第321話 仮初めの父娘(DAY6-18)
ウズメに導かれ、奥出雲のどことも知れぬ山あいに連れて行かれた士郎たちの部隊は、そこで焼け爛れ、朽ち果てた神社の跡を目の当たりにした。
「――かつて蒼流神社と呼ばれた、鎮守の跡じゃ――」
ウズメが発した言葉に、一同は戸惑いを隠せない。
「……え……いま何と……?」
「じゃから、蒼流神社じゃ。そこの娘っこと同じ名前じゃのう」
そう言って久遠の方を見つめる。当の本人は、呆気に取られて困惑するばかりだ。
「……え? ……なに……どういうことなのだ!?」
「――そういえばお前、実家が神社とか言ってなかったか?」
「そ……それは……そうだが、でもここは……異世界ではないのか……!?」
久遠の言うとおりだった。
今、士郎たちがいるのは並行世界――『
つまり、今いる世界に久遠の実家の神社があるというのは……
いや――あり得るのか……!? 並行世界だから!?
「――えっと……元の世界でも久遠の実家はこのあたりだったのか!?」
士郎が困惑しながら問い質す。だが――
「ち、違うぞ!? 私は……その……あれ? どこだったっけ……!?」
「え? オマエ、自分の実家のあった場所を覚えてないのか?」
「いや、その……」
急にしどろもどろになった久遠に、叶が助け舟を出す。
「――
「え? そうなんですか?」
今度は
生まれは新潟県。実家は、半島の特殊部隊による原発テロで消失。それから独り南下して、しばらくは苗場山麓の某所で隠遁生活を送った。
その後伊織が行方不明になって、山中を彷徨いながら捜索生活を続けるうち、移り住んだのが今度は谷川岳の某所にある通称「隠れ里」だ。最終的に軍に発見されたのはまさにこの場所。もちろん、幼い頃の士郎と偶然出逢ったのもこの谷川岳付近だ。
ちなみに、未来と同様こくこくと頷いていた
彼女の場合は、生まれた時から
だが、彼女の場合は調べようと思えばいくらでも確認可能だ。つい数か月前、脱走して実家に逃げ込んだ文たちを追撃して、当時の陸軍
ただ……今そのことは横に置いておこう。
「――そういえば、くるみたちは自分のルーツ、ちゃんと覚えているのか?」
士郎は、今さらながら少女たちに訊ねる。よく考えたら、オメガたちの出自について、こちらから積極的に聞いたことがなかったのだ。
すると、久遠に留まらず、くるみも、
「し、士郎さん……実は私――」
「えー? なになに士郎きゅんっ! 私のこと、そんなに知りたいのぉ!?」
なぜだか嬉しそうにはしゃぎだしたのは楪だ。思わせぶりな顔つきで、士郎に飛びついてくる。
「――お、おいやめろって……」
一応、これは深刻な話なのだ。楪とじゃれ合っている場合ではない。だが――
「中尉、彼女たちの出自は、場合によっては軍機に属することだ。あまり詮索しないほうがいい」
叶が釘を刺す。
「あ……そ、そうですか……だったらいいですけど……」
「――いや、確かに実家の神社は『蒼流神社』で間違いない……」
久遠がボソッと呟く。酷く考え込んでいる様子だから、まったく納得は出来ていないのだろう。だが、少なくとも神社名が同じということは、目の前のこの廃神社と何らかの関わりがあるということなのか――
「えっと……念のために再確認しておくと、ここは“
叶が皆に念押しする。そんなことは分かっているつもりなのだが――
「でも、肝心の久遠の……記憶が曖昧なんですよね?」
「――なぜ、そちの記憶が曖昧なのか、わらわが教えてやらんでもない」
神さまが、したり顔で突然衝撃の提案をする。
「え!! ホントですかっ!?」
叶が問い返したのも無理はない。いつだって、答えは自分たちで探すしかなかったのである。だが今回は、目の前に答えがぶら下がっている!
「……ふむ、ではあの黒い奴ひと箱で手を打とう」
「は? 黒い奴って何?」
慌てた叶が、きょろきょろと辺りを見回す。それが何だろうが、正しい解を得られるためなら、何だってする覚悟だった。
すると、士郎は無言でスッと何かをウズメに差し出した。道中やたらお気に入りで、指揮通信車の天蓋に陣取ってパクついていた、アレだ。
ちょ……チョコレート――!?
「――ゲフン……よかろう。では……」
ウズメが、嬉しそうにチョコをひとかけ、口に放り込んだ。
「――この娘っこの記憶は……上書きされたものじゃ」
――――!!
上書きだと!? いったい誰の記憶が? なぜ!?
「――そ、それって……じゃ、じゃあ……今の久遠の記憶は……」
「そちの頭の中にある、実家の蒼流神社とは、まさにここのことじゃな」
久遠は、それを聞いて固まってしまった。その様子は、傍目からも気の毒なくらい困惑したものだ。だって、目の前のこの神社は……いや、神社跡は、明らかに何らかの戦闘で破壊されたものだったからだ。
「……え、えと――」
その時だった。
「――久遠……? 久遠なのか……?」
何かを言いかけた彼女は、唐突に誰かに名前を呼ばれ、思わず振り返る。茂みから出てきたのは、年老いた男だった。皆が一斉に凝視する。誰だ――!?
「あなたは……いったい?」
流暢な日本語を話しているから、中国兵ではないのだろう。ということは、現地住民か? この神社の関係者なのか!? なにより――
なぜ、久遠の名前を知っている――――!?
「――あぁ……やっぱり久遠だ……! 生き……生きとったんか!?」
男は、そう言うと突然、彼女に向かってズンズン詰め寄ってくる。だが、脚が悪いのかその歩みは随分ぎこちないものだった。
「あ、ちょっ――」
一同が呆気に取られる中、男はすぐに久遠に辿り着き、その両腕をガシッと掴んだ。迫ってくる男に気圧されて、数歩後ずさった久遠だったが、彼の発する空気に抗えず、そのままされるがままとなる。
男は、彼女を抱きすくめるように自分の前に立たせると、ぎこちなくその手を久遠の頬にやった。
「……え、えと……」
「……すまんかった……すまんかったなぁ……生きとったか……生きとったか……」
男の目から、不意に大粒の涙がこぼれ落ちる。普通なら、男の行動はただの変質者だ。だが、そのただならぬ様子に、不穏な空気は微塵も感じられなかった。
そこにあるのは、ただひたすらに――慈愛。そしてなぜだか、肝心の久遠もまた、男にそうされることが嫌ではなかったのだ。いったい何が――
そんな男の様子を見て、ウズメが微笑んだ。
「――ようやく再会できたようじゃの。これでわらわも、オロチとの約束を果たせたというものじゃ」
「え? 再会って――」
ウズメは、一同を見渡した。
「この男は、この娘っこの父親じゃ」
え……ええええええ――――!?
***
いったいこの光景は何だ――!?
どことも知れぬ山中。目の前に広がる廃墟と化した神社跡。そこは、周囲に押し迫る鬱蒼とした茂みと違って、そこそこ開けた空間だ。つまりは、ちょっとした広場である。
もちろん、その広場のあちこちには、焼け爛れた木造家屋の残骸がある。これは、まさに社殿の残骸ということなのだろうか。さらには、広場のあちらこちらに転がっている、崩れた石造りの何か。よく見るとそれは、狛犬のようであった。あちらの残骸は、石燈籠の跡か――
つまり、ここはまさしく神社の境内跡……というわけだ。
その境内跡の真ん中あたりに、何台かの装甲装輪車輛が止まっていた。広場に入りきらない他の数十台は、ここに続く山道の脇に適宜駐車し、その周囲では士郎たち部隊の兵が三々五々休息を取っている。
久遠と先ほどの男は、士郎が座乗していた指揮通信車の傍らで、お互い面映ゆそうに向かい合って座っているところだ。
もちろんその周囲には他のオメガと士郎、叶、そして――今回の事態の元凶とも言える、神さまのウズメさまが
「――あ、あのっ……」
「ど……どうしたく、久遠……?」
すっかり別人のようにかしこまった久遠が、ぎこちなく男に問いかける。
「……その、だな……私は、えっと……あなたの……その……娘……なのか……?」
「あぁ、間違いない……お前は、わしの娘の久遠だ」
他でもない、ウズメさまがそう言ったのだ。神さまは一応、嘘はつかないのではないだろうか。
「だ……だが、申し訳ないが私は……その……覚えておらんのだ」
久遠が、必死の思いで言葉を紡ぐ。いや、それはそうだろう。ここは異世界――『
でも、それにしてはこの辺りの風景、どこか懐かしい感慨に陥るのは、いったいなぜだろう。
「――あぁ、無理もないわ……お前、氏子さん方に言わせると、死んだっちゅうことだったけぇな」
「し、死んだ!?」
「あぁ……お前の墓まであるで……わしゃあ、こう見えてもお前の墓は毎日面倒みとったけぇ……」
「――な、なんで死んだと思ったのだ?」
「そりゃあだって、身体中撃たれて、あちこち大怪我して、挙句に大火傷まで負っとったらしいじゃないか!? 見つけたときゃあ、もう事切れとったって」
「……そ……それで……?」
「そいで、何日か経って他の人らぁの分と一緒に墓ぁ建てて、ちゃあんと埋葬したって」
――――!?
埋葬……しただと……!?
ということは、やっぱりその人は別人なんじゃないのか!?
「……それで……あなた、いや――お父さんは……」
「わしゃあ、気が付いたんはもう一週間も二週間も経ってからでなぁ……自分で起き上がれるようになったんは、半年ぐらい後のことで……ほれ、この足見てみい。
そう言うと、男は少しだけ自虐気味に自分の脚をぶらぶらさせた。膝の関節が変形しているのか、振り子のようには綺麗に動かない。
「――だけぇ、実は墓ん中は直接見とらんけぇ……本当にお前が死んだって思えんかった――ちゅうか、死んだって信じとらんかった……ほれみぃ、やっぱりわしが思っとった通りだわいなぁ……」
男は、また涙声になった。本当に、心から娘の生存を喜んでいる様子だった。気が付くと、いつの間にか男は久遠の両手を握り締めている。
ちょんちょん――
「ん?」
感動的な親子(?)の再会を、固唾をのんで見守っていた士郎の脇を、ウズメがつついていた。
「――おぬし、ちょっとこの男に言ってくれんかの? この娘は、厳密に言うとこやつの娘ではないのだ」
なぜかヒソヒソ声だ。自然、士郎もコソコソ会話する。
「えっ? だってさっき――」
「いや、じゃからの、記憶――というか意識の上では父と娘で間違いないのじゃが、肉体は別物じゃ」
「ど……どういうことです!?」
「言ったじゃろう、記憶は上書きされたものじゃ」
「……?」
「んもぅ! 歯がゆいの! じゃから、この男の本当の娘は、ちゃあんと墓の下に埋まっておるということじゃ」
――――!
「え? てことは……というか、そんな大事なこと、ウズメさまから直接言ってあげてくださいよ」
「たわけ、わらわはこの男には見えておらぬ」
「えぇ!?」
そういえば、幽世の住民には、高次元の存在である神さまは見えないんだっけ!? 自分たちが当たり前のように見えているのは、7次元を通り抜けてきたからだ。まったく、ややこしいにもほどがあるだろ――!?
「――あ、あのぉ……」
久遠と男の間に、士郎が割り込んだ。
「あ、し……士郎……」
久遠が、ちょっとだけホッとしたような顔で士郎を仰ぎ見た。先ほどから、なんとなくこの男が自分の父親だという前提で会話しているが、彼女にしてみれば未だに狐につままれたような心境に違いない。戸惑いが、駄々洩れである。
「――あの、すみませんお父上……実はその、久遠さんのお墓とやらに、連れて行ってもらえないでしょうか!?」
「え? ――まぁ、いいですけど……なんで――」
「実は、ちょっと掘り返してみたいのです」
「し、士郎!? 何を――」
「えぇ、いいですよ。どうせ中は空っぽだって分かりましたしね」
男が朗らかに笑った。普通ならとんでもない話である。だが――
「――こうやって生きてることが分かった以上、墓なんて縁起悪いもの、どうせ潰さにゃならんですし」
あぁ、そういうことか。でも、実はそういう話ではないのだ。ウズメの話を口でいくら説明したところで、この男は信じないだろう。だって、自分の目の前にこうやって生前の娘そっくりの久遠がいるのだ。だからこそ、目の当たりにさせる必要がある――
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