第446話 本当の意味
「――もう大っ変だったぜ……でしたよ」
そう言って
その中には、いくつもの小さな石ころが入っていた。その小石の色はいずれも黒く、ツルンとした表面には、ところどころ何かの模様が刻み込まれている。その特徴から、これが例のご神体の欠片であることは、どうやら間違いなさそうだった。
「……結構粉々なんだね」
叶がそれを興味深そうに眺める。
「はい、まぁ……何せ、これを見つけたのは神社のすぐ傍にある海岸だったからな……です。その海岸一面に、キラキラと青白く光る石が散らばっていたんで、それを地元のガキ……じゃなくて子供たちに手伝わせて、ありったけ集めてきたというわけだ……です」
相変わらず彼女の言葉遣いは酷いものだが、いつもと違ってなんとかよそ行きの言葉になるよう密かに努力しているのが見て取れる。何せここには軍の最高首脳が一堂に会しているのだ。普段最前線に出ずっぱりの一介の少尉には、少しだけ居心地が悪そうだった。
「久遠ちゃんとしては、夢の続きがあったということか」
「ま、女の子なら誰でも考えるシチュエーションです。神社の境内で綺麗な花火を見て、その後二人で盛り上がって近くの海岸で――って何言わせんだ……ですっ」
美玲にしては、大手柄である。多分樋口たち男性隊員だったら、思いつきもしなかったであろう。これも女の嫉妬のなせるわざか。
「――いずれにしても、これで今集められる限りのご神体の欠片は集まったわけだ。というわけで広美ちゃん?」
宮内庁職員にして皇室の
既にあれから2日も経っている。いや――たったの2日で、よくぞ集めてきたと言い直そう。
その間も、東京中心部では一進一退の攻防戦が続いていた。あれからすっかり敵辟邪が現れなくなったから、どちらかというと優勢に事は進んでいるものの、その分市街地での戦闘が激しくなったことから民間人の被害は逆にうなぎのぼりだ。戦況は、まったく予断を許さなかった。
「……まさか……本当に入手できるとは思いませんでした。皆さんさすがですね」
「おいおい……そんな――」
「大丈夫です。ここまで来たからには、この欠片を上手くつなぎ合わせてみせましょう」
要するに、今回の一連の欠片探しは、未だ昏睡状態のオメガたちの意識を取り戻すための、極めて重要なアプローチなのだ。
彼女たちは『
だが、あろうことかアイシャ自身はちゃっかり転移に成功していた。そして、その彼女が出雲のご神体の一部を持っていることが判明したことから、オメガたちもきっと同じように欠片を持っているに違いない――と思われたのだ。
だが実際には、彼女たちの誰もそれを持っておらず、だとすれば、それはもしかして次元の狭間に落っことしてきたのではないか!? ならばそれを探して入手することができれば、他次元に飛ばされたと思われる彼女たちの意識を、この世界に呼び戻せるかもしれない――という理屈だった。
つまり――欠片のあるところ、意識あり……というわけだ。
「――ではさっそくやってみます」
そう言うと、広美は珍しくスーツの上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をめくってテーブルに組み付いた。統合幕僚長の坂本や連合艦隊司令長官の小沢をはじめ、参謀連中もあらためて気を取り直し、その作業を見守る。
広美がまず取り出したのは、アイシャの腹部に癒合していた最初の欠片だった。
「――まずこれをこのように組みます……」
そこに浮かび上がったのは、最初に広美が見た文字列だ。
“――遠き世の父母より世に生まれ変わり――”
続いて広美は、くるみのものと思われる欠片、亜紀乃の欠片、楪の欠片……それぞれを、ああでもないこうでもないといった感じで組み立て直そうと試みる。
ただし、その破片の断片通りに綺麗に元に戻してはいけない。なぜならそうすると、以前出雲大社にあった時の文字列が、そのまま浮かび上がるだけだからだ。それはすなわち、日本の国歌「君が代」の歌詞――いや、ヘブライ語で“シオンの民を鼓舞し、神を讃える詩”だ。
そうではなくて、今やらなければならないのは、その自在に組み合わせることが可能な『
「――こう……ですかね……」
広美は、その無限の組み合わせを恐るべき忍耐力で何度も何度も組み直していく。傍目には、それがなぜ駄目なのかまったく分からないのだが、彼女は「これだと意味が通らない……」「こうするとこれは存在しない文字だし……」などとブツブツ言いながら、せっかく途中まで並べた欠片をまた最初から組み直したりしているのだ。
だが、広美の組み合わせ作業は遅々として進まなかった。
そのうち作業を見守っていた将校たちは、一人去り、二人抜けて、いつしかテーブル周りには四ノ宮と叶だけが残るかたちになる。
もちろんそれは、他の将校たちが作業に興味を失ったせいではない。彼らは彼らで、自分の指揮下の部隊が今この瞬間も前線で戦っているのだ。
今はそれぞれが、自分の為すべきことを必死で繰り広げるしかないのだ。
***
「――できました」
唐突に、広美が宣言した。いつの間に眠っていたのか、叶が「んがッ!?」と変な声を上げて頭を起こす。作業を開始してから、既に6時間以上が経過していた。
「――ご苦労だった。少し休むか?」
鉄の女、四ノ宮東子は6時間前と何も変わらずそこにいた。それを見た叶は、慌てて居ずまいを正す。
「いえ、事態は一刻を争うのでしょう!? 皆さんを集めていただけますか」
「承知した」
それから数分後、作戦室の隅にあるテーブル周りには、参謀たちが再び集まってきた。
「――では皆さん、よろしいですか?」
広美が一同を見回す。坂本たちは、あらためて緊張した面持ちで広美を見つめ返した。
「では、こちらをご覧ください」
そういって広美が指し示したのは、テーブルの上に置かれたご神体の欠片だった。それぞれがキチンと組み合わされ、全部で3行ほどの文字列となっている。
ただし、ところどころ穴あきになっていて、欠損していた。恐らくまだ見つけることのできていない、文と未来、そして士郎が持っていたはずのご神体の欠片が、そこに入るのだろう。
「――ここにはこう書かれています。“――遠き世の父母より世に生まれ変わり――”」
ここまでは、アイシャの欠片から読み取れた文字列だ。広美は続けて読み進める。
「“――子々孫々栄え来たり XXXとなる世の来るまで 敵を倒し 我らを助け 突き進め――”」
一同は、その文章の勇ましさ、雄々しさに思わず息を呑んだ。
これではまるで、兵士を鼓舞する軍歌ではないか――
「――以上です。この先は、
一同は、お互いの目を見合わせる。叶が口を開いた。
「……それで……?」
「ふぇっ!?」
広美は、なぜだかびくりとその小さな身体を震わした。同席していた将校たちは、困惑の色で広美を見つめ返す。叶が言葉を継ぐ。
「――えと……それで広美ちゃん……このあとどうなるの……?」
「ぎくっ」
「いやいやいや……そんな分かりやすいリアクションされても困るんですけど……」
四ノ宮が助け舟を出した。
「ゴホン……あー、咲田さん、我々は咲田さんの助言に従って、何とかご神体の欠片を搔き集め、今こうしてそれを立派な文章に並べ直していただいたわけだが……欠片の持ち主だったオメガたちは、その……」
「あっ! えーと……実はですね……この部分が欠落していて、この文章厳密に言うと完成していなくてですね……」
「この“XXX”の部分ですか?」
そこはさっき、広美が「もにゃもにゃ」と誤魔化した部分だ。
「――はい……そこが完成しないせいで、恐らく何も発動しないのではないかと……」
「それって、もしかして久遠の欠片の欠損部分なのか!?」
「……おそらく」
彼女の分の欠片だけ、台湾の海岸に粉々になって飛び散っていたのだ。
だが、それは決して美玲のせいではない。
「……で……ではどうすれば――」
「何か――」
広美があわあわしながら口を挟む。
「――何か、適切な文字が入ればいいのですが……こうなったら、これを使ってその文字をこの部分に造ります」
そう言って広美が何やら重そうな袋を取り出した。そのままテーブルの上に置くと、ゴトリと重そうな音がする。いったい何が入っているのだろう。
「広美ちゃん、それは……」
「
あぁ――そうだった。これはかの三種の神器のひとつ、
これはレプリカではあるが、その効果は本物の神器と変わらない。次元転移のある種の
確かにこれなら、欠損した部分を補って、出雲のご神体の神威を発動させることができるかもしれない。
「……じ、じゃあ……あらためて気を取り直して――」
「と、言っても……この部分に何が入るのか、見当もつかないんですよね……」
困り果てた顔で広美が一同を見渡す。だが、この場に広美以上にこの分野に詳しい者はいないのだ。困ったのは四ノ宮たちのほうだ。
「――こうなったら、何か思いついた言葉を当て嵌めてみるしかないんじゃないか?」
「とにかく何でもいいから入れてみたら……」
「――三文字……」
「え?」
「ここに入るのは、三文字なんです。前後の文脈から言って、そうに違いない……皆さん三文字で何か思いつきませんかっ!?」
もはやそんなレベルなのか――とも思ったが、よく考えたら電子機器のパスワードだって、結構思い付きの文字列を何度も打ち込んでロック解除したりすることを考えると、実はありがちなことなのかもしれない。
「――とはいっても、これって原文はヘブライ語なんだろう? 私たちあいにくヘブライ語には疎くてだな……」
そこまで言って、その場にいた全員がピンとくる。そう言えば、一人だけいたじゃないか!
***
「……ヘブライ語で三文字……でありますか……」
マット・エヴァンス上等兵曹は、再度赤城の作戦室に呼び出されていた。ユダヤ人の彼は、幼い頃からヘブライ語に馴染み、事実上ネイティブ並みの語学力を持っている。
「そうです。――遠き世の父母より世に生まれ変わり 子々孫々栄え来たり XXXとなる世の来るまで 敵を倒し 我らを助け 突き進め――この“XXX”に当て嵌まるヘブライ語の三文字を教えてくださいっ!!」
広美が、小動物のようなつぶらな瞳でマットを見上げる。無茶ぶりなのは承知のうえだ。この際なんでもいいから、試してみたいのだ。だが、マットの反応は意外なものだった。
「――なんだ、それですか」
「え――!?」
「この文章なら知っています。ユダヤ教のある経典の一節です」
――――!!
その瞬間、咲田広美の恐るべき解析力にその場にいた全員が舌を巻く。彼女はそんなものがあると知らず、事実上手持ちの欠片だけでここまで正確に文章を組み立て直したのだ。ならばあとは、この欠損部分を埋めるだけでこの文字列は完成する。
「――イヅモ」
唐突に、マットが口にしたのは、意外な単語だった。
「え……イヅモって、あの日本の出雲かい!?」
いったいどういうことだ!? 確かにエヴァンス軍曹は義勇兵に志願したくらいだから、親日家なのだろう。だが、ほとんどの外国人は“出雲”などという地方都市のこと、知らないんじゃないだろうか――
「いえ、イヅモというのは、ヘブライ語で“最果て”とか“最先端”“最高の場所”“極限”を表す単語です。この一節に当て嵌めた時は、そうですね……“世界の都”とか、ニュアンス的には“神の地”といったような解釈で翻訳されます」
そうだったのか――!!
ということは、もしかして日本の『出雲』という地名も、元はヘブライ語でそういう意味のある名前だったということか――
確かに出雲は『
そうした成り立ちの場所である出雲は確かに“最果ての地”とも言えるし“最高の場所”あるいは“神のおわす場所”と称するに相応しい――
ふと目をやると、一同の反応にはお構いなく、広美が手持ちの勾玉に小刀で何やら彫り込んでいるではないか。おそらく『イヅモ』という音節の神代文字を書き込んでいるのであろう。それをテーブル上の欠損した部分にゴトリと置く。
すると、神代文字全体が突如としてボゥっと光りはじめた――
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