第244話 投射(DAY2-1)

 ガコン――と音がして、ヂャン秀英シゥイン自律鞘オート・ポッドの中で目を覚ました。


 いつの間に眠っていたのだろう。

 日本軍の空挺装置であるこのオート・ポッドは、下手をすると兵舎のベッドより寝心地がいい。特戦群の技官が「中に収容されたら一旦強制的に睡眠誘導されますが、心配しないでください」と説明していたことを思い出す。

 なんでも、鞘に収まったらあとは貨物と同じ扱いなのだそうだ。中に人間が入っていることは考慮されず、他の資材と同じように格納され、運搬されるのだという。そうなると、人によっては閉所恐怖症を発症してパニックに陥ることもあるから、生理現象を含め、可能な限り生体反応を抑えるためにも、こうした強制睡眠処置を施すのだそうだ。


 まったく、日本軍の合理性には呆れるしかない。

 彼らは、人間をまさに兵器の部品として戦争に運用している。それはきっと、20世紀の半ば頃、前大戦の末期において、彼らが“特攻隊”なる戦法を思いついた時からの、お家芸とも呼べる発想なのだ。

 あの時は、戦闘機に爆弾を抱かせてそのまま敵艦に体当たりをするという、およそ世界中の誰も思いつかないような恐るべき戦術だった。

 だが、冷静に考えればそれは、現在は当たり前になっている人工知能による精密誘導を、まさに生身の人間が行っていたに過ぎない。残念ながら当時は科学技術がそこに追いついていなかったため、日本人はその誘導兵器を自らの命を使って実現していたのだ。

 彼らの「勝利」に対する恐るべき執念、自らの命を捨ててまで国に尽くすという忠誠心――

 それはどうやっても、我々中国人には存在しない価値観だ。


 そう考えると、よくこのような民族と、我々は長年戦ってきたと思わずにはいられない。


 まずはその恐るべき科学技術力だ。

 空挺降下という戦術自体、そもそも極めて非人道的なものだ。何せ地上の生物である人間を空中からばら撒くのだ。この戦法を世界で最初に思いついたのはソ連軍(現ロシア軍)らしいが、兵士の命を紙切れよりも軽く考えていたソ連らしいといえばらしい。次に、実際にそれを戦術として成功させたのはドイツということで、当時ドイツ第三帝国と同盟関係にあった大日本帝国がこれに大いに刺激を受けたことは想像に難くない。

 結果、世界の軍隊の中でも先駆者と呼べるくらいの草創期から、日本軍は数多くの空挺作戦を実戦運用してきた歴史を持つ。だが同時にその専門性というか、並の人間に空挺兵は務まらない、ということも早くから身に染みて分かっていたに違いない。

 だからこそ日本軍は、世界に先駆けて「空挺降下の自動化」を実用化したのだ。


 それはまさに、空挺降下など一度も訓練したことのない自分が、今こうやって空挺降下用ポッドの中に収まっている――という事実がすべてを物語っている。


 要するに彼らは、どんな新兵でも空挺降下が可能なように、戦術システムを作ってしまったのだ。


 まずはこの自律鞘オート・ポッドだ。

 これは、全長3メートルほどの葉巻形状をしたカプセルで、1本につき1名の兵士が乗り組むように出来ている。これを航空機に詰め込み、まるで爆雷を投射するように、尾部のノズルから次々に降下地点一帯にばら撒くのだ。

 投射されたポッドは、あらかじめ入力されたデータに基づいて地上の地形を読み取り、自分自身で姿勢制御しながらあっという間に地表に近付く。

 そして地面から十数メートルの高さ――技官は「ビルの5階くらい」と言っていたが――に近付いたところで逆噴射し、制動傘ドラグシュートを開いて地面にそのまま突き刺さるのだという。


 だが、特筆すべきはその後だ。

 空挺降下の弱点は、まさにその着地の瞬間である。生身の人間がそのまま着地する場合、当然対衝撃姿勢を取らなければならず、したがって激しい敵砲火のなか、数秒間は完全に無防備かつ目立ちやすい状態になる。それは空挺兵にとって「魔の10秒間」と呼ばれ、多くがそこで死傷するのだ。したがって、空挺兵の訓練のポイントとしては、如何にこの「10秒間」を縮められるかにあるわけだ。

 その点、このオート・ポッドは、それ自体が極めて高い防弾性能を持っており、7.62ミリ程度の小銃弾では傷一つつかない。対戦車ライフルが直撃しても、ベコリと凹みができる程度だ。

 おまけに着地直後から、先端部より無数の銃弾を撃ち出して周辺を圧倒する。中の兵士たちはその間にポッドから脱出し、すぐに匍匐姿勢が取れるという寸法だ。周辺に遮蔽物がない場合は、もちろんポッド自体を防護壁にして当面の間敵の銃弾から身を守ることもできる。


 これなら自由落下の経験がない自分でも、十分安全に戦場エントリーできそうだ。


 ちなみにポッド自体は、乗り組んでいた兵士が15メートル以上離れると、自動的に溶解して跡形もなく分解されることになっているそうだ。

 最先端の兵装システムを、敵の手に渡さないようにするためだ。そのためだけの理由で、この高価な兵装を「使い捨て仕様」にしている。徹底しているな――と秀英シゥインは感心するしかない。


 すると唐突に、目の前のディスプレイが映像を映し始めた。

 彼が覚醒したことをセンサーが感知して、再度作戦行動の詳細を表示しているのだ。

 この仕組みにも、秀英はあらためて感嘆するしかない。まったく、この国の兵器は、どこまでもマン・マシン・インターフェースが洗練されている。


 秀英が今見ているのは、彼自身が被っている完全被覆鉄帽の中の映像だ。この宇宙飛行士のようなヘルメットは、その内部にヘッドマウントディスプレイシステム――HMDS――を組み込んでおり、自分の周囲の状況、すなわち外気温や湿度、気圧などの天候情報や、敵味方の識別、携行火器に連動した目標照準や残弾数などがリアルタイムで表示されるに留まらず、戦場の全体マップ、彼我の兵士や火器などの位置、その他戦術データなどを任意に投影し続ける。いわば、戦闘指揮所に集約されるべきありとあらゆるデータを、末端の兵士自らが確認できるようになっているのだ。

 しかも、情報量が多すぎて、リアルな外の様子が分からないのではないかという不安も一切ない。これらの画像生成装置イルミネーターは、自分に向かってくる戦場の脅威を自動判定して、ただちに外の映像を最優先で表示するプロトコルが組み込まれているのだ。しかもその回避方法や次にするべき動作なども、戦闘情報AIが常にリコメンドしてくれる。

 さらに、万が一負傷してしまった場合は、自分の身体が今どうなっているのかを表示したうえで、怪我の自動修復を実行してくれる。着込んだ防爆スーツは、出血の具合に応じて自動的に最適な身体部位を締め上げ、止血してくれるほか、鎮痛剤の自動投与、場合によっては心臓に直接針を突き刺して電気信号を送り、その鼓動を維持するなど、およそ応急処置として考えられる医療行為は、すべて自動化して実行してしまうのだ。


 日本軍兵士たちの生存率が極めて高いのも、こうした装備一つ一つの性能に依拠している。旧ソ連軍ほどではないが、兵士の命を軽んじている中国軍の用兵とは、まさに雲泥の差だ。

 秀英は、こうした用兵思想の差が、国家全体、というか民族自体のメンタリティに基づいていることを、この数か月でいやというほど思い知った。


 日本政府に亡命を求め、ハルビンでの献身を認められてそれが叶って以降、秀英は「華龍ファロンの元軍団長」という肩書を持った自分に、彼ら日本人がどのように接してきたかを改めて思い返す。


 普通に考えれば、いくら亡命を認めたといっても、自分のような男は所詮「テロリストの親玉」だ。華龍という武装組織が、今まで世界中で引き起こしてきた無数のテロ行為の実行犯である以上、その一角を担う高級幹部であった自分は、西側諸国にとっては第一級の犯罪者なのだ。

 だが、彼らは自分を罰しなかった。それどころか、身柄の引き渡しを強硬に主張する欧米などの同盟国・友邦国に対しても、一歩も退かずその要求を跳ねのけたのだ。

 「だって貴方はテロ部門を統括していなかったのでしょう?」――情報部の将官は、そういって自分を「名誉ある軍人」として扱った。もちろん、知り得る周辺情報の提供は求められたが、それは「容疑者」あるいは「戦争犯罪人」としてではなく、あくまで司法上の「参考人」という取り扱いである。

 結果として亡命から一ヶ月後、信じられないことに日本政府は、一連の聴取を終えた自分を無罪放免とし、日本国籍を与え、あげくにいくばくかの支度金まで用意したうえで「好きにしていい」と言ってきたのである。


 そうした扱いは、同時に亡命を果たした楊子墨ヤンズーモー老をはじめ、末端の兵士たちにまで適用されていたようだ。

 それは、彼らにとっても一様に信じられない結果だったらしい。てっきりどこかに集められ、監視付きの不自由な生活を送るものと思っていた者はまだましな方で、大半は「強制労働」だの「銃殺刑」だの、ロクでもない結末が待っているのだろうと思い込んでいたのである。


 結果として我々は大いに驚いたし、話に聞いていた日本人の「お人好し」加減も、ここまで徹底していれば逆に尊敬に値すると大いに感銘を受けたものだ。

 そして当然ながら我々は、日本国に心の底から感謝した。


 生まれる国を間違えた、と本気で思ったのだ――


 我々が――亡命した全員が――揃って日本軍に志願したのは、つまりそういうことだ。

 日本国籍を貰い、好きにしていいと言われた以上、本当の意味で「日本人」になろうと誰もが思ったのだ。兵士に志願したのは、だから極めて自然な感情だったのである。決して強制されたわけではないし、実際のところ自分たちにできることと言ったらそれくらいだった。


 驚いたのは、今度は日本政府だ。つい数か月前までは大陸で敵対していた我々が、連れだって軍に志願してきたのである。一応書類上は「日本人」であるから、志願要件を満たしており、門前払いするわけにもいかない。だが、自分にせよ楊老にせよ、ひとかたならぬ武人である。まさか一兵卒から軍に入れるわけにもいかず、しかもその軍歴を踏まえると、本音で言えば喉から手が出るほど欲しい人材だったらしい。

 『狼旅団』の結成は、だから日本軍が編み出したウルトラCである。


 ここに自分を将官級の指揮官――具体的には「少将」だ――として招聘し、ヤン老はもともと大校だから、そのまま横滑りで「大佐」、以下兵卒はその階級相当の兵員として配属する。

 この時点で人数としてはトータル中隊規模ほどしかいなかったわけだが、そうなると結局どこかの部隊に組み込まなければいけなかったらしく、将官級が指揮するにふさわしい最小戦闘単位として「旅団」ということにしてもらったというわけだ。

 もちろんここには他の国からの帰化兵士や各国からの義勇兵などもどんどん組み込んで、結果的には国際色豊かな部隊が出来上がった。イメージとしてはフランスの外人部隊のようなものか。

 ということで今のところ本当の部隊規模は大隊レベル――すなわち千人いるかいないかなのであるが、それで十分だ――と思ったものだ。もう一度、兵士として戦えるのだ。

 これほどありがたいことは、他にない。


 そして今回の九州奪還作戦が、この第101独立混成旅団――通称『狼旅団』の事実上の初陣なのだ。


『――降下地点まで30分。兵士は降下前の最終点検を実施せよ』


 自動音声が、ポッドの中に響く。

 時刻は既に午前0時を回り、いつの間にか日付が変わっていた。


 空挺部隊の現在位置は、四国沖太平洋上をステルス飛行中であることがディスプレイに示されていた。石動いするぎ中尉や未来みくたちが乗っている強襲降下艇は恐らく50機近くにのぼり、自分たち狼旅団が搭載されている大型輸送機も20機近いだろう。加えて、北海道の第7師団から多脚戦車を詰め込んだ重輸送機が十数機単位で合流し、さらには地上攻撃用のガンシップまで何機か随行している。全部合わせると100機近い空挺輸送機部隊。

 恐らく第二次大戦以来、見たこともない大編隊だ――


 秀英は、あらためて両手足を上下にうんと伸ばした。少しだけ腹が減っていたので、ポッドの壁から伸びている経口チューブをバイザーの下に引っ張り込み、半固形戦闘糧食レーションを口にする。

 すると、今度は小用を足したくなった。今のうちだな……と思い、これまたポッドの壁のちょうどいい場所に取り付けてある酸素マスクのようなパッドを引っ張り出して、自分の股間に当ててみる。なんとなく不思議な気分ではあったが、言われた通りそのパッドに自分のナニを嵌め込み、思い切って用を足してみると、まるで掃除機が吸い込むような強烈な吸引感覚があって、一滴も零すことなくそれは吸い込まれていった。

 いやはやこれは快適だな――と、戦闘直前なのに妙なところで感動する。まったく、日本人の「トイレ」に対するこだわりは、留まるところを知らないな、と感心するしかない。


 そうこうしているうちに、自動音声が次なる指示を伝え始めた。


『――降下地点まで残り10分。兵士は想定外の投射に備え、マウスピースを咥えてください。あらためて手足と頭部の固定を確認し、生命維持装置の起動を確認してください……』


 自動音声が、延々と注意事項を説明していた。だがこれもきっと、兵士の精神を正常に保つための仕掛けなのだ。投射直前に余計なことを考えないよう、矢継ぎ早に指示が下されるというルーティーンは、案外いいアイデアだ。何から何まで、人間のことを考えて作られている――!


『――投射3分前になりました。テンションを上げますか?』


 突然、自動音声が意味不明なことを問いかけてきた。秀英は面白そうなので、眼球操作で「はい」を選択する。すると突然、ものすごくエッジの効いた、ハイテンポの音楽が流れてきた。


 なるほど――そういうことか。

 たしかにこれは、アドレナリンが噴き上がりそうだ。


 その瞬間。

 バシュゥゥゥン――という強烈な空気音がして、秀英は唐突に無重力状態に陥った。


 空挺作戦が、いよいよ始まったのだ――

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