第405話 死者の軍団(DAY10-17)

 士郎たちが転移しようとしたまさにその瞬間――


 突然外の方から聞こえてきた大爆発音。一同がいるのは大社の本殿だから、これは拝殿正面の方から聞こえてきた音に違いない。


「――くそッ! なんだ!?」


 もう少しで消えるところだった士郎たちが、再び実体化する。アイシャを触媒とした、ウズメの神威発動が中断した。


 ダァァァァァ――ン!!

 ガガガァ――――ン!!!!


 再び大きな爆発音が周辺に響き渡る。


『――中尉ッ! 敵の総攻撃ですッ!!』


 外で警戒に当たっていた田渕からの報告だった。彼自身、おそらく自分の手の甲が透けて見えるくらいにまでは転移を実感していたことだろう。その中断の理由が、目の前の敵であることは、誰よりも早く理解したに違いない。


『総攻撃!? 敵の残存兵力か!?』

『恐らくそうだと思います。多数の敵兵が、自爆攻撃を仕掛けて来ていますッ』


 自爆攻撃だと!?


『曹長! 自爆攻撃とはッ!?』

『そのままの意味です。爆弾を抱いて、境内に次々と突っ込んできます』


 もともとこの出雲大社は、敵の侵入の初期段階で、数多くの仕掛けを施して敵特殊部隊を翻弄したことから、彼らがそれ以上の侵入を躊躇っていた場所である。

 さらには獦狚ゴーダンなどの獣たちも、そこに足を踏み入れることを、なぜだか極端に嫌っていた。それが「神域」という特殊な結界を張った場所であるが故のことなのかどうかは明確ではない。だが、いずれにしてもある種アンタッチャブルな領域である、という認識が敵味方ともにあり、ここではもはや戦闘は行われない――という暗黙の了解があったのだ。なのに……


 もっとも獦狚ゴーダンに関しては、戦闘の途中段階で既に未来のペットであるハイイロオオカミの青藍が手懐けていたから、今や無害な存在だ。今襲撃を仕掛けているのはすべて人間――中国兵たちだ。

 それも爆弾を抱いて、ほとんど特攻のような滅茶苦茶な戦法で――


 事実、敵兵たちは相変わらず大社の境内に仕掛けられたさまざまな防衛機構により、次々に途中で斃されていった。いったいなぜ――!?

 あちこちにブービートラップが仕掛けられていることも、彼らはとっくに承知だったはずだ。それでも次々に自らの肉体を投げ出すように飛び込んでくる敵兵の集団。そのせいで、さしものトラップも次第に効力を失っていき、やがて二重三重の防御は突破され、本殿すぐ傍まで敵兵が肉薄する。


 ダダダダダ――

 ガガガガガガガ――


 田渕たちが、必死で応戦する。もともと本殿内では可能な限り火器を使わないつもりだったから、ギリギリ建物の外で敵の自殺兵を迎え撃つ。田渕たちの銃弾が、時折敵兵の抱えていた爆弾に当たるのだろうか。バァ――ン!! ズゥゥゥ――ン!! という爆発音が、銃撃音の上に不規則に織り重なった。


『――石動いするぎ中尉! 聞こえますかっ!?』


 切迫した無線が飛び込んできた。


『こちら石動――』

『――あぁ……良かった! 髙木です。皆さんの残してくれたドローンの映像を捉えました』


 市街地中心部の旧市役所に設けていた作戦指揮所。

 現在そこに詰めているのは、義勇兵たちのリーダー、髙木隊長だ。すべての機器をそのまま残し、司令部要員は既にこちらに合流している。現在作戦指揮所を仕切っているのは、この数日間国防軍の指導を受けていた出雲守備隊の兵士たちだ。

 その出雲司令部からの緊急連絡だ。映像がバースト通信で送られてくる。


「――なんだこれは……」


 そこに映っていたのは、狼旅団とドロイド部隊が制圧した中心市街地の、その外縁部を延々と進む敵兵の、長蛇の列だった。市内に残った義勇軍からは、その隊列に四方八方から迫撃砲弾や銃撃が加えられているのだが、敵兵たちは一切それに怯む様子がない。

 次々に斃され、吹き飛び、四肢が千切れ、鮮血が迸る。だが――


 敵兵たちはそれをものともせず、ただ黙って同じ方向に歩き続けていた。その行き先にはもちろん、士郎たちが詰める出雲大社がある。


「こりゃあまるでゾンビだな……」


 映像を覗き込んだ叶が、思わず口走った。

 だってその敵兵たちは、義勇軍からの攻撃を免れた者だけが先を進んでいたわけではないのだ。脚を吹き飛ばされた者も、腕を失くした者も、腸を引きずっている者すらも、およそ普通なら立っていられない――というかとっくに戦死しているはずの――傷ついた兵士たちが、自らの肉体の損壊をまったく気にする様子もなく、延々と歩き続けているのだ。

 髙木がおののいて連絡してきたのは、まさにこの件についてだった。


『――髙木隊長、他も一緒ですか!?』

『はい、市内中の敵兵が、こんな状況です。いくら撃っても、んですよ!』


 それではまるで、ウォーキングデッドそのものではないか――


 その時、本殿を守る田渕からも連絡が入る。


『――中尉ッ! 連中、どうやら死んでるのに動いてます。どうなってるんですかねッ!?』


 その無線の背景音にも、ダァァァァァン! ガガガガ――という射撃音がひっきりなしに轟いている。状況は、かなり切迫しているようだった。


「――俺も出る! ここのご神体と、アイシャとウズメさまを守り抜かないと!」

「だったら私も!」「私もっ!」「当然でしょ!?」「行きましょう!」「うむっ!」「そうだね!」


 オメガたちが、口々に立ち上がった。

 結局、こうなるのか――

 士郎は、叶とウズメさまを見やった。神さまはひょいと肩をすくめ、叶は困ったように眉を上げる。しょうがないよね――ということだ。

 ウズメさまが口を開く。


「士郎よ――」

「は、はい……」

「敵は恐らく、この偽神奪還を企図しておるぞ!? 気を付けよ」

「わ、分かりました!」


 ここに至り、これだけの犠牲を厭わず敵が突入してくるということは、単に攻勢に出たというより、何らかの意図をもってこちらの本陣に攻め込もうとしているに違いない。

 だとすれば、今やアイシャの奪還以外に思いつく目的はない――ウズメに言われて、士郎はようやくピンとくる。

 であればこそ、やはりこの総攻撃を撃退しなければ、その先――元いた世界への帰還――は望めないということか。せっかくアイシャが覚悟を決めてくれたのだ。ここで彼女を連れ戻されたら元も子もないし、もはやアイシャ自身、中国軍へ戻ることを願ってはいまい。


「いくぞッ!」

「了解っ!!!!」


 士郎は、オメガたちを従えて外に飛び出していく。

 本殿の扉を内側から開けると、既に敵兵が数人、本殿建物に取り付いていた。みな腕や脚が欠損し、頭が半分吹き飛ばされている者までいる。

 本当に、ゾンビなんだ――!?


 士郎は、本殿に上がる急な階段の上から、ゾンビのように群がる敵兵たちを蹴り飛ばした。


「ゆずッ!!」

「おっけいッ!!」


 どんなに肉体を破壊しても動き回るのなら、その肉体ごと粉々に破裂させるしかない。それには、彼女が最も適任だ。


 ゆずりはは、すぐさまその右手を前方に掲げた。瞳がヴンッ――と青く光り輝く。


 すると、タイミングよくこちらに向けて飛び込んできた兵士数人が、そのまま空中で暴発した。その身体が急に不自然にボコボコと膨れ上がり、そのまま風船が弾けるように四方八方へ飛び散ったのだ。


 ブシャアッ――――

 肉片と血飛沫が飛び散った。


 続けて、さらに走り込んできた別の敵兵たちにも楪は瞬時にその腕を向ける。今度は踏み込んだ兵士の脚が不自然に膨れ上がったかと思うと、そこから連鎖して胴体へ、次いで肩、両腕、最後に頭の順番で瞬きするうちに泡のように膨れ上がり、バァッ――と全身が弾け飛んだ。


 ビュヒャッ――

 ガバッ――

 ビシュウウウッ――


 次々に破裂していく敵兵たち。本殿の外は、あっという間に地獄と化した。返り血を頭からシャワーのように浴びた楪は、とっくに鬼のような形相と化している。

 もちろん、他のオメガたちもただ手をこまぬいていたわけではない。それぞれに迫りくる敵兵を排除するのだが、なにせ首を切っても四肢を切っても死なないのだ。フラフラと蠢くゾンビ兵たちを最後に仕留めるのは、やはり楪の役割だった。


「――お、おい! あれッ!!」


 士郎は、目の前に広がる血の海の中に、見間違えようのないものを見つけた。

 7、8本はあろうかという脚。カニのような、ヤドカリのような、あるいはクモのようなそれは、破裂した敵兵の腹から次々に飛び出してくる。


 そう――あれは“蟲”だ。人間の脳を乗っ取り、本人の意思と関係なく、その身体の動きを制御してしまう恐るべき寄生虫――


 それで合点がいった。中国兵たちが、腕や脚を吹き飛ばされても、あるいはそれ以上の致命的な怪我を負っても、それでも進軍を止めない理由――

 そして、不可侵域として入域を躊躇っていたここ出雲大社の境内に、平然と入り込んできた理由――

 何より、腹に爆弾を抱え、自らの死を厭わず自爆攻撃を躊躇わない理由――


 それらはすべて、この寄生虫によって脳を支配され、自らの意思に反して歩き続けることを強要された兵士たちの、成れの果てだったのだ。


『叶少佐ッ!! 敵兵ゾンビ化の正体が分かりました! 例の“蟲”ですッ!! 寄生虫が体内に入り込んでいて、自分の意思とは関係なくこちらに攻撃を仕掛けてくるようですッ』

『もはやなりふり構ってられないということか――くれぐれも“蟲”に寄生されないように気を付けてくれ! ドロイドじゃなかったら致命的だぞ!』

『了解――』


 士郎は、無駄だと思いながらもゾンビ兵たちに銃撃を加える。

 普通はどんなに勇猛果敢な兵士だって、数発弾丸を浴びればその足は止まるものだ。だが、コイツらはそれこそ十数発の弾を食らっても、それでも前へ前へと這いずり進む。もはや人間の原型を留めないほど蜂の巣にされても、それでも何かの虫のように蠢きながら、こちらに迫ってくるのだ。とてもではないが、自分の意志で動いているとは思えない。


「ゆずッ!! 頼むッ!!」

「はいッ!!」


 バンッ――

 ブシュッ――


 人体が爆発し、細かい肉片となってようやくゾンビ兵たちの足が止まる。だがその時は、腹から這い出てきた“蟲”に注意だ――


 バッ――!!!


 突然、くるみの顔面に“蟲”が躍りかかった。驚愕の表情で固まるくるみに、士郎は横っ飛びに飛びつき、間一髪難を逃れる。

 ゴロゴロゴロッと地面に転がった士郎だが、くるみはしっかりその腕の中に抱き留めたままだ。


「――だッ……大丈夫かっ!?」

「……あ……は、はいっ……////」


 くるみは、頬を紅潮させながら士郎を見上げた。その華奢な身体は、しっかりと士郎の腕に抱かれたままだ。こんな時ですら、彼女は幸せを感じてしまう。


「……あ……あの――」


 くるみがなおも言葉を発しようとした、その瞬間だった。


 ガァァァァァンッ――――!!!!

 バラバラバラ――――


 突然、大きな破壊音が辺りに響き渡る。


「――迫撃砲ッ!!」


 誰かが、今の弾着は何だったのか大声で周囲に知らせる。目の前の自殺兵だけではない。敵はもちろん飛び道具も次々に放ってくるのだ。

 だが、音の方角へ振り向いた士郎は、愕然とする。本殿の屋根に大穴が開いていたのだ。ということは、さっきの爆発は本殿の中ッ――!?


「ウズメさまッ! アイシャあァァッ!!」


 士郎と、数人のオメガが慌てて本殿に駆け戻った。


 ――――!!!!


 そこは、既に滅茶苦茶に破壊されていた。迫撃砲弾が爆発したのか――板張りの床は大きく割れてささくれ、柱もひしゃげていた。壁は剥がれ落ち、天井の一部が崩落している。硝煙なのか埃なのか、とにかく部屋中が濛々と白煙に覆われていた。

 その中に、うっすらと横たわる影を認める。アイシャ――!?


 確かにそれは人だった。だが、そこにはもう一人の影――

 誰だ……少佐!? すると突然――


「リィジュンウッ――!!」


 士郎の後から追いかけてきた未来みくが、ダンと立ち止まると腹の底からその人影の名前を呼んだ。なにッ――!?

 慌てて後ろを振り向いた士郎は、今まで見たこともないような憤怒の形相で相手を睨みつける未来を目撃する。


「――おまえッ! こんなところまでよくも!!」


 言うなり、未来は背中の長刀をスラリと抜いた。瞳が、カァーッと青白く閃光を放つ。銀髪が逆立った。ヴンッ――!!

 もの凄い殺気が、辺りを凍り付かせる。


「ま……待てッ!」


 その禿頭の小男は、未来の怒りに恐れをなし、片手を上げて彼女を制する。浅黒い――というよりも、腐ったようなドス黒いその頬に、一筋の汗が滴った。


「――わッ……私はただ……この子を助けに来ただけなんだ……」


 ふと目を落とすと、その男――李軍リージュンは、床に寝ていたはずのアイシャをいつの間にか膝の上に抱きかかえていた。彼女の腹部はドス黒く赤く、鮮血が滴っている。迫撃砲の爆風で傷ついたのか――

 それを見た未来の眉がピクリと動いた。


「――その子に触れるなァッ――!!!」


 ザンッ――と未来が長刀を突き出す。と同時に、ヴンッ――と凄まじい圧が吹き抜けた。見ると、その切先は正確に男の鼻先手前数ミリでピタリと止まっている。


「ひ……ヒィィッ――!?」


 李軍は、弾けるようにアイシャを手放すと、ドシンと後方に尻餅をついて飛び退いた。


「――ま……待ってくれ! 私は別に、お前たちと戦うつもりはないッ! 話を聞いてくれっ!!」

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