破壊の異能を持つ
だから未来の場合は、彼女の持つ『不老不死』の異能を逆進させ、対象の自殺遺伝子を活性化させたのだろう。今から斃そうとする敵の生体活動を活発化させるわけにはいかないから、彼女は今まで何度かそういう力の使い方をしてきている。
ただし――そうなると引き起こされるのが、例の『アポトーシス』だ。
これらデバイスの節足や尾部、甲羅部分などが妙に欠損しているのがその動かぬ証拠だった。ということは……
このデバイス、完全に機械化されたものでなく、一部生体が使われていたということか――
ともあれ、何とかコイツらを退けたことで、士郎たちはようやく、この先へ進む取っ掛かりを掴んだというわけだ。
帝国兵たちも、目をぱちくりさせながら徐々に起き上がってくる。もう二度と起き上がれない兵士が二、三人いたようだが、士郎たちはグッと唇を噛み締め、次なる一歩を踏み出した。
気がかりなのはもちろん彼女だ。
「――未来……大丈夫か?」
士郎は、再度未来に声をかける。どうもさっきから様子がおかしいのだ。この場を切り抜けた最大の功労者は未来なのに、肝心の本人がすっかり元気を失くしている。これではまるで、初めて逢ったあの時のようだ。今の未来は、どこかオドオドしていて、頼りない。
士郎の問いかけにも、彼女は上目遣いでコクリと頷くだけだ。
まぁいい……特に怪我をしている様子もないし、精神的に気分が浮かないだけなのだろう……
「――さぁ、動ける者は全員、頑張って奥に進むんだ! この先まだ何か出てくるかもしれない。十分に用心しろ!」
「おぉッ!!」
一難切り抜けた兵士たちは、意気軒高だった。
***
その頃、叶は慣れない戦闘指揮でもはやパンク寸前であった。
オメガチームと一部の帝国兵たちがあのデス・スターに突入して早や10分以上――
その巨大な人工天体は、途中何度もグラリと揺れ――そのたびに地軸を傾かせた。
当然、あの殺人光線の射程範囲が広がる。そうなれば、新たに餌食になる兵士たちが、そのたびに激増するのだ。
だが、今のところ特戦群兵士たちの
不思議なことに、このデス・スターの外部へ向けた砲門は、その一か所しかない。だから、少なくともレーザーの死角――それは要するにデス・スターの限りなく真下ということだ――にいる限り、帝国兵や自由日本軍兵士たちも、今のところ
それにしても――
「まいったなぁ……これ、どうやったら戦局を打開できるんだろ……」
そんな独り言を部下たちが耳にしたら、あまりのことにひっくり返るに違いない。
だが、叶はそもそも「技官」なのであり、こと戦闘に関しては、素人に毛が生えたようなものなのだ。
今さらながら叶は、
それに引き換え、今の自分は明らかに戦闘部隊の指揮官として失格だった。決定的に撃破されることもないが、相手を斃すこともできない。
いわゆる「膠着状態」――このままではジリ貧だ。やがて兵たちも疲弊し、勝てる
叶は思い出していた。
石動君が当初懸念していたのは、部隊を過度に集中させると、そこを狙い撃ちにされたらひとたまりもないということだ。
もしこの瞬間、デス・スターの地軸がグルンと180度反転――つまり『ポールシフト』だ――して、あのレーザー光線の砲門が基底部に来たら、ひとたまりもない。
なにか――
何か自分にできることはないか――!?
叶は必死で考える。そもそも自分のような技官が今回の作戦の総指揮官に任命されたのは、次元をまたいで空挺降下するといった、想像を絶する戦場をハンドリングするためだ。その時に起こり得るさまざまな不測の事態に対処するため、自分のような科学者が指揮を担うことになったのだ。
だが、今のところそれは殆ど活かせていない。実に内心忸怩たる思いであった。
焦燥に駆られたまま、叶は中空にボゥッと浮かぶデス・スターを見上げる。その外殻は今や、銃砲火さえ通さない堅牢な硬質膜に覆われていた。唯一、その基底部の一か所に空いた亀裂は、かざりちゃんがその身を砕きながらなんとか貫いた、唯一の突破口だ。
そもそもコイツは何者なのだ――
その瞬間、叶はハッとしてその星を見上げる。
そうか……自分は科学者だ。兵士のように勇敢に戦うことはできないし、戦術センスもない。だが、自分はこの恐ろしい存在の正体を科学的に推測し、その弱点を探ることが出来るのではないか――
もちろんそれは、既知の存在ではないだろう。そもそも生物か機械かすら分からない。だが、石動君たちは敵の正体を知らないまま、今も必死で戦っているのだ。僕も全力を尽くさなければ――
「すまないが、誰かあの亀裂に向けて狙撃してみてくれないか!?」
叶の呼びかけに、何人かの帝国兵が馳せ参じる。みな、この膠着状態を何とかしたいと思っているのだ。
「――狙撃でありますか!?」
「うん、石動くんたちが内部に突入して暫く経つから、あの亀裂付近にはもう誰もいないだろう。とにかくこのデカブツの反応を見たいんだ」
「分かりました。そういうことなら……」
数名の兵士が、隊長に呼ばれて駆け付けてくる。彼らが持参した小銃は、他の兵士のものと少し異なっていた。最大の違いは、
やがて狙撃兵たちは慎重に、ほぼ直上に狙いを定める。
パァ――ン!
パンパァ――ン!!
当たったのか――!?
叶はキッと亀裂を凝視する。次の瞬間――
びょん――
ぼこぼこぼこぼこッ――
突如としてその亀裂から、何やら半透明の触手のようなものが飛び出してきたではないか!
――!?
「うぉッ!? 何ですかアレ……」
兵士たちがどよめく。だってそれは、とても気持ち悪いのだ。半透明の触手はどんどん伸びて……そして今度は、白くて細長い脚となって、ぐにょぐにょと中空に蠢いている。
「これは――」
だが、叶はたったそれだけで、コイツの正体をおぼろげながらに推測してしまった。これこそが、科学者の本領発揮というわけだ。
「――これは……粘菌だ……」
兵士たちは、困惑した表情で叶を見つめ返す。ネンキン……?
「……えっと――」
「粘菌だよ! もちろんこのデス・スターは、もともと半人半機械体から巨大化して形成されたものだから、全部が全部ソレというわけではないのだろうが、少なくとも半分は生体要素を併せ持つとみて間違いない。そしてこのデカブツの生体部分は、粘菌の特徴を持っていると思われる!」
叶はいつの間にか自信を取り戻していた。相手が何者か推測できたなら、それなりに対処のしようはあるからだ――
「――それで……ネンキンとはいったい……」
元気を取り戻しつつある叶とは裏腹に、兵士たちは余計困惑の度合いを深める。ふと我に返った叶は、兵士たちを力強く見つめ返した。
「ネンキン……粘る菌と書いて粘菌だ。厳密には真性粘菌と細胞性粘菌の二種類が存在しているが、コイツは恐らく後者――基本的にはアメーバ菌で、周囲に食べ物があればどんどん分裂して個体数を増やす類のものだ」
「――じゃあ、単細胞生物……」
「あぁ、その通りだよ。ところが周囲にエサがなくなると、コイツは突然集まり始め、今度は一つの集合生命体に変形するんだ。つまり、多細胞生物になるんだよ」
「単細胞生物だったのに、途中で多細胞生物に……」
「それだけじゃない。コイツはある時自分から動くことをやめ、一か所に留まるんだ。そして根を生やし、体の中がセルロース化し、体表面には胞子まで纏うようになる……」
「それってまるで植物じゃ――」
「あぁ、その通り――この粘菌というのは、単細胞生物であって多細胞生物であり、なおかつ動物のようでいて植物の性質を合わせ持つ、不思議な生き物なんだ――」
その謎の半生命体が突如として大きく変形したのは、その時だ――!
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