第211話 学園祭

 昔から西側諸国の軍隊は「基地祭」という行事を重視する。独裁国家ならいざ知らず、血税で賄われている自由主義陣営の軍にとっては、国民からの支持が極めて重要だからだ。もちろん、国家危急に際しては命を賭して戦う兵士たちに対するリスペクトは大半の国民が持っている。だがしかし、それでも大規模な軍事基地が民間地域に隣接していれば、日常生活レベルで近隣住民に些細な迷惑をかけることはあり得るわけで、そういった声にならない不満を解消し、良好な関係を保つためにも「基地祭」という名の理解促進活動は極めて重要な広報戦略だといえるだろう。


 そういう意味では、この夏に新設された横須賀のオメガ特殊作戦群本部駐屯地もご多分に漏れず、初めての基地祭が開催されているところなのであった。

 ただし、他の駐屯地基地祭と大いに異なるところが一点ある。


 オメガ少女たちの存在だ。

彼女たちに関して言えば、その見た目はどう見ても中学生、高校生だ。それを「軍人」と称するのはやはりどう考えても無理筋で、一般市民から見たら「なぜ子供が兵士をやっているのだ」と問題になりかねない。

 だから当初は、そもそもオメガたちを一般人の目に触れる基地祭などに参加させるべきではない、との声すら上がったのだ。もともと存在自体が国家機密の秘匿兵士なのだから、その考えももっともだったのである。


 だが、それを一蹴したのが他ならぬ特戦群司令の四ノ宮東子だ。曰く「せっかく学校に通っているんだから軍学校所属ということにすればいいだろう」ということで、ちゃっかり基地祭の出し物に「学生」という肩書で参加しているのだ。そういう意味では、この基地祭は彼女たちにとってはまさに「学園祭」だ。他に学生がいないのだから、この際他の兵士の力も借りてを盛り上げてもらおう。


『ただいまよりー……統合軍予科練習生によりますー……ハウスクリアリング模擬戦闘訓練をー……開催いたします……』


 広い基地施設の場内アナウンスに、イベント案内のお知らせが流れる。


 一般的に基地祭というのは、会場のあちこちにさまざまな兵装が展示してあったり、戦車の試乗体験が出来たり、子供向けにモデルガンの射的コーナーがあったり、いってみればそれこそ学園祭のようにいろいろな出し物があって、来場者は自由にそれらを周遊して好きなものを見学したり体験したりして楽しむのが通例なのだが、なかでも人気なのはやはり「本職」によるデモンストレーションである。

 空軍の開催する航空祭――場所によっては航空ショーなどと称したりするが――では、やはりブルーインパルスなどの曲技飛行チームのアクロバット飛行が目玉だし、陸軍の基地祭とかだと戦車の実弾射撃デモンストレーションなどが大迫力で人気だ。学園祭でも、有名なブラスバンドを擁する学校などでは観客が押し寄せるのと一緒だ。来場者もそういうデモが行われるのが最初から分かっていて、それ目当てで数万人から数十万人が押し寄せたりする。


 そんな中、新設の統合軍、しかもガチの特殊部隊基地であるオメガ特殊作戦群基地祭では、いったいどんな目玉デモンストレーションが披露されるのか、主宰する特戦群自身も相当頭を悩ませて今回の出し物をあれこれ用意したわけだが、観客は観客で、いったいどんな驚きのデモが披露されるのか、その注目度はかつてないほど高まっている。そもそも特殊部隊の駐屯地で基地祭が行われること自体異例なのだ。そんなわけで、今日の観客は少なく見積もっても十万人は下らないだろうという大変な賑わいを見せていた。


「中佐、本当によろしいのですか?」


 副官の新見中尉が四ノ宮に念を押す。


「あぁ、彼女たちほど宣伝に向いた素材はないからな。あれらを見たら軍に志願する者も増えるだろう。それに、何でもかんでも秘密ヒミツと言っていては、息苦しくて叶わんしな」

「まぁ、統幕議長も許可を出されているようですし……」


 と言う新見も、まんざらでもなさそうである。

 なにより、「学校生活」を送り始めたオメガの少女たちが、目に見えて明るくなっていることについては誰よりも敏感に気付いている新見である。今回の四ノ宮の計らいも、彼女たちにとって間違いなくプラスになるであろうことは、彼女が一番よく分かっていた。


「あ――」

「おっと、気にしないで」


 ビシッと新見が敬礼するのを見て四ノ宮が振り向いた。


「これは統幕議長――」


 国防軍最高責任者にしてオメガ特殊作戦群の庇護者、坂本統幕議長がひょっこり「基地祭実施本部」テントに顔を見せた。

 四ノ宮の敬礼も軽く手で制する。


「今日はお忍びだからね」

「……は、はぁ……それにしても不用心ではありませんか?」


 確かに統幕議長の基地来訪はまったく聞かされていない。隣で坂本の副官が申し訳なさそうに会釈していた。


「なに、日本で一番安心できる連中の本部にいるんだ。何があっても何も起こらんさ」


 いい得て妙である。確かにこの場所であれば、何が起ころうと即座に敵を制圧できるだろう。


「こうやって戦時下でも娯楽を提供する軍を見て、国民は大きな安心感を抱くのだよ。私はいわばムード作りの客寄せパンダだ」

「なるほど――ご慧眼おみそれしました」


 坂本の言うとおりである。今は20年の長きに亘る戦時下である。自分の息子、父親、恋人を軍に取られ、中には名誉の戦死を遂げた者も少なくない。そんな時節柄、年に一度とは言え、こうして「祭り」を挙行できる程度には我が国は余裕があるのだ、という世の中の空気を作って国民に安心感を与えるのもまた、軍の大きな使命なのだ。

 おそらく彼はこの後基地内を回って、来場の国民や基地の兵士たちに声を掛けて回るのだろう。国防軍の制服組トップが突然声を掛けてきたら、普通はびっくりして、その後は意気に感じるに違いない。

 そうこうしているうちに、準備が整ったようだ。


『――ご来場のみなさまー……たいへんお待たせしましたー……ただ今よりー……模擬戦闘訓練を披露いたします……実弾は使用しておりませんがー……銃砲の発射音やー……爆発音はー……本物と同じですのでー……心臓の弱い方はー……ご注意くださいー……』


 お約束だが、そのアナウンスを聞いた一般の観客が「ウオォー!」と歓声を上げる。なんだかんだ言って、皆ドンパチの音は好きなのだ。派手な爆発音は人間を興奮させる作用がある。


 今や練兵場にはぎっしりと観客が詰まっていた。その数およそ数万人。中央には200メートル四方ほどの空間が開けていて、そのさらに真ん中にはコンクリ製の四角い家屋が一棟建っていた。ご丁寧に物見やぐらが二つも作られているし、荷台に機関砲を据え付けたいかにもな感じのSUVまで用意してある。さらにはその上空に、ドローンで大画面が四方に向けて吊り下げられている。後ろの方の観客にもつぶさに映像を見てもらおうというライブ会場のような配慮だ。

 この家屋に立て籠もっているのは、アグレッサー部隊として展開するドロイド兵二個分隊だ。今からここにオメガ少女たちが突入し、この家屋を掃討するのだ。これがいわゆる「ハウスクリアリング」模擬戦闘である。

 ちなみにドロイド兵たちは、今回わざと剥き出しの機械パーツにしてある。模擬戦闘とは言え、腕や頭が吹っ飛ぶことが想定されるため、刺激が少ないよう「人間型」には敢えてしていないのだ。


 すると、唐突に大音響のBGMが会場に流れ始める。


 遥か昔に流行ったアニメの劇伴曲だ。確か少年少女が巨大な人型決戦兵器に乗って次々襲来してくる謎の敵に立ち向かう――といったような物語だったはずだ。今でもクラシックアニメとして一定の人気を誇る作品だ。


『皆さま、東の上空をご覧ください。空挺部隊の突入です』


 会場の様子をリアルタイムで実況するのは、新見の役割だ。大音量のアナウンスが会場全体に響き渡る。

 それに釣られて観客が空を見上げると、いつの間に近付いていたのか、会場上空に強襲降下艇『飛竜』が音もなく進入してきた。

 『飛竜』はアグレッサー部隊が立て籠る建物上空200フィート余りの高度を二回ほど旋回する。それに対し、地上から激しい曳光弾が撃ち出された。対空砲火、という設定なのだろう。その凄まじい発射音に、会場から大きな歓声が沸き起こる。

 そうこうしているうちに、突然その大きな腹がパカッと開いて、そこからバシュバシュッと立て続けに何か黒い物体が落とされた。


『――激しい対空砲火をものともせず、隊員が空挺降下しました』


 実況アナウンスに、さらに会場の歓声が響き渡る。

 その黒い物体こそ、オメガ少女たちとそのチームリーダーである石動いするぎ士郎である。完全装備の彼女たちは、ものの2秒ほどで地上に到達すると、足許のスラスターから青白い炎を逆噴射させて強制着地を行う。ゴォーッという逆噴射音とブワッと舞い飛んだ土埃が迫力満点だ。


『――続いて橋頭保の構築です。敵銃火の下で突入の起点を作ります』


 オメガたちは着地したと同時に近くの遮蔽物に身を隠し、態勢を整える。その間にも、敵のサブマシンガンが彼女たちを狙い撃ちにし、その防弾装甲に何発も跳弾する。そのたびに激しい火花が散り、会場はますます興奮の度合いを高めていった。


 すると、オメガの一人が物凄い速度でダッシュし、数十メートルの距離をまさに一瞬で建物壁まで攻め寄せる。それを確認したもう一人が、さらに一瞬でそこまで追いつく。そのあまりのスピードに会場が大きくどよめいた。おそらく、その動きが人間の比ではないことに誰もが気付いて、驚きの声を上げたのだ。

 次に、オメガの一人がふっと一瞬掻き消えたかと思うと、今度は建物奥の物見やぐらの上のドロイドがくずおれる。それを見ていたもう一棟の物見やぐらにいたドロイドが必死でそちらを射撃するが、これもなぜだか一瞬で首がもげる。

 その様子に、観客席からは一部で「きゃあ」という悲鳴が上がる。やはり見た目がロボットでも首が捻じ切れるとこの反応か。


『ただ今、隊員の一人がで敵の見張りに近付き、これを制圧しました』


 そのアナウンスに場内がさらにどよめいた。光学迷彩――!?

 もちろんこれは久遠の特異能力である「不可視化インビジブル」なのだが、それを今回あっさり「光学迷彩」と言い切ることにしたのである。

 もしこれが本当なら、世界初の装備ということになる。観客の中にはもちろん「軍オタ」も多い。光学迷彩などというSFじみた装備が実用化されたことなど聞いたことがないわけだから――もちろんそんなものは実際には存在しない――彼らはおそらくこの瞬間「世界で初めて民間人に公開された日本軍の光学迷彩」という偽ストーリーに大喜びしているはずだ。これで世界各国も相当焦るだろう。


 そうこうしているうちに、橋頭保に残っていた残りの2名のオメガが抜刀し、やはりもの凄いスピードで建物の窓付近に貼り付く。先ほどから、この位置でアグレッサー兵が銃を乱射しているのだ。


『いよいよ敵陣に近付きました。これから建物内に突入し、敵火力を制圧します』


 実況アナウンスが現在の状況を伝える。いよいよ模擬戦闘も終わりに近づいてきたわけだ。

 すると――


 ズガガアァァァァァン――!!!


 大きな爆発音が響き渡ったかと思うと、建物の窓や扉が内側から大閃光を発した。橋頭保から士郎が閃光音響弾を撃ち込んだのだ。それと同時に一斉にオメガたちが建物内にエントリーする。

 その直後、ダダダダダッ――!! ダーン! パンパンッ!!

 建物内のあちこちで激しい銃撃音が響き渡ったかと思うと、一瞬で辺りが静まり返った。


 ほどなくして――


 建物中心部にあらかじめ据え付けられていたポールに日章旗がするするするっと挙がったかと思うと、オメガたちが建物から無事に出てきて、手に手に「人質」替わりのぬいぐるみを持っていた。


『どうやら無事に敵施設を制圧し、人質を救出したようです。大きな拍手をお願いします』


 ワァァァァァァァァッ――!!


 と大歓声が上がり、大きな拍手が送られる。

 だが、観客たちが度肝を抜かれたのはその直後だった。


 その黒ずくめの兵士オメガたちが、完全被覆装甲を脱いだからである。


 そこに居たのは……

 目を見張るほど美しい少女たちだったのだ。

 観客たちはてっきり、先ほどまで激しい戦闘を繰り広げていた黒づくめの兵士たちが逞しい男性兵士だと思っていたことだろう。

 それが、こんなに若くて美しい少女たちだったとは――

 会場は、まさに割れんばかりの大歓声と拍手に包まれたのであった。


 もちろんこれも四ノ宮の計算だ。基地祭の前半で彼女たちの活躍を見せておいて、その後は各所で模擬店やガイド役などをやらせる。当然、彼女たち見たさに観客たちは各出し物に押し寄せるだろう。

 念の為――もちろん士郎のような男性隊員のカッコよさに惹かれた若者、そして女性層も多数いたことだけは付け加えておこう。


  ***


「はーいみなさーん! まだまだいっぱいありますからねー! 慌てないでーっ!」


 カレーの模擬店で一生懸命お皿にルーをかけている未来みくの横で、くるみがニコニコと客の誘導をしていた。若い男たちが長蛇の列を作っていて、まったく客足が途絶える気配がない。看板には可愛らしい字で「未来カレー」と書いてある。


「俺、これで三杯目!」

「次から値段が三倍になりまーす!」

「えーマジで!?」


 自由経済の正しいルールである。このままだと未来の手首が腱鞘炎になってしまう。


 いっぽう別のところでは、ゆずりはが写真撮影会を行っていた。なぜだか隣には顔を真っ赤にした久遠がもじもじと立っている。


「ゆずちゃんこっち目線くださーい!」

「はいはーい! ほらっ! 久遠ちゃんもっ!」

「ゆ、ゆずっ! 私は恥ずかし死しそうなのだがっ!」

「久遠ちゃんもお願いしまーっす!」

「ひいっ!?」


 パッと見、カメコたちが100人以上は二人を取り囲んでいるだろうか。こういう時、楪の天性のアイドル性が遺憾なく発揮されるのだ。気恥ずかしそうに横でぎこちないポーズを取る和風美人も相当の人気である。


 亜紀乃と士郎はなぜだか子供たちに大人気であった。


「おねえちゃん! さっきぴょーんって飛んでたー!」

「そうだよー! おねえちゃん飛べるんだよー」


 亜紀乃は人形ドールのようなどこか人間離れした顔立ちで、その辺も幼女の琴線に触れるのだろう。さっきからずっと子供たちに囲まれてニコニコしていた。実体化した〇〇キュアみたいに見えるのだろうか。


 その時、士郎の視界に見慣れた痩せぎすの背の高い男が映った。というか、先日からずっと行方を捜していたまさに張本人だった。


「――叶少佐!!」

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