水族館デート

 突然のできごとに、西野も固まっていた。ただ、その口元が次第に緩み、笑いに変わった。


「あはは。ホントに松丸さんって、面白いですよね」


 良かった。西野はチアキ先輩の冗談だと受け取ったようだった。このまま笑いにしてしまえば、リカバリーできる。

 しかし、チアキ先輩は、それを許さなかった。


「いや、冗談じゃねぇ。俺は本気だ」

「たって、松丸さん、私のことを何も知らないですよね。私も松丸さんのことをよく知らないですから」

「それでも、構わねえ」


 チアキ先輩は、一歩も譲る気はないようだ。

 しかし、西野の気が強いのも、よく知っている。こうなったら、譲らないだろう。


 ピンと張りつめた空気が流れた。俺とみゆきは、ただ黙って見守るしかできない。

 その時、不意に西野が笑った。


「わかりました。付き合いましょう。あとで後悔しても知りませんからね」

「よっしゃあ。やったぜ」


 水族館の前で野獣の雄叫びが響いた。


 水族館に入る前に目的を達成してしまったので、その後はただのデートになった。俺としては、その方がありがたい。みゆきと水族館をゆっくりと見て回った。


「こいつ、可愛くない?」

「そうですね。あ、出てきた」

「また引っ込んじゃうよ」

「ユラユラしてて癒されますね」


 2人で、チンアナゴの前で盛り上がっていた。

 チアキ先輩と西野は、もう腕なんか組んで、すっかりいい雰囲気だ。ずいぶん、差をつけられた気分がする。


 そのあとは、ペンギンの可愛さにめろめろになり、イルカの賢さに感心して、クラゲの水槽に癒された。


 お昼は、水族館のレストランに入った。いつもなら、高いだけだからと敬遠するけど、デートの時は特別だ。

 4人でテーブルに着いて、ランチを堪能した。


「あのよ、来月の大きな格闘技イベントから、オファーが来たんだよ。予定してた選手がケガをしたんで、その代役なんだけどな」

「そうなんですか?すごいじゃないですか」

「前の試合の勝ちが評価されたんだとさ」

「相手は、どんな選手なんですか?」

「ブラジル人らしいんだけど、よく知らねぇ」

「しっかり調べて、対策を立てないとダメですよ」


 そうは言っても、今日みたいに暴走するんだから、作戦を考えるだけ無駄なのかもしれない。それでも、心配なので考えずにはいられない。


 その間、女性陣は2人で盛り上がっていた。仲良くなれるか心配していたみゆきも、西野とすっかり打ち解けたようだ。

 見ていると、LINEも交換したみたいだった。


 計画通りじゃなかったけど、水族館デートを企画して良かったと思う。4人の仲が確実に縮まった気がする。


 レストランを出たあと、チアキ先輩がもう一周すると言い出した。もちろん、言い出したら聞かない。

 この時だけは、水族館に来たことを少し後悔した。

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