第286話 依り代(DAY5-4)
「――待って!! あなた、誰……!?」
意外なほど冷淡な言葉が
未来は、基本的に非常に穏やかで優しい性格なのだ。確かに唐突感はあるにせよ、ずっと意識不明だったかけがえのない仲間、
オメガたちは、困惑して未来をジッと見つめるしかない。だが、彼女はますますその表情を硬くしていった。
「――ね、ねぇ……未来ちゃん!? かざりちゃんだよ!? まさか……覚えてないの?」
「……いいえ、彼女のことはもちろんちゃんと覚えてる……でも、この子は本当にかざりちゃん!?」
「――未来、それってどういう――」
士郎が割って入る。実は、士郎もさっき少し違和感を覚えたのだ。
確かにこの子は
「――え……別人なのか!? 私には……本人にしか見えない……ぞ?」
「ねぇかざりちゃん!? あなた――かざりちゃんですよね!?」
久遠の言葉に急かされるように、くるみが問いかける。だが、その青髪の少女は、黙って微笑んでいるだけだ。
亜紀乃が、何かに気付いたように手を叩いた。
「ほ……本人かどうか……テストをしてみればいいのです!」
「あー! たしかに!!」
それから、オメガたちは顔を突き合わせて、なにやらごにょごにょ作戦会議を開いているようだった。
「――ごほん……えと、じゃあ……かざりちゃん……というか、かざりちゃんかもしれないあなた……今から私たちが質問するから、答えてくれる?」
くるみの言葉に同意するかのように、その少女は微笑を浮かべながら小さく頷く。
「……よ、よかった……じゃあ、最初の質問。私たちと士郎さんたちが初めて出逢ったのは、どこ?」
少女は、その質問にぴくりとも表情を動かさず、小さく口を開いた。
「――ちゅうごく……」
はぁー……という安堵の溜息が漏れる。正解だった。未来以外のオメガたちが、彼女を「月見里文」本人だと願っていることがあからさまに分かる。次は楪の番だった。
「……じゃ、じゃあ次の質問。私、ここにいる久遠ちゃんのことを、“くおんちゃん”以外に何て呼ぶことが多い?」
これは、仲間うちにしか分からないことだ。かなりいい質問だ。
彼女は、少しだけ思案するような素振りを見せる。オメガたちが、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「……くーちゃん……」
ほぉー……
再び大きな吐息が漏れる。これも正解だった。もうこの時点で、彼女はあの文であると確信してもいいのではないだろうか、と少女たちは思った。だってそんなこと、自分たち以外で知るわけがないのだ。
今度は久遠の番だ。
「え、えと……では、例の……士郎を誘拐した事件の時の話をしよう……かざ、あなたが士郎を
それはもちろん、第一軍司令部、陸軍研究所付属の特別病棟屋上だ。ただし、この事件は結局最高機密扱いで、軍の極めて限られた関係者にしかその詳細は報告されていない。広瀬繭と士郎の誘拐現場の情報など、一切外に漏れていないはずだ。つまり――それを知っているということは、事件の当事者……すなわち文本人である可能性が極めて高い、ということだ。
「……病院の……屋上……これは……基地の中の……病院……」
正解だった――
まぁ、厳密に言えばキチンとその病院の名称まで答えるべきなのだろうが、質問が少しだけ曖昧だったこともあり、この程度のアバウトな答えでも許容範囲だ。なにより、当事者しか知らない情報だ。
なんだ……やっぱりこの子は
これだけの質問を逡巡することなく次々に答えてみせるということは、本人以外考えられないのではないか――
既にくるみ、楪、そして久遠は、この少女が文本人であると確信した様子だった。だって、身内しか知らない情報を答えられるのだ。結論はひとつしかない。
だが、未来はそれでも険しい表情を崩さなかった。ちなみに言い出しっぺの亜紀乃はその大きな瞳にいっぱい涙を浮かべ、ただ事の推移を見守っているだけだった。
「――じゃあ、次は私が質問するわ」
未来が彼女を真正面から見据えた。
「あなたと私が、いつも一緒に楽しんでいたのは何?」
――――!?
まさか……このシンプルな質問は、トラップだらけだ。やはり――
未来は、月見里文がかつて自分の親友だった伊織の忘れ形見だということを、最初から知っていたのだ。
だが、士郎はかつて文から「未来が自分に何も聞いてこない」と愚痴をこぼされたことがある。それはもちろん、あの隠れ里にあった彼女の生家で、母親の古いスマートフォンの中に、自分と瓜二つの母親――伊織――が、未来とにこやかに映っているスナップ画像を発見して間もない頃のことだ。
あの写真に写る、数十年前の二人の在りし日の様子が、士郎の脳裏にまざまざと甦ってくる。未来は今より圧倒的に屈託がなくて、弾けるように輝く笑顔でその写真に納まっていた。彼女と伊織の共通の趣味、トレッキングの時に撮ったと思われる、何気ない風景の1コマ。
そしてこの質問は――この得体のしれない少女に対する、明らかな引っ掛けだ。
「――えと、山登り……だよね」
その瞬間、未来は腰のホルスターから拳銃を素早く抜いたかと思うと、少女に突き付けた。
オメガたちは、突然のことに咄嗟にリアクションができない。気が付くと、少女に拳銃を突き付けていたのは未来だけではなかった。
「――し、士郎っ!?」
少女の胸元に銃口を向けていたのは、未来。
そして、そのこめかみにゴリッと同じように拳銃の銃口を当てていたのは、より近くにいた士郎だった。
久遠が、口をぱくぱくさせながら驚愕の表情で二人の行動を見つめる。
「――久遠……みんな……この子はかざりじゃない!」
その言葉を聞いた亜紀乃が、唐突にハッと我に返り、二人と同様少女に対して警戒姿勢を取った。まさに一触即発――
「え!? ちょちょッ……ちょっと待ってぇ……!?」
楪が、泡を喰ったように動揺する。くるみも、何が何やら分からない、といった風情だった。
「みッ! みなさん落ち着いてくださいッ!! かざりちゃんじゃないって――どういうことです!?」
「――どうもこうもない! この子は、かざりによく似ているが、本人じゃない!」
士郎が言い放った。
未来は、少しだけ悲しい顔でその少女を見つめている。もちろん、拳銃は構えたままだ。
「……あなた……さっき山登りって言ったけど……それは私とかざりちゃんが楽しんでいたことじゃない……私が一緒にトレッキングしていたのは、かざりちゃんのお母さん――伊織なのよ」
えっ――!? という表情で、他のオメガ少女たちが未来と、そして文によく似たその少女を交互に見やる。
「え……ちょっと待って!? 未来ちゃんって、かざりちゃんのお母さんと知り合いだったの?」
楪が、まるで狐につままれたような顔で問いかける。
「――えぇ、そうよ。かざりちゃんは私の親友だった、伊織の娘さんよ」
「そ、そんな話、初めて聞いたわ……」
「「え!? えぇーーっ!?」」
オメガたちが驚くのも無理はない。くるみがツッコミを入れた通り、月見里文と神代未来に、そんな関係性があったことなど、今の今まで知らなかったのだ。
「――なんで……そんな大事なこと――」
「かざりちゃんが知らなかった以上、私から彼女にそれを打ち明けるわけにはいかなかった」
未来が遮る。
「でも――」
「伊織が私という存在を娘さんに伝えていなかったということは、彼女にとって私は、娘に隠しておきたい存在だったに違いないわ……」
「そんな――」
確かにそれは、胸が締め付けられるような話だ。未来は恐らく、自分が逆の立場だったらどうしただろうと考えたに違いないのだ。もしも自分にとって大切な存在、かけがえのない存在だった人物がいたとしたら、未来だったらきっと、娘にもその人物のことを話していただろう。
写真だっていっぱい撮った。古いアルバムデータを整理していたら、未来と一緒に写っている写真だってたくさん残っていた筈だ。それをことごとく娘に秘密にしていたのだ。
つまり――伊織にとって未来は、その存在を隠したい、あるいは触れたくなかった人物なのだ――
「――かざりちゃんは、伊織にそっくりだった。髪の色も、顔つきだってホントに生き写しなの。だから彼女に初めて逢った時、私はすぐに分かった。伊織の娘に違いないって……」
未来はやはり、伊織さんと文の関係性にとっくに気付いていたのだ。だが、文が未来を見ても特に何のリアクションも示さなかった時、一瞬にして悟ったのだ。「私、あなたのお母さんと親友だったのよ」と、言ってはいけないのだということを――
「……でもあなたは、私と伊織が一緒にトレッキングしている画像か何かを見たんでしょ!? 伊織の外見はかざりちゃんにそっくりだから、あなたはてっきりそれが、私とかざりちゃんが一緒に写っている写真だと勘違いした。しかも、トレッキングを山登りと勘違いして……」
他のオメガたちは、茫然と事の成り行きを見守っているしかない。士郎だけは、辛うじてこの衝撃の展開を冷静に見守ることが出来ていた。あの「隠れ里」にあった彼女の生家で、未来と伊織さんが一緒に写っている写真データを、偶然見ていたからだ。
「――その様子だと、士郎くんは知っていたのかしら……」
「あ、あぁ……」
肯定する士郎に、さらにほかのオメガたちが驚愕する。こんな大事なことを、彼は知っていたのだ――
知っていてなおこの人は、未来本人が言うまで黙して語らなかったのだ……
「……かざりの実家に行った時に、彼女が母親の形見を預かって欲しいと言ってきたことがあったんだ。その中に昔の画像データがたまたま残っていて、幸運にもそれをアウトプットすることが出来た。未来と伊織さんが一緒に写っている写真は、かざりもその時初めて見た筈だ……本人も相当びっくりしてたよ……」
「――そうなんだ……」
「かざりは、今度未来に会ったら詳しく訊いてみたいと言ってたが……結局キミに会う前に瀕死の重傷を負って……それっきりだ……」
「――あーあ!」
突然、投げやりな声が聞こえた。
「バレちゃったか――!」
月見里文と見た目がそっくりの、謎の少女だった。士郎は、あらためて拳銃を構え直し、彼女に警戒の目を向ける。
「――バレちゃった……!?」
「うん。彼女の前頭葉に直接リンクして、彼女の記憶を使って成りすましてみたのだけれど、やっぱり本人にはなり切れなかったみたい……あの画像……お母さんだったなんて……反則だわ。それに私、山登りとトレッキングの違いなんて分かんないよ。てか、トレッキングって何? ってレベルなんですけど」
その喋り方は、あまりにも月見里文オリジナルとは似ても似つかない、少しばかりやさぐれた感じだった。
もはやオメガたちは、あまりの驚きの連続に言葉を失っている。もちろん、ここにいる少女が文でないことは、今の喋り方でハッキリと理解したようだ。
「――あっきれた……じゃあオマエは何者なのだ!?」
久遠が、遅ればせながらこの謎の少女に警戒の体勢を取る。
中身はこの通り似ても似つかないが、依然としてその見た目は本人そっくりなのだ。しかも、先ほど聞き捨てならないことを口走っていた。“前頭葉に直接リンク――”とは一体なんだ!?
そして、なぜこの少女は、こんな戦闘の最前線に現れたのだ――!?
「そ、そうなのです! 私、あなたが現れたのを見て、ホントに泣きそうになったのです! 私の純情を返せなのですっ!!」
いつも
「はぁ……もしかして私、悪者になってる!?」
「――もしかしなくても、思いっきり悪者です」
くるみが容赦なくツッコミを入れる。彼女も、てっきり騙されそうになったクチだ。
「……分かった、分かりました! ふぅ……あのですね、私たぶん……皆さんの知っているその女の子の、依り代になっているみたいです」
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