第79話 青い瞳の真実
「これが、オメガたちの本来の姿なんだよ」
研究室のソファに士郎と
叶はおもむろに口を開いた。
「
「――ど、どういうことでしょうか」
「いろんな報告が上がっているんだよ。いわく、神代
「ちょ、ちょっと待ってください。順を追って説明してもらえませんか……その、何がどう鍵なのか、小官にはさっぱり――」
「あ、あぁ! すまんすまん……ついに君と直接話ができると思って興奮してしまったようだ。まずは一般的なオメガのことから話した方が分かりやすいかもしれん」
まぁまぁゆっくりしたまえ、と言いながら叶は水出しコーヒーを士郎の前に差し出した。ふわり、とコクのある芳醇な香りが漂う。
相変わらずその表情は陰鬱で、少しだけ狂気のような空気を溜めているような気がするいっぽうで「かざりちゃんはもうちょっと待っててねー」などと猫なで声を出している。どうもこの男の性格が読み取れないが、少なくともオメガに対する愛情、は抱いているように見えた。
「まずは石動君。この病棟のオメガたちを見てどう思ったかね」
「……はぁ、みんな病気で苦しんでいるように見受けられます。非常に……痛ましいです……」
「そうだろう? 君の知っているオメガとはえらい違いだと思わないかい?」
「そうですね……実験小隊の子たちはみんな元気、というか、極めて高い戦闘力を有していて……特にその……
士郎は、あらためて小隊の彼女たちを思い起こす。
蒼流
西野
神代
そして隣に座る
「――今君が頭に思い浮かべた6人のオメガ……元気なのは今のところ彼女たちだけだ」
「……え……?」
「わが国で現在確認されているオメガは全部で60人ほどいるのだが、小隊の6人を除き、残りは全員瀕死の重体か、既に亡くなった子も多い」
「……なんで――」
「なんで、と思うかい?
まず第一に――これは君も知っての通り、彼女たちは皆DNAが著しく変異している。
本来これは放射能の影響によるものだ、と私は見ている。なぜならほとんどのオメガは、放射能汚染著しい
「……それは……極めて順当な推測だと思います」
「オメガはそんな場所で生身のまま暮らしていた……放射能を無害化する放射能コーディング遺伝子を持っていたからに他ならない」
「……はい……」
「問題は、そんな規格外の遺伝子変異を発症した人間は、どこかで全体のバランスを崩してしまう、ということだ」
「……」
「……つまり、普通の子は自分の身体の変化についていけないんだよ」
だから……広瀬
「……そう、だから繭ちゃんはある時を境に全身性エリテマトーデスを発症した。自分の身体の免疫システムを自分自身で破壊し、正常な細胞を攻撃してしまう自己免疫性疾患だよ」
士郎は、彼女の背中に広がる黒紫色の皮膚を思い返す。あれは表皮細胞が壊死し、身体に定着しなかったということか。両脚も、ボロボロと崩れていったせいで切断せざるを得なかった、ということか。
「先ほどの病室の彼女だって、最初はゆずちゃんと同じように恣意的に細胞分裂を制御できていたんだ。ところがある日突然、形態変化を元に戻せなくなった。アクセル遺伝子が暴走してね……」
「――では小隊のオメガたちはなぜ無事なんです? だって――」
「それが分かれば苦労しないさ。ただ一つ言えるのは……」
士郎は息を飲む。すると叶は突然頬を緩めて
「あ、かざりちゃんクッキー食べる?」
「わーい」
士郎は、自分が気負い過ぎていることに気付いてふぅーっ、と溜息をついた。知らず握りしめていた椅子の肘掛けから掌を離す。
「――一つ言えるのは、元気なオメガたちは皆一様に身体能力がずば抜けていることだ。ここにいるかざりちゃんにしろ、他のくるみちゃんや久遠ちゃんや亜紀乃ちゃん、未来ちゃんにしろ、みんな常人とは思えない凄まじいフィジカルを持っている」
そのことに士郎はまったく異論ない。時速100キロ近くで走ったり、数十メートルの高さまで簡単に跳躍したり、重さ数十キロの物体を物凄いスピードで
「君は、彼女たちが健康体を維持していることと桁違いのフィジカルを持っていることに、何らかの相関性があるとは思わないかね」
「!」
言われてみればその通りだ。ただ、これについては『卵が先か、鶏が先か』という問題でもある。健康体だからフィジカルが強いのか、フィジカルが強いから健康体なのか……。
「――君は、オメガの瞳がなぜ青白く光っているのか、理由を知っているかい?」
「あ! いえ……残念ながら……」
この話は、以前新見少尉にも訊ねたことがある。彼女は知らない、と言っていた。
――そうか。あの時彼女が「詳しい人がいるから聞いてみたらいい」といっていたのは、もしかしてこの叶少佐のことだったのだろうか。
「あの光はね……私は〈チェレンコフ光〉の一種だと思っている」
「チェレンコフ光……?」
「普通の人間で、この光を見たものは誰もいない……なぜなら、この光が放たれるときは『死』を意味するからだ」
「……すみません……小官は原子物理学をやっておりませんので――」
「あー、すまんすまん。分かりやすく言うとだな……荷電粒子が光速レベルで移動――すなわち、核分裂反応が臨界状態に至った際に、水中を透過する時にのみ発せられる光のことを〈チェレンコフ光〉と言うのだよ」
「ねぇねぇ先生ぇー、わたし、先生の言ってることまったく分かんない」
「おぉーかざりちゃんゴメンねぇ! つまりね、この青い光ってのは、核爆弾が爆発するときだけにぴかーって光るものだって思っとけばいいんだよ」
――かなり適当な例えだというのは士郎にも分かったが、この際ニュアンスで切り抜けよう。
「えっ? じゃあわたしの目、かなり危ない感じ?」
「あはは、そういうわけじゃない。かざりちゃん、人間の目ってのは何で出来ているかわかるかい?」
「え、んと……肉?」
文のお陰でこの緊迫した会話が馬鹿話に聞こえてくるから不思議だ。士郎は少し平常心を取り戻す。叶が彼女のお馬鹿な返答を意に介していないのも大したものだ。
「人間の眼球というのはね、硝子体というもので出来ていて、これはほとんど水分なんだ」
「ふんふん」
「チェレンコフ光というのは水を透過した時のみ発生する――つまり、オメガの体内には一定量の放射線が蓄積されていて、それが臨界状態と同じように放出される様が、水分をたっぷり含んだ眼球を通して見えている現象じゃないかと思うんだ」
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