第40話 未来と士郎

 あたふたと立ち上がって〈飛竜〉の開け放たれた降下扉の横に設置してあるコーヒーポットのところへ向かう士郎の後ろ姿を見つめながら、神代未来みくはバクバク動く心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。


 あんな質問をいきなりしてくるなんて……ずるい。


 なぜ自分を助けたかだって……? 

 そんなもの、答えは決まっている。



 未来にとって、士郎は特別だ。


 数週間前、彼の意識と同調して、彼の精神と一体化したあの瞬間から、石動いするぎ士郎は神代未来であり、自分の一部なのだ。


 60年以上前に隠れ住んでいた山小屋で初めて出会い、その後十数年を共に暮らした伊織とその家族。

 その後「隠れ里」に移り住んで共に暮らした人々。

 さらには、陸軍研究所で一緒になった蒼流久遠や他のオメガたち。

 未来の人生には、今まで多くの人たちが関わってきたが、士郎はその誰とも違う。


 それはまるで……未来の心の隙間を埋める存在なのだ。



 そもそもなんであの時、士郎と精神共鳴したのか、その理由は未来自身にも分からなかったが、駆け付けた戦場で初めて士郎に出逢い、彼を護り抜いた時、未来は自分が失くしていた心のパーツを取り戻したような気がしたのだ。


 実際あの時、未来は士郎に初めて逢ったような気がしなかった。

 どこか懐かしい、自分がずっと大切にしていたものに再会したような気持ち。


 その後数週間を一緒に過ごし、何度も戦場を共にしたが、日に日に自分の思いは大きくなっていくばかりだ。

 最近は、敵の銃火をくぐる士郎が心配で仕方がない。


 だからこそ、先ほどの士郎の質問には答えられないのだ。

 何か言えば、変な風に誤解されるかもしれないし……。


 とにかく、理屈じゃないのだ。

 こっちこそ、なぜ自分がここまで士郎を気にしてしまうようになったのか、教えてほしいくらいなのだ。


その時――。


「お待たせ! どうぞ」

「ひっ!」


 突然士郎が目の前に立ってマグカップを突き出してきたものだから、未来は思わず手を振り払ってしまった。

 ガシャン、とカップが吹き飛んで中のコーヒーが盛大に撒き散らされる。


「ぅあっちちち!」


 熱々のコーヒーが士郎の胸からお腹にかけて降りかかる。


「きゃー! ごめんなさいッ!」

「ひぃいいっ!」


 士郎が慌てて服を脱ごうとする。

 もともと士郎は防爆スーツの上半身を脱いで腰に巻き付けていたから、軍用Tシャツを着ていただけである。

 両手を裾にクロスさせて一気に腹からたくし上げる。


 その瞬間――。


 未来の視線はある一点を凝視する。

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