第18話 家族の風景

 今度の戦争が終わったことを伝えるラジオニュースが流れたのは、山が再び色づき始める頃だった。

 だが、独り山小屋に棲んで自給自足だった未来みくには、遠い世界の出来事のようにしか思えなかった。どっちが勝ったかなんてことより、未来にとっては「明日は魚が釣れるかどうか」の方が重要な問題だったのだ。


 この頃から、森を散策していると緑や茶色のまだらの服を着た人たちが数人で歩く姿を見かけるようになった。

 みな銃を肩から下げ、怖そうな顔をして何かを探しているようであった。

 だから未来は、彼らを見かけると思わず隠れるようになった。住処が見つかるのが心配だったから、苦心惨憺して山小屋に通じる道に大きな木の幹を何本も無造作に並べ、道が途絶えているように偽装してみたりした。

 部屋の明かりも漏れないように、内側からしっかり目張りもしてみた。


  ***


 そんな時に不意に現れたのが、夫婦と小さな女の子の三人家族だった。

 外界から完全にカモフラージュしていたはずの山小屋に突然やってきて、なんとか一緒に住まわせてくれと懇願されたのだ。


 およそ二年近く完全に独りで暮らしていた未来にとっては、この予期せぬ来訪は恐るべき事態だった。

 なにより問題だったのは「なぜここに人が住んでいることがバレたのか」という点であった。もとより人見知りの未来は、なによりそのことを気に掛けた。

 そこで彼らの申し出を受ける代わりに、なぜこの場所を知ることができたのか、その理由を答えることを条件としたのである。


 彼らの答えは、明快なようで不明瞭であった。「この子が、この場所を教えてくれたんです」父親が指したのは、その幼い娘だった。未来はあらためてその女の子を見つめる。綺麗にまっすぐ伸びた髪は青く、ぷっくりと膨らんだ頬はまるでお餅のように可愛らしかった。

 そして、その瞳に釘付けになった。彼女の眼はのである。




 一緒に暮らし始めてみると、三人はとても良い人たちであった。

 家族仲はとてもよく、賑やかで穏やかな日々が始まった。

 父親は良く働き、冬ごもりをするために未来と一緒に山に入って薪や木の実を集めてくれた。

 母親は家事一般をあれこれと手伝い、薪風呂を焚いてくれたりもした。独りでいるときは絶対に無理だったから、寒い冬にお風呂に入れるというのは本当にありがたかった。

 伊織いおりちゃん、と呼ばれていた女の子は未来を姉と慕い、いつでも後ろを付いて歩くようになった。

 最初こそ新しい環境に漠然とした不安を抱えていた未来であったが、いつしか四人は家族同然の付き合いをするようになっていた。



 そんなある日、未来は伊織に思い切って質問をぶつけてみることにした。


「なんであなたの目は青く光っているの」


 その質問に、伊織はきょとんとした目で未来を見つめ返す。


「だって……お姉ちゃんも一緒でしょ」



 その時初めて、未来は自らの瞳も青白く発光していることに気が付いた。〈あの日〉以来、自分の姿を鏡に写したことがなかったのである。

 狼狽うろたえた様子の未来を見て、二人を遠巻きに見守っていた夫婦が近寄ってきた。


「未来ちゃん、なんて言っていいかその……」


 父親が、少し困ったような顔をして未来に話しかけてきた。


「きっと君もたくさん辛い思いをしてきたんだろう……?」


 伊織が、未来の袖をギュッと掴む。

 母親が優しく言葉を継いだ。


「私たちに何があったのか、あなたには聞く権利があるわよね」


 そう言って二人は、未来に自分たちの身の上話を語り始めたのだ。

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