第4章 策謀

第26話 薄明の強襲作戦

前哨基地コマンドポストからノルン・アルファへ――送れ』

『こちらノルン・アルファ――送れ』

『目標への到着予定時刻ETAに変更はないか』

肯定するアファーマティヴ

了解したテン・フォー――アウト』


 オメガ実験小隊は、オメガ六名と石動士郎をはじめとする戦闘要員ライフルマン四名を乗せたVTOL強襲降下艇で、払暁の大地を超低空飛行で高速移動していた。

 今はステルスモードで飛行しているため、まだ朝日が届かない大地に大陸迷彩の機体が溶け込んで、傍目からはその存在はほとんど誰にも分からなかっただろう。


 先ほどから前哨基地CPに詰める四ノ宮少佐と、降下艇の荷物室カーゴに同乗する新見少尉が無線で遣り取りしている。

 二人の交信は機内ですべてオープンにされ、強襲部隊ノルン・アルファに参加するすべての兵士が情報を共有できるように配慮されていた。


 荷物室内には、操縦ユニットの後部隔壁から機体尾部にかけて、中央部分に魚の背骨のような太いはりが通されている。

 オメガたち六名はその梁の下にちょうど洗濯物をぶら下げるようなかたちで蜘蛛の脚のような懸垂索スリングアームに吊り下げられていた。

 全員がぴったりとした漆黒の防爆スーツに身を包み、首回りから肩、胸にかけてと肘から先、そして膝から下を武骨に覆う中世の騎士の鎧のような防弾装甲を纏っている。

 腰回りにはさまざまなホルスターやガンベルトが巻かれており、全員がちょうどお尻の上にあたる部分に刃渡り三〇センチほどの鋭いコンバットナイフを横刺しにしていた。


 士郎たちはといえば、ちょうど真ん中列のオメガたちを外周から囲うような位置関係で荷物室の外壁に沿うように固定された単座の空中機動舟艇ホバーバイク四機にそれぞれ乗り組んで待機状態である。

 まだ暗い外と同様に荷物室内も殆ど暗闇に包まれており、点々と天井に灯った小さな赤色補助灯がぼんやりとオメガや士郎たちを照らし出していた。



 この垂直離着陸VTOL強襲降下艇――通称「飛竜」――は「艇」と名がついているが、空挺降下エアボーンを前提とした陸軍の大型四発ヘヴィー可変電磁推進機ティルトマグレヴである。

 胴体部分の上方四隅からガルウィング状に突き出したアームの先端に円盤状の電磁浮揚装置が付いていて、その方向角度を任意に変えることで巡行時の高速移動と垂直離着陸VTOL性能を同時確保している。

 この機構ギミックの原理は今から約70年前、21世紀前半に米軍がV―280ヴェイラーという汎用可変回転翼機ティルトローターを就役させて以降、その信頼性の高さから今でも実戦向きとして世界の特殊部隊から愛用されていた。

 ただしその積載容量ペイロードは当時に比べて大幅に向上し、完全装備の一個小隊30名を一気に輸送できる代物に進化していた。


 だから人数の少ないオメガ実験小隊にとっては、この竜の胃袋カーゴはどちらかというと広すぎて持て余すくらいだったのだが、士郎たちが編入されてからは空中機動舟艇を積み込むようになったので、まさにあつらえたようにジャストサイズとなっていた。



「ねえー! その乗り物! もう慣れたぁー?」


 てるてる坊主みたいにぶら下がった月見里やまなしかざりが、悪戯っぽい笑顔を見せながら隣で舟艇に乗り込んでいる各務原かがみはら伍長に話しかけた。


「あー? ばっちりだぜー! 俺、昔からバイク乗ってるからー、こーいうの得意なんだよー!」


 なぜ二人が怒鳴り気味なのかというと、カーゴの中の騒音がうるさいからである。


 降下艇自体は高電圧によって空気中に発生するイオン分子と空気分子との反発力によって推力を生み出す、いわゆる〈イオンドライブ推進〉なので、それ自体からは推進音は一切発生しない。

 ただし超低空飛行しているせいで、地上からの風切り音が半端ないのだ。結局こういう軍用機に「居住性」という概念がまったく欠落しているのは、昔も今も何一つ変わっていないのだった。


「二人ともーっ! おしゃべりはそのくらいにしてねーっ! そろそろスタンバイだよーっ!」


 前方隔壁に背中を付けるように後ろ向きに着座している新見少尉が声を張り上げた。

 同時にカーゴ内の壁面に点灯していた「待機」と表示されていたランプが「準備」に切り替わる。


 それを見て、舟艇に乗った四名が一斉に電磁エンジンを起動した。

 カーゴ内の空気中にパリパリと放電現象が起こる。


 士郎の近くにぶら下がっていた神代かみしろ未来みくがこちらに向かってニッコリと微笑んでくる。

 士郎もそれに応えるように右手をあげ、未来に頷いてみせた。

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