第186話 松花江攻略戦(2)
「何事だッ――!?」
撃破された車輌は、既に車体と砲塔の隙間から
1輌が
その時――
ガァァァァァァン――!!
別の1輌が、またもや突然爆発した。轟音とともに、車体の隙間という隙間から、みるみるうちに黒煙を噴き上げる。
それを見た残りの2輌が、狂ったように車輛を移動させながら自衛のジグザグ走行を試み始めた。
『士郎きゅんッ! さっきの赤目の子供がいるよッ!』
亜紀乃に引き続いて敵陣に突入するため、ちょうど戦車の列を飛び越えた瞬間だったのだ。彼女はたまたま残存する2輌のうちの1輌に乗っかっていて、砲塔上部から戦車の下部を見下ろしている。
それにつられて士郎がその戦車を注視した。いた――!
灼眼の子たちが数人、まるでトカゲが這うように戦車の足許に取り付き、そのまま車体下部にするするっと消えていった。マズい――!!
「ゆずッ! 降りろッ!!」
その言葉に気付いたのか、
刹那――
グワンッ――――!!
大音響とともに激しい衝撃が辺りを襲う。戦車を中心に、白い波紋が同心円状にブワッと拡散する。凄まじい衝撃波が、大気を可視化した瞬間だった。戦車がこと切れたように沈黙する。
「クソッ!! 自殺兵かッ!?」
99式は車体底部の装甲が薄い。それでも普通の地雷程度ならばビクともしないのだが、だとするとあれは恐らく指向性白
『士郎――聞こえるか!?』
唐突に久遠から無線が入る。
「久遠かっ? どうした!!」
『今まだ橋の橋脚部分にいるんだが……さっきの赤目の子たちが……』
「なんだッ!?」
『――橋の底部にビッシリ貼り付いてるぞ!』
それを聞いた瞬間、士郎はゾワワッ――と言い知れぬ恐怖を覚えた。
あの子供たちは一体何なんだ!?
いや、敵の生体兵器であることは先刻承知している。叶少佐によると、恐らく何も知らない子供たちに、例の「YAP遺伝子」を無理やり植え付け、何らかの人体改造を施されているのだ。しかも、単なる遺伝子変異ではない――何かの生物と遺伝子交配され、キメラ化されているのではないだろうか……!?
さらには、先ほどのように自ら進んで死にに行くなど、尋常ではない。あるいは認知機能に何らかの細工を施されているのか!?
だとすると、それを組織的に行っている敵の行為は、まさに悪魔の所業ではないか!
『
森崎から確認の連絡が入る。最初の
「――あぁ、やってください。どのみちまたドロドロに溶けていくんでしょうが、それまでにこっちが何人やられるか分かったものじゃない」
『了解』
遣り取りを聞いていた楊大校が割って入る。
「石動中尉、あれはいったい――!?」
「御国の生体兵器ですよ……最初子供だと思って躊躇ったら痛い目を見ました。時間が経つと勝手に崩壊しますが、それまでは極めて危険な存在です」
「……崩壊?」
「身体が溶けてバラバラになるのです……そりゃあ酷い有様ですよ」
楊は衝撃を受ける。途中で見たあの無残な遺体……この赤目の子供たちが、その正体だったというのか。しかも中尉によると、それは我々中国側の生体兵器だという。
こんなことをするのは一人しかいない――!
「中尉、犯人に心当たりがあります」
「え……?」
「
「李軍!? あの分子生物学者の李先生ですか!?」
突然割って入ったのは叶元尚である。相変わらず、神出鬼没だ。
「し、少佐……今は来ちゃ駄目だって申しあげたじゃないですか!……今までいったいどこに――」
「ん? そりゃあ勿論、中国軍のAPCに便乗させてもらっていたよ」
「はぁ?」
叶の背中越しに、一台のAPCから何人かの中国兵が苦笑いしながら顔を出していた。どうやら定員オーバーで無理やり乗り込んでいたらしい。まったく、途中で撃破されていたらどうするつもりだったのだ。この人の頭脳は国家の財産なのだぞ――!
『皆さん! お話は後で――まずは対処が先です』
森崎から入電する。
ハッとして士郎が周囲をぐるりと見回すと、ドロイドたちが既に辺りに展開していた。
灼眼の子らは、やはりトカゲのようにスルスルと路面を這い寄って、次々に手近にある戦車や装甲車、APCに取り付こうとしていた。
乗車していた中国兵の一人が、ヒッと顔を引きつらせて銃を向ける。だが、やはりその外見に騙されて、引き金を引くことを一瞬ためらってしまう。その隙を逃さず、子供の一人がいきなりその中国兵の頭に抱きついたかと思うと、ベッと唾液様のものを吐き出した。途端――
「ギャァァァァッ!!」
ものすごい絶叫を上げて中国兵が自分の顔を両手で覆った。その隙間から、濛々と白煙のような蒸気のようなものが噴き上がる。直後、指の間から突然大量の血と肉片が溢れ出した。
「――と……溶かされている!?」
子供が口から吐き出したのは、恐らく強酸性と思われる黄色い粘液だった。それをまともに顔面に喰らった兵士が、シューシューと湯気を噴き出しながら身もだえる。やがて――
ショック状態に陥ったと思われるその兵士が、その場にドウと倒れ込んだ。顔面が、半分白骨化していた。
「全員ッ! 子供たちに気を付けろ!! 強酸性の毒液を吐くぞ!!」
白燐弾じゃなかったのか! 子供たちは、その口から出す粘液で戦車底部の装甲を溶かし、その気化熱で中の弾薬が誘爆したのだ。一体どんな人体改造を施したらこんなことになるんだ……!?
たまりかねたドロイドたちが、容赦のない攻撃を始めた。
彼女たちの右手に埋め込まれた大口径の機関砲弾が、灼眼の子供たちを片っ端から狙撃する。いっぽう子供たちも負けじとドロイドたちに組み付き、その溶液を果敢に吹きかける。
砲弾が当たれば子供たちは木っ端微塵に吹き飛ぶし、強酸性の粘液はドロイドたちの複合装甲を容赦なく溶かし出す。
ドロイド対異形の、容赦のない白兵戦が、何の前触れもなく始まっていた。
するとそこに、今度は橋の
「ミサイル! 全員退避ィーーッ!!」
中国兵の小隊長らしき人物が大声で叫ぶ。だが、一瞬間に合わず、1輌のAPCが直撃弾を受ける。その瞬間、APCは大爆発を起こし、積み荷の兵士もろとも猛烈な炎に包まれた。
中から数人の兵士が火だるまになりながら飛び出てくる。いずれも二、三歩進まないうちに力尽き、その場に倒れ込んだ。
いっぽう田渕たち日本軍兵士たちは、対誘導弾チャフポッドをすかさず点火する。
シュバババババッ――!
と勢いよく噴き出したクラスター弾が上空で相次いで爆発し、大量のアルミ片をぶちまけた。その瞬間飛び込んできた誘導弾が、目標を誤認して空中で爆発する。ゴオオオォォォツ――と熱気が噴きつけるが、なんとか至近弾で済んだようだ。
「くるみッ! ゆずッ! ここはいいから、亜紀乃と合流して対岸の敵を叩いてくれッ!」
「「了解ッ!!」」
二人が離脱していった。
「大尉ッ! 一気に押し潰しますッ!!」
「分かりましたッ! あと180秒くださいッ!」
えらく詳細な時間設定だな、と思った。
「180秒――?」
「形象崩壊までの、予測時間です!」
さすが森崎だった。最初の会敵から子供たちの行動可能時間を既にシミュレーションしていたのだ。
だが――あと3分間か。
その時間を耐え
「楊大校! 子供たちはあと3分弱で形象崩壊します! それまで何とか凌いでくださいッ!」
「承知した!」
もはや戦場は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
降り注ぐ誘導弾。橋上のあちこちで繰り広げられる凄惨な白兵戦。
日中合同軍の兵士たちはもちろんのこと、それと対峙する灼眼の子供たちは、どちらも血みどろとなり、あちこちで殺し合いが展開されていた。
撃ち、刺し、切りつけ、突き飛ばし、殴り、蹴り、燃やし、奪い、奪われる――
もはや男も女も関係ない。大人も子供も、人間もドロイドも区別なかった。ただそこには敵意と憎悪が渦巻き、ケダモノのような生存本能と張り裂けそうな殺意が交錯する。
なぜ――お前たちは殺し合うのだと問われたら、ここにいる誰もが迷わず「殺されないためだ」と即答するだろう。
灼眼の子供たちは、確かにほんの少し前までただの無辜の子供だった。だが現実問題として今まさに誰かの命を奪いに来ている以上、子供だろうが何だろうが容赦なく無力化するしかないではないか。それに、彼らがどのみちあと数十秒の命なのであればなおさら、早くその呪われた運命を終わらせてやるのもまた、目の前の現実的な対症療法としては間違っていないのだ。
悪いのはその李軍とかいう狂気の科学者だ。士郎たちは、灼眼の子供たちを銃剣で突き刺しながら、李軍という男への怒りを
「まもなく――形象崩壊します」
森崎が告げた瞬間、複数の子供たちがズルっとその身体を崩壊させ始めた。最初の時と同じだ――
ある者は立ったままその内臓を腹から零れさせ、またある者は首の付け根からゴロンと頭部が転げ落ちた。それを皮切りに、橋のあちこちで子供たちの身体がボロボロと崩れ落ち始める。
それはまさに、地獄のような光景であった。
だが、それまで「劣勢」とは言わないまでも、次々に湧いて出てくる子供たちに手を焼いていた兵士たちは、彼らが突如としてあちこちでドロドロに溶け始めたことでようやく戦場を支配し始める。
「今のうちだッ! 態勢を立て直し、橋を渡り切るんだ!」
士郎が号令すると、日本軍歩兵たちが弾かれるように走り出した。
それに触発され、中国軍歩兵たちも後に続く。
「進めェー! 遅れを取るなァァァァッ!」
楊が叫ぶ。ウォォォ――と
辺りには、焼け焦げてひっくり返ったAPCが何輌もその残骸を晒していた。兵士たちはその横をすり抜け、ドロドロに溶けて肉片と化した子供たちの遺体の上を、何度も何度も飛び越えていく。ほどなく、先頭で擱座炎上している戦車の横を、決死の形相の兵たちが次々に通り過ぎていった。ここから先は一切の遮蔽物がない。今、北袂から一斉掃射されたらひとたまりもないだろう。
士郎とドロイドたちが、擱座した戦車の代わりに自らを盾とするべく最前列で横一線に並んで走る。それを見た中国兵たちが、なにくそと追い
途中、未だ健在の何体かの赤目の子供たちが行く手を遮るように路上で待ち構えていたが、それらはすべてドロイドたちが走りながら正確な狙撃で射殺していった。兵士たちは、それを横目にさらに走り続ける。
残りあと数百メートル、というところで何発かの誘導弾が降ってきた。すかさず日本軍歩兵たちがチャフランチャーを撃ち出し、これを攪乱する。正確な進路を失った数発の誘導弾が、やはり空中で爆発し、激しい破片を地上に撒き散らし、凄まじい熱風を地面に叩きつけた。その都度兵士たちは地面にスライディングし、その身を低くして爆風をやり過ごす。
ドロイドを除く全員が、肩で息をしていた。気が付くと部隊は、橋の北袂に辿り着いていた。やはり最初に亜紀乃が小火器を潰しておいてくれたおかげで、猛烈な銃撃がなかったのが幸いであった。何人かの兵は途中で倒れたが、大半は無事に辿り着いたようだ。
ふと見ると――そこでは先行したオメガたちが、容赦のない制圧を繰り広げていた。
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