第420話 人類種の寿命
人類は、今まで何度も絶滅と再生を繰り返していた――!?
イシスから飛び出した言葉は、想像を絶する衝撃で士郎に襲い掛かった。彼女によると、『エノシュ』と呼ばれる
そして決着がつかない今、いわば“喧嘩両成敗”のようにどちらの種も滅ぼしてしまったのだ。
次の文明に期待しましょ―― って何だ!?
<待ってくれ! あなたが単なる執行者だというのは分かる。より上位の存在が“神”と呼ばれていて、それがこの決断を下した張本人――審判者であることも納得だ……だけど!……>
言葉を使わない――思念の遣り取りだけでコミュニケーションを図るしかない士郎は、必死で言いたいことを頭に思い描こうとするが、どうしても次の言葉が思い浮かばない。このような惨劇を目の当たりにして、言葉が上手く見つからないのだ。
<……うふふ……あなたは混乱しているようね。私に仕える者たちにしては珍しいわ。あなた、新入りさん!?>
<――ど……どういうことだ!?>
<どういうことって……ますます自覚が足りなさすぎるわね。なぜ自分がヴィマナに乗って呑気に下を観察できているのか、忘れてしまったの!?>
いったい何を言っているんだ!?
仕える者? 新入り? ヴィマナとは何だ――
その時、別の声が頭の中に割り込んできた。例の“隊長”だった。
<――あぁ……イシスよ――大地の守護者にして絶対者よ……この者の非礼をお赦しください! こやつは神の怒りを前にして正気を失ってしまった。もはや
<よい――巫の不徳は私の責任でもある……この者は私が貰い受ける>
<――は……ははぁッ……御心のままに――>
え――!?
俺、何か失礼な言動をしてたのか!?
その瞬間、士郎はそもそも自分がこの世界で何者なのかを未だ承知していないことに気がついた。
それはまるで、新作ゲームの最初の設定でキャラ登録もせず、チュートリアルもやらずにいきなりラストステージに放り込まれたようなものだ。
世界観も、登場人物も、敵も味方も、勝利条件も、そしてそもそもコントローラーの使い方も、何もかもが分からなさすぎる――
<――あなた……もしかしてこの世界のエノシュじゃないのかしら?>
――!
イシスがいきなり核心をついてきた。
<――たまにいるのよ、そういう存在が。いいわ――少しお話をしましょう……>
***
美しい銀髪。白い肌。神代未来にあまりにも似たその女神は、士郎――この世界では『ホルス』と呼ばれているようだが――を誘ってどことも知れぬ空間に二人きりになった。
士郎は相変わらずキョロキョロと周囲を見回す。自分が何者で、今どこにいるのかさえ分かっていないことは、その様子を見るだけで十分に理解できた。
<――あなた、いつから来たの?>
女神は直截に質問してきた。だが、その一言には違和感があった。
<いつから? どこからではなくて!?>
<えぇ、いつの時代から来たのかと聞いているの>
普通、こういう時はまず「どこから」来たのかを聞くのではないのか!?
まぁいい。士郎は少しだけ考える。あの『メガネウラ』によく似た巨大トンボ、赤茶けた大地――
この地が、地質学的に『石炭紀』に限りなく近い特徴を持っていることを思い出した士郎は、確信をもって答える。
<――み……
<えっ!?>
女神イシスは一瞬戸惑ったような素振りを見せる。
<だから……
するとイシスは最初ハッと驚いたような顔をして、それから可哀相なモノでも見るかのような目つきで士郎を見つめ返した。
<――そう……あなたはそう思うのね!? 分かった……>
何だ――!?
俺は何かおかしなことを言ったのか!? だって現に、先ほどまで地表にはネアンデルターレンシスがいたじゃないか。
士郎の知識では、彼らが絶滅したのは約4万年前だ。彼らとホモ・サピエンスが共存していたのは、ネアンデルターレンシスが絶滅する直前の数千年間だとされている。両者が一緒にいた――というより戦っていた――ということは、少なくともちょうどその頃か、あるいは例の巨大トンボのいた3億年前くらいだと考えるのが妥当じゃないのか!?
確かに数億年前と数万年前では相当開きがあるが、士郎の知っている知識を寄せ集めると、それくらいの誤差があるのは致し方ないではないか――
それに、古生物学や地質学だって完全じゃない。現在の最新の学説が間違っていることだってあるだろう。
<――では、ひとつだけ言っておくわ>
イシスが優しく微笑んだ。
<人類種の、種としての寿命は恐らく1千万年もないわ。そうね……地球上の生物種としては可もなく不可もなく、といったところかしら>
<……え? それってどういう……>
<だから……エノシュであろうがアカーであろうが、人間種はこの地球上に誕生してから完全に絶滅するまで、1千万年以上もたないっていうことよ。あなたさっき言ったでしょ? 自分は数億年先の
――!?
1千万年もたない!?
人類は、もともと絶滅する運命――!?
<……そんなに嘆くことではないわ。だって、この星で今まで一番長い時間繁栄していたのは、あなたたちエノシュが言うところの『恐竜』と呼ばれる生命体だったのよ。それだってせいぜい2億年より少し足りないくらい。でも、彼らは元々この星で生まれたオリジナルの生命体だったから、何とかそれだけ生き延びた。ましてや、入植した生命体であるエノシュは、そもそもこの星に最適化されていないのだから、1千万年だって相当楽観的な推測だわ>
イシスの言葉には、ツッコミどころが満載だった。士郎は混乱し、困惑し、そして恐怖する。いったい何の話だ――
ふぅぅぅ……
士郎は、努めて冷静に振る舞おうと決意する。ひとつひとつ確認しなければ、この恐怖は克服することができない。
<――あなた……怖がっているの?>
<当たり前だ。さっきからあなたは、俺の知らない話ばかりしている。混乱するのは当然じゃないか!?>
<――じゃあ質問しなさい。あなたが知りたいことを――>
<言われなくても……まず“種の寿命”とは何だ!?>
先ほどイシスは、“人類種の寿命は1千万年もない”と言った。恐竜などより、よほど短命だと――
<――そのままの意味よ。星の上に生きる生命体は、基本的に栄枯盛衰を繰り返す。永遠に繁栄する生命は存在しないし、永遠である必要もない>
<じゃあ、人類はどのみち絶滅する運命だって言うのか!?>
<当たり前じゃない!? 自分たちだけは特別だとでも?>
<そ、そりゃそうだ……だって俺たちは知的生命体だ。恐竜とは訳が違うんだ>
<傲慢ね……>
イシスは士郎を
<知的生命体!? 人類種は、生物としての適応力がなかったから、生存のために知能を高めたに過ぎないわ。地上に生存圏を確立できなかった恐竜が、翼を獲得して空に進出したのと、どこが違うのかしら!?>
それは……“鳥”のことか――!?
確かに鳥は、恐竜の末裔だと言われているが……
<この宇宙の生命体は、どんな星のどんな生物であれ、自分が生き延びるための能力を最大限高めようとしてきた。かつて地球環境に最も適合し、進化を続けた恐竜たちも、種としての生存能力を高めるためにさまざまな能力を獲得していった。あるものは巨大化し、あるものは攻撃力を最大限強化していった。またあるものは、脅威から遠ざかる能力を極限まで高めていったわ>
<それらの生存戦略は、恐竜に限らない。地球が今よりずっと暑かった時代、ある生物はその熱さに耐える能力を高めていったし、寒かった時代は当然寒さに耐える能力を獲得したものたちだけが生き残った。そうやって、種を次の世代に引き継いできたのよ>
<生命体の存在意義は、自分の種を可能な限り次の世代に持続させることよ。その意味においては、種を構成するそれぞれの個体の生死はさして重要なことじゃない。それはあなたたちヒト種だってよく分かっていたことじゃない?>
<――その前提で、あなたたちは種の生存戦略として知性を極限まで高めることにした。それによって貧弱な個体を外から強化し、やがて道具を使って他の生命体を圧倒することに成功した。今では、個体の攻撃力や防御力を極限まで高めた他の生物種すべてを圧倒している。まさに急がば回れという戦略が大成功したというべきかしら>
<でもだからと言って、あなたたちが一番偉いわけじゃない。せいぜい“暫定王座”というべきかしら。やがて王者は次の挑戦者に戦いを挑まれ、そして古き存在は常に新しい存在に取って代わられる>
では――我々人類はやがて何か別の生命体にその覇権を奪われてしまい、絶滅する運命だとでもいうのか!?
<――そのとおりよ>
また考えを読まれた!? クソッ――精神感応か。
<それについては、エノシュのある個体がその生存の武器である“知性”を使って面白い計算式を作ったこともあるのよ。エノシュって面白いわね。自らの種の存続を図るために高めていったその知性を用いて、自らの絶滅までの時間まで計算してしまうんだもの>
<それは……いったい……>
<――確か『デルタt論法』とかいう面白い計算式よ。詳しくは説明しないけれど、ある種の確率論ね。それによると、ある事柄について、特別のことがない限りは、それまで続いていた期間の39分の1から39倍の間持続する可能性が95パーセントなんですって>
<――それを考えた個体が生きていた時代は、恐竜が“絶滅した”とされる時代から6,500万年後だったけど、その計算でいくと、あなたたちエノシュはその時点で既に17万5千年の間、種として生存していたから、そこを起点とした場合に残された時間は、あと4,500年から680万年だったそうよ。ずいぶん幅があるけど、エノシュにしては悪くないわ。ほらね? やっぱり1千万年持たないでしょ!?>
恐竜が絶滅してから6,500万年後といえば、まさに有史以降の時代だ。人類文明の進化を考えると、それはずばり20世紀頃の話ではないか――
だとすると、士郎がもといた西暦2089年とか2090年頃は誤差のうちだ。そこを起点にしても構わないはずだ。すると、どんなに長く見積もっても、その680万年後には、人類は種としての終焉を迎えるというのか――!?
<――ちなみに、これを人類種そのものの寿命ではなく、人類が築いた唯一の普遍的文明に当て嵌めるともっと面白い計算が出来たのよ。まるで答え合わせみたいで私楽しかったわ。だって、歴史の事実通りだったんだもの! さすがエノシュね!? そこだけは褒めてあげないと……>
“人類が築いた唯一の普遍的文明”とは一体なんだ!? まさか――!?
<――そう、あなたたちが自称する『機械文明』よ。あるいは『科学文明』と言ってもいいかしらね。それにしたってそのレベルは星を飛び出すほどではなかったけれど……>
<そ……その機械文明の寿命はッ? どうだったんだ!?>
士郎は前のめりにイシスに問いかける。士郎の知っている人類文明は、確かにイコール『機械文明』『科学文明』と言って差し支えないものだ。その他の古代文明だって素晴らしい人類の遺産だが、結局世界中に普遍的に広まった統一文明といえば、まさにこれを置いて他にはない。
<――ふふ……やっぱりあなたはその機械文明からやってきたエノシュなのね!? すぐに分かったわ>
<え?>
<まぁ、それはいいの。今はそれは横に置いて……そうね、その機械文明、さっきと同じ時代を起点として計算すると、最大9,360年しかもたないと分かった。そして、実際その通りになったわ>
え? ちょ――!?
その口ぶりだと、士郎たちの人類文明は、このあと1万年以内に滅びるということではないか!?
<そのエノシュが生きた時代には、既にアカーは絶滅していた。エノシュが滅ぼしたから……そしてエノシュは機械文明を発達させ、そしてその文明は1万年で滅びた――結局のところ、エノシュはいつも同じことを繰り返している。知性を持ち、狩猟文明をしばらく続け、次に農耕文明、そしていつも最後は機械文明になって、自滅していく。知性の発達パターンが一緒なのね。何度やってもワンパターン。本当に何度も何度も……>
<だから、ヒト種が絶滅した後もう一度繁栄するには、10万年あれば十分。リスタートは常にエノシュとアカーが出来上がった状態で始めるというのは最初に言ったわね!?>
ま……待て――
話がどんどん先に行っているが、その前にこれだけは確かめておかなければならない。
<――ちょっと待ってくれ! 今の口ぶりだと……>
<えぇ、私はもうとっくに気付いていたわ。あなた、過去からやってきたのね!? そして、あなたの生きた時代の人類は、既に絶滅している――>
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