第527話 ゴッド・シューター

『――大和艦砲射撃、弾着まであと30秒!』


 オペレーターの声が作戦室に響き渡った。その声にハッとした四ノ宮は、慌てて声を荒らげる。


「まッ――待て! 駄目だッ!!」

「四ノ宮君!」


 思わず取り乱した四ノ宮を、坂本が一喝する。

 今回の作戦は、四ノ宮が最高指揮官だ。その彼女が浮足立ったら、全軍に対して示しがつかないのだ。


 確かに、この映像イメージが今になって飛び込んできたのは想定外だ。そこにはオメガたちの剥き出しの感情が溢れかえっている。

 だがその内容は、“オメガチームがまだ生存している”ということ以外に、特に戦局を大きく覆すだけの情報には乏しい。

 いや――むしろ、敵の首魁が極めて危険な存在で、生かしておくわけにはいかないという判断を補強さえしてしまう内容だ。

 しかも既に、大和からは第二射が放たれているのだ。今さらどうしようもない――


 いっぽうで坂本は、内心途轍もなく後悔していた。四ノ宮の気持ちが痛いほどよく分かるからだ。


 オメガチームは、彼女がゼロから育て上げた、まさに最強にして最高の秘蔵っ子たちだ。その彼らを、四ノ宮は自ら葬ろうとしているのだ。ここにきて迷いが生じないほうがおかしい。

 しかも、もし仮にこの攻撃が大和の艦砲射撃でなく、国防軍の誘導弾攻撃だったら、着弾直前に遠隔操作でそれを自爆させることだって出来たのだ。だが、音速以上の速さで飛翔する無誘導の砲弾を、今さらどうにかできるものではない。


 戦争に「もしも」は禁句だが、今回はいくつもの偶然とタイミングの悪さが重なって、どうも釈然としない状態のまま、彼らの死を見守るしかないのだ……

 坂本は、四ノ宮をそっと盗み見る。


 一喝されて我に返った彼女は、唇をギリッと噛み締めていた。握った拳の甲が、白くなっていた。そんな彼女に、坂本は敢えて声を掛ける。


「……これが、一番いい方法だ。彼らもそれを覚悟して、砲撃を要請したんだろう……」

「……はい……」


 四ノ宮は、小さな声で同意した。


 その時だ――


『――攻撃目標地点に、巨大な重力場を確認ッ!』


 オペレーターの絶叫が作戦室に響き渡った。まだ気持ちの整理がつかないのか、即座に反応できない四ノ宮を見て、坂本がすかさず応じる。


「なんだっ!? それは――どう評価すればいいのか、分かりやすく言えッ!」

『はッ! 端的に言えば、このまま砲弾が命中すると、皇居ごと吹っ飛びます!!』

「なにぃッ!!??」


 その一言で、FICは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。消沈しかけていた四ノ宮が、クワッとその目を見開く。


「皇居がッ――!?」

「陛下は――陛下はどうなるッ!!」

「大和が撃ったのは五式弾ではないのかッ!?」

『――弾着まで残り15秒ッ!!』

「いかんッ! 弾道を逸らせッ!!」

『無理ですッ! 艦砲は無誘導ですッ!!』

『――弾着10とぉ秒前ッ!!』


 その時、作戦室の幕僚たちは悟った。

 自分たちがとんでもない過ちを犯してしまったことを――


 確かに、東京駅地下60メートルに位置する敵司令部中枢を大和の艦砲射撃で撃ってくれと要請してきたのは、現場のオメガチーム指揮官である石動士郎だ。

 だが、彼が要請したのはあくまで地下の目標であり、そこを砲撃することでどれほど周辺に付随的損害コラテラルダメージが生じるかの影響評価は、司令部が下さなくてはならないのだ。


 もちろん、それが地下深くの目標であったことから、幕僚たちはゴーサインを出した。地下施設攻撃能力を持っていたからだ。

 それまで皇居周辺に空爆や艦砲射撃を行わなかったのは、東京都心の市街地を再建不能レベルで破壊したくないという、軍全体のコンセンサスがあったからだ。その中には当然、皇居自体にも被弾や延焼の被害を出したくないという本音が含まれている。

 いっぽう大和の五式弾は、地中深くに貫通して爆発する、いわゆる地中貫通弾だ。これならば、爆心地以外の地上設備に被害が及ぶことはまず考えられない。しかも、正確無比を誇る大和の砲術ならば、ピンポイントで目標座標に撃ち込む自信があった。


 だから砲撃を決行したのだ。なのに――


 そんな話、聞いてないぞ――!?

 その攻撃目標自体に、そんな想像を絶する誘爆要素が出現するなど……


 だが、そういった不測の事態も含めて攻撃の可否を判断しなければならないのが、幕僚というものなのだ。言い訳は……できない――


 士郎からの要請を受け、大和による艦砲射撃を強硬に主張した帝国海軍の参謀が、いきなり上着の前をはだけた。

 突然その場に跪き、そして腰に下げていた短刀をいきなり抜く。


「――死んでお詫びするッ!」


 言うが早いか、その短刀をいきなり腹に突き刺した――と思ったら、連合艦隊司令長官の小沢が彼の手首をパンッ――とはたく。短刀が床に転がった。


「馬鹿者ッ――そんなことをしてどうなるッ!」


 もはや司令部は大混乱だった。とても全軍を指揮統率できる状態ではない――

 坂本が、自分が指揮を代わろうと立ち上がった、その瞬間だった。


『全軍の迎撃可能な全火力に告ぐ――!』


 四ノ宮が、鬼の形相で無線に叫んでいた。絶対に屈しない、鉄の女がそこにいた。


『――大和の砲弾を、撃ち落とせッ!』


 坂本は、言葉を失う。無誘導の砲弾を、迎撃しろだと――!? そんなことは不可能だ。どんなに高性能の照準装置を持った火器でも、音速を超える弾道飛行を行っているごく小さな砲弾を、狙い澄まして撃ち抜くなど、神の力をもってしても、できるわけがない――!


 だが、彼女の目は真剣だった。四ノ宮東子は、まだ諦めていない――!!


 刹那――


『――目標地点より、レールガンの発砲を確認ッ!!』


 オペレーターが絶叫した。


  ***


 チューチュー号が幸いだったのは、彼女たちがまさにその9発の砲弾と正対していたからである。


 なぜなら美玲メイリンたちは、大和の弾着目標そのもののど真ん中に位置していたからだ。これならば、降ってくる砲弾はほぼ静止して見える。

 道路を走る自動車を、横の歩道から見ていたらあっという間に通り過ぎるが、道路の上にかかる歩道橋から真っ直ぐ見下ろせば、向こうからやってくる自動車をじっと見ていられるのと同じ理屈だ。


 だが、だからと言ってそれを撃ち落とすのが簡単でないことは、言うまでもない。何せその砲弾は、秒速約467メートル。時速に換算すると1681.2キロ――つまり、音速の約1.3倍の速度で容赦なく降ってくるからだ。

 しかもその砲弾は、狙うにはあまりにも小さい。イメージとしては、サッカー場のゴールラインから、相手サイドのゴールライン上に放り投げられた米粒を一発で撃ち抜く感じだ。

 しかも一番難しいのは、その砲弾群の先頭弾を確実に弾き飛ばさなければならないという点だ。後続弾を幾ら撃ったって、先にすり抜けた砲弾はあっという間に誘爆範囲から離れてしまう。一発で全弾の誘爆を図るには、絶対に先頭弾を撃ち損じてはならない。


詠晴ヨンチン、大丈夫か!?」


 美玲は思わず声を掛ける。


「はぁ? 誰に向かって口きいてる!?」

「だよなぁ」


 ここまで来ると、美玲には何もすることがない。

 あとはすべて、砲手ガンナーの詠晴にかかっているのだ。もちろん、最適な射角を確保するために、機関員の品妍ピンイェンも踏ん張っている。

 あとやることと言ったら、せいぜい目標――つまり大和主砲弾の接近状況をモニターするくらいだ。あとは……そうか、瀕死の自分たちのテンションを、最高に維持することだけだ。

 なにせ三人とも串刺しのままなのだ。品妍は胸を貫かれたままだし、詠晴はどうやら下半身が駄目になっているらしい。そういう自分も、両腕がもげて腹と背中に交差するように杭が突き刺さっている……


「よ……よし、この迎撃に成功したら、中尉に死ぬほど奢ってもらおう!」


 まったく――こんな時にまで中尉の話しか思いつかない。美玲は言った傍から何だか悲しくなってしまった。だいたい、死ぬほど奢ってもらう前に、ウチら多分……


 だが、悪友たちはどうやら気に入ったらしかった。


「……お? いいねぇ……じゃああーし、デザートフルコースっ!」

「ウチは飲茶ぁー!」


 うんっ――!

 そうだね……絶対にみんなで、奢ってもらおう――!


 美玲は二人の軽口に、微笑で返した。少しずつ、声を出すのも億劫になりかけていた。今は迎撃のことだけに体力のリソースを振り向けよう……


 その時、美玲の目の前のモニターに、ピピピピピ――と相次いで射撃目標がロックオンされた。六角形の赤い照準マークが、全部で9つ――


 小さいな――と思った。


「――目標捕捉! 距離1万6千……1万4千……」

「アイアイ! 捕捉した! データ入力――」

「レールガン電力供給異常なし――射撃可能まであと3……2……1……」

「レールガンフルバーストモード!」

「フルバーストモードよし! オールグリーン――ユーハブコントロール!」

「アイハブコントロール! ロックオン――」


 三人が矢継ぎ早にレールガン発砲シーケンスを展開していく。今回のように静止した状態で砲台と化し、目標を狙撃する場合、最終段階での多脚戦車の姿勢制御は砲手の詠晴に委ねられる。

 つまり――詠晴が“アイハブコントロール”と宣言した時点で、発砲準備が完了したことになるのだ。


 美玲がギュッと目を瞑り……だが、やっぱり気を取り直してカッとその目を見開いた。最後まで、狙撃弾道をこの目で追いかけるんだ――!


「――距離9千!」

「美玲ッ!」


 美玲が相対距離を読み上げたところで、突然詠晴が叫ぶ。


「なにッ? 不具合!?」

「違う――オマエが発砲指示してくれッ!」


 詠晴は、既に全身汗だくだ。流血も酷くて、その両腕は僅かに震えていた。彼女は、その命を削って狙撃しようとしてる――!


「……わかった」


 美玲は、ちょうど足許に位置する詠晴の肩口に、そっと自分の脚を寄せた。その脚も滅茶苦茶だから、触れている感触などなかったが、それでも彼女に触れていたかったのだ。

 それを見た品妍も振り返って、そっとその腕を詠晴の太腿に置いた。


 いつも仲良しで、あらゆる戦場をこの三人で生き抜いてきた。

 みんな、同じことを考えていた。コイツらで、よかった――


「――距離6千! 撃ち方よーい……」


 美玲が、照準モニターを睨みつけた。その時、司令部からの無線が飛び込んでくる。


『……の砲弾を、撃ち落とせッ!』


 ……いったい何を言っているのだろう……?

 集中している美玲たちには、それ以上無線の声は耳に入らなかった。


 ピピピピピ――赤い輝点ブリップが、次第に画面中央に集束してくる。直撃コース――!!


 次の瞬間!!


ーッ!!」


 ビィィィィィィ――ン!!!!!


 ついにチューチュー号から、途轍もない勢いで電磁加速砲レールガンの砲弾が撃ち出された。

 バリバリッという、いつもの発砲ノイズが、中心装甲殻表面装甲を走り抜ける。


 当たれッ――!


 美玲は、全身全霊でモニターを睨みつけた。だが――


 レールガンは、無情にも目標の僅か横をすり抜けていった。外れたッ――!?


「チィッ!!!」

「まだだッ! あと一発あるッ!!」


 そう言えば、詠晴が少し前に「レールガンあと二発撃てる」と言っていたことを思い出した。さっき頑なに敵砲兵陣地をレールガンで攻撃しなかったのは、もしものために温存していたからだ。廃車寸前のチューチュー号に残された、最期の大火力だったから……


「――距離4千ッ!」


 モニター読み上げをうっかり忘れた美玲に代わり、品妍が読み上げる。


「大丈夫! 次はキメろッ! ――距離3千!」


 砲弾は、急速に接近していた。だが、そのお蔭で“米粒大”が“小豆大”くらいまでには大きくなっている。

 今になって、超音速衝撃波ソニックブームが辺り一面に轟いてきた。まぁ、音速より早い砲弾なのだから、音が遅れて届くのは正しい物理現象だ。


「――くっそ! 自動照準はナシだ! なんか変な重力干渉がある!」


 詠晴が今になって爆弾発言をする。手動で撃つつもりなのか――!?

 だが、美玲は信じていた。詠晴なら、必ず当てる! 彼女の腕前は、神をも上回るのだ!


 私たちなら、やれる――!!!


 三人は、再度繋がった。そのひしゃげた脚で、血塗れの腕で、傷ついた身体を支え合った。


「――距離2,500――撃ち方よーいッ!」


 世界を静寂が支配した。

 すべての動きが、緩慢になった。

 詠晴の左手が、まるでピアニストのように弾道制御桿を操作している。


 大和の主砲弾が、まるで静止しているように見えた――


ーッ!!」


 美玲が叫んだ。

 詠晴の親指が、トリガーをまるで羽毛を撫でるようにクリックする。


 刹那――


 ビィィィィィィ――――ンッ!!!!!


 突如として時間の流れが元に戻る。

 まるで激流のような電撃の奔流が、真っ直ぐ直上に撃ち上がった。それはまさに、天昇する龍のようであった。


「「「いっけぇェェェェッ――!!!」」」


 三人が絶叫する。次の瞬間――





 カッ――――!!!!


 辺りが白の中に熔けていく。

 その渾身の一発は、見事先頭弾を撃ち抜き、数瞬後、続く8発の砲弾すべてがその爆発のショックで誘爆した。

 辺りの大気が、怒り狂った龍のように跳ねまわる。そして――


 徐々にその白い世界が収まっていくと、爆心地には途轍もなく巨大なクレーターが出現していた。


 辺りはすっかり更地と化していた。

 あの瀟洒しょうしゃな東京駅は、今やすっかり見る影もない。それは殆ど原型を留めないほど崩れ去って……というよりも、単なる瓦礫の山と化していた。

 それ以外の構造物は……それが元は何だったのか識別できるものは――何もない。


 、9発の五式弾の誘爆によって、消滅していた。


 だが、その被害範囲はせいぜい半径100メートルだ。空中で爆発したから、その大火球と爆風が地表に影響を及ぼしたのはその程度だったのだ。


 爆発によって消滅したのは、東京駅付近だけだ――

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