第309話 淫神(DAY6-6)
キィィィィィ――!! ドンッ!!!
その時、急ブレーキがかかっていきなり車輛が停止する。
「きゃあっっ!?」
「あぅっ――!!」
慣性の法則により、兵員室にいた全員が一斉に吹き飛び、そのままドガドガと前方隔壁に叩きつけられた。割と滅茶苦茶に折り重なる。
「――いったたた……」「はわわわわ……」
「もぅ……いったい何!?」
運転席から、兵士がガバと後ろを振り向く。
「すっ、スイマセン皆さん……何かに……ぶつかってしまいましたっ」
「ただちに確認せよ」
士郎が指示を出すと、兵士が慌てて運転席のドアを開け、飛び出していった。そういう士郎も、兵員室の天蓋ハッチをバンと開ける。先ほど広美を回収したところだ。
最初慎重に、そして周囲に殺意が認められないのを確認すると、ひょこっと頭を出す。すると、いつの間にか辺りはとんでもない光景と化していた。
「――な……んだ……ここは……」
その呻くような声を聞きつけて、他のオメガも外を覗こうと試みる。天蓋ハッチは人ひとり分しか立てないサイズなので、自然、後方扉に皆の意識が向く。
「――士郎くん、外に出ていい?」
「お、おぅ」
許可を受け、全員が車外に飛び出した。途端――
「え!? 何ここ……」
「ひど……どうなってるの……」
「……これは……」
あまりの光景に、彼女たちもようやくといった
一面の“黒い”世界だった。
何が黒いかと言えば、よく見ればそれは、焼け爛れて消し炭のようになった野山の、変わり果てた姿であった。そして空中を無数に漂う白い欠片は、雪……?
いや――それは、灰だ。車輛が通りかかったことで、辺りにうず高く堆積していた大量の灰が、巻き上げられているのだった。
もともとこの辺りはクネクネと曲がりくねった山道が延々と続いている。道の両側には山体が迫っていて、この時期なら普通は常緑樹が鬱蒼とその枝を道路にまで伸ばしている頃合いだ。来るべき冬に向けて、少しでも日光を取り込むためだ。
だが、今目の前に広がるのは、それとは似ても似つかない光景――
「……山火事でも……あったのであろうか……?」
久遠がようやく言葉をひねり出す。確かに、それは山火事の痕のようでもあった。だが同時に、これはそんな生易しいものではないということも、全員が分かっている。
ただ、それ以外に表現のしようがないのだ。
少し車間距離を開けてついてきていた後方の車輛がようやく追いつき、士郎たちの車輛が止まっているのを見てゆっくりと停止する。後続車両が続々と山道に沿って停車していった。すぐに各車両から兵士が数人ずつ降りてきて、周囲の警戒に当たり始める。だが、彼らの挙動にもやはり、若干の戸惑いが感じられる。この異常な光景に、少なからず困惑しているのだ。
今や兵士たちの目に映るその光景は、まるで地獄の業火がすべてを焼き尽くしたような残りかすだ。道の両側の山体は、ことごとく焼き尽くされ、深緑だったはずの山は黒々とした残骸と化している。元気よく道路に突き出ていた筈の樹木の枝は、みな割り箸のように衰えていて、しかも黒い。道路自体にも、分厚く灰状のものが堆積していて、所々吹き溜まった端の方は、水気を含んでじくじくとぬかるんでいた。
そんな光景が、士郎たちの進行方向に向かって延々と続いている。
すると、先ほど運転席から飛び出していった兵士の声が上がった。
「――おいっ! しっかりしろッ!!」
その声に、一同は思わず顔を見合わせ、すぐに車輛前方に回り込む。そこにいたのは――
「――すぐ、手当てをしましょう。見た限り、それほど深手を負っているようには見えない。車と衝突して気絶しているだけかもしれません……」
炭と灰だらけの地面に突っ伏していたのは、人だった。女性――!?
その時、広美の素っ頓狂な声がした。
「――う、ウズメさまっ!?」
彼女はそう叫ぶと、慌てて目の前に倒れ込むその女性に覆いかぶさる。
「お、おい……知り合いなのか!?」
士郎が問いかける。すると広美は、振り返ってキッと皆を睨みつけた。
「早く! 早くこの方を――!!」
「お、おぅ! 急げっ! 衛生兵ッ!!」
***
山道の途中に停まった士郎たち装輪装甲車部隊は、ここで大休止を取る。
出雲まであとおよそ50キロほどの距離か。周囲は焼け爛れ、黒と灰色の世界が見渡す限り延々と続いている。同道していたアンビュの中に、彼女は横たわっていた。周りには、それを取り囲むように士郎とオメガたちが覗き込んでいる。
「――もう大丈夫です。こう言っちゃなんですが、気絶したのはもしかすると車に当たる前だったかもしれません」
「でもドシンっって……」
「倒れ込んだところに、接触した程度かと……」
衛生兵の診立てを聞いて、運転していた兵士がホッと胸をなでおろす。いくら戦時中とはいえ、民間人を撥ねたとあっては、後味が悪いのだろう。
「――それでその……広美ちゃん?」
叶が、目の前に横たわるこの女性をチラ見しながら、広美に問いかけた。
「さっき、名前かなんか呼んでいなかったかい?」
「あ、はい……この方は――」
広美が、固く目を瞑るその女性を、心配そうに覗き込んだ。
白いシーツが胸までかけられているが、それでも彼女の体格は手に取るように判る。色白で華奢な体つき。その長髪は艶々と黒く、顔の両サイドに流れる横髪は、ちょうど両頬の辺りで幅広の髪留めにより纏められている。それはまるで、巫女の髪型のようで――
「――この方は、アメノウズメノミコトさまでいらっしゃいます」
「は……? アメノウズメ!?」
士郎は、自分の耳を疑う。
しかもその際、彼女は“神懸かりして胸乳かきいで
つまり、日本最古の踊り子とされているのだ。まぁ、それが転じて今では「芸能の女神」という地位を得ているのだが……
いずれにせよ、日本神話の世界では、飛びきりエロくて男たちの劣情をそそる――分かりやすく言えば「サキュバス」のような女神として有名なのだ。
「まさか……この女性が……神さま――!?」
すると突然、その女性が眉間に皺を寄せる。美しい顔立ちに、ほんの少しだけ生気が戻る。
「……う……うぅん……」
「あ! 気が付いた?」
女性はその瞳をパッと見開くと、上から心配そうに見下ろしていた士郎をおもむろに見上げ、そして――
ガバとその両手で彼の頭を抱え込んだかと思うと、ぐいっと自分の顔に引き寄せ、唇に吸い付く。
――――!!!!?
士郎は、想定すらしていなかった状況に、まったく反応できない。それどころか、口蓋を押し広げて入ってくる艶めかしい彼女の舌に抗うことすらできず、なすがままその身を委ねる。
「――ん? んんん……!?」
それはとても熱く、甘美で……士郎の全身にまるで電流のように快楽が迸る。その快感は、士郎の脳天に信じられないくらいの刺激を叩き込んだかと思うと、全身から力を抜き取り、その結果として彼はそのまま膝を折って彼女の上にのしかかるように倒れ込んだ。と、溶ける――
その時だった――
「だ、だめぇーーーっっっ!!!」
ドォォォ――ん!!!!
ドガガガガ――
「――きゃあぁぁぁッ!! ウズメさまぁーーッ!?」
広美の悲鳴と同時に、アンビュの車内に女性の華奢な身体が吹き転がる。白いシーツがはだけると、彼女が着ていた筈の衣服は知らないうちに透け透けになっており、その白い裸体が余計艶めかしく皆の前に露わになった。
はッ――!!!!
その衝撃で、ようやく他のオメガたちも我に返る。
「やッ! やだッ!!!」
「オマエ、士郎に何をッ!?」
「いやーん! 抜け駆け禁止ぃーッ!!」
「こ……これは刺激が強いのです……」
「うわー////」
要するに、オメガたちは自分の目の前で、士郎の唇を見ず知らずの女に奪われたのである。それはあまりにも、不意打ちだった。
女性が、ようやく覚醒したという表情をして、辺りを見回した。
「――いてててて……オヌシら、いったい何なのだ……!?」
「ウズメさまッ!! だ、大丈夫ですかっ!!?」
広美が慌てて駆け寄ると、女性を抱きかかえる。
「――あ、あなたたちッ!! ウズメさまになんてことをっ!!」
「なんてことって……それはこっちのセリフですッ!!」
珍しく、未来が声を荒らげる。他のオメガたちも、俄かにその瞳を青く光らせ始めていた。
「あわわわわ!!」
今度は叶が慌てる番だ。
「ちょちょちょちょ!! ストップ!! すとーっぷ!!!」
叶の恐慌ぶりに、ようやくオメガたちが平静を取り戻し始める。だが、彼女たちは依然、触れれば発火しそうな勢いだ。
「――さ、咲田さん……!! これはいったいどういうことなのです!?」
「そ、そうだよ広美ちゃんっ!! いくら何でもこれはないよ――」
未来と楪が、相次いで広美に詰め寄る。そんな彼女を、“ウズメさま”と呼ばれたそのエロい女性があらためて見据える。
「――おや……? よく見ればそち、コノハナの娘ではないか!? こんなところでいったい何をしておるのだ?」
「う……ウズメさま、それは――」
広美が、慌てたように女性を
しかし、この情景はある意味異様なものだった。広美は、お世辞にも年相応とは言い難い。彼女の顔つきは、とても子供っぽいのだ。敢えてしっくりくるとすれば高校生――しかも、去年まで中学生やってました、くらいの雰囲気だ。
それに対してこの女性は、さらにそれに輪をかけたような幼い顔立ちだ。だが、その肢体はとても大人っぽく、首から下だけを見れば、広美などよりよほど艶っぽい。
そんな二人が、いっぽうはリクルートスーツのようなかっちりした格好で、もういっぽうは殆ど半裸のような状態で絡み合い、そして見た目だけは先生のような広美の方が、明らかにへりくだって話をしているのだ。もう訳が分からない――
「ひ、広美ちゃん……この人……ホントに神さまなの?」
くるみが辛うじて冷静さを保ちながら問い質す。すると女性が直接答える。
「おぉ! そうであるぞ、苦しゅうない――わらわのことは、コノハナの娘っこが語るように、ウズメさまと呼ぶがよい」
「う……ウズメ……さま……」
この女性は、本当に神さまなのか――
しかも、自分のことを「ウズメノミコト」と名乗っており、広美も同じことを言っている。
「あ、あなた……本当にウズメノミコトさまなのですか? か、か、神さまが……そんなことして……」
未来が、キョドりながらも精一杯口答えする。
「――こんなこと……? あぁ――先ほどの接吻か!」
ウズメが、かかと笑い飛ばす。
「せ、接吻って……!!」
「おぉ、久々に良い男を見たのでな……思わずむしゃぶりついた。おかげでホレ、このとおりだ」
そういうと彼女はふわりとその場に立ち、あらためて周囲を見回した。やはりその姿は完璧なほど美しい。幼い顔立ちの下に続くその肢体はあくまで華奢であるが、白い胸は豊かに盛り上がり、ピンク色の先端はぷるんと光沢を帯びている。きゅっと絞り込んだ腰は、ちょうどヘソの部分に縦に線が走り、引き締まった腹筋が見て取れる。そこから少しだけ下に移動すると、柔らかそうな薄い体毛が秘所を適度に覆っている。ツンと上がった臀部から太腿に掛けては、美しい脚線美を描き、そのまま細い膝を通り抜けて柔らかなふくらはぎが足首のところで再び引き締まる。
それがすべて、透け透けの衣装から垣間見えるのだ。女性が見ても、その姿形はむしゃぶりつきたくなるような体つきだった。
「――た、確かにこれは……負けたわ……」
楪が、がっくりと肩を落とす。オメガチーム随一の女性らしい体つきを誇る彼女が「負けた」というのは、相当のことである。
「――オヌシもやってみるか? 元が良さそうじゃからの、案外良い線いくかもしれぬぞ?」
「やってみるって……何を……!?」
「何をって――こやつの精気を吸い取ればよいのじゃ。なかなか良い味じゃったぞ」
そう言ってウズメは、士郎の方を見やる。そこには、何かを吸い取られてひっくり返っている士郎が気絶していた。
「きゃあぁぁぁっ!!! 士郎きゅんっ!!!」
「しっ――士郎ッ!!!」
「士郎くんッ!?」
その様子を見た広美が、頭を抱えて首を振る。
士郎の表情は、快楽に溺れたように、だらしなくとろけていた。
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