第86話 二股疑惑
オメガ専用隊舎のリビングは、食事も摂れるようになっていた。ボタン一つでソファーセットがダイニングテーブルに入れ替わるのだ。
駐屯地には食堂棟もあって、一般隊員は当然そこで喫食するのだが、オメガは特別扱いで、任意に専用隊舎内で食事を楽しむことができる。
今朝は士郎も入居したということで、専用隊舎でみんなが朝食を摂る約束だった。食事当番は久瀬亜紀乃。昨日のあみだくじで決まった担当だ。
「みなさん、おはようございますなのです」
エプロン姿の亜紀乃がダイニングと化したいつもの共用スペースで待ち構えていた。
テーブルには、たっぷりの野菜サラダとBLTサンド。そして、ほかほかと湯気を湛えるクラムチャウダーが用意されていた。
「わー! おいしそーっ!!」
続いて入ってきたのは
すると、廊下の向こうから話し声が近づいてきた。「よせっ……離れろっ」「……いいじゃないか……何の遠慮がある?」などと途切れ途切れに小声が聞こえてくる。
敏感に反応したのはくるみだった。くわっと身体を出入り口に向け、二人を待ち構える。
ほどなく、士郎と
「お、おはよう」士郎が遠慮がちにみんなに声を掛ける。
「おはようなのだ」久遠も
「ち、ちょっと……! 久遠ちゃん何ですか朝っぱらから!」
くるみが今にも飛び掛からんばかりの体勢で身構える。
久遠の腕は、しっかりと士郎に絡みついていた。
「ず……随分親しげなご様子ですね」
くるみが肩をふるふると震わせながら鋭い視線を送る。
「……そ、そうか? 確かにちょっと久遠の距離はちか――」
「当たり前だろう!? 一夜を共にしたのだ……まぁ、士郎の方はまだ少し慣れてないみたいだが」
士郎の言葉に被せるように、久遠が迎えうつ。
「ま、まぁ――!? 私だって、昨夜は士郎さんとすっかり仲良くさせていただきましたので、あなたが無駄に張り合いたい気持ちも分からないではないですけど……!」
途端に、士郎の脳裏には昨日の入浴タイムが鮮やかに蘇る。くるみの豊満な肢体。とりわけあの素晴らしくたわわに実った膨らみは、忘れようにも忘れられない眼福だったが――。
「くるみの場合は見せただけではないか……私は違うぞ? どうやら士郎は程よいサイズがお好みだったようだ。それに……あんなに一点集中攻撃をされたから今でも少し疼いて――」
そう言うと久遠は両手で自分の胸を鷲掴みにし、うっとりとしながら人差し指と中指で胸の突起を挟むような仕草をする。
「くっ! 久遠っ!? 何言って――」
「あらぁ!? 私なんか情熱的に抱き締められて身体中こねくり回された挙句、何度も何度も――」
「おいっ! ちょっと待てくるみ!!」
いくら何でもそれは盛り過ぎだ。確かに風呂場でのくるみは全身の血管が破裂するかのような刺激を与えてくれたが、俺は早々にのぼせて気絶してしまったのだ。くるみとの身体接触はほとんどなかった筈だ。
「――俺、昨日そんなことしたか?」
「そうだぞくるみ。士郎はあのあとずっと私の部屋にいたのだ。そのまま深夜まで何度も何度も求められたのは私の方で――」
「久遠ちゃん何言ってるんですか? 士郎さんは昨夜もう一度私の部屋に来て、寝ている私の服を剥ぎ取って……んもぅ……何を言わせるのですか////」
くるみは大真面目に反論してきた。今やその顔は真っ赤で、とても話を盛っているようには見えない。
とすると、まさか俺は久遠と濃厚な遣り取りをしながら、くるみの部屋にも侵入して彼女を弄んでいたというのか――!?
「そんなこと出来るわけないではないか! 士郎は明け方まで寝かせてくれなかったのだぞ!? もう途中で回数数えるの止めたくらいだからな!」
「久遠ちゃんこそ夢でも見ていたんじゃないんですかっ!? 士郎さんたらあんな恰好やこんな格好で……結局士郎さんが部屋から出て行ったのは結構真夜中でしたわっ」
「士郎っ? 本当なのか!? 私の身体を味わった後、くるみのところにも行ったのか!?」
「士郎さんっ! 何とか言ってください! 私のこと、あんなに求めてきたじゃないですかっ」
え!! えぇぇぇーーーっ!???
どうも二人の話の辻褄が合わない。久遠もくるみも、士郎は自分の部屋にいたという。それどころか、二人の口ぶりからどうやら自分は彼女たちとかなり親密な関係を築いたようなのだ。
確かに今朝は久遠の部屋で起きて、そのままの意識を保ったままこのダイニングまで来たから、久遠が言っていることの方が自分的には納得がいく。実際、彼女の身体には行為の痕跡がくっきりと残っていたし、匂いだって……確かに特有の淫靡な感じだった。
だが、よく考えたら目覚めるまでの記憶が非常に曖昧なのも事実なのだ。二人とも、士郎と「関係を持った」という言い方をしているが、残念ながら自分にはその記憶がまったくないのだ。
あるとすれば……「夢」だ。
自分の夢の中では、確かにくるみとも久遠ともかなり激しく求めあった記憶がある。むしろその記憶は現実の認識よりもよほどリアルで、今でもその時の二人の肌の感触とか匂い、感情など、事細かに思い出すことができる。彼女たちの言っているシチュエーションも、むしろ士郎の夢の中での出来事の方が辻褄が合うくらいだ。
『――ほう! それは極めて面白い現象だね』
突如として天井スピーカーから声が聞こえてきた。この声は……叶少佐?
その場にいた全員がびっくりして天井を見上げる。
『いや、実に興味深い! それはもしかすると
二人の女性の寝所を行ったり来たりしてその身体をそれぞれ弄んだ、という嫌疑を迂闊にもかけられてしまった士郎は、少佐の言葉に飛びついた。
「しょ、少佐っ! いったい自分は何をしたんでありますかっ!?」
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