第217話 三種の神器
「――やはりこちらの奥の方から出てきたみたいですね……」
叶が辺りをキョロキョロ見回しながら呟いた。石室の奥の壁からさらに続く細い通路は、人ひとりがやっと通れる幅しかないが、天井は意外に高い。上背のある叶は腰を屈めて歩いているが、士郎くらいならギリギリ真っ直ぐ立って歩ける高さだ。
当然ながら外の明かりはまったく届かないため、士郎たちはいつも携帯している
だが何より問題なのは、その狭くて暗い古墳内通路のあちこちに、人間の手や脚が突き出ていたり、身体が半分石壁にめり込んだりしているというおぞましい光景だ。それはまるで、化け物屋敷の廊下を歩いているような、そんな背筋も凍る状況だった。
「いやはや、正直驚きましたな……御陵の中にこんな地下通路があったなんて……」
加藤博士が興奮気味に咲田広美に話しかける。まぁ、学術研究すら許されていない宮内庁直轄陵墓だ。内部構造など、どこにも公開されていない。彼にとっては、どんなに周囲が異常な状況であろうとも、この貴重な体験の方がよほど大切なのだろう。これほど凄惨な死体がゴロゴロ突き出ていても、目下のところその部分は関心の対象外らしい。
「――は、はいっ! 今回は、事が事だけにすべて包み隠さずお見せしろ――との官房長の指示ですのでっ!」
広美は完全に目を瞑って、まったく周囲の様子を見ようとしていなかった。というわけで、いつのまにか士郎の背中に手を置き、彼の後ろからただくっついて歩いているような態勢になっている。
「それにしても、この通路、どこまで続いているんでしょうか?」
士郎が訊ねる。もともと一行が最初に入ったのは、古墳の中でも「円形」をした方の中心部分だ。「前方後円墳」というくらいだから、この古墳は長方形の形をした前部構造と、円形の後部構造が合体したような形をしている。士郎たちは、その円形部分のちょうど真ん中あたりにあった石室を通り抜けて、現在はおそらく「前方」の方向へ斜めに地下通路を下っている。
「――皆さん機密情報の取り扱い資格がS級と伺っておりますので、正直なところ全部お話しますが、この御陵は実は墳墓ではないのです」
広美がぎゅっと目を瞑ったまま答える。時々「ひゃっ」と小声で悲鳴を上げるのは、たまに通路に転がっている遺体の手が彼女の足首やふくらはぎに触れるせいだ。多分、目を開けていたらそのたびに失神しているだろう。
「墳墓ではない?」
「――はい、円墳部分の石棺は、パッと見誰かを埋葬したもののように見えますが、恐らくそれは棺の役割を果たしていたものではありません。そして、この御陵の心臓部は実は前方墳の地下にあります……つまり、私たちが今、向かっているところです」
「――お墓でないとすると……ここはいったい何なのです? やはり仁徳天皇は関係なかったのですか!?」
「いえ……関係がないわけではありません。ただ、この御陵はそれよりも重大な役割を果たしていた、と宮内庁では考えています」
「重大な役割とは!?」
「――うぅ……これは何と言っていいのか……答えに窮しますね……ただ、今回の事件でやはりその役割、というか働き? 機能? ――が間違いではなかったと確信した次第です。だからこそ緊急事態と認定したわけでして……」
「――それはいったい、何を指して仰っているのでしょう? 我々にはさっぱり――」
「あ! ここですっ! これを見ればお分かりになるのではないかと……」
通路がいきなり行き止まりになった。だが、その先には何やら大きな石の扉のようなものがある。広美はその前に立ち塞がると、ようやくその目を恐る恐る開けた。幸い、ここには死体らしきものは見当たらない。ホッとしたような顔でキョドりながら周囲を気ぜわしく見ていた彼女は、ようやく少し安心した様子でその扉の前に立ち塞がった。
すると、おもむろに自分の胸元に手を突っ込んだかと思うと、首からぶら下げていた何かを引っ張り出す。それは――
翡翠色をした、
「――それはいったい……!?」
「あ、ご存じありませんか? これがかの有名な三種の神器のひとつ、
「レプリカって……」
三種の神器――
皇統の正統性を示す唯一にして絶対の存在。その神器を持つ者こそが、皇国日本の真の支配者にして帝王、であることを示す三つの権威。「古事記」に曰く、それらは
そのひとつ目は「
二つ目が「
現在は皇居の「剣璽の間」に置かれている。
そして三つ目がこの「
ところがこの「勾玉」というのは実は日本独自のもので、他国では一切見られない形状のものだ。基本的にそれは「装飾品」とされているが、それにしては実に不思議な形状をしている。敢えて類似したものを挙げるとすれば、それは英語の文字「
いずれにしても、それが文字であろうが装飾品であろうが、その形状が極めて独特であることに変わりはない。この神器もやはり、源平合戦のおり壇ノ浦に水没するところであったが、幸い木箱に入っていたため海の底に沈むことなく源氏によって引き揚げられ、現在では剣と共に皇居の「剣璽の間」に安置されている――はずだった。
「――そ、それ……ホンモノですか……?」
加藤博士が震える声で問う。
「いえ……ですからこれはレプリカです。まぁ、レプリカはレプリカなんですけど、機能はオリジナルとほぼ同じですね。じゃないと役に立ちませんから」
広美はこともなげに言う。「機能」とは一体なんだ? 役に立たないとは……!?
すると、彼女はおもむろにその首からぶら下がった
ふわん――と青緑色の光が勾玉から射したかと思うと、石扉がガタンと音を立てて少しだけ奥に引っ込み、次の瞬間――音もなくそれが横にスライドして扉が開いた。それはまるで、新幹線の客室扉が開く時のような、スムーズな挙動だった。
ど、どういうことだ――!?
「――この勾玉、言ってみれば『鍵』のようなものなんです」
広美が一同に説明する。
「鍵……ですか?」
「はい。これがないと、この御陵の心臓部には入れませんし、その中のシステムも動かせません。いってみれば、ログインキーみたいなものです」
さっきからこの子の言っていることは、それが嘘やハッタリでなければとてつもない驚愕の真実、とでもいうものだ。「三種の神器」のひとつ、勾玉が、よりにもよってログインキーだと――!?
ではそれによってアクセスする「システム」とはいったい何だ!?
というか、この古代の古墳の中に、そんな未知のシステムが存在するというのか――!?
「おもしろい! 実に興味深いことを仰る! 詳しく説明していただけるのでしょうな!?」
当然の如く、叶のエンジンが全開となった。
「――まずはみなさん、この中にお入りください」
そう言うと広美は、一同を中に誘導した。すると――
「おぉ! これは――」
叶が感嘆の声を上げる。その部屋の中は上下左右、すべての壁といい天井、そして床といい、その一面に何やら
「……バヤンカラで見たのとまったく同じです……」
叶が呻くように呟く。
「――なんですって!?」
それを聞いて驚いたのは、今度は士郎だ。
熱核反応を観測したため急遽バヤンカラに偵察隊を送り込んだ日本軍だったが、そこで目撃した内容があまりにも常軌を逸しているとして、ここにいる叶少佐が慌てて現地調査に駆り出されたのだ。それがオメガ絡みだと察した士郎は、叶に調査の結果を聞きたくてうずうずしていたのだが、思いがけず今仁徳天皇陵の地下で目の当たりにしている光景と「同じ」だという。だとすれば、これはいったい何なのだ!?
「……あの、咲田さん……これはいったい……!?」
士郎は恐る恐る訊ねる。叶はもうその答えを当然知っているのだろうが、今は敢えて広美の答えを待っているようだった。答え合わせをするつもりなのだ。
「――ここはですね、ある種の反応炉……リアクターとでも言いましょうか……次元変換器、みたいなシステムの制御ルームです」
なんだって――!?
次元変換? それはいったい何だ!?
「
叶が、士郎の困惑を察してすかさずフォローしてくれる。やはり彼は既に答えを持っていたか――
「――さすが叶少佐ですね、その通りです。ちなみにこのシステムは現在の我々の科学技術では絶対に作ることができません……つまり、完全にオーバーテクノロジーです」
「で、では……三種の神器とは……これらオーバーテクノロジーを動かすためのパーツ……ということですか!?」
士郎の頭では、既に理解の範疇を超えている。
「パーツという表現は、いささか敬意を欠いていますね……人知を超えた神の御技を制御するからこそ――これは『神器』なのです」
「す、すると……残りの二つの神器も……」
「まぁ、そうですね……この勾玉はアクセスキーと言いましたが、鏡や剣にもやはりそれぞれに相応しい役割があります。いずれも、古代の叡智を稼働させるためには不可欠の要素です」
もはや話が凄すぎて、どこから手を付けていいかまったく分からない。
シュバルツシルト面? つまり、高次元を繋ぐポータルだというのか!? そしてそれを人為的に現出させるためのシステムがこの御陵の地下にあって、三種の神器はそれを稼働させるための何らかのパーツ!?
だから「門外不出」で、天皇でさえ見てはならないとされている――!?
もしかして、この仁徳天皇陵が絶対立入禁止で学術調査が一切許されないのは、このシステムを国民の目から隠匿するため――!?
「……あの……ひとつ、質問してもよろしいでしょうか……?」
「――どうぞ」
「三種の神器は決して見てはならないとされています……でもなぜ咲田さんはレプリカとはいえ、その機能を果たす神器をお持ちなのです?」
士郎は、あまりにも不躾に聞いてしまったかなと思った。それを聞いた広美の顔が、一瞬強張ったからである。叶も、加藤博士も、固唾をのんで彼女の答えを待つ。
「それは……」
誰かが「ゴクリ」と唾を呑み込む音が聞こえた。
「――メンテナンスのためですよ」
「――は!?」
どんな恐るべき真実が語られるのかと思ったら「メンテナンス」って……
「だって……しょうがないじゃないですか!? 全国には、ここと同じようなリアクターが何か所もあるんです。定期的に動くかどうか確かめておかないと、いざという時に困るでしょう?」
「いざという時って、どういう時なんですか!?」
「それは――この調査とは直接関係ないので、お答えする必要はありませんっ!」
広美が意外に強気に出た。やはりこれでも官僚の端くれということか!?
「ふむ……では致し方ありませんな。ではこの中国兵の死体をどう見ます?」
「ひっ!?」
叶があっさり引き下がった。広美の弱点とも言うべき、死体の山を思い出させて。
「ひゃっ……ひゃのっ! ですからっ……これは……」
「これは!?」
「つまりそのッ! 別の時代から違法に連れてきたせいで、リアクターの安全装置が作動したものと――あっ!」
「……ほぅ。それは興味深い証言ですな」
広美が慌てて口を両手で押さえたが、後の祭りである。明らかに、そこまでは言うつもりがなかった、という顔だ。
「――その辺り、詳しくお聞かせいただきましょうか」
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