決意

 『キャリア』のメニューを開くと、そこには、探していた『留年取消』や『大学卒業』といった選択肢があった。

 ホントに俺の望む物が、細かく書いてあるので、気味が悪い。


「なぁ、この『留年取消』と『大学卒業』は、どう違うんだ?」


「はぁい、そちらでございますねぇ。『留年取消』は、ずばり、確定した並木様の留年を取り消すことが可能になりまーすぅ。ただし、大学卒業はお約束できませーん。そこは、並木様の努力次第ということになりまーすぅ」


 説明をしはじめると、人差し指が立つのは、鈴木のクセのようだ。死神にも、クセがあるんだと思うと、何だか面白い。


 鈴木の説明は、いつもわかりやすく、俺の心に響いてくる。もしヤツが人間だったら、超一流の営業マンになっただろう。


「もう一つの、『大学卒業』の方は、その名の通り、大学卒業を保証しまーすぅ。ただし、『留年取消』とセットでご利用いただかなければ、留年は確定しておりますので、大学卒業は来年以降ということになりまーすぅ」


 俺が望んでいる、留年が取り消されて、今年度中に大学を卒業するためには、両方とも選ぶ必要があるという訳だ。

 この2つを選ぶと、一体、どれだけの余命が奪われるのだろう。そう考えると、決意が揺らぎそうになる。


「なぁ、これを利用するには、どうしたら良いんだ?」


 一応、利用方法を確認してみる。まだ、利用するかどうかは、決めかねているが、一応、確認しておきたかったのだ。


「はぁい。そちらは、ご希望の物をタップしていただければ、選択状態となりまーすぅ。その状態で、画面の下にある『確定』ボタンを押していただければ、ご利用が決定ということになりまーすぅ」


 なるほど、使い勝手は実にシンプルだ。悪くない。


 目を閉じて、大きく深呼吸をした。もう一度、頭の中で考えてみる。

 俺は、留年が決まったこととバイトをクビになった怒りで、暴走しているだけではないか?余命なんか使わずに、来年、卒業すればいいのではないか?


 不意に、田舎の両親の顔が浮かんできた。折角、産んでくれたのに、こんな風に命を無駄遣いしていいのか?


 何でこんな時に両親の顔が浮かぶんだろう?両親とは、東京の大学に進学する時に反対をされて以来、険悪なままだ。家出同然で飛び出して来た俺は、夏休みにも正月にも帰省していない。


 両親からも、俺に電話をかけてくることはない。定期的に振り込まれる学費を見て、両親が元気なのを知るといった関係だ。


 我ながら、親不孝者だと思う。東京への憧れが捨てきれず、退屈な田舎を飛び出した。でも、東京の街は、田舎者の俺には冷たくて、クソみたいな日々を過ごしている。

 退屈だったけど、優しかった田舎が恋しく思うこともある。だけど、俺の高すぎるプライドが、田舎に帰るという選択を許さなかった。


 そう、プライドだ。留年を決めた教授も、俺をクビにした店長も、見返してやりたい。そのためなら、悪魔とだって取引すると決めたじゃないか。


 俺は、意を決して、目を開いた。もう迷いはない。

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