4月の風

 3月。何の感動もなく、大学の卒業式が終わった。予想通り、式の終了と同時に、頭の中に決済の音が響いた。俺の余命は、また少し短くなった。そのことについては、もう何の後悔もない。これからは先のことだけを考えて生きていこうと思った。


 そして4月。新生活がはじまり、街もにわかに落ち着きをなくす季節。そんな中、俺とみゆきは何の進展もなく、それでいながら十分に幸せを感じられる間柄でいた。


 タイミングを逃すと、なかなか難しいもので、告白をするどころか、まだ連絡先さえ聞いていない。

 相変わらず、『Blue Note』に通って、会話を楽しみ、手作り弁当をもらう関係。周りから見れば、立派な恋人同士だろう。


 チアキ先輩から言われたサプライズ告白を考えれば考えるほど、告白するハードルが上がっていく。


 ネットで調べてみたが、あんなマネは、俺には絶対にできない。みゆきも喜ばない気がする。

 最近では、女性はみんなサプライズが好きというチアキ先輩の説が間違ってるんじゃないかとさえ思いはじめている。


 チアキ先輩とのバイトは、順調そのもので、今のところ大きな失敗はしていない。もしかしたら、俺の気づかないところで、チアキ先輩がフォローしてくれてるのかもしれない。でも、それを恩着せがましく言うような人ではない。


 ただ、最近では、担当している会社にも新入社員が入ったようで、ゴミの分別などが以前よりいい加減になっている。だから、今まで以上に、気をつけて仕事をしなければいけない。


 この前も、パソコンの電源が入ったままになっていた。消してあげたかったけど、トラブルになると困るので、そのままにしておいた。


 時々、自分ももしかしたら、どこかで新入社員として働いていたかもしれないと考えることもある。

 同期と一緒に研修を受け、競い合うように仕事を覚える日々。そして、夜は居酒屋で愚痴を交えながら会社の未来について語り合う。


 実際、自分と同じ歳の連中は、そうした環境に身を置いている。いまいちピンと来ないけど、随分、差をつけられた気がする。


 来年こそはと気合いを込めても、具体的に何をどうしたら、理想とする企業に就職できるのか想像できなかった。

 取り敢えず、就職活動に手遅れないように、希望する企業をリストアップしておいた。


 そして、俺は今日もバイトの前に『Blue Note』に立ち寄っていた。


「修くん、今日のお弁当です」

「あ、いつもありがとう。ホントに助かってるよ」

「エヘヘ、修くんが頑張っているので、応援してあげたいのです」


 今日も他にお客さんがいないので、みゆきは向かいの席に座っている。ここ数日は、ずっとこんな感じで話してる。


「今度、バイト代が出たら、何かお礼をするよ」

「エェッ!本当ですか?」

「うん。そんなに高い物は無理だけど、何でも言ってよ」

「じゃあ、考えておきます。嬉しいなぁ」


 にこにこと微笑むみゆきは、本当に幸せそうだ。俺の一言で、こんなに喜んでもらえるなら、どんな願いでも叶えてあげなきゃと思う。


「じゃあ、そろそろバイトに行ってくるね」

「はぁい。いってらっしゃい、修くん。頑張ってくださいね」

「ありがとう、みゆき」


 みゆきの手作り弁当を大切に抱えて、バイト先へ向かった。

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