第13話 それぞれの正義

「オメガの目は赤いハズだって……? なるほどー。皆さんにはそこから説明しなきゃいけないわけかー。いいわ……かいつまんで説明しておくわね」


 新見少尉はこの秘匿された前哨基地に士郎たちが来て以来数日間、部屋をあてがったり新しい軍服を支給したり、ずっと四人の身の回りの世話をしてくれていた初級将校である。

 士郎とは同階級であったし、しょっちゅう顔を合わせているから他の三人もなんとなく親しみを感じている様子であった。

 実際のところは「身の回りの世話」という建前の裏に、士郎たちの「監視」という任務も密かに負っていたのであろうが、顔見知りが誰もいない部隊の中で、こういう存在が実にありがたかったのは間違いない。


 この日、正式に士郎たちがこの特命中隊に編入されることになったため、晴れて「監視対象」から「仲間」に昇格したわけだ。

 そうなると、いつまでも「何も知らないお客さん」というわけにはいかなくなるのであろう。六人の少女たちの自己紹介が終わったところで、士郎たちは〈オメガ〉に関する基本的な知識を新見少尉から聞かされることになった。



  ***



ヂャン将軍……にわかには信じがたい話ですな」


 禿頭とくとうの小男は、そう言って部屋の真ん中にある楡木ユウムウ製の古い椅子に座り直した。先ほどから目の前のテーブルを、神経質そうに指でコツコツと鳴らしている。


「しかしリー先生、私は兵の報告の後、手勢をやって現地を直接調べさせたのです。……確かに村に残っていた者の遺体は、普通の状態ではなかったと……」


黒霧ヘイウー、ですかな……」


 李先生と呼ばれた小男は、アジア解放統一人民軍の若き軍団長、ヂャン秀英シゥインに慇懃な視線を送った。

 この若造は、いつの間にかこんな暗殺チームみたいな連中を勝手に作っている。いつか自分も寝首を掻かれるかもしれないな、と心の警戒メモに上書き保存しておく。


「えぇ、まぁ。もし本当なら極めて重大なことですので、信頼できる者たちで確認させたのです」


 秀英シゥインは、自分の話を事実として受け止めようとしないこの小男に苛立ち始めていた。

 今は「事実か、否か」ではなく、事実だという前提でこちらはどう動くか、という議論をしたいのである。


「李先生、日本リーベン鬼子グェイズー辟邪ビーシェを実戦投入したのは間違いありません。このままでは、我々の正統性にほころびが出かねません」



 ――アジア解放統一人民軍。


 65年前、我が偉大なる祖国は宿敵美国アメリカの謀略によって戦場に引きずり出され、あまつさえ裏切り者の奸計によって分裂の憂き目に遭った。

 人民の誇りを失い、資本主義の走狗と化した愚か者どもは、勝手に上海に傀儡政権を打ち立て、共産党政府を逆賊と罵って背中から弓を引いたのである。


 その結果が、北京郊外での戦術核の使用だ。美帝傀儡は、二千万の北京市民に銃口を向け「恭順しなければ蹂躙する」と脅したのだ。

 腐敗と汚職にまみれた上海閥は、千載一遇のチャンスとばかりに党中枢を潰して保身を図るつもりだったに違いない。


 だから当時の北京軍区の政治委員だったイェン上将が下した決断は、今でも間違っていないと信じている。

 確かに大きな犠牲を払ったことは事実だが、あの一発で上海軍の北上は食い止められたのだ。

 その後国土が荒れ果てたのは、すべて裏切り者の傀儡のせいだ。

 自軍10万を一気に失った直後、あろうことか多国籍軍と称する外国軍多数を祖国に自ら招き入れ、それらの手を借りて我ら北京派の同胞を潰そうと企んできたのである。

 だから誇り高き人民たちはあちこちで決起し、侵略してきた外敵と南の裏切り者どもに、自らの命を賭して武装闘争テロを繰り返したのである。

 我々統一人民軍が、世間から通称「華龍ファロン」と呼ばれているのは、我々こそが「中華」を復興する「龍」であると、誰もが認めているからなのだ。


 そして、「辟邪ビーシェ」だ――。


 我々はこの存在を「不幸にして核の業火に焼かれた無垢の人民たちが生まれ変わり、苦難を乗り越えて再び天下王道を歩む者たちを照らす篝火となるべき者たちである」、と喧伝しているのだ。

 日本軍に先を越されては、すべての話が破綻してしまう。



「張将軍、こういう時こそ冷静になるのです」


 李軍リージュンはこう見えても科学院出身の元技術官僚テクノクラートである。

 華龍ファロンが次第に人民の間で影響力を持ち始めた約20年前からずっと、その科学部門トップに君臨する妖怪のような存在だ。

 その李軍が、若き将軍を諭すように話を続ける。


「兵は道なり、と昔から言いましてな……」


 そんなことは百も承知だ。私が首都の衛戍ウェイシュ師団で参謀を務めていたのを忘れたのか。秀英は我慢強く李の言葉を待つ。


「まずは間諜スパイを放ちましょう。……それもとっておきの」

「そんなことが出来るのでしょうか……敵の辟邪ビーシェ部隊は恐らく厳重な防諜カウンター体制インテリジェンスを敷いているでしょう。細胞シーバオの兵が一人残らず皆殺しにされていたのがその証拠です」


 李軍は、若き将軍に尊大な眼差しを向ける。


「張将軍、辟邪ビーシェにはね……恐らくまだ鬼子も知らない、ある重大な習性があるのですよ。今回は、私に任せてもらえませんか」



(次回第14話「ヒトならざる者」は 12/6 昼12:05の更新です)

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