第39話 士郎と未来

 輸送トラック隊の到着に、あと二時間くらいかかるという連絡が来たため、士郎たちは〈飛竜〉の傍に何か所かの大きな焚火を設けていた。

 陽もだいぶ横に傾き、だんだんと肌寒く感じられるようになっていたからである。

 保護女性たちも、三々五々それら焚火の周りに場所を移し、今は毛布にくるまりながら横になったりうずくまったりして休んでいた。



 士郎もそんな焚火のひとつに、神代未来みくと一緒に座って暖を取っていた。

 そろそろ女性たちの身の回りの世話も一段落つき、大休止の号令を出していたところだったのである。


「未来……今日はその……ありがとう」


 士郎はあらためて、横に並んで体育座りしている未来に声をかける。

 気恥ずかしいので、視線はまっすぐ火の方に向けたままだ。

 そんな士郎を横目で覗き込みながら、未来が悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「……どうしたんですか石動いするぎ少尉……そんなにあらたまって」


 今の未来は、隊舎にいる時のおどおどした未来と、戦場で戦乙女ヴァルキリーのように駆け回る悪鬼のような未来の、ちょうど中間のような雰囲気だ。

 戦闘が終わって周囲を制圧したとはいえ、まだ敵地であることには間違いないから、半分だけ戦闘モードといったところか。

 これでちょうど普通の女の子のような感じだ。


「いや……なんというか……今日はちゃんと助けるべき人を助けられたから……」


 士郎の言葉は、本当であり、嘘でもある。

 正直なところ新見少尉から、未来が執心しているのは自分なのだと教えられて以来、神代未来のことが気になってしょうがなくなっていた。

 今こうやって彼女に声をかけている理由の半分以上は、そっちの方にあるのかもしれない。



「あのさ……教えてほしいことがあるんだけど……」


 士郎は何よりも気にかかっていることを思い切って質問してみることにする。

 未来はその透き通るように青白く光る瞳で先ほどからずっと士郎を見つめていた。

 黙っているのは「聞いても構わない」という肯定の意味だと受け止める。


「……なんで最初に俺を助けようと思ったの?」


 焚火の炎が、未来の艶やかな銀髪に反射して、彼女の美しい輪郭を描き出す。

 頬が幾分赤らんだように見えたのは、きっと焚火のせいだ。


「……それは……」


 まるで予想外の質問を不意に投げつけられたかのように、未来が視線を泳がせた。

 一呼吸空けて、言葉を継ぐ。


「……さぁ……なんで、でしょうね……」


 炙られた薪がパチンっ、と爆ぜる。

 風が吹きつけて、焚火の熱風が一瞬二人を襲った。

 一緒に巻き上げられた火煤が中空に舞う。


「なんか……顔が火照っちゃった……」


 そう言うと未来は、両手を頬に当てると揃えた両ひざの間に顔を落とし、俯いてしまった。

 銀髪がサラリと前に流れて、赤くなった耳朶じだが覗く。

 鎧のような防弾装甲を外して、身体にピッタリとフィットした防爆スーツだけを着ている未来の肩は、びっくりするほど華奢だった。


 沈黙が流れる。

 士郎は、何かまずいことでも聞いてしまったかと心の中で大いに焦る。



「あ! そうだ……コ、コーヒー……入れてくるよ!」


 そう言うと、士郎は慌てて立ち上がった。

 本当はコーヒーなんてどうでもよくて、ただ単にこの緊張感に耐えられなかったのである。


 おかしい……おかしいぞ……俺は何を意識しているんだ……。

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