第28章 瓦解

第528話 反転攻勢

『――れ……レールガン、二発目が迎撃に成功! 迎撃に成功しましたッ!!!』


 オペレーターが、半泣きになって再び絶叫した。

 途端、作戦室に大きなどよめきが広がる。信じられない……大和の砲弾を、たった二発のレールガンで撃ち抜いたというのか――


 誰もが思った。神技だ……


 先ほど割腹自決を図ろうとした帝国海軍の参謀が、へなへなと座り込んだ。

 それを見た小沢はホッとしたように頷くと、四ノ宮の方へ振り返る。


「殊勲の兵には勲章を出さねばなりませんな……」

「え、えぇ……そうですね。おい、今撃ったのは誰だ!?」


 四ノ宮がオペレーターに訊く。だが、その瞬間、オペレーターたちは全員うつむいた。


「おい、どうした? 分からんのか!? 先ほどレールガンを発砲した兵だ。識別番号は分かっているのだろう?」


 すると、オペレーターの一人がようやく口を開いた。


『ほ……報告します。先ほど大和主砲弾の迎撃に成功したのは、第一戦闘団機甲第三小隊所属の131号車です。迎撃成功と同時にその……消滅した模様……』


 消滅した――!?

 三機甲と言ったか!? それってもしかして……


「車長は誰か?」

『はッ――チェン美玲メイリン少尉であります』


 ――!!


 そうか……あの台湾娘たちか――

 確か石動いするぎを慕っていた子だな……彼とは、士官学校時代から面識があったと聞く。

 三人ともどうしても戦車兵になりたくて、わざわざ台湾軍から我が国に軍事留学し、そのずば抜けた成績でついには我が軍が長期レンタルを申し出た将兵たちだ。

 四ノ宮はよく覚えていた。その類まれな多脚戦車の操車能力を買って、わざわざオメガ特戦群に引き抜いたのだ。その際、彼女たちに太鼓判を押したのも石動だった。


 だとすると、頷ける。さっきの神技は、恐らくどうしても石動を助けたくて、捨て身の位置から迎撃したものだろう。

 もちろん砲弾が真っ直ぐ落ちてくるその落下点から迎撃すれば、撃ち落とす可能性はそれなりに高くなる。だが当然、その位置だと自分たち自身が砲弾破壊時の爆風によって吹き飛ばされることくらい、承知していたはずだ。それでも彼女たちは……撃った。

 さっきの渾身の一撃は、彼女たちの“想い”が為せる技だったに違いない――



 メインモニターに、現場映像がようやく表示される。

 東京駅周辺は、オペレーターたちが報告した通り、ちょうど駅を中心として半径100メートルほどのクレーターと化していた。

 もちろんその凹部には、もはや人工的な構造物は存在していない。すべて爆発時の大火球によって蒸発したか、爆風そのもので吹き飛んだのだ。


 思わず、四ノ宮はその画面に向かって敬礼した。


 それを見た作戦室の面々も、つられるように皆、静かに右手を掲げる。

 国防軍最高司令官以下、並み居る高級将校、幕僚、参謀、そしてオペレーターたちが、彼女たちに最高の敬礼をしばし送った。


 それは、その身を犠牲にして我が国をギリギリのところで救った英雄に対する、最大限の敬意であった――


  ***


 その瞬間士郎は、胸のところに急にボッカリと大穴が開いたような気がした。それは、途轍もない喪失感だ。

 そのあまりの切なさに、士郎は思わず膝をついてしまう。


「――士郎くんっ? どうしたの……!?」


 様子を心配した未来みくが、思わず声を掛けてきた。


「……いや……大丈夫だ……」


 そう言いながらも、士郎は突然襲ってきたその不可解な感情への対処に困惑した。

 これはまるで、誰か大切な人を失った時のような感覚だ。そう――例えていえば、掌の指の間から、砂粒が零れ落ちていくような……必死で繋ぎとめようとするのに、まるで空気のように掴み切れず、何の手応えも感じられずに失われていく焦燥感……


 その瞬間、オメガたちにも一様に、士郎のその胸の痛みがダイレクトに伝わってくる。同期シンクロナイズしているのだから、当然だ。お互いの感情は、すべて共有されているのだ。


「――くッ……」


 そのあまりの悲しさ、切なさ、喪失感に、皆が一斉に胸の辺りをぎゅっと掴んだ。

 

 先ほど頭上で、途轍もない轟音が響き渡ったことと関係しているのだろうか!? それは恐らく、地上での戦闘だ。

 その大爆発音は、ビリビリと辺りを震わせたが、地下60メートルに位置する士郎たちにとっては、それだけだった。それは敢えて言えば、遥か上空で花火が鳴ったような感覚か――

 ということは恐らく、それは巨大な空中爆発だったのだ。


 その時、オメガたちが一斉に士郎を見た。

 だって、士郎の心の中に、ある女の子の感情がいきなり奔流となって流れ込んできたからだ。士郎が受け取る感覚は、すべてオメガたちにも瞬時に共有される。これは……!


「――士郎……」

「士郎さん……」


 久遠とくるみが、心配そうに声をかける。他の3人も、口に出さずとも目が物語っていた。


「……あぁ……オメガじゃなくても、精神感応ってあるんだな……」


 士郎はその時初めて、この喪失感の原因にピンと来たようだった。それは、オメガたちもよく知っている人物だ。


「――えと……人は死の瞬間、すべての物理的制約から解放されると聞いたことがある……」


 久遠が苦しそうに話す。


「……彼女はきっと、最期に士郎に逢いたかったのだろうな……」


 それが、あの小っちゃな可愛らしい戦車兵であったことに、みな気付いていた。今戦死したのは、恐らく彼女――美玲メイリンちゃんだ。


 そして同時に、士郎は納得した。恐らくさっきの大爆発は、大和の艦砲射撃で放たれた砲弾が誘爆したものだ。それはきっと、美玲たちが迎撃したものに違いない。


 そんなことが果たして可能なのかと普通なら思うのだが、士郎には分かる。そんな神技をやってのけるのは、彼女たちをおいて他にいない。

 恐らく何らかの理由で、ここに砲弾を撃ち込んではマズいという判断がギリギリになって下されたのだ。しかし、だとするとそれは、限りなく不可能に近いミッションだ。一度撃ち出された砲弾を、空中で射落とすなど……!


 だが、彼女たちは見事、そのあり得ないミッションをこなし、そして自ら吹き飛ばされたのだ。間違いない――覚悟の迎撃だ。


 だから、次の李軍リージュンの言葉に、士郎は本気で激昂した。


「――おやおや、どうやら日本軍は、ここを攻撃するのを直前になって躊躇ったようですな……やはり私の不死身さに気付いて、無駄な攻撃だと悟ったのでしょうか?」

「……ざけるな……」


 グッと下唇を噛んだ士郎が、ぼそりと呟いた。


「え? なんです!? だってあなたの国は、自らの国土を焼く覚悟がないのでしょう!? かつて我が国が、多国籍軍の蹂躙を嫌って、自らの国土を核の業火で焼いたのとはえらい違いだ――」

「ふざけるなッ……」


 士郎は、本気で鼻白んだ。

 李軍の言い分は、まったくのお門違いだ。かつて米中戦争の折、当時の人民解放軍が北京郊外で戦術核を使ったのは、覚悟の上のものでは断じてない。

 彼らは――ありていに言えばビビったのだ。


 怒涛のように進軍してくる多国籍軍に恐れをなし、それが最終的にどういう結果を招くかもロクに考えず、そこが自分たちの愛する国土であることもお構いなしに、ただ恐怖のあまり禁忌に手を出したのだ。

 それが証拠に、確かにそれによって多国籍軍は壊滅したが、同時に人民解放軍も瓦解したではないか――


 士郎たちが覚悟の上でここを艦砲射撃するよう要請したことや、結果的にそれを直前で取り消すことになって、美玲たちが我が身を犠牲にしてその着弾を食い止めた行為は、そんな臆病者の錯乱とは訳が違う。


「――おっと……これは言葉が過ぎましたかな? まぁでも……ここを攻撃しなかったのは賢明でした。今この状態で外からの物理的攻撃を受けたら、恐らく山手線の内側は全部吹っ飛んだでしょうからな……」


 ――!?

 李軍の思いがけない言葉に、士郎は一瞬怯む。


「――どういうことだ!?」

「え……? あなた気付いてなかったのですか!? いま私たちがいるこの高次空間に、もとの四次元世界が介入した途端、物理法則に矛盾を来して膨大なエネルギーが放出されるのですよ!? それは核爆発に匹敵するか、それ以上の威力です」


 ……本当なのか――!?

 確かにここが『特異点』であることは承知している。それは、本来同じ空間に存在してはならないもの――

 だが、そもそもこの場所にこの矛盾する空間を現出させたのは、ここにいる李軍本人だ。士郎は、それを何とか『現世うつしよ』に繋ぎとめているに過ぎない。


 それは、この異空間が完全に『現世』から切り離されないように――外部からの攻撃をキチンと受けられるように――するためだ。

 そのために士郎は、艦砲射撃までの時間稼ぎとして一人残り、李軍と対決するつもりだったのだ。まぁ……結果としてオメガたちの大半が一緒に残ることになってしまったのだが……


 それが、山手線の内側全部が消滅するだと――!?


 消滅するのはこの空間と、それからせいぜいその周辺の限定的な部分だけだと想定していた。士郎だって、大和の地中貫通弾の威力くらい承知している。そうやって士郎は、李軍もろともこの地中深く、永遠に封印される覚悟だったのだ。


「――まぁ、そのことに直前になって気付き、慌てて攻撃を中止した日本軍にはそれ相応の敬意を払いましょう。さすがと言っておきます」


 四ノ宮中佐――そういうことなんですか……!?

 士郎は、今さらながら愕然とする。


 自分一人で済むのならば、喜んで犠牲になろうと思っていた。だが、それほど広範囲に壊滅的損害が生じるならば、この東京駅からほど近い皇居はもちろん、山手線内側一帯に住む、数百万人の市民が犠牲になってしまう。たとえそれが李軍を抹殺するためだとしても、とてもではないが、これでは割に合わない。


「まぁ、私としては一向に構わなかったのですけどね。だって私は不死身ですから、どれほど大きな火力を使おうが、ビクともしません。あなた方がここを何の考えもなしに攻撃して、その結果として東京が消滅し、無人の荒野に私だけ佇むのも、意外にアリだったかもしれませんけどね……」


 李軍の軽口は、留まるところを知らなかった。

 完全に、自分が敗れる可能性を1ミリも想定していない物言いだった。


 それはそうだろう。何せ今の奴は、未来みくの『不老不死』と詩雨シーユーの『人体再生能力』を両方とも兼ね備えた、化け物のような存在なのだ。

 

 そのことに気付いた途端、士郎の決意がグラリと揺らいだ。自分は、果たして正しいことをやっているのだろうか――

 自己満足の独りよがりで、空回りしているだけなのではないだろうか――


 士郎の覇気が、急速に縮こまっていく。自分を信じる気持ちが、俄かに音を立てて崩れていく……

 その時だった――


 オメガたちの感情が、怒涛のように士郎の心に流れ込んできた。これは――!?


 気が付くと、士郎の目の前に、オメガたちが背を向けて決然と屹立していた。その視線の先に見据えているのはもちろん、今まで士郎が対峙していた魔王――李軍だ。


 5人のオメガたちは、まるで士郎を守護するように、いつの間にかその前面に立ちはだかっていたのだ――!

 あぁ……何と気高く、美しい立ち姿だ――


 実際の彼女たちの肉体は、この『特異点』のすぐ外側に倒れているはずだ。だから、目の前に見える彼女たちのその姿は、実際には意識体とでも言えばいいのだろうか――

 それはまるでホログラフィ映像のように、僅かに透き通って見えた。だが、その背中から発する凛とした気配は、確かに彼女たちが今、この空間の中で李軍と真っ向向き合っていることを確信させる。


 そうか――やはりこの『特異点』の中は、自分たちがそうあるべきと念じた通りにモノが見え、そのように存在するのだ。


 彼女たちの背中が、士郎に告げていた。


 ここから先は、私たちに任せて――!


 士郎は、思わず彼女たちの背中に見惚れてしまう。戦巫である彼女たちは、自分たちの「盾」であり「矛」である士郎がその勇気をぐらつかせてしまったことに気付き、再び彼に代わって、自ら魔王と対決しようと立ち上がったのだ。

 “げき”である士郎と、“巫女”であるオメガたちは、表裏一体の存在だ。李軍の傍若無人な振る舞いに、今度はオメガたちが挑む――


 口火を切ったのは未来みくだった。


「――李軍……あなたは、どうやら大きな勘違いをしているようね」

「何ですか神代未来……!? 藪から棒に――」

「なぜ……不死身の自分をそんなに誇らしそうにしているのです?」

「は!? 当たり前じゃないですか――」


 李軍は呆れたように言い返した。憐れむような目で、未来を上から目線でねめまわす。


「――よりによって、あなたからそんな言葉を聞くとは思いませんでしたよ神代未来。永遠にその命を永らえることのできるあなたこそ、無限の命がどれほど強き存在なのか、よくご存じのはずだ」


 だが、未来は一向に動じなかった。


「――ふぅ……だからあなたは愚かなのです。無限の命が強い? 人体再生能力が無敵!? それこそが、大いなる勘違いなのです」

「はん! 何をイキがっている!? 事実ではないか! 現にオマエたちは、この私をどうしても斃せなくて浮足立っている――」

「“死”こそ――」


 未来は、李軍の言葉を決然と遮った。


「――“死”こそ、生命がより強くなるために不可欠な機能なのよ」


 ――!?

 士郎は、未来がいったい何を言おうとしているのか、皆目見当がつかなかった。

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