第353話 死神の気配(DAY9-4)
「いやー、間一髪だったぜぇ」
ゲホゲホと喉の
すると、その物音に反応したのか、彼女の足許から同じような黒焦げおはぎがあと二つ、ムクムクと起き上がってくる。こっちは――!
「ぷはぁ! ヤバいヤバい! 今回はマジでヤバかったぁ!」
「ったく!
機関員の
田渕が顔をほころばせながら3人に向き合う。
「なんてこった――まったく、心配かけんでください! さすがに今回は死んだかと――」
「――いやはやぁ……面目ない。でも思いのほか役に立ったネぇコレ」
そう言って、美玲はその着ぐるみをツィーと中からジップダウンした。
「何ですかソレ!?」
亜紀乃が興味深そうに目を丸くしている。すると、鼻の頭に黒い煤をつけた品妍がドヤ顔になった。
「へっへーん! ピンちゃん特製の、緊急保護装置なのだー」
「えっ!? 自分で作ったんですか!?」
「そぅ! ホラ、私って天才エンジニアじゃん? だからこういうこともあろうかと、いろいろ研究して試作品まで漕ぎ付けたってワケ!」
「単なる特許丸儲け狙いのくせに」
「――なんだとぉ!?」
「ワタシたち、タコ焼きスーツて呼んでるよ」
「――なにがタコ焼きかあっ!?」
「だぁーって! 衝撃受けたらエアバッグみたいに膨らむだけって聞いてたのに、身体ごとバルーンの中に入るなんて聞いてなかったヨ!」
「そのお蔭で焼け焦げずに済んだじゃろがい!」
「まぁねー! しかしタコ焼きオバケみたいになって身動きとれなくなった」
「ははは、タコ焼きというより黒焦げ過ぎておはぎですね」
「泥人形……」
「――ま、何はともあれ無事でよかった! さっそく中尉に報告します」
まったく――この3人はどんなに悲惨な戦場でも、パァッと空気を明るくしてくれる。大丈夫ですよ中尉……この連中はどうやら、殺しても死なないタイプですから。
田渕が晴れやかな顔で無線連絡をしている間、黒岩が破壊された装甲殻に近付いていって、まじまじとその残骸を見つめる。
「――おかしい……」
「ん? どうしたのです黒岩さん!?」
深刻な顔をする黒岩に、亜紀乃が小声で問いかける。
「なぜこんな大爆発を起こしたんだろう……」
「……心当たりが……ないのですか?」
「あぁ、俺は……爆発物なんて仕込んじゃいない……」
――――!
確かに、この惨状は相当高性能の爆薬を仕込んでいないと起こり得ない。潜入工作員とは言え、丸腰……かどうかはさておき、爆薬の類は持っていなかったはずの黒岩には、仕込めるようなものではないだろう。
「……ちなみに黒岩さんは何を……」
「俺は、ただ単に
「そう……なのですか……そうですか……」
亜紀乃は、困惑しながらも、途中でなんだか嬉しくなってしまって顔が緩む。
やっぱりこの人は、根は悪い人じゃないんだ――戦車の乗員を皆殺しにしようとしたのではなく、ただ単に行き足を止めようとした――!?
確かにそれでも十分部隊を混乱させることは出来る。やはり、元は同じ日本人だ。この人は、殺さずに済むなら常にそうしてきたのだろう。
士郎中尉に少しだけ似てるのかも……亜紀乃は漠然と考える。
「だけど……じゃあなんでこんな大惨事に――」
言いかけて、亜紀乃は慌てて首を竦めた。
ひゅるるるる――
「伏せろぉーッ!!」
田渕が大声で叫ぶ。
その途端、辺り一面に轟然と大音響が響き渡った。間違って地上で花火が爆発したように、土くれと白煙があたりに炸裂する。
「――迫撃砲弾です! 皆、一旦ここから離脱しましょう!」
田渕が皆を庇うような姿勢で腰を低くして言った。取り敢えず、南戦線の主力がいる位置まで移動だ。
***
「――そうか、よかった……!」
「生きてたの!?」
顔を紅潮させる士郎に、
「あぁ! 131号車は3人とも無事らしい。まったく、美玲の奴、心配かけやがって……」
そう言いながらも、士郎のテンションが一気に回復していくのが周囲の人間には分かった。人死には戦場の常だから、皆ある程度割り切ってはいるのだが、やはり親しい友の死には特別な思いが交錯するものだ。
だから先ほどの彼の狼狽ぶりはよく理解できる。でも、大半のオメガたちが気になったのは別のことだ。果たして自分がそうなった時、彼はどれくらい悲しんでくれるのだろうか――
とりわけ水瀬川くるみにはその想いが強い。
だって、彼女は知っているのだ。
なにより、未来ちゃんがかつて大陸で拉致され行方不明になった時、士郎さんは死にもの狂いで彼女の奪還を目指したのだ。そのために、かつて
さかのぼれば、ゆずちゃんの時だって同じだ。右腕を吹き飛ばされて失血死寸前だった彼女に、必死で自分の血を輸血し、命を繋いだばかりか、入院療養中は何度も何度も病院に通って彼女を見舞っていたそうだ。
そもそも彼が重傷を負ったのは、文ちゃんが士郎さんを理不尽に拉致して故郷の隠れ里に立て籠もったせいだ。最終的に彼は、その文ちゃんを手助けして、当時最強と呼ばれたタケミカヅチにほとんど丸腰で戦いを挑んでいる。これなんて、本来の軍務ですらない。まったくの善意だ。
そして、ことあるごとに士郎さんを巡って張り合ってきた久遠ちゃん。
彼女だって、つい先日高千穂峡で
もともと副官として常に帯同させていたというのもあるが、あれ以来士郎さんは、ことあるごとに久遠ちゃんの身体を気遣っている。まぁ確かに、腹を貫かれたというのはかなりの重傷だ。心配されて当然レベルの深手であったことは否定しない。だが、くるみとしてはやっぱりえこひいきだと思うのだ。
そして今回の亜紀乃ちゃん――
どうもここ数日、とりわけ昨日あたりから、キノちゃんに対する士郎さんの態度が、妙に今までと違うのだ。いったい何があったのだろうか!?
くるみは知っていた。彼はことあるごとに、キノちゃんの居場所を確認したがり、彼女が今何をしているのかしつこいくらいにチェックしている。どんなに善意に解釈しても、それはまさしくストーカー的だ。さっきだって、わざわざキノちゃんの現在位置をオペレーターに確認していた。これはもう、心配で心配で仕方がない、という感情の発露に違いないのだ。
そう考えると、くるみは自分だけそういうエピソードというか、彼に対する引きない、ということに気付いて愕然としてしまうのだ。
完全に、他の子に出遅れた――!!
あの戦車隊の“生意気カワイイ”少尉さんにまで、一歩リードされている……!
だから、この際士郎に求められたら、何でもOKと言ってしまうのだ。
「わっ、わかりました士郎さん! お任せくださいッ!!」
「――オマエ、さっきボーっとしてたけど、ホントに大丈夫か?」
「えぇ……えっ!?」
先ほどから士郎は、指揮所にいるオメガ5人に対し、個別に指示を伝えていたところだった。しまった――記憶が飛んでいるっ!!
「――大丈夫かくるみ……じゃあもう一度、最後の確認だ」
士郎が皆を見回す。
「――まず、亜紀乃は先ほど南戦線に到着したことが確認された。美玲の131号車から彼女たちを助け出してくれた後、そのまま田渕曹長の隊と合流したらしい。彼女にはそのまま
続いて北戦線だ。ここは山岳戦闘になる。足場も悪いから多脚戦車も配置していない肉弾戦だ。したがって運動量に勝る
治癒力を持つ未来はこのまま市街地の中心部に残るんだ。叶少佐と野戦病院に入り、負傷者の対応をしてくれ。そして何かあれば
俺と久遠は出雲大社に入る。敵の最終目標は十中八九ここに違いないからだ。久遠は神さまとの相性がいいから、いざとなったらウズメさまとも共闘しやすいだろう。そしてくるみ――」
「は、はいッ!?」
「くるみは東戦線だ。敵主力はシエラだから国防軍の主力もそちらに回している。その分東は防御が薄いから、その穴をくるみが埋めるんだ。聞いての通りみんないっぱいいっぱいだから、何かあっても援軍を送ることは出来ん。一人で持ち堪えられるか!?」
「だ、大丈夫です」
「――よし、では
「わッ、わかりましたッ!!」
「では全員、ただちに配置につけ!」
士郎の号令で、オメガたちが一斉に動き始めた。「――あ、そうだくるみ!?」
士郎が呼び止める。
「はい?」
「東戦線には
「分かりました」
そう言うとくるみは、いそいそと出口に向かう。が、途中で歩みを止め、士郎を振り返った。
「――あの……士郎さん?」
「ん? どうした」
「いえ、あの……」
「どうした? 何か分からない点があるのか?」
士郎が怪訝そうな顔を向ける。
「……いえ……そういうわけでは……」
「そうか、では気を付けるんだぞ――」
「あのッ!」
はっきりしないくるみに、士郎はつかつかと歩み寄ってそっと肩に手を置いた。
「くるみ……どうした? 怖いか……?」
「……いえ、そう言うわけでは……」
くるみ自身、何が引っかかっているのか、口では説明できなかった。ただ、なんとなく士郎と離れ難かったのだ。これっきり、逢えないような気がして――
「えと……士郎さん! ひとつ――お願いがありますッ!!」
「おぅ……」
「あの……この戦闘が終わったら、一晩つ……付き合って欲しい……です」
「……? どうした? 何か相談ごとでもあるのか!?」
「い、いえ……別に……ただ、以前はその……ゆっくり過ごしたこともあったなーって……」
くるみの顔が真っ赤になった。それを見た瞬間、士郎もまた、真っ赤になる。そうだ……彼女とは以前、一緒に風呂にも入って……それで……
彼女の誘いが、そういった大人の誘いのつもりだったのかどうかは分からない。
ただ、そんなことを赤面しながら呟く彼女を、士郎は純粋に愛おしいと思った。真面目で委員長タイプのくるみが、そんなことをこっそり言ってくるなんて……
士郎はなぜだか急に、人肌が恋しくなる。
「……あ、あぁ……そうだな。最近忙しくて……みんなともゆっくり話す暇なかったからな……」
恥ずかしそうに後頭部を掻く士郎を、くるみは潤んだ瞳で見上げた。心臓が、ドクンと跳ね上がる。
「……絶対……約束ですよ!?」
「あぁ、約束だ……」
二人は、一瞬の間だけ、ジッと見つめ合った。
「――じゃ、じゃあ……行きますね」
そう言ってくるみは、くるっと踵を返し、小走りに作戦指揮所を出ていった。そんな二人を、最後まで残っていた久遠は不思議そうに見つめる。一瞬だけ、あの二人の間にイイ感じの空気が流れたのは気のせいだろうか。
だが、さっき少しだけ聞こえた二人の会話の中に「何とかが終わったらどうのこうの……」という言い回しがあったことの方がむしろ気になった。その手の会話は、なぜだか兵士たちの間で忌み嫌われているのを知っていたからだ。
フラグ――と言ったか!? 戦闘前に、次の約束をするのはタブーなんだそうだ。なんでも死神が聞きつけて、その約束を邪魔するらしい。
でも、くるみちゃんに限ってそんなことはないか――
自分と未来ちゃん以外のオメガ全員が指揮所を出ていったのを確認すると、士郎がこちらを振り返った。
「――じゃあ久遠、俺たちも行くか!?」
「あぁ、私はいつでも大丈夫だ」
「未来、少佐――よろしくお願いします」
「えぇ、士郎くんも気を付けて」「任せてくれたまえ」
未来ちゃんは、相変わらずどんな状況になっても冷静だな――
彼女はどうやら、先ほどのくるみと士郎との会話を聞いていなかったようだ。隣の叶少佐と何やら打ち合わせしている様子だ。それとも、聞いたとしても特に気にしていないのだろうか!? だったらやっぱりフラグというのは単なる戦場伝説か……
それとも、死神が気まぐれなだけなのだろうか――
「よし……では髙木隊長、あとを頼みます。戦況は出先でも随時把握していますので」
「あ、はい――では私は引き続きここに残ります。よろしくお願いします」
いよいよ私たちオメガの出番か――
終わったらみんなでまた、わいわいやりたいな――あ……!?
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