第26章 突入

第490話 オルタナティブ

 士郎たちオメガチームは、いよいよ中国軍地下司令部への突入を開始した。

 いや――その前に、くるみとかざりがどうやってチームに復帰したのか、少しだけ触れておこう。


  ***


 ウズメさまが大国主命オオクニヌシノミコトに近付いて、その手を大きく掲げた時のことだ。いつの間にかその右手には、たくさんの鈴が付いた何かの装飾のようなものを持っている。

 あぁ――あれは確か、神社で巫女さんが舞を奉納する時、よく手に持っている奴だな……と士郎は思ったものだ。確か『神楽かぐら鈴』とか言ったか――


 だが、その神楽鈴は一瞬のち、その形を変えたのだ。え――?

 本当に、瞬きする一瞬くらいの時間だ。それは、それまでソフトクリームのクリームのような形状だった部分が、いつの間にかつるぎの形に変化していたのだ。その代わり、つばの部分に鈴がついている。


 シャン――


 ウズメの持っているその鈴が、美しく透き通った音色を響かせる。

 次の瞬間、その剣部分が俄かに輝き始めたのだ。すると、その輝きを待っていたかのように、ウズメはさらに手に持った鈴を掻き鳴らす。


 シャ――ン、シャ――ン、シャシャ――ン、シャ――ン……


 その鈴の音と共鳴するように、光はますます勢いを増し、やがて辺り一帯を覆い尽くしていった。その時、一緒にその様子を傍で見ていた久遠が、ポツリと呟いた。


「――神送りの儀式だな」

「え……神送り……?」


 士郎が思わず訊き返すと、もともと神社の家系で巫女の経験もあった久遠がニッコリとほほ笑んだ。


「あぁ、あれは神さまをお見送りする儀式に使う『ほこ鈴』と呼ばれるものだ。実はあの鉾鈴のパーツひとつひとつが、三種の神器を表すとされているのだ」

「え? そうなんだ!?」

「あぁ、剣の部分が草薙神剣くさなぎのみつるぎつばの部分が八咫鏡やたのかがみ、そして鈴が八尺瓊勾玉やさかにのまがたまだ。しかし……」

「……ん? しかし?」

「いや……ウズメさま程になると、いちいち舞を舞われないのだな」

「――いや、普通あの鈴を用いる場合は、一緒に舞を奉納するのが決まりなんだ。いわゆる『巫女舞』という奴だ。そうやって賑やかして神を呼び出したり、お帰りいただいたりする。だが……さすがウズメさまは巫女の祖神さまなのだな。ほら、指先ひとつでバッチリだ」


 久遠の言う通り、光に包まれた辺り一帯には、何やら独特の雰囲気があっという間に立ち込めていた。そう――これは、初めて『幽世かくりよ』の出雲大社でヌシさまと遭遇した際に感じた、あの神々しいまでも息詰まる空気感そのものだ。

あぁ……これが『幽世』の王の威厳――高天原たかまがはらから送り込まれた数々の歴戦の神々を退け、従えた、王の中の王――その恐るべきオーラなのか……


 そして――

 光は徐々に収まっていった。それと同時に、ヌシさまの存在感もふっ――と薄れていく。

 その代わり――


 そこには二人のオメガが――水瀬川くるみと月見里やまなしかざりが――陶然と佇んでいたのである。


  ***


「――で、何でこうなってるんだ!?」


 東京駅正面――

 それは、あの壮麗な洋風建築のある、いわゆる『丸の内口』にあたるところで、臙脂えんじ色と白色のレンガで造られた駅舎が、今でも見る者に歴史の重みを惜しげもなく与えてくれている。

 これほどの戦禍に見舞われながら、それでもこの建物が雄々しく屹立していることに、士郎たちは言葉にならない感動を覚えたものだ。もちろん、あちこちに弾痕は認められるものの、建築物としてはビクともせず、崩落の危険も特になさそうに見える。


 あぁそうか――

 今作戦の総指揮を務める四ノ宮が、最後まで空爆をためらっていたのは、まさにこのことだったのだ。


 結局のところ人間というものは、やはり目に馴染んだ光景にこそ勇気を与えられるものなのだ。

 もちろん“国破れて山河在り”という言葉もある。どれほど人間の築いたものが戦火に焼かれようが、山や川、そして大地が変わらずそこにある限り、歯を食いしばってもう一度立ち上がろうと思えるものだ、と先人は説くが、それでもやっぱり懐かしい光景、街並みが残っているほうがどれだけ良いか――


 特に日本は、太平洋戦争で主要な都市が焼け野原になった経験を持つ国だ。そこから不屈の復興を遂げ、それがまた、近年の戦乱で崩れ去ろうとしている。

 そんな中にあって、こうやって日本国の象徴である皇居や、そしてこの東京駅に代表される首都東京が健在であることを知れば、多くの国民が再び復興のために立ち上がる、大いなる勇気を与えてくれるに違いないのだ。

 目の前の敵を殲滅するのも大事だが、戦後のことまで考えて作戦を遂行する四ノ宮の慧眼に、あらためて士郎は畏敬の念を抱く。まぁ、それが一介の中尉と、全軍を率いる四ノ宮の違いと言えばそれまでなのだが――


 ともかく、士郎たちはその由緒正しい東京駅の駅舎正面口すぐ傍にある、丸ノ内線へ通ずるエレベーターの前に集結しているところなのだ。

 ここが、マンキューソがはじき出した中国軍司令部へと通じる推奨ルートの、まさに出発地点なのだ。


 ただし、現在このエレベーターは稼働していない。電源が喪失していてそもそも動かないというのもあるが、なによりエレベーターのカゴが滅茶苦茶に破壊されている。恐らく地上に停止していた時に、中国軍の銃撃で蜂の巣にされたせいだろう。

 そして現在、そのスクラップと化したカゴを田渕の配下たちが取り外そうとしているところなのだ。


 その作業を見守る士郎の脇で、なぜだかくるみが士郎にひしと抱きついている。

 もちろん、それをさっきから見ている久遠の目は引きつったままだ。


「――え、えっと、くるみちゃん!? なんで士郎に抱きついているのかなー……」

「しばらく神さまやってたから、少しは甘えんぼさせてあげてもいいかもなのです」


 同じようにくるみの奇行を見つめている亜紀乃は、なぜだか悟りの境地で久遠をたしなめる。


「そ、そんなこと言ったってキノちゃん……これではあまりにも……だな……」


 久遠は、自ら突入部隊の斥候を申し出たのだ。エレベーターカゴの排除が完了したら、先陣切って穴の中に降りていかなければならない。だが、これほど目の前でイチャイチャを見せつけられたら、そりゃあまぁ気が気ではないのだろう。

 肝心のくるみはと言えば、「えへへー」とデレながらどこ吹く風だ。


「く……久遠、これはだな……」


 士郎も半分困惑しながら、なぜだか言い訳めいた口ぶりになる。それはそうだ。決死の覚悟で敵の懐に飛び込む覚悟を決めた久遠を、くるみといちゃつきながら見送るなど、とんだクズ野郎だ。

 士郎は、を見つけると、慌てて声を掛ける。


「あっ! 広美ちゃん!! ちょ……ちょっとコレ、説明してくださいよ……」


 そう――そもそもこの事態は、咲田広美の要望を受け入れたことが発端なのだ。


 皇居に突入した際、広美はなぜだかくるみとかざりの二人をご指名で、士郎に「オメガを貸してくれ」と申し出てきた張本人だ。

 結果的に二人は、『幽世』の王である大国主命がこちらの『現世うつしよ』世界に顕現する際の、その『依り代』となったわけだが――

 よく考えたらなぜこの二人!? という点については、未だ明確にその理由を聞いていない。


「あ、あぁ……まぁ、しばらく許してあげてください。彼女、依り代になっている間、相当いろいろなモノを見てきたと思いますので」

「いろいろなモノって、もしかして『過去』とか『未来みらい』のことですか!?」


 それはつい先ほど、ウズメさまに教えてもらったことでもある。神と一体化するとは、要するに神の視点で世界を見ることができるということだ。

 『時間』という概念に縛られない神々は、時系列に関係なく、あらゆる世界線を見ることができる。


「えと――じゃあ、何で文は未来みくにべったりなんですか!?」


 そうなのだ。先ほどから、くるみは士郎にくっついているが、もう一人の依り代だった文は、なぜだか未来にべったりなのだ。

 まぁ、未来の方は同じ女の子同士ということもあって、多少は困惑しながらもヨシヨシと可愛がっているようだが――

 そして当然ながら、そんな文の行動については、久遠も楪も特段気にしている様子はない。ふ……不公平だろこれ――!?


「ふぅー……そもそも何でこの二人だったんですか広美ちゃん?」

「え?」

「だって、あの時は詳しく教えてくれなかったじゃないですか……そもそも何で『依り代』が二人必要だったのかも分からないし」


 すると広美は、少しだけ驚いた様子で士郎を見つめ返した。言外に、そんなことも分からないの――というニュアンスが漂っているのが、少しだけ癪に障る。


「あわわ……失礼しました。そうですね、ではかいつまんでお話しておきましょう。まず――」


 その時、ズズゥゥゥゥ――ンという爆発音がどこかから聞こえてくる。

 ヂャン秀英シゥイン率いる狼旅団と、そして日本軍に加勢することになった元中国軍“ゾンビ兵士”たちが、必死で盾になってくれている音だ。

 作業を急がなければ――


「あ、どうぞ……話を続けてください」


 士郎が促す。


「――あ、はい……まず、圧倒的な神力を持つヌシさまの依り代になるには、人間一人では到底足りない、ということは何となくお分かりですね?」

「あ、はい……まぁ……」


 確かに、そう言われたらそうかもしれない。それほどオオクニヌシとは凄まじい神格を持つ存在なのだ。


「そしてもうひとつ――依り代になるということは、神に取り込まれるのと同じことだ、という点も、既にご承知のことと思います」

「えぇ、そこはウズメさまにレクチャーしてもらいましたから――」

「なればこそ――」


 広美はグイと士郎を見据えた。


「――なればこそ、その依り代となる者には、あおり役といさめ役が必要なのです」

「あ……煽り役? 諫め役??」

「えぇ――分かりやすく言えば、アクセルとブレーキのようなものでしょうか。依り代のひとりは、ヌシさまの力を怯まず引き出し、その神威を極大化させるためのいわば火付け役。そしてもう一人の依り代は、ヌシさまの神力が暴走し、制御できなくなるほど荒ぶる前に、それを諫め、鎮める役割を果たしてもらわなければならない。そのために、煽り役として文さんを、諫め役としてくるみさんをお願いしたのです」


 そうだったのか――!

 オメガという存在を二人欲しがった理由が、ようやく氷解する。しかし、ならばなぜ煽り役が文で、諫め役がくるみなのだろう……

 すると広美が、士郎の疑問を知っていたかのように話を続ける。


「……そもそもこのお二人は、その心持ちが既に異なっていました」

「心持ち……?」

「えぇ、文さんは、どちらかというとストイックにオメガとしての自らの役割を果たそうとされてきました。特にここ最近、現世と幽世のそれぞれの肉体を、何度も乗り換えられていく中で、その心持ちはより顕著になっています。いっぽうくるみさんはこれとは真逆で、この争いの一刻も早い終結を強く願っておられます。できることなら戦いたくないと――」

「なんで――」

「それこそが、今お二人がそれぞれ石動いするぎ中尉と未来さんに縋り付いている理由だと思います」


 ――!!


「そ……そうなんですか!?」


 すると、傍で抱きついていたくるみが、おもむろに顔を上げる。その瞳は、心なしか潤んでいるようにも見えた。


「――えっと……士郎さん、私ね……いっぱい士郎さんとの過去と未来みらいを見てきたよ……」

「そ、そうなのか……」

「それで……やっぱり早くこの戦争終わってほしいなって……だって、私やっぱり士郎さんと一緒に歩む未来みらいがいいもん……」


 それだけ言うと、くるみはまたピタリと士郎に貼り付いて、それっきり俯いたままになった。その頬が、心なしか紅潮しているのが垣間見える。


 いっぽう未来みくに抱きついている文は、やはりどことなくその存在が透き通って見えるというか、どうもこの世ならざる者になる一歩手前のような、そんな儚い雰囲気が全身から感じ取れるのだ。

 さらにその面持ちは、くるみに比べると随分厳しく見えた。どこか以前の文とは違う……そう思って、しばらく文の顔を凝視していた士郎は、その時初めてその大きな変化に気付く。


 右眼が――!


 そうなのだ。もともとこちらの世界に存在していた、いわゆる“オリジナル文”の肉体は、当時の陸軍特殊作戦群タケミカヅチとの戦闘でその右眼を貫かれ、今は隻眼だったはずだ。

 それが今見たら、その右眼部分が銀色の瞳になって、復活しているではないか――!?


 もともとオメガの瞳は深い藍色から白く輝く碧のような色だ。しかもそれは、いつも淡く薄く光っていて、これが一旦アグレッサーモードに陥った途端、強烈な青白光となって強く煌めき出す。

 だが、今の文の右眼は、今まで見たこともない銀白色――つまり、、いわゆるオッドアイだ。

 これはいったい――


 文はいったい、神の目線でその瞳に何を見たのだ――!?


 その時だった。


「――お待たせしました中尉! カゴの撤去完了です。進発指示を!」


 田渕曹長と配下の兵士たちが、冬だというのに汗だくだくになりながら報告してくる。

 よし――

 疑問は後回しだ。今やオメガも全員勢揃いしたのだ。士郎は、あらかじめ作戦要綱で申し合わせていた進発符牒を、全軍に向け発信する。


『こちらオメガチーム。サクラ、サクラ、サクラ――』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る