第30話 突入開始
襲撃行動は、いつもと同じように始まった。
目標の手前約100メートルで、襲撃部隊はそれまでの突進を嘘のようにピタリと停止し、日の出前の薄暗がりが拡がる大地に全員が身を潜めた。
すべてのノイズが掻き消える。
すると突然〈飛竜〉からの俯瞰映像が各自のバイザーシールドに同期を始めた。
ネットワーク封鎖解除の合図だ。
上空からの映像は、施設が正五角形の防壁で囲まれていることを映し出していた。
その形状はまるで、どこかの国の国防総省を思わせた。もちろん規模は比べるべくもなく、一辺はおよそ100メートルといったところか。
五つの頂点部分にはそれぞれ小さな監視哨が設けられており、そこから死角なく敷地内を見渡せるようになっている。
壁の内側には平屋建ての粗末な木造長屋があちこちに造られていて、そこから少し離れたところには二階建てのプレハブのような四角い建物がいくつか建っていた。
空き地部分には、かなりの数の軍用トラックやSUVが無秩序に停まっていて、ちらほらと人が歩く姿も確認できる。
すべてが事前の偵察映像通りであった。
士郎は粗末な木造長屋にフォーカスを合わせ、眼球操作でそれを拡大表示する。
すると長屋の軒下からは、ところどころぼんやりとした灯りが漏れ、中に複数の人がいることを窺わせた。
拉致されてきた被害女性たちは、きっとあそこにいるに違いない。明け方だけあって灯りの数は少なめだが、少なくともあの灯りのついた部屋にいる女性たちは、夜通し慰み者になっているということなのだろう。
嫌悪感がふつふつと沸き立ってくる。
ならば、その悪夢を一刻も早く終わらせてやるのも、もしかしたら慈悲なのかもしれない。
無理やりの理由付けだとは分かっているが、どのみちオメガがこの収容所内に突入したが最後、誰の命も助からないのだ。
だったら自分たち軍人の手で、可能な限り痛みを感じさせないように一瞬で終わらせてやろう。
士郎は、インカムでデルタチームに呼び掛ける。
『みんな、分かっているな』
『せめてもの情けです』田渕が応じる。
『俺も小隊長と同じ気持ちですよ』各務原が答える。
『
『C2よりノルン・デルタおよびノルン・オメガへ通達――
これが〈攻撃開始〉の合図だった。
最初に飛び出したのはオメガ5、
片膝を立てた姿勢から、一瞬にして着ていた防弾装甲、そして防爆スーツをパージする。
すると――そこには誰もいなくなった。
一瞬後、さきほどまで確かに久遠がいた筈の場所が「ゆらめいた」かと思うと、ビュンッと風切り音がして気配が消える。
これこそが、蒼流久遠――コードネーム〈デビルフィッシュ〉――のゲノム変異能力だった。
彼女のDNA変異は「色素胞」を持っていることだ。
これは、
つまり彼女は自らを周囲の色に自在に同化させることで周りの目を
ある種の「光学迷彩」といったほうが分かりやすいかもしれない。
だから着ていた服をすべてパージしたのは、彼女が「裸」になるためなのだ。
服を着ていては意味がないから。
もちろん、本当に全裸になったわけではない。全身にぴったりとフィットした、透明素材のアンダーウエアだけは着込んでいる。
だから先ほど彼女がいた筈の場所が「ゆらめいた」のは、実際には本人はそこに居て、ただ皮膚――彼女の場合は「髪」もだ――の色を周囲に同化させただけの、目の錯覚だ。
だが、襲撃行動の場合こうした能力は想像以上に効果を発揮する。
何しろ監視の目を欺けるのだ。
つまり、最初に飛び出した久遠の役割は、五か所の監視哨に「
ほどなく、手前の監視哨から大光量のストロボフラッシュのような閃光がカチカチッと瞬く。
すべての監視哨を無力化した合図だ。一周少なくとも500メートルはある外壁を伝い走り、五か所の監視哨で各々最低一名ないし二名の見張りをすべて
ちなみにこの閃光も、久遠の色素胞によって発せられている光だ。
その合図を受けて、強襲部隊は一斉に〈収容所〉目掛けて突進を開始する。
士郎たちは空中機動舟艇のアクセルを全開にした。
オメガたちは走り出し、その驚異的な身体能力であっという間に〈収容所〉の外壁に取り着くと、全員がそれを難なく飛び越える。
ちなみに壁の高さはおよそ4メートルだ。
士郎たちは、外壁の直前で舟艇のフロントホバーを全開にしてカウンターをかます。
ドゥッと外壁にジェット噴流が叩きつけられ、舟艇がウィリー姿勢になると機体前部が高く持ち上がった。
そのまま彼女たちに追随して壁を飛び越えていく。
インカム越しに
壁に激突しかけたようだ。
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