第234話 ImPACT

 神の巫女みこ――斎女いつきめ――として「穢れ」である人間を滅する使命を持ったオメガ。

 その存在は「神の計画」としてあらかじめ予定されていたものであり、そして……

 未婚の少女に限る――という斎女いつきめの資格を失うと、神の御許に戻される……すなわち、死を迎えるのだという。

 今の話を聞いていたオメガたちの何人かは、士郎と同じことに気づいたようだった。顔が、引きつっている。


 当たり前だ。そんな勝手なルールが決められていたなんて……

 そもそも彼女たちは、好きでオメガなんかになった訳じゃないはずなのだ。


「咲田さん、先ほど“斎女いつきめが現れるのは神の計画だから予想されていたことだ”といった趣旨のご発言をされましたが、どういう基準で彼女たちはオメガに――斎女いつきめに選ばれたのです?」

「それは……神のみぞ知る……というと極めて無責任かも知れませんが、少なくとも、人為的にどうこう出来るものではないと思います。その選別基準は、正直私たちにも分からないのです」

「そんな――」

「ただひとつ言えるのは、こちらにいるオメガの皆さんは、少なくとも選ばれてその偉大な神の力を託された方々だということです。言うなれば、神の計画の実行者……と言ったところでしょうか」


 確かにこの子たちは、他の大多数のオメガたち――彼女たちは例外なく瀕死の重体だ――と異なり、極めて高い生命力を持ち、極めて健康体だ。

 それどころか、人外の恐るべき戦闘力を誇り、それは鍛え上げられた戦闘マシーンである特殊部隊員などより遥かに高いレベルにある。

 だが、そもそも彼女たちは、自分でそうなることを望んでいたのか――と言えば、その点は大いに疑問だった。


「――それこそがまさに、神によって選ばれた……と言いたいのですかな?」


 叶が、彼女に問い掛ける。広美は確かに先ほど言ったのだ。オメガたちの異能発現のトリガーを引いたのは、神なのだと――


「そ、そうですね……ただ厳密に言うと、トリガーは比較的多くの人々に引かれたのだと思います。ここにいる皆さんは、その中の言わば生き残りです」

「生き残り……!?」

「まず、我が国に深刻な放射能汚染が広がった……その時、放射能に耐性のある人たちが生き残った……」


 確かに、オメガたちは放射能耐性を持っている。普通の人間なら急性放射線被曝症状を起こして即死するような環境でも、何ら人体に影響を及ぼさない。それは、彼女たちの遺伝子の中に「放射能をコードする遺伝子」が含まれているからだ。もちろんそんな遺伝子は、普通の人間は持っていない。先ほどの叶の話でいうと、まだ解明されていない95パーセントのヒトゲノムの中に、そうした働きをする遺伝子があった、ということなのだろう。放射能汚染が生起したことでそうした遺伝子変異が発現したというのであれば、それは確かに神の御業――神の計画という他はない。


「――では、彼女たちの特異能力は!?」

「それは……確か人によって発現する能力が異なるのでしたよね……それらもみな、神によってあらかじめプログラムされていたことなのです。すべては『穢れヒト』を滅するためです」


 叶が、額に人差し指を当て、「んー」と唸りながら切り出した。


「……広美ちゃん……確認したいんだが、オメガたちの異能力というのは、人によってさまざまな個人差がある。それら能力の差異は、私の見立てでは『ジャンクDNA』の発現形態の違い――なんだが、それは、何か特定の条件下で発動するようなものなのだろうか?」

「少なくとも、放射能耐性を獲得することが斎女いつきめになる最初の条件なのだと思います。でなければ、汚染が広がる大地で自由に活動できませんから」

「なるほど……そのうえで、個体差が生じる、ということなのか……」


 遣り取りを聞いていた四ノ宮が口を挟んできた。


「――確かに、我々がその人物をオメガと識別する基準は、放射能コーディング遺伝子を持っているかどうかだ。だが、大半のオメガはそのこと自体が身体の負担になっているように思える。事実、発見されたオメガの9割以上は今、病床に臥せっている……既に命を落とした者も多いのだ」

「――それは、神に仕えるための試練に耐えられなかったのです……」

「そんなバカな話があるものか! 彼女たちは自分の意に反して病を患い、必死で病魔と戦っているのだ……神なんか関係ない!」


 四ノ宮が、激昂していた。彼女は、朽ち果てていくオメガのために、怒っていた。もしも、放射能に触れ、被曝するという行為で神の最初のトリガーが引かれるのだとすれば、それは余計なお世話というものだ。


「四ノ宮中佐……誤解なさっているようですから改めて整理しておきたいと思います。彼女たちが放射線を浴びたのは、神のせいではないのです。それはあくまで愚かな人間の仕業です。むしろ、放射能コーディング遺伝子を発現させた彼女たちは、神によってそれに抗う力を手に入れようとしていた……結果的に、力尽きた方もいらっしゃるようですが、神に八つ当たりするのはどうかおやめください」

「む――」


 これには、四ノ宮も何も言い返せなかった。だが、その場にいた誰もが、四ノ宮の想いを知ってむしろ彼女に好感を持った。この人は、本当にひとりひとりのオメガを大切に想っているのだ。

 広美は、優し気な表情でそんな彼女を見つめ返す。


「皆さんは、とても良い上司をお持ちのようです。そんな皆さんのために、ひとつだけ、神の御技を使う許可を与えましょう」


 彼女の言葉に、全員が固まった。


「――そ、それはいったい……?」


 叶が、いつになく真剣な瞳で彼女を見つめ返した。


「叶博士、博士ならお判りでしょう。放射能が人間にとって有害なのはなぜです?」

「それは――放射線によって遺伝子が破壊されるからだ。それによって細胞分裂が阻害され、人体の免疫システムが破壊され……やがて死に至る」

「オメガの皆さんが放射能耐性を持っているというのは?」

「彼女たちは放射能を無害化しているからだ。オメガたちは別に被曝を防いでいるのではない。身体に浴びた放射能を、瞬時に無害化することで遺伝子への影響を防いでいる」

「――では、その無害化技術を差し上げましょう。病に臥せっているオメガさんたちは、その無害化プロセスが上手くいっていないのでしょう? だったらそれを促進する触媒を差し上げます。きっとよくなりますよ」


 一同は、広美の言葉に驚愕していた。

 この子はいったい何を言っているのだ!? そんな技術があるわけがない――あったらとっくに政府が試している筈だ。少なくとも、この問題に真剣に向き合ってきたオメガ研究の第一人者にして天才科学者・叶が知らないはずがないではないか!?


「――そんなバカな……」

「皆さんが知らないのも無理はありません。この技術は、政府に黙殺されたものですから」

「政府が……黙殺……!?」

「そうです。少なくともこの技術は、十数年前には既に確立されたものです。我々がお守りしてきた神々の技術の一部を解読し、ある研究プロジェクトにその実用化を依頼し、完成に漕ぎつけたものです。国土がこれ以上荒廃するのを見るに見かねて、陛下がお許しになったのです」

「研究プロジェクトとは――?」

「博士も名前くらいは聞いたことがあるのではありませんか? 理化学研究所などが主導して行われていた『革新的研究開発推進プログラム』――通称『ImPACTインパクト』ですよ」


 ImPACT――!


「あぁ――! なんてことだ……」


 叶が頭を抱えていた。その表情は、まるで何かに呪われたかのように凄まじい形相であった。


「……高出力レーザー核変換システム……」

「そのとおりです。やはりご存知だった」

「――あれは、結局上手くいかなかったと聞いていましたが……」

「とんでもない。陛下が下賜された技術が上手くいかないわけがありません。あれは、電力業界とそれに結託した政府関係者によって握り潰されたのですよ。ただ、陛下は政治に関与されない……政権が使わないというのであれば、それ以上こちらから何かを言うべきではない」

「かっ、叶少佐! いったい何のことです!?」

「――元尚! キチンと説明してくれ!」


 これは、とんでもない話だった。放射能に苦しむ人々がいて、それを無害化する技術が陛下から下賜され、実用化されていたにも関わらず、政府に握り潰されていただと――!?


「……これは……核廃棄物の放射能半減期間を数千年から数秒に縮める技術だ」


 叶がポツポツと話し始める。既に最初の一言からとんでもない話であることが判る。

 要約するとこういうことだった。


 原子力発電の何が凄いかと言うと、それは僅かな燃料で高効率の電力を発電することができるのと同時に、他に例を見ない高度なリサイクル性だ。たとえばその原料であるウランやプルトニウムは、発電に1トン使用したとすると、その95パーセント――すなわち950キロが再利用できる。つまり、1回の発電あたりの廃棄量は僅か50キロということだ。


 ところが、問題なのはその50キロの使用済み核燃料が、高レベル放射性廃棄物であるという点だ。ここから発せられる放射線の量は1,500シーベルト。人間は、1シーベルトの放射線を浴びると具合が悪くなる。身体にガンができて死に至るとされるのが10シーベルト。100シーベルトを浴びると、人間は即死する。つまり、ボリュームとしては小柄な女性1人分程度しかない僅か50キロの放射性廃棄物は、人間の即死量のなんと15倍の放射線を発する、極めて危険な物体なのだ。


 もうひとつの問題は、この50キロの廃棄物が異常にということだ。1,500シーベルトもの高い放射線を発する物体は、熱いのだ。これらは液体なので、ガラスと混ぜ合わせて「ガラス固化体」と呼ばれるシリンダー状の固形物にする。それでも表面温度は200℃にも達する。これをさらに専用容器に入れて、日本であれば青森県の六ヶ所村というところにある貯蔵センターに埋設する。地下50メートルだ。

 東日本大震災で福島第一原子力発電所が吹き飛んだ時、その廃棄物の一部をこの貯蔵センターに埋め込んだ。とりあえずこの高温の廃棄物を冷ますためだ。それから約50年。2062年に当初の予定通りさらに地下深く――深度300メートルの最終処分センターに埋め替えようとした時、問題が発覚した。表面温度200℃のシリンダーが、まったく冷えていなかったのである。と言うことはつまり、たかだか50年では、ほとんど放射線レベルが変わっていなかったということだ。


 その頃既に日本は大きな戦乱の只中にあった。フクイチところではない、新潟の柏崎刈羽も原発テロで吹っ飛び、弾道ミサイルによる戦術核攻撃により国内は滅茶苦茶になっていた。


 フクイチの後始末が上手くいってなかったことが大きな問題にならなかったのは、他のことが深刻過ぎて国民誰もがそれどころではなかったからである。そこで政府はこれをコッソリと始末しようとした。何事もなかったかのように地中奥深く埋め替えて、それで知らんぷりを決め込もうとしたのだ。

 だが、もともと放射線の半減期――つまり、放出される放射線量が半分に減る期間――というのは、数千年と言われている。この時の処理は、一応目に見えない地下深くにこの有害物質を埋めただけで、何の解決にもなっていなかったのである。

 政府は「地下に埋めれば1,000年で放射線量が3,000分の1になる」と言ったが、誰もそれを実証できたものはいない。人間が核を使うようになってまだ数十年しか経っていないのだ。1,000年後にこうなる、というのはあくまで「理論上」の話だ。

 そのうち大きな地震が起きて地下300メートルに埋めたこの有毒物質が地表に露出したとしたら、あるいは何らかの地殻変動でこのシリンダーが破壊されて中の放射性廃棄物が地盤や地下水に漏れ出しでもしたら、その時こそ日本は滅亡するだろうと言われている。


 だがいっぽう、科学者たちはこの問題にケリを付けようとしていた。日本原子力開発機構関西光科学研究所長だった某教授をプロジェクトリーダーとして、この高濃度放射性廃棄物から発せられる放射線を無害化する研究が進められていたのである。

 その研究主体こそ『ImPACT』と呼ばれるプロジェクトだ。ここで研究されていたのは、粒子加速器によって陽子を光速に限りなく近い速度にまで加速し、その陽子ビームを核物質に叩きつけてバラバラにし、分解するというものだ。


 だが、この研究の問題点は、その陽子ビームを作り出すために建設しなければならない巨大な施設だった。そもそも陽子を光速に近い速度まで加速させるために、やはり原子炉を必要とするという、ブラックジョークのようなマッチポンプ的なシステムが最大のネックになっていたのだ。

 そのため、この研究は頓挫した。国内が放射能にまみれている状態で、新たな原子炉を作るという案は、どこの自治体も認めなかったし、なによりそれだけの設備を作る体力が、既に日本にはなかったのである。


 そこで代替案として浮かび上がったのが、大阪大学レーザー科学研究所が進めていた「レーザー核変換」システムだ。粒子加速器の代わりに高出力レーザーを用い、光速に近い陽子ビームの代わりに高エネルギーの光子ビームを核物質に当てる。


 だが、レーザーにしてもビームにしても、「光」による物理的干渉はなかなか実用化の目途が立たなかったのである。SFの世界では、未来人はレーザーやビームを使って敵を破壊するが、現実はなかなかそう上手くいかないのだ。今でも軍の主力兵器は銃や砲弾などの「弾体兵器」だ。今のところ最大の破壊力を誇るのは電磁加速砲――いわゆるレールガンだ。これも高出力電磁プラズマによって物体を加速射出し、対象に叩きつける兵器だ。人類がSFの世界に追いつくのは、まだまだ先の話だった。


 それを、神々のテクノロジーで解決したというのだ――

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