第355話 狂乱の夜(DAY9-6)

 それからは、布団で兄たちに凌辱され、風呂場で父に蹂躙されるという生活がずっと続いた。事件が起きたのは中学2年の夏頃だから、そんな生活が恐らく8ヵ月か9ヵ月も続いていたのだろう。

 今考えると、なぜ父が風呂場でしかやらなかったのか察しが付く。痕跡が残らないようにするためだ。

 その点、兄たちは浅はかだった。毎夜毎夜そんなことを部屋でやっていれば、さすがの母もようやく気がつくというものだ。


 だが、信じられないことに母親は、それを見てみぬふりをするという暴挙にでた。もともと気弱なタイプの母親は、一応父に相談したのだろう。だが、自らも負い目のある父がそんなことを認める訳もなく、むしろ息子たちを疑うのかと母を叱責したのだという。これは、事件の後検事さんに聞かされた母親の供述だ。

 とにかく母は味方になってくれなかった。

 そのことに気がついて、私はついに絶望したのだ。クリスマスだろうが、お正月だろうが、私には関係なかった。むしろそんな時期こそ、私はいろいろな格好をさせられて、いいように弄ばれた。

 この悪夢は、結局のところ自分自身で決着をつけるしかない。誰も私を助けてくれないのだから。


 父と兄たちを殺そうと思ったのは、中学2年の7月のある日のことだ。性的虐待が始まって、既に3年が過ぎようとしていた――


 その夜、私はいつものとおり兄たちに夜這いを受けた。

 ほんの小一時間前、風呂場で父親に跨るよう強要され、大きく脚を広げて座ったままの姿勢を取らされ、これでもかと突き上げられた後のことだ。

 もうどうせ服を脱がされるのだから、いっそのこと汚れないように最初から裸でいようかとも思ったのだが、兄たちはいつもわざわざ私に服を着せてくる。

 その日も横になっていたところを無理やり起こされ、学校の制服を着るよう無理強いされた。しかも、下着もキチンとつけて、セーラー服のリボンもちゃんと結ばされる。いつものことだったが、私はその日、それだけは嫌だったのだ。ちょうど衣替えのタイミングだった。合服から夏服へ、明日は友達とお揃いで、薄手の真っ白な半袖セーラーを一緒に着ていく約束をしていたのだ。

 その夜、兄たちが着るように強要してきたのは、よりにもよってその卸したての夏服だった。ハンガーに掛けて、目につくところに置いていたのが悪かったのかもしれない。

 でも、さすがにこれには必死で抵抗した。しわくちゃのぐちゃぐちゃで行きたくなかったのだ。だから合服で我慢してくれるよう懇願した。そっちなら、いっそのこと切り刻んでも構わないし、ぶっかけられてもいいと――


 だが、結局兄たちが選んだのは夏服だった。もう合服は飽きたと言って、真新しい夏服を着るよう迫ってきたのだ。こっちを着ればある程度配慮してやるが、着なければ切り刻むと。

 だからやむなく夏服を着たのだ。だが、薄手の夏セーラーは、私の胸のサイズが去年より一回り大きくなっていたことと、そのせいで下着がピッタリ密着して透けて見えてしまったことで、結果的に兄たちの獣性に再び火を点けてしまった。


 もはや私にはどうすることも出来なかった。ただ黙って、身体の上の暴風が通り過ぎるのを待つしかなかったのだ。だが――


 気がつくと、いつものように身体中がドロドロだったが、私が目を剥いたのは、大切な夏セーラーが結局ぐしゃぐしゃにされていたことだ。胸の部分は兄たちの唾液で黄色くなっていて、胸ポケットも半分引き千切られていた。紺色のセーラー部分には、白い汚濁がべとべとにこびりついていた。


 何かがプチンと、頭の中で切れる音がした。


 私が“覚醒”したのだとしたら、きっとこの瞬間だったのだろう。

 気がつくと私は、鬼と化していた。明らかな殺意が芽生え、隣でいびきをかいている兄たちを、刺すような目で睨みつけた。身体中が煮えたぎり、兄たちの脳味噌をぐちゃぐちゃに引っ掻き回したいと念じたのだ。

 次の瞬間――


 突然上の兄がカッと目を見開くと、突然むくりと起き上がり、見たこともないような間抜け面になって意味不明の叫び声を上げ始めた。

 それに気づいたせいなのか、それとも私の殺意に反応したのかは分からないが、下の兄もその直後に目を覚まし、やはり同様にとろけたような顔つきになって、ついで獣のように顔を歪ませたかと思うと自分の腕にいきなり咬みついた。


 あとはもう理解不能の滅茶苦茶な行動が始まった。上の兄はけらけらと笑いながら私の勉強机の引き出しからハサミを取り出したかと思うと、突然自分の左目にそれを突き立てた。だが、悲鳴を上げるでもなくそのままぬぽっとハサミを抜き取ると、今度は自分の陰茎をつまみ上げ、そのハサミを根元にあてがって、次の瞬間自らそれを切り落としたのだ。

 部屋中に兄の鮮血が噴き零れた。


 だが、狂気はそれで終わりではなかった。兄のけたたましい叫び声に振り返った下の兄は、そのハサミを上の兄から乱暴に奪い取ると、同じように自分の陰茎をつまみ上げ、やはりハサミでそれを切り落としてしまったのだ。

 布団の上にポトリと落ちたその肉塊は、そのままつまみ上げられ、今度は自ら口にそれを放り込んだ。下の兄はゲヘゲヘと笑いながら、それをくちゃくちゃと噛み千切って飲み込み始めたのだ。


 私はと言えば、そんなグロテスクな光景にもピクリとも反応することなく、恍惚とした気分となってそれをただ見つめていただけだ。その時思ったのは、もっと狂え! もっと自分を切り刻んで、ゴミのように死ね! ということだけだ。


 私の部屋での騒動に、両親が気付かないわけはない。

 ものすごい勢いで部屋のドアがバンと開けられると、そこには父親と、その背中に隠れるようにして母親が立ち尽くしていた。

 父の表情は見ものだった。血塗れになった私の部屋の惨状を見た時の、あの驚愕の顔つき。兄たちは恐らく、その時点で失血死していたと思われる。それまで発していた奇声が、いつの間にか静かになっていたからだ。ただ、血の海の中に、二人の兄はうずくまって動かなくなっていた。

 だが、そんな酸鼻を極めた光景を見た時でさえ、父が私の姿を二度見したのを、私は見逃さなかった。上半身は着崩れた夏セーラー服で、下半身は全裸だったからだ。


 兄貴が死んでいるのに、娘に欲情してんじゃねぇよ――!

 その時私が思ったことだ。


 その瞬間、私の中に再度猛烈な殺意が湧き起こった。先ほどの兄たちと同じ感覚だ。結局お前らのせいで私はずっとこの体たらくだ。実の娘で、実の妹なのに、私のことをただの性奴隷としてしか見ていない――ケダモノのような男たち。

 ケダモノには死を――

 兄たちより、もっと悲惨な死に方を――出来る限り残虐で、無様で滑稽な姿で――!!


 その途端、父はおもむろにその場でズボンを降ろすと、やはりハサミで自分の陰茎を切り付けた。ただし今度はザクっと切り落とすのではなく、ハサミで切り込みを入れた後、自分で握り締めて力任せに引き千切った。

 母はその光景を目の当たりにして、直後に失神した。弱い人だった。


 父は陰茎をもぎ取った後、血塗れになりながらさらに自分の睾丸をほじくり出した。私を苦しめ続けていた、3本の汚物がゴミに変わった瞬間だった。

 だが、結局父はそこで力尽きた。もっと悲惨で、もっとデタラメな死を望んでいたのに、案外男の局部は大量出血するのだなと残念に思ってしまった。3人とも、ものの数分で絶命してしまったのである。


 その後朝まで、私は呆然としたまま血の海と化した部屋で一夜を明かした。心の中は不思議と穏やかだった。こんなに静かな夜は、久しぶりだった。誰にも起こされない、無理強いもされない――穏やかな夜。

 朝になって、玄関のチャイムが何度か鳴らされ、あぁそうか、私がいつもの場所にいないから、友達がわざわざ家まで迎えに来てくれたんだと気がついて、いそいそと玄関まで降りていったところまでは覚えている。

 今考えると、あの時友達が悲鳴を上げて玄関ドアから後ずさったのは、私が下半身丸出しのまま、血塗れで彼女を迎えたからだったのだろう。気がつくとたくさんの警察官が来ていて、その後いつの間にか私は、どこかの病室に横になっていた。


 叶少佐に出会ったのは、たしかあの時だ。

 その時少佐に言われたのはたったの二つ。


 一つ目は「何も心配しなくていい」ということ。そしてもう一つは「今までのことは一切口外するな、できれば自分の記憶からも消すんだ」ということ。


 だから私は、それ以来少佐の言いつけを頑なに守っている。記憶を消すことはどうしても不可能だったから、一切口をつぐむことにした。

 父と兄たちを殺したことについては、まったく恥じていないし、後悔もしていない。トラウマにもなっていない。だから堂々と「殺しました」と何度も言ったのだが、なぜだか検察官は私を罰しようとはしなかった。「公判維持ができない」とか何とか言っていたような気がするが、難しいことは分からない。ただ、あれからほどなくして発狂し廃人になってしまった母親は、もはや娘の私のことさえ認識できないのだという。

 ということでめでたく天涯孤独。さてこれからどうしたものかと思案していたら、叶少佐が軍に来ないかと言ってくれたわけだ。


 そんなわけで私の親権とか何とか、いろいろと法律上の手続きにかかる時間の間、一時的に児童養護施設みたいなところに預けられたのだが、どうやら私はそこでも2人ほど人を殺しているらしい。

 こっちの方がむしろ記憶は曖昧だ。


 だが、大方この2人も私のことを欲望の目で見ていたのだろう。

 なぜなら私は大抵のことでは怒りを覚えない。ただ、性的な目で見られると、恐らく過剰に反応してしまうのだ。

 でも、きっと優しくされたら受け入れていたのだろう――とも思う。

 私の身体はすっかり開発済みなのだ。男の人の肌に愛おしさを感じるくらい……

 だが、問題はそのアプローチだ。父や兄たちのように、無理強いされると途端に嫌悪感に襲われる。

 施設の男性職員は、そう言う意味では本当はそんなことをするつもりなかったのかもしれない。ただ、早く着替えろとか、ああしろこうしろと命令口調だっただけかもしれない。でも結果的に、彼らは私の不興を買った。だから同じように殺されたのだ。


 以来、私の周りには男性がいなくなった。施設は、私の世話を女性職員だけで行うようになった。

 叶少佐はその時、施設側に対して相当抗議してくれたらしい。配慮が足りない、あの子は男性恐怖症なんだ――と。


 だが、力説しておくが、私は決して男性恐怖症ではない。強引なのが駄目なだけなのだ。いや――多少強引でも構わない。その裏に、優しさが感じられるなら、むしろ少し強引なくらいが好きなのだ。

 きっと私はセックス依存症で、マゾヒストだ。思春期入りたてで、あれだけ男に弄ばれたら、愛のカタチは一足飛びに身体の繋がりに直結する。繋がって、初めて安心できるのだ。

 その点、父と兄たちにはまったくと言っていいほど「愛情」を感じられなかった。ただ単に快楽の対象として私を凌辱したことを、心の底から憎んだだけ。

 その意味において、私の身体は未だ穢れている。あれ以来もちろん、私は男性と関係を持ったことがない。それが私の不安の原因だ。繋がっていないと、必要とされていないような気がするから――

早く、私の穢れを上書きして欲しい。


 そして、それが出来るのは士郎さんしかいない――


 私はもう、限界なのだ。

 表向きは冷静にしているが、心の中は嫉妬が渦巻いている。このまま私が死んでしまったら、私の身体は穢れたままで朽ち果てるしかないのだ。

 そんなことは御免だった。


 士郎さんは戸惑っているが、私は彼だったらいつでもいいと思っている。だからこの戦闘が終わったら、今度こそ彼に抱いてもらうのだ。

 大丈夫――彼が身体の60パーセントを機械化したと聞いた時、一番に少佐に聞いたのは、彼の身体のどの部分が機械化されたのかということだ。それによると、どうやら男性の部分は生身のままらしい。

 だったら何も問題はない。いや――問題があるとすれば、彼が“処女信仰”の持ち主かどうかという点だけだ。

 でもまさか――彼は曲がりなりにも軍人だ。そんな、童貞の魔法使いみたいなことを思っているわけがない。兵士というのは古今東西、いつ何時命を落とすか分からないから、そもそも入営の時点でとっとと童貞は卒業してしまうものらしい。大抵は、同じ内務班の先輩に連れられて、プロのお姉さんのところに行くそうだ。それに、休暇となればいつだって、女遊びに行くのだとか。


 だったらそれが、私だって構わないよね――

 別に、付き合って欲しいとか思っているわけじゃない。ただ、士郎さんのいっときの癒しになれればそれだけでいいのだ。変に欲を出すつもりはない。ただ、彼の処理をさせてもらえるだけでいい――


 くるみは、銃弾の飛び交う戦場で、そんな淫らなことばかり考えている自分を、自分の中で蔑んだ。きっと士郎さんは、私が本当はこんなにビッチだなんて夢にも思っていないだろう。まぁ、私が優等生ぶっているのは、そんな自分の本性を周囲に悟られないようにするためでもある。でも、このままでは他の子に取られちゃう――!

 そう思った瞬間、身体の奥の中心から、ジュン……と何かが熱く滴った。あ――


「ぐ、軍曹ッ――!? 大丈夫ですかッ!? おいッ! 衛生兵ッ!! 軍曹が撃たれたァ!!」


 え――!?

 近くにいた兵士が、自分に向かって慌てて駆け寄る様子がチラリと見えた。

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