第386話 オド(DAY9-37)

 瀕死のくるみの命を繋ぐため、等価交換として士郎の『肉体寿命』を差し出せと言ってきたウズメさま。

 それに対し、不老不死の異能を持つ未来みくが、自分の寿命を使ってくれと申し出たのは当然であった。彼女であれば、どんなに寿命を吸い上げられようが、元々永遠の命が保証されている。だから痛くも痒くもないし、士郎も寿命を削られなくて済む。それでくるみも助かるのであれば、一石三鳥――八方上手く収まる、最高に合理的なやり方じゃないか――

 だが、ウズメさまはその提案を言下に否定した。


「――なんで私じゃ駄目なんですか!?」


 未来が食い下がる。彼女にしてみれば、いかな大切な友人であるくるみの命を助けるためとはいえ、何よりも大切な士郎の、その寿命を意図的に削るなどということは、そもそも耐え難い話なのだ。

 ただでさえ自分は永遠の命を持っていて、士郎との絶望的な寿命の差を普段は考えないようにしているというのに……


「いや未来ちゃん、さっきウズメさまが言った通りだよ。これはあくまで石動いするぎ君とくるみちゃんの肉体を構成する量子の、交換作業に他ならない――いや、今回の場合は交換というより補給……かな?」


 叶が、またいつもの科学者の顔になりつつあった。ウズメが先ほど口走った言葉で、ピンときたのだろう。


「――どういうことなんです? いや、俺は別に、いくらでも自分の寿命を差し出す覚悟はありますので、別にどうでもいいっちゃあいいんですが……」

「どうでもよくないよっ!」


 士郎の言葉に、未来が横から口を挟む。


「……あ……えと……削らずに済むなら、削らないに越したことはないじゃない!?」


 未来の意外なほど強い言い方に、周囲が少しだけ困惑する。彼女もそれに気づいたのか、少しだけ言葉を取り繕った。激情に駆られてあまりにも直截な言い方をしてしまうと、まるで未来がくるみの復活を望んでないように見えてしまうからだ。

 もっとも、それは半分正解だ。くるみちゃんには生き延びて欲しいけど、そのために大切な士郎の命が削られるのだとしたら、話は別なのだ。未来は当然、士郎のためになることを軸足として判断しようとする。

 だからこそ、代わりに自分の有り余る寿命を差し出すと言っているのだ。


「――ウズメさま……一つ確認したいのですが……」

「申してみよ」


 叶が、恐る恐るウズメに質問をする。これは、科学者としての正当な質問だ。


「……はい、今更ですが、ウズメさまのようないわゆる“神さま”は、いったいどういう存在なのでしょうか!? いや、つまり……それは我々人類より遥かに霊的に高次元の、いわゆる超自然的スピリチュアルな存在なのかどうか!? という意味なのですが……」

「――ほぅ……面白い質問をする奴じゃ」


 ウズメが、慇懃いんぎんな視線を叶に向けた。


「は……はい、恐れ入ります……ですがその……今の量子変換の話といい、ウズメさまの話はどちらかというと極めて科学的な……というか論理的な……言い方に聞こえたものですから……」

「――要は、神さまらしくない……と言いたいのじゃな?」

「あ、いえ……決してその……神さまを見くびっているとか、その力に疑念を抱くつもりはないのですが……」

「……かか……かかかかっ」


 叶の質問に、ウズメが突如として笑い出した。一同は、訳が分からないといった表情で両者を見比べる。


「――よい。神に向かってこのような言い草をする者は初めてぞ!? 気に入った!」

「……えと――」


 士郎が、話の流れについていけなくて口を挟もうとした瞬間、ウズメはそれを自ら遮った。


「――おぬしらは良くも悪くも軍人なのじゃな!? この大事な局面で、神頼みなどといういい加減なモノに縋りたくないという、その心意気や良し!」


 ウズメは一同を睥睨へいげいした。


「――そこの者が言うた通り、わらわの技にはいろいろと回りくどい条件がある。この娘の肉体を蘇らせるのに必要なのは、士郎――おぬしの肉体に限るということとかの……わらわもいんちきペテン師のような目で見られるのも心外じゃ。ここはひとつ、端的にからくりを説明するとしよう」

「おぉ……ありがたき幸せ!」


 叶が一人感激して――というより、明らかにワクワクしている。またひとつ、神の奇跡のからくりが分かるのだ。科学者としてはこれ以上ないイベントだ。


「――まずはわらわたち“神”と呼ばれる者が、スピリチュアルな存在かどうかという点じゃが……」


 士郎は、じっとウズメを見つめる。


「結論から言えば、それはそうとも言えるし、そうではないとも言える。おぬしら4次元世界の住人である人間から見れば、時空を跨いで自由自在に姿を表したり消したり、あるいは時間を自在に操る我らの技は、あたかも人智の及ばぬ高尚な存在のように見えるであろう。じゃから、それを見た人間どもがわらわたちを“神”と称したのはよく理解できる。じゃが、これは7次元存在であるわらわたちからすれば、当たり前の力なのじゃ」

「……やはり……」


 叶が小さく呟くと、ウズメはそれに応じてコクリと同意を示す。


「よう考えてみるのじゃ。たとえばおぬしらが、2次元世界に現れたとしよう。仮にそこで普通に振る舞ったとしても、2次元の住人どもにはおぬしらがあたかも神のように見えるはずじゃ。此方から彼方へ移動するのに、必ず一直線を通らなければならぬ2次元の住人から見れば、一瞬にしてこちらとあちらを折り曲げて重ね合わせることのできるおぬしたちは、驚異の力を持っておるように映るはずじゃからの」

「……確かに……そうかもしれません」

「今回の件にしたって、我らは物事の始原――えーと、おぬしらの言う――を自在に組み替えることで、娘の肉体を再構成しようとしているのじゃが、人間から見ればまさに神の奇跡にしか見えぬであろう」

「そ、それって――」

「そうじゃ、あの偽神も、実はそれと似たようなことができるでの、じゃからニセモノの神と言うておる。じゃが、あのニセモノは、わらわがやるような組み替えまで出来るわけではない。ま、所詮はバッタもんということじゃな」

「……そう……だったんですね」

「うむ。いずれにしても、このりょうしの組み換えには、双方の観測が同期して初めて成立するものじゃ。そちたちの好きな、科学的法則という奴じゃ」

「――双方の……観測……同期……」

「うむ。ということで、神の御業にはキチンとしたからくりがある。我らは決してあやふやな空想上の存在ではない。単なる7次元存在というだけじゃ」

「――じゃ、じゃあ、さっき士郎とくるみちゃんが同期シンクロナイズしたのは……」


 久遠が思わず口走ったのは、まさにこの場にいる誰もがピンときた話だ。


「――そうか! つまり、中尉とオメガの精神が同期するというのは……なるほど……そういうことだったのか……」


 叶が、完全に納得したという顔になった。だが、士郎は今一つ、腹に落ちない。


「――それってつまり、くるみが他の誰でもなく、俺との同期――命の共有を望んだってことですか?」

「まぁ、ありていに言うとそういうことじゃな。この技は、双方が望んで同期しなければ、その――そちたちの言うりょうしを共有することができぬ。双方が意識せねば、りょうしは実体化できないからじゃ。りょうしとは、すなわちオドのこと――そして、オドとは生命の根源にして、生命の材料でもある。また人の身体だけでなく、森羅万象、この世界のあらゆるものの中に満ち溢れているものじゃ。神の力とはまさにこのオドを司ることであり、オドを司るとはまさに世界のことわりを支配することに他ならぬ」

「じゃ、じゃあさっき肉体寿命を差し出せと言ったのは……」

「おぬしのオドを娘と共有するということに他ならん。さすれば当然、一人分のオドで2人の生命を賄うことになるから、その分寿命が短こうなるのは必然」

「――オメガとの同期は、オドの共有の準備が出来たという証……」


 叶が我慢しきれなくて、割って入る。


「――つまり、肉体そのものを共有することで、その精神も必然的に共有されていくということか……」


 あぁ……だから、最初に石動小隊を発見救出した時、士郎の感情が未来の中に迸ったのだ。オドを共有したことで、二人の魂は同期したのだ――


「あの――少しだけよろしいですか?」


 未来が割って入る。構わぬぞ、という顔でウズメが頷く。


「――以前私は、その……オド? を再構築した経験があります。いえ、自覚はありませんが、どうやら一定エリアのすべての存在を量子レベルに分解し、再構築したと軍の記録にあり――」


 ハルビンの、あの未来の覚醒だ――!

 あらゆる存在が、本来あるべき姿に戻った、奇跡のリセット現象だ。確か瀕死の重傷を負っていたヂャン将軍は、それで健康な肉体を取り戻したし、何より将軍の妹さんの詩雨シーユー――人外の異形と化した彼女――が、本来の美しい肉体を取り戻したのである。


「――知っておるぞ。あれにはわらわたちも驚いたものじゃ。神の奇跡を行う者がいると、結構な騒ぎになった。それで母星から……あ、いや――ゲフンゲフン……それは良いとして、じゃがあれは、生き返った者とそうでない者がハッキリと分かれていたであろう?」

「そ、そういえば!」


 叶が驚いた顔でウズメを見つめる。何でそんなことまで知っているのだ、という表情だ。


「――あれは、あくまでそれぞれが本来持つオドのかたちを整えたというものじゃ。じゃから、首や四肢が吹き飛んでおったもの――すなわち、オドを失った部分は再生せんかったのじゃ」


 まったくもってその通りだった。眼球をくり抜かれ、指を切断された将軍は、そのパーツを同じ場所に置かれていたから、たまたま自分のオドを引き寄せることが出来た、ということなのか!?


「――つ、つまり……」

「今回のは、娘の失ったオドを、こやつのオドで補充する――つまり、新たに追加してやるのじゃ。これは少々難しい技じゃから、さすがのおぬしにも扱えまい」


 そう言って、ウズメは未来を見下ろした。


「――オドって……そんなに大事なものだったのだな……」


 久遠が思わず呟く。今回は何とか話についてきているみたいだ。そんな久遠に、ウズメさまがドヤ顔で話しかける。


「まさにその通りじゃ。古代の人間どもは、オドの大切さを十分に承知しておったから、ミイラなどという埋葬法まで編み出しおったな。オドさえ残っていれば、再生できると信じておったからな」


 そうだったのか――!

 肉体を欠損してしまうと、その者のオドがなくなるから、決して元通りには再生しない。だから古代エジプトに限らず、世界中のあちこちの古代文明では、ミイラ化して埋葬するという風習が生まれたのか――

 妙なところで、話がすべて繋がっている!


「――納得したかの?」

「……はい……」


 未来は、もはや引き下がるしかなかった。

 士郎くんは、きっと躊躇いもせず自分のオドをくるみちゃんに分け与えるのだろう。だが、そのことで彼の寿命が短くなってしまうことについて、くるみを責めることもできない。

 彼女はまだ生きたいと願っているが、そのことが士郎くんの犠牲の上に成り立つことなと、知りようがないからだ。

 まったく、この人はどこまでお人好しなんだろう……それとも、彼は本当はくるみちゃんのことが……!?


「――えっと、皆さんそれで納得していただけたんでしょうか!? そうこうしているうちに、くるみはどんどん弱っています。そして俺は、心の底から彼女を助けたい……それに伴う自分へのリスクについても、十分承知の上です。他に何か……考慮すべきことがありますか!?」


 もはや士郎の言葉には、何者をも寄せ付けない威圧感さえあった。彼にしてみれば、こんな議論など無駄なのだ。ただくるみが助かるなら、それでいい――

 久遠がそんな行動に出たのも、士郎のその限界のない愛情を感じたせいなのかもしれない。


「――し、士郎!」


 久遠が突然士郎の前に進み出た。次の瞬間――


 突然士郎に抱きついたかと思うと、音もなく唇を重ねた。


「えっ……」


 それを見た未来は、呆気に取られて声も出ない。だが、声も出ないのは士郎も同様だった。されるがままに久遠の真っ直ぐな気持ちを受け止めた士郎は、そのままきゅっと彼女の両腕を抱く。


「――っはぁ……」


 ようやく離れると、二人はまじまじと見つめ合った。


「……士郎、士郎のことが大切なのは、その……私もくるみちゃんに負けないのだぞ……」

「……あ……うん……」


 すると、その様子をニヤニヤしながら見ていたウズメが、火に油を注いだ。


「――ホレ、そちは良いのか? 分け与えるオドの量によっては、娘が目を覚ました瞬間、こっちが逝ってしまうかもしれんぞ!?」

「そ……そんな!? 士郎くんの安全は保障してくれないんですかっ!?」


 これはもはや、ウズメの弄り芸だ。未来以外の全員が、それを分かっている。


「落ち着け未来――」


 そう言いかけた士郎の唇を、今度は未来が不意打ちで塞いだ。


 ――!


「わ……わたしだって……久遠ちゃんにもくるみちゃんにも……負けてないんだから!」


 ひとしきり重ねた唇を、なんとか自分の意思で引き剥がした未来は、それだけ言うとタッ――と踵を返し、数メートル離れて俯いてしまった。


「……未来……」


「――じゃあまぁ……二人とも気が済んだということで……」


 叶が思わずポツリと漏らすと、二人はかぁーッとその場で顔を真っ赤にさせ、頭から湯気を噴き出してしまった。叶の無粋、ここに極まれり――

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