第29話 共犯者

 一瞬、士郎は自分の目を疑う。


 ――命令の意図が分からない。


 確かに今日の出撃前、士郎たちは〈甲型弾〉なるライフル用の弾薬を支給された。

 その時は、どうせまた何かの試作品だろうくらいにしか受け止めていなかったのである。

 「実験小隊」にはよくあることだ。

 さまざまな新兵器や武装の開発、実戦でのテスト運用……。


 だがこの命令は何だ?

 士郎たちが考える「保護対象者」とはすなわち「非武装の」民間人に他ならない。

 特に今回の襲撃目標〈収容所〉には、未確認情報ではあるが、大陸各所で武装集団が行っていると噂される「民族浄化」の被害者たちが大勢監禁されているという。

 ならばそこには、拉致連行されてきた多くの女性たちがいる筈だ。もちろん無垢の被害者たちだ。


 この命令文をそのまま字面通りに受け止めれば、これら「被害者たち」を、今回の強襲作戦では士郎たちが率先して射殺しろ、と言っているのだ。

 なんだこの馬鹿げた命令は……。



 確かに今までも、オメガたちは襲撃対象エリアにいる人間を根絶やしにしてきた。

 武器を持って抵抗してくるテロリストや民兵たちはまだしも、「たまたま」そこにいた民間人も、女も子供も――まさに皆殺しだった。

 士郎たちはそんな現場にいて、そんな状況を目の当たりにしながらも、それでも「軍人として」疑問を必死に押し殺して今までやってきたのだ。


 すべては機密保持のためだ。

 オメガ部隊という、圧倒的な戦闘力を誇る我が軍の切り札が、まだ「未完成」なのだ。

 そのための〈実験小隊〉であり、そのための「戦闘テスト」なのだと言い聞かせて。


 ……そうか。そういうことか。


 士郎ははたと思い当たる。

 四ノ宮少佐だ。

 「貴様たちを本当は見捨てるつもりだったのだ……」という彼女の言葉が記憶の底から甦る。


 少佐にとっての最優先事項とは何だ?


 それは、言うまでもなく「秘密裡にオメガ小隊の戦闘実験を成功させること」に他ならない。

 ならば今、士郎たちが小隊の戦闘要員として加わったことで……。


 「貴様たちも手を汚せ」ということなのだ――。



 傍観者ではなく、オメガたちと同じように血にまみれ、「共犯者」となること。

 そうすれば、たとえこの先士郎たちがオメガ部隊と関わりがなくなったとしても、この〈実験小隊〉での出来事を自ら語ることは、万に一つもないだろう。

 士郎たちは、戦場での自らの行動を胸に仕舞い込み、その口を永遠に閉じるしかないのだ。


 なぜ少佐が士郎たちを支援部隊ではなく、戦闘要員としてオメガ小隊に編入したのか、今ようやくその真意を理解する。


 四ノ宮東子は、恐ろしいほどの現実主義者リアリストであり、実際主義者プラグマティストなのだ。

 だが、ここまで分かっていても、士郎たち軍人には「命令に背く」という選択肢はない。

 そのように身体に叩き込まれているし、そのように思考するよう「戦闘前カウンセリング」で〈論理調定ロジックアジャスト〉されているのだ。


 士郎は、暗鬱たる気持ちになりながら、間近に迫ってきた襲撃目標の方へと視線を戻した。

 目の前に、灰色の大壁がみるみる迫ってくる。


『目標施設まであと300メートル』


 田渕軍曹の冷静な声色がインカムを通じて士郎の耳に飛び込んできた。

 士郎は感嘆せざるを得ない。

 田渕も、士郎と同時に同じ命令文を受け取っているのだ。


 その落ち着いた口調が、「大人になれ」と士郎に諭しているかのようであった。

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