第336話 星の欠片(DAY7-10)

「……あ、まぁ……はい、そうですね。精錬方法はまったく同じです」


 なんということだ――!

 神々の時代の、幻の金属と呼ばれた「ヒヒイロカネ」。

 それは決して空想上の産物でも何でもなく、実在した。奈良の仁徳天皇陵地下に造られた次元移動装置も、皇統の正統性を示すための『三種の神器』も、そしてここ出雲大社のご神体も――これらの原材料はすべてこのヒヒイロカネだったのである。

 そして、大国主命の実の娘である広美の真名は多多良伊須須岐比売タタライススキヒメ――我が国の製鉄技術を司るとされる神……


 父、オオクニヌシは、葦原の中つ国――すなわち我が日本国の基礎を作り上げた国造りの神である。当然、その国家建設事業には、さまざまな素材技術が用いられたことだろう。

 中でも最も希少価値があり、わざわざ神々の母星である高天原シリウスから取り寄せたという“星の欠片”――ヒヒイロカネは、日本国を創り上げるうえで最も重要な役割を果たしたはずだ。

 場合によってそれは、国土の根幹、あるいは核心部分の楔石キーストーンに用いられるほどの重要パーツであったかもしれない。そして当然、その際は製鉄技術の責任者であったタタライススキヒメがその事業の中核を担ったであろう。

 だとすれば、その彼女の名前を冠した製法「タタラ製鉄」こそ、ヒヒイロカネ精錬の中核テクノロジーだったのではないかと踏んだのだが……まさか本当だったとは――


「――ヒヒイロカネの精錬には大量の炭素と水が必要です。いっぽう、これらは基本的に大容積となるため、わざわざ他所よそから運搬してくるのは極めて非効率です。つまり――現地調達するのが原則。その点この国には、豊かな水と森林資源が最初からありました。私がこの国でヒヒイロカネを精錬することにしたのも、それが主な理由です」

「森林が……必要だったと……」

「そうです。炭素を発生させる素材は他にもありますが、例えば石炭などだと燃焼温度が高すぎるのです。燃焼温度が高いということは、硫化水素等も発生し、結果的に精錬純度が落ちる。ヒヒイロカネは純度が高ければ高いほどその能力を発揮しますから、低温でじっくり焼ける燃料としては木炭が最も適切でした。そして、出雲にほど近いこの辺りの山岳地帯は豊かな森林地帯でもあり、これらタタラ場を開くのに極めて適切な場所だったのです」


 確かに、史実においても「タタラ製鉄」発祥の地は、先ほど通ってきた奥出雲を含むこの辺りの中国山地一帯だ。すべての糸が、徐々に繋ぎ合わされていく。


「――ただ、ヒヒイロカネそのものの精錬は、持続的に行われてきたわけではありません。もともと持ち込んだ素材の絶対量が限られていたのです。ヒヒイロカネ精錬は、ある時期をもって完了し、あとは廃炉を待つだけとなっていました」

「……それはなぜ――」

「もちろん……森林が喰い尽くされてしまわないようにです」

「――――!?」

「……タタラ製法は、大量の木炭を必要とします。つまり、森の木々を大量に伐採することになる。そうなると当然、大地を破壊することになりますから、最初から作業の上限を設けていたのです。ところが人間たちは、この技術を封印することを拒みました。私たちがヒヒイロカネの精錬はもう十分だと告げると、代わりに砂鉄を燃やすようになったのです」


 あぁ……そうだった。この辺りは確か日本でも有数の、良質な砂鉄を産出することで知られている。ヒヒイロカネに代わる素材としてはもってこいだっただろう。

 それに、このタタラ製鉄が後の世で廃れた要因のひとつは、森林破壊だ。もちろん、日本人たちはその副作用を当時から十分自覚していたから、キチンと植林も行って森林の回復に努めてきた。だが、中国山地に禿山が多かったのは紛れもない事実なのだ。

 さらに言えば、近代になって一気に鉄鋼需要が高まったのも、タタラ製鉄が廃れた要因のひとつだ。産業革命を経て西欧諸国が獲得した大規模鉄鋼生産能力は、もちろん価格競争力も高かったし、大量生産という点ではやはり一日の長があった。質より量、という時代に突入したのは、物質文明の必然かもしれない。

 もちろん、タタラ製鉄の技術そのものは、今の世にも細々と受け継がれている。だが、残念ながらそれはもはやある種の「産業遺産」に過ぎない。


「――でも私は、結果的にはこれで良かったと思っています。もしヒヒイロカネの精錬完了と同時に技術を封印していたら、明治維新で日本は西欧諸国に一方的に蹂躙されていたことでしょう。高度な製鉄技術を持っていたことで、西洋人たちは我が国に一目置いたとも言えるのです。また、こうした技術体系を保持していたことで、圧倒的な機械文明を一気に受け入れる素地が出来ていた。基礎体力があったことが、その後の我が国の立ち位置を決める大きな要因となったはずなのです」


 結局、長い歴史を持つ我が国が鎖国のまどろみから目覚め、間髪入れず西欧近代文明に伍して今まで独立を保ってこられたのは、数千年の昔にその技術を与えてくれた大国主命とここにいる広美ちゃんのお陰――ということか。

 さすが神さま、である。それだけに、今この時代、中国軍に占領されている現状が悔やまれるのだ。


「……それでその……ひとつ私から提案があるのですが……」


 広美が士郎を上目遣いで見つめる。

 そんな彼女に、士郎は思わずドキリとしてしまった。いつものリクルートスーツのような地味な格好ではなく、今の彼女は先ほど神々しいまでに舞っていた巫女装束のままだ。艶やかな黒髪に、額には光り輝く金色こんじきの天冠。美しい白透色の千早とあでやかな緋袴を着込んだ彼女は、どこか高貴で儚い気配を漂わせている。先ほど父神オオクニヌシからチラッと言われた言葉を、はからずも思い出す。


「――え……えと、何かなぁ咲田さん……?」

「――ちょっと? 士郎くん? 何今さらテレテレしているんですか?」


 傍にいた未来みくに思わずツッコまれる。ハッとして周囲を見回すと、オメガたちが全員ジト目で士郎を見つめていた。


「ゲフンゲフン……提案って――?」

「はい、実はあのあとヌシさまと少し話したのですが、この際ですからご神体を少し削って、皆さんの装備にヒヒイロカネを混ぜ込んでみようと思うのです」

「え!? マジですか――!?」

「えぇ、マジです。ほら、皆さん長剣をいつもお持ちじゃないですか」


 確かに、オメガチームは全員――士郎も含めて――長剣を一振り常に携えている。これは、彼女たちの戦闘形態が常に、最終的には白兵戦に近い形に持ち込まれるからに他ならない。銃器に頼らないから、どうしても敵との間合いが近くなるのだ。そして実際のところ、恐るべきスピードで格闘戦を繰り広げる彼女たちにとっては、銃よりも剣のほうが扱いやすい。


「えー? 何なに!? なんかパワーアップしてくれるのっ!?」

「そ、それはありがたいな!」「ぜひやっていただきたいです!!」


 横で聞いていたオメガたちが色めき立つ。


「待て待てお前たち……てことは、この軍刀を今から鍛え直すってことですか? タタラ製法で!?」


 士郎は、自らの刀を掴んで身体の前に持ち替えた。


「まさか――そんな時間はないでしょう? 私が直に練り込みます」

「へ? 直に練り込むってそんな――」


 言いかけると、広美はふっと目の前でトランス状態に陥った。神がかり……なのか……!?


 すると広美は目の前にあった士郎の軍刀を躊躇うことなく鞘から抜き取ると、そのまま切先を上にして垂直に掲げる。そしておもむろに目を閉じ、何事か呟く。祝詞のりと――!?

 突如、辺りの大気が揺らいだ。と同時に赤――青――さらにその周辺色が次々に空気中に波紋を広げていく。それはあたかも――虹……


 パリパリッ――


 何の前触れもなく、小さな雷撃のようなスパークが士郎の刀身に纏わりついた。と同時に、ゆらゆらと揺らめいていた大気全体が、一気に平常を取り戻す。

 気がつくと、すべてが元に戻っていた。ただし、士郎の剥き身の軍刀は、相変わらず彼女が握り締めたままだ。


「――えっと……終わった……んですかね!?」


 見たところ、何も変化はないようだが……

 広美がゆっくりと目を開け、士郎を見つめ返す。


「――少し振ってみてください」


 そう言うと、彼女は切先を下に持ち替えて、柄を士郎に差し出した。言われるがままに受け取ろうとしたその瞬間――


「うぉッ――!?」

「どうしたのっ? 士郎くん!?」

「こ……これは――」


 なんという霊力――、いや……神力と言うべきか――

 手にした瞬間、刀身と腕が一体化したかのような……自分自身と刀身の波動が、お互いに行きつ戻りつしながら対干渉しているかのような――


 士郎は、その圧倒的な気配をビリビリ感じながら、なんとか刀を上段に構えると、そのままスッと下段まで振り下ろした。すると――


 ヒィ――ン


 刀身の軌跡が、青白く空中に現れたかと思うと、一瞬のち幻のように掻き消える。よく見ると、刀身の表面も何やら虹のように揺らめいているではないか――


「――おぉ!?」


 オメガたちが、思わず感嘆の声を漏らした。


「ライトセーバーだ!」

「――アホかっ!!」


 ゆずりはのくだらないボケに、思わず食らいつく。だが確かに、ライトセーバーというのはいい得て妙だった。


「――こんなことが……」

「いかがです? 使い心地は」

「え、えぇ……これは確かに……凄いです……しっくりきます」

「――よかった」


 そう言って微笑む広美を、士郎はあらためてまじまじと見つめ返した。やはりこの子は神さまなんだ……いったいどんな力を使ったのか不明だが、確かに今念じただけで、この愛用の一振りは、まさに神剣となったのである。


「――さぁ、ここにヒヒイロカネの欠片があります。他の皆さんも刀をご用意ください」


 そう言って広美は、懐から小さな黒い小石のようなものを一掴み取り出すと、目の前の板張りの床にゴトゴトっと広げてみせた。


  ***


「――かい走だと……!?」


 李軍リージュンは、前線指揮官からの報告に色をなした。


「は、はいっ……イズモ市街地を制圧目標とした我が空挺一個大隊は、その……降下直後から激しい敵の抵抗に遭い――」

「護衛の戦闘機部隊はどうしたのですッ!?」

「そ、それも……敵高射砲によってことごとく撃墜され……」

「そんなことあり得ないでしょう!? だって奴らは旧式の……はッ――まさか……」

「そ、そのとおりです。作戦開始の時点では、敵固定高射砲陣地を予定通り無力化しつつ降下を決行し、みごと橋頭保を築いたのです。しかし、ほどなくして敵増援部隊が駆け付け――」

「その増援というのは、もしかして向こうの世界から来た日本軍ですか!?」

「……と、思われます……敵主力装備は八輪装甲戦闘車で、自走式の高射砲もあったようで……」

「規模はッ!?」

「わ、わかりません……少なくとも……大隊か、旅団規模はあったものかと……」


 李軍は、報告を続ける将校の顔を胡乱うろんな目で見つめ返した。コイツは嘘をいている――


 まったく、中国人というのはどうしてこう、自分に都合が悪い時は敵を大きく見せようとするのだ!? 40機以上の航空戦力を悉く叩き落され、大隊規模の精鋭空挺部隊が退けられたのは、自分たちより圧倒的に敵戦力が大きかったからだと言い訳しなければ、プライドが許さないのだろう。

 だが恐らく、実際のところ日本軍の規模はせいぜい中隊規模、多くても二個中隊程度だったはずだ。彼我の軍事テクノロジーに百年以上の差があれば、数倍の敵を蹴散らすことなど容易いことだ。逆に、侵攻部隊より大規模な守備隊が防備を固めていたら、恐らく市街地に侵入することすらできなかっただろう。この時点で既に、この将校の話は辻褄が合っていないではないか。


「――ふむ、まぁいいでしょう。それで、今回も生存者はゼロですか?」

「あッ! いいえ――それが、部隊が潰走したのは事実ですが、戦闘続行不可能となってからは、バラバラではありますが戦闘区域から外に脱出してきた者が多数おります!」

「なに――!? 生きて還ってきたと!?」

「は、はいッ! その点に関しては、5年前とは相当状況が変わっておりますッ」


 つまり――謎の怪物によって悉く神隠しのように全滅したわけではないということか――

 ほれ見たことか! 何がイズモ不可侵域アンタッチャブルだ――!?


ヂュー上将――」

「えぇ、やはり李閣下のおっしゃられた通りだ。今なら一気にこの地域を制圧できるかもしれません」


 占領軍最高指導部のひとり、ヂュー又侠ヨウシャーが、その腫れぼったい瞼をクワと開けてみせた。


「……今回の空挺作戦は、いわば威力偵察みたいなものです。いきなり大戦力を投入して前みたいに全部喰われたら、目も当てられませんからな。しかし、敵の迎撃は確かに大したものではありましたが、それは決して人智の及ばない超自然的なものではなく、純軍事的なものであることがこれで分かりました――」

「であればいよいよ次は……」

「はい、次は全軍を上げて一気に攻め込みます。ここに陣を構えた日本軍を必ず潰し、出雲の地を完全に制圧しましょう――いよいよ天下分け目の最終決戦です」

「この戦いに勝利すれば、朱閣下の夢も再び時を刻み始めるでしょう。いざ、参りましょうか――」

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