第434話 水際の死闘
これが日本国防軍の誇る強襲上陸専門部隊の恐るべき戦法である。
古来より上陸作戦というのは、小型の舟艇に乗った多数の兵士たちが次々に波打ち際に殺到してそこから飛び出し、一気に砂浜を走り抜けたうえで浜辺に構築してある敵陣地に取り付き、これを無力化するというのが基本的な戦法だ。
それはある意味自殺攻撃のような無謀さを前提としている。
だって海もビーチも遮蔽物は何もないから、上陸兵たちは敵銃弾の雨に身体を晒しながら前進しなければならないからだ。
しかもその際の位置関係はどうしたって攻める側が海や浜辺などの低位置から始めなければならないのに対して、敵――すなわち守る側――は砂浜の一番高いところ、地形によってはさらにその上の崖とか、要するに高い位置から迎え撃つことになる。だから必然的に上陸側は、守備側から見下ろされる形で狙い撃ちされることになるわけだ。
一般的に上陸側はこの波打ち際で最も脆弱になり、大抵大きな被害を蒙りやすい。太平洋戦争がいい例だ。
この戦争は、ある意味“島の取り合い”みたいな様相を呈していて、日米は主に西太平洋の島々で多くの陣取り合戦を繰り広げた。その際米軍は、大抵上陸前に「艦砲射撃」と激しい「空爆」を行って、波打ち際に待ち構える日本軍守備隊を徹底的に無力化し、なるべくこの上陸の瞬間の被害を軽減しようと試みたものだ。
これに対して日本軍も海岸沿いに塹壕やトンネルを縦横無尽に構築し、激しい艦砲射撃の嵐を巧みに生き延びて上陸する米軍を迎え撃った。
戦史によると初期の頃は日本軍も手出しが早く、まだ敵の上陸用舟艇が浜辺に辿り着く前から海に向かって無駄撃ちし、あたら火砲の位置を晒した挙句に逆に潰されるという愚を招いていたそうだ。
だが慣れてくると、今度は一旦米軍が浜辺に辿り着いてから集中砲火を浴びせるという戦法に切り替えるようになったという。
これなら舟艇も既に浜辺に乗り上げて動けなくなっているし、何より上陸部隊はまだ陸上の様子を把握しきれていない。そこに一斉に十字砲火を浴びせかけるわけだから、遮蔽物も何もないビーチはまさに地獄のような惨状に陥ったのだという。
それでも日本軍が次々に島を失ったのは、米軍の圧倒的物量だ。自軍の数倍から十数倍に達する兵力で、しかも圧倒的な火力支援を受けながら上陸されれば、いかに波打ち際で迎え撃とうと、堅牢な陣地を築いていようと、持ち堪えることは物理的に不可能というものだ。
おまけに上陸地点は一箇所とは限らない。小さな島など、全周から上陸されたらさすがにどうしようもない。こうやって各個撃破されていったのが、太平洋戦争後期の日本軍の苦い経験だ。
だから国防軍の水陸機動団は、こうした貴重な戦訓をすべて引き継いでいる。攻守逆転した視点とはいえ、当時自分たちが米上陸部隊を迎え撃つために取ったさまざまな戦法を、今度は如何にしたら切り抜けられるかという観点から考え抜かれた戦術を実践しているわけだ。
例えばそのひとつが、この高機動上陸用舟艇だ。一機につき搭乗できるのはたったの3名。だがその分舟艇は限りなく小型化でき、陸上からこんな小さな
加えてその圧倒的な機動力だ。『メカジキ』は水上を100キロ以上の速度で疾走できる。当然、母艦――通常は強襲揚陸艦が用いられる――から放たれて海岸線に到達するまでの時間は極めて短時間だ。この時間を短縮できれば出来るほど、上陸の成功率が高まるのは言うまでもない。今回駆逐艦隊に無理を言って限りなく岸壁に肉薄して貰ったのも、当然この成功率を限界まで上げるためだ。
そしてなぜ――水陸機動団の兵士たちが
グズグズと浜辺を移動せずに済むように、彼らは上陸の瞬間自分自身を小型ミサイルのようにして一気に浜辺を飛び越え、敵陣地の目の前まで取り付く。
その様相は、敢えて言えばサケが川を遡上する時の光景に似ている。サケたちは段差のある急流に差し掛かると、水面上に高く飛び上がってそれを乗り越えようとするだろう。それと同じように、エグゾスケルトンで飛躍的に跳躍力を高めた兵士たちは、陸地に強行接舷した舟艇から弾かれるようにイジェクトしていくのだ。
こうすれば当然、浜辺に意図的に設置された障害物なども一気に飛び越えることが出来るし、何より高い位置から遮蔽物のないビーチ目掛けて狙い撃ちされる心配もない。
だからたった今、駆逐艦隊の魚雷攻撃で粉々に砕け散って瓦礫の山と化した岸壁に、次々とその鼻先を突き刺した上陸部隊が息つく暇もなく躍り上がって敵陣地までのストロークを寸秒で飛び越えていった時、しぶとく生き残っていた守備側の中国兵たちは、驚愕の表情でそれを見つめるしかなかったのである。
こんな戦法、せいぜい1960年代の戦術知識しか持ち合わせていない彼らにとっては、見たこともない光景だったに違いない。
だが……それでも運の悪い数人が、飛び上がった瞬間上空で敵弾に撃ち落とされる。
それは偶然に火箭に捉えられただけなのか――
あるいは敵陣の中にも勇猛な兵士がいて、目の前の想定外の日本兵のアプローチにも臆することなく果敢に反撃を試みたのか――
『ソードフィッシュ01より各員! 被害状況知らせ!』
それを見た安達が、自分の分隊に呼び掛けた。彼自身は既に岸壁を飛び越え、目の前の大きなトーチカの根元に取り付いている。
『こちら02! 1名KIA』
『03は被害なし!』
『04は2名が直撃弾――生死不明』
『05は――』
恐らく直感的には4名ほどがやられた感じだが、作戦続行には支障なさそうだった。
『――よしッ!
『ウーオッ!!!』
安達の鼓舞に力強く応答した分隊員たちが、目の前のトーチカに取り付いていった。
エグゾスケルトンのアームを2メートルほどヴィンと伸ばしたかと思うとトーチカの銃眼に突っ込み、中に向かってミニガンを乱射する。すると、トーチカの別の銃眼から何かがコロッと落とされた。それはコロンコロンとトーチカのコンクリ壁を伝って転げ落ち、ある兵士の外骨格にカツンと音を立ててそのまま内側に転がり落ちていく。次の瞬間――
バンッ――!!!
黒と白が入り混じったような煙が濛々と立ち昇り、次の瞬間そのエグゾスケルトンは力なくトーチカの壁から崩れ落ちていった。
恐らく手榴弾のようなものが体幹部の生身の兵士部分で爆発したに違いなかった。
それはまるで、カニが腹の部分の甲羅を無理やり開かれたかの如く、体幹中心部分の装甲が外に向かってめくれ上がっていた。その中は派手に真っ赤に染まっていて、何かドロッとしたものがへばりついている。ふと見ると、スケルトンの腕と脚部分にそのまま人間の両手脚だけが残っていた。
「――ナメんなよッ!!」
敵意を剥き出しにした別の兵士のスケルトンが、そのアームをさらにトーチカの銃眼の中に押し込んだ。
ゴォォォォッ――!!!
火炎放射モードで中を焼き尽くす。一瞬だけギャアァッ――という悲鳴が聞こえたかと思うと、トーチカが沈黙した。
『――制圧したかッ!?』
『多分――』
ガガガガガッ――
言いかけた兵士の頭部が、まるで卵を叩き割られるように砕け散った。潰したはずのトーチカの銃眼から敵のライフルのようなものが突き出され、直下にいた兵士の頭部を滅茶苦茶に撃ち抜いたのだ。
ガララララッ……
またもやエグゾスケルトンが一体崩れ落ちる。
結局のところ、この強化外骨格というのは装甲のようで装甲でない。あくまでこれは、兵士の筋力をサポートするための、身体の外側に取り付けた骨組みであって、隙間はあちこちに開いているのだ。
だから肉弾戦になると、やはり死傷者数が激増していく。
『――このトーチカ、中に通路があって、そこから敵兵が湧いてるんじゃないですかねッ!?』
兵士の一人が安達に意見具申する。
確かに、先ほどから何度も銃眼にアームを突っ込んで中にいるであろう敵兵を排除しているはずなのに、いつまで経っても攻撃を受け続けている。内部のどこかしらに兵士の供給口があって、トーチカ要員が全滅したらその分補充兵が飛び出てきていることは容易に想像がついた。
旧日本軍が硫黄島の攻防戦で、摺鉢山のあちこちにそうしたトンネルを構築していたのによく似ている。
『
『アイサーッ!!』
これは単なる擲弾筒ではなく、爆発したら圧倒的な爆風を生じさせるものであると同時に、一時的に周辺の酸素を喪失させ、比較的広い範囲で敵兵を窒息させるものだ。
トーチカに通じる地下トンネルに敵補充兵が控えているならば、どんなにそのトンネルが曲がりくねってトーチカから遮蔽されていたとしても、圧倒的な爆圧はトンネル内を駆け抜け、奥にいる敵兵たちに襲い掛かってその内臓を破裂させるだろう。おまけにトンネル内の大気容積は少ないはずだから、あっという間に数十メートル奥まで無酸素状態にさせることができるはずだ。
『――サーモバリック発射!』
『発射!』
その瞬間、機動団の兵士たちは自分の口を突き出してエグゾスケルトンの顎部にあたるところに突き出ている酸素マスクを咥え込む。刹那――
かぁァァッ――
トーチカの中から鈍い衝撃が伝わってきて、コンクリ壁をビリビリと震わせた。と同時に、酸化エチレンの焼ける臭いが濛々と辺りに漂う。
すると唐突に、トーチカの奥の人の気配がこと切れた。
『――制圧完了!』
『よしッ! 次ッ――前進ぜんしーんッ!!』
***
『――ミミズク03より
『こちらFIC、送れッ』
『ソードフィッシュは
その音声が流れた瞬間、空母『赤城』艦内に設けられたFICには安堵の溜息が広がった。上陸した水陸機動旅団を配下に置く国防軍第6軍の大佐がうむと大きく頷く。自然、幕僚たちの表情もほころんでいった。
上陸作戦は基本、一発勝負だ。可能な限り奇襲で襲い掛かり、それを絶対に成功させないと、万が一撃退されたら二度と同じ上陸地点は使えないのだ。
第一次攻撃の時点で敵の警戒が極度に高まるのはもちろん、何よりネックになるのは自軍兵士たちの戦意喪失だ。ただでさえ地獄に飛び込むのだ。一度失敗したことをもう一度やれと言われて、最初のテンションのまま再戦できる兵士はそう多くない。
だから幕僚たちの気持ちも分からないではない。これで皇居を囲む敵陣の背後を突けば、東京のど真ん中に居座る中国軍を排除できる可能性が極めて高くなるのだから――
それはすなわち、この戦争に「勝てる」ということだ。
だが、陪席していた四ノ宮は相変わらず厳しい表情を崩さなかった。
それは、自ら率いるオメガチームがこの作戦に参加出来ていないことからくる嫉妬とか、そういうネガティブな、つまらない感情から来ているわけではない。
四ノ宮を襲うのは、言葉にできない不安――
圧倒的火力と神速の上陸作戦で何とか敵陣に手を掛けたものの、あの中国軍がそれで撤退するとは到底思えなかったのだ。
いや――普通の戦術的判断ならば、ここで一旦兵を引いた方が得策なのは間違いない。自分が中国軍の指揮官だったとしても、そうするだろう。何より挟撃されたら圧倒的に不利なのだ。ここは一旦引いて、態勢を立て直してあらためて日本軍と対峙するのがセオリーだ。だが――
『――ミミズク03より至急電ッ!』
FIC観測員が鋭い声を上げる。
四ノ宮は嫌な予感がした。
『――敵陣から高エネルギー反応ッ!』
『こ……これはッ!?』
次の瞬間――
FICのモニターのひとつが唐突にブラックアウトした。直後、砂嵐が画面いっぱいに広がる。
『――ミミズク03が撃墜されましたッ!』
観測員の悲痛な声がFICに響き渡った。直後――
『敵陣から再度高エネルギー反応ッ! ソードフィッシュに急速せっき――あッ……』
ピー――――
水陸機動団で一番乗りを果たしたソードフィッシュ隊の生命反応がすべて沈黙した。
四ノ宮が、ギリッと唇を噛む。
『――上陸部隊の一部が沈黙しましたッ! 敵高エネルギー体の導線上にいた部隊が……ぜ、全滅――!?』
「なにッ――!?」
幕僚たちが声を失う。
精強無比を誇る水陸機動団が、一部とはいえ一瞬にして沈黙するとはいったい……
『――先ほどの高エネルギー反応は……敵の……ね、熱核反応によるものと推定されるッ――』
観測員が悲鳴のような報告を上げる。
やはり生きていたか――固く握られた四ノ宮の両拳が、白くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます