第246話 攻城戦(DAY2-3)

 総面積約237平方キロメートルの高千穂町がどれくらいの広さか今ひとつピンとこない人のためにあらためて説明しておくと、それはほぼ、鹿児島県の徳之島(面積248平方キロメートル)と同じくらいの面積である。

 徳之島がどれくらいの大きさか分からない場合は、東京23区をすべて合わせた面積の、およそ三分の一より少し大きいくらいだと理解していただけるとありがたい。

 広いと言えば広いし、そんなものかと言われればそんなものだ。

 だが、前大戦の大激戦地、ペリリュー島の面積がたったの13平方キロメートルで、そこで日米両軍7万人近い将兵が激突して血で血を洗う泥沼の死闘を繰り広げたことを考えると、今回の戦場密度はさほど高いわけではないのかもしれない。


 もちろん高千穂町は自然豊かな町で大半が森林地帯だから、実際の居住可能面積はそれよりぐっと限定されたものではあるのだが、今回オメガ特殊作戦群がその市街地に投入した兵力は約2,000。それにひきかえ占拠している敵軍は数万人規模だから、それこそ一騎当千、八面六臂の大活躍をしないととてもではないが町を取り戻すことなどできない。

 だから、空挺降下した兵員は、着地タッチダウンした瞬間から全力戦闘で敵を圧倒するしかなかったのである。


 ダァァァァァァァァン――!!!

 ガァァァァァァン――!!!!


 唐突に腹の底をえぐるような爆発音が辺りを揺るがした。空挺降下した狼旅団の兵士たちに対し、敵が迫撃砲弾を次々に撃ち込んできたためだ。

 もともと自律鞘オート・ポッドが上空から降り注いでくることに気付いた瞬間から、敵は銃弾を雨あられと撃ち込んで来ていたのだが、それらがポッドの装甲に対しまったく歯が立たないことにようやく気付いて、今度はそれよりも破壊力のある迫撃砲を撃ち込んできたといったところか。

 だが、戦車装甲でさえ貫く対物アンチマテリアルライフルですら貫通することのできない複合装甲だ。たかが迫撃砲弾ではやはり傷一つ付けることはできない。

 秀英シゥインはその防弾性に感謝しつつ、次々と着地して戦場にエントリーしてくる自軍の兵士たちに、急いで橋頭保を確保するよう指示を出した。


「――将軍ッ! とりあえずコイツの裏っ側に貼り付いててくださいッ!」


 降りしきる弾雨の中、音繰オンソウがポッドのキャノピーを取り外して、ありあわせの防護盾を器用に組み立てた。秀英も、これ幸いとそこに飛び込む。亀の甲羅に隠れるようなものだ。

 激しい十字砲火の中では、迂闊に顔を上げることすらできない。業を煮やした彼が、敬愛するヂャン将軍のためにひとまず安全地帯を作ってくれたのだ。

 先ほどパカッと開いたポッドの外殻は、足元のレバーを蹴り飛ばすと上部のヒンジが吹き飛んで、強制的に本体からパージされるようになっている。それを引きずってきて遮蔽物にすれば、長さ2メートル、幅1メートルほどもある楕円形の防弾盾の完成だ。それを何枚か組み合わせれば、ちょっとした簡易トーチカになる。


「こんな風に使えるのか!?」

「えぇ! 出発前に日本軍の奴らに教えてもらいました! コレ、炭素繊維で出来ているらしくて、片手で簡単に持ち上がるんですよ」


 なるほどこれは便利だ。敵の砲火が激しくて着地点に釘付けにされた場合は、とりあえずこれで防御しながら凌ぎ、任意の場所に移動できるというわけだ。

 とはいいつつも、時間が経つにつれ、やはり流れ弾に当たって斃れる兵士も何人か出てくる。


 ダダダダダダダダッ――!!


「ギャッ!!」


 数人が固まっていたところに遠慮なく一連射が見舞われた。兵士が二人ほど、もんどりうってひっくり返る。途端に、むせかえるような血の臭いが辺りに立ち込めた。

 その間も、ブィン! ピィィ――ン!! と至近弾が耳元を掠めていく。


「固まるなッ! 散開しろッ!!」


 すると、右翼に展開していた分隊規模の一団が、果敢に前方へ突進を始めた。あれはヤン大校――いや、今は楊大佐か――率いる兵士たちだ。この状況で起き上がって突撃するとは――凄い!


 タタタタタタ――

 カンッ! パァァァ――ン!!

 

 すると、それを追うように軽機関銃がどこからか激しく銃撃を加えてきた。ライフル、機関銃、単発、連発――ありとあらゆる銃声が辺りを包み込んで、まるで暴風雨に晒されているかのようだ。その間も、プィンプィンと石礫のような跳弾が通り過ぎる音が、ひっきりなしに四方八方から響き渡る。

 辺りは一気に硝煙臭くなった。焼けた鉄の臭いと巻き上げられた土埃が入り交じり、夜の大気を容赦なく汚していく。


 ポンッ――ポポンッ――!!

 今度は迫撃砲弾の気の抜けた音がそれに加わった。敵はあくまでも楊大佐たちを阻むつもりらしい。火力がそちらに集中していった。だが、勇敢な彼らの突進は、どうやら見事に敵の注意を引き付けたようだ。


「今だッ! 前進前進ッ!!」


 将校の一人が叫んだ。その号令に弾かれるように、それまで地面に這いつくばっていた別集団の兵士たちが一斉に起き上がって全力疾走を始める。腰にライフルを抱え、溜め撃ちの姿勢だ。数人の兵士たちが、防弾盾を抱えて追いかけていく。

 すると、最後の一人が足首にライフルの直撃弾を喰らった。盾を持ちあげて走る以上、足首から下はどうしても敵の銃火に晒されるのだ。そんな狭い隙間でさえ、容赦なく銃弾が飛び込んでくるという濃密な弾幕。彼の脚は、ちょうどくるぶしの上あたりで砕け散り、走る勢いでそのまま前のめりにドウと倒れ込んだ。

 ウガァァァァ――と脚を抱えて絶叫する彼に、そのさらにすぐ後ろを走っていた兵士が覆いかぶさる。そのまま背中のハーネスを引っ掴まれ、兵士は地面を引きずられて行った。

 「華龍ファロン」なら、あの負傷兵は恐らく助からない。だが、日本軍の防爆スーツを着ている今は、おそらくその酷い出血も自動で食い止められ、なんらかの応急処置が施されるのだろう。「腕や脚の一本くらい、あとでどうとでもなります」という日本軍技官の説明を、今さらながら思い出す。


「将軍ッ!! ミニガンの準備、できましたッ!!」


 兵士の一人が大声で叫ぶ。

 空挺部隊の局地制圧用に特殊チューンされたミニガンは、実は電磁推進装置が底部に組み込まれていて、地面から少しだけ浮かべて運搬することができる。つまり、水に浮かべたボートを押すように、意外に手軽に持ち運ぶことができるのだ。

 本来なら4、5人ほどで担いで運ばなければならない重火器だから、この仕組みは実にありがたいかぎりだ。限られた人数、限られた火力で敵陣奥深く突っ込まなければならない空挺部隊としては、このような兵器運用思想が求められるということか。

 ミニガンは、降下の際に兵士たちとは別に防弾コンテナに梱包されて、一緒に戦場にばら撒かれていた。一部の兵士たちは激しい銃砲火の中、そのコンテナをようやく探し出して、なんとか使えるようにしたというわけだ。ちなみに射撃の際は、きちんと地面に脚を突き刺すようになっている。空中に浮いている状態だと、射撃の反動を殺すことができないからだ。

 秀英は、地獄に仏とばかりに大声で叫ぶ。


「よし、撃てッ――!!」


 ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!


 刹那――毎分4,000発の凄まじい火箭が、周囲の敵集団に何の予告もなくぶち込まれる。


 それは余りにも無慈悲な鉄の暴風だった。

 ガトリングの銃口は、その圧倒的な火力のせいでもはやオレンジを通り越し、白色の火を噴いている。黒々とした銃身が、見る間に灼熱の赤銅色に染まっていく。


 その火力の向かった先は、さらに地獄の様相を呈していた。

 敵の最前集団は、ミニガンが撃ち出された瞬間、ほとんど原型を留めないほど爆散して消し飛んだ。そのさらに後方、奥行きにして40から50メートルほどであろうか。そのあたりにいた兵士たちにも、前方集団を貫通した銃弾がさらに到達して、直撃弾を喰らった連中はみな、四肢を吹き飛ばされて無残な肉塊と化す。

 辛うじて直撃を免れた兵士たちも、至近弾が通過しただけで皮膚を切り裂かれ、骨を砕かれ、深手を負い、地面をのたうち回る。


 そんな弾幕が、遠慮会釈なく扇状にばら撒かれたのだ。

 僅か30秒ほどの連射で、横幅70~80メートル、奥行き40~50メートルほどの範囲にいた敵兵は、ことごとくただのミンチ肉と化したのだった。さすが「局地制圧用」と称するだけのことはある。


「――給弾リロード!」

給弾リロード!」


 まるでドラム缶のような大きさの弾倉シリンダーが、兵士たちの手によって交換される。

 その間、真っ赤に焼き付いた銃身は自動冷却され、徐々に黒っぽい本来の色を取り戻していった。


 見ると、先に突進していった楊大佐以下の味方兵士たちが、血の海と化した敵集団のさらに奥の方で戦旗を振っていた。ミニガンの援護射撃で、まんまと敵陣を突破したのだ。


「行ける! 行けるぞッ!!」


 兵士の誰かが叫んだ。


「よしッ! さらに前進!! 止まるな! 一気にここを突破するんだ!!」


 目標は前方100メートルほど先の三階建て鉄筋ビル。あそこを橋頭保――前線拠点として確保できれば、さらに一帯を制圧する目途が立つ。

 だが、敵兵たちもそこが都合のいい「砦」になり得ることは十分承知しているはずだ。無数の弾痕が刻まれるその外壁の向こうには、おそらく敵兵がいやというほど潜んでいるに違いない。

 いっぽうで、この建物の制圧にあたっては、ミニガンは使えない。あまりに火力が強すぎて、建物自体を破壊してしまうからだ。そうなったら、今度は自分たちが使えなくなる。


『将軍! このままなんとかビルに飛び込みます!』


 ヤン老から無線が入る。


「わかりましたッ! 無理をされないよう――」

『ここで無理をしないと、日本人に嗤われますぞ!?』


 秀英が皆まで言う前に、楊老が言葉を遮った。

 確かに彼の言うとおりだった。日本兵の勇猛果敢さは、楊大佐ならずとも「華龍」にいた者なら誰だって知っている。彼らはとにかく命を惜しまず、名を惜しむ。不様に逃げ回るくらいなら、潔く自分の命を投げ出して、とにかく目の前の敵を一人でも多く斃そうとするのだ。

 それが相手にとってどれだけ恐ろしいことか。

 死ぬことを恐れない兵士ほど、手強い存在はない。そして今や秀英を始め、元華龍の兵士たちは「日本軍人」なのだ。やっぱり中国人は弱兵だ――と思われるなど、自ら志願して旭日旗を纏った意味がないではないか。


「――よしッ! では攻城戦だ!! 突入班は、楊大佐に続けッ!! 他の者は、建物外周を取り囲め!!!」

 

 秀英の号令で、兵員たちが配置につく。

 ミニガンはむしろ背後に向け、攻める自分たちがさらに取り囲まれないよう警戒。その他の歩兵は適宜外側から建物内の敵兵を狙い撃つ。

 楊部隊には、腕に覚えのあるベテラン兵士たちが数十人付き従った。ハウスクリアリングの経験はさほどないが、建物内に直接飛び込んで各フロアを制圧していくのだ。


「行け行けイケイケッ!!」


 楊の補佐を務めるベテラン軍曹が、恐らく元役場だったと思われるその鉄筋三階建ての建物の正面玄関付近に陣取って、次々に兵士たちを内部に送り込む。

 すぐにその奥で激しい発砲音が交錯した。パッパッとストロボライトのような閃光が光っては、そのたびに大きな爆発音が響き渡る。


 いっぽう建物の外では、外周攻撃担当の兵士たちが窓に向けて激しく発砲を続けていた。

 窓といってもすでにガラスは粉々に砕け散り、窓枠部分はおしなべて破壊痕で滅茶苦茶になっている。

 銃撃戦は、ますます苛烈さを増していった。


 すると息つく暇もなく、バァァァァァァァァン――というひときわ激しい爆発音が一帯に響き渡った。同時に先ほど兵士たちが突入していった正面玄関から、物凄い爆風が外に噴き零れる。

 ガシャァァァァンチャリーンというガラス片の砕ける音も折り重なる。


 ほどなくして、先ほど突入していった兵士のうち、何人かが血だらけで這い出てきた。その顔は真っ黒に煤け、頭部から流れ出る鮮血とまだら模様になって、酷い有様になっている。

 まだ戸口に立っていた軍曹が、血相を変えて彼らを抱き留めた。


「何だッ! どうしたッ!?」

「て……敵が……」

「……トラップです……」

「何だとッ――!?」


 建物の廊下には、様々な仕掛けがしてあったらしい。恐らくそれは極めて原始的なもので、たとえば足首の高さにワイヤーが張ってあって、手榴弾が結び付けられているようなものだ。だが、血気にはやった突入隊はそれに気づかず、まんまと返り討ちに遭ったというわけだ。


「――大佐はッ!?」

「ご……ご無事です……そのまま、トラップを乗り越えて……」


 その時、正面玄関から見える廊下の奥の方でまたもや激しい爆発が起きた。その衝撃はあまりに大きく、建物全体がビリビリと揺れる。


「大佐――ッ!!?」

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