スピリッツトレーダー
のび太くん。
これが子供の頃の俺のあだ名だ。漫画の中ののび太はしずかちゃんと結婚できるという未来があるからいいけど、リアルのび太の俺はジャイ子みたいな子にも相手にされないようなガキだった。
そんな何のとりえもない俺も一応高校に受かりダメ学生へと成長していた。新学期が始まって一週間は、なんとかダメっぷりを曝けださずにいられたけど、だんだん周りの連中にバレはじめ、そして一学期も終わりを迎えようという頃になれば、完璧に俺のポジションは確定していた。今のアダナは「出川」だ。本名が田川だということと芸人の出川をかけているらしい。
実際の出川は飯を食えるレベルにまでキャラといじられ芸を極めた素晴らしい芸人なんだけど、俺は芸としてじゃなく素でからかわれたり、いじられたりであって、ちっとも美味しいポジションではない。
コミック雑誌とかの片隅によくあるインチキくさい開運グッズあるよね。札束を扇子がわりにして、ねーちゃんをはべらせてたりするようなわけのわからん写真付きの広告。あの手のグッズを買ったりしたけど、まったく効き目はなく、って当たり前だけどね。とりあえず、こんなグッズに頼りたくなるくらいに、そして、実際に買うくらいにバカでダメな男が俺ってわけ。
俺だって、状況を打破したいと思っている。今、暗い部屋でローソクを灯し、魔法陣の前でラテン語の呪文を唱えているのも現状打破のためだ。魔神を呼び出して、願いごとを叶えてもらうのだ。願い事は、可愛い彼女、金、顔を良くしてもらう、こんなところかな?
でも、はじめてから一時間くらい経過しても何事もおこらず、さすがにバカバカしくなった俺は呪文を唱えるのを中断してローソクを消し、ベッドに横たわった。
「魔神なんているわけないよな」
「その通りです田川様」
えっ? 声のする方向は魔法陣があったところ。暗闇の向こうに、何かの気配があった。
「魔神などという前近代的な職業は、今では存在しません」
「だ、誰? ……どなたですか」
「会員登録ありがとうございます。私はスピリッツトレーダーの吉田です」
時間の経過で恐怖慣れしたことと、相手が低姿勢なのに勇気を得て、ベッドから起き上がって電灯を点けた。
そこには魔神がいた。
「魔神じゃん」
流暢な日本語、吉田姓、スーツ、営業スマイル。この組み合わせは魔神にはどう考えても似合わない。
「いや、魔神じゃなくてですね。スピリッツトレーダーと呼んでください」
「何それ?」
「たとえばですね。田川様が何か願い事をしたとします。すると私どもは、その願い事に適合した状況にいる他の会員様を検索します。その会員様の願い事が田川様のおかれている状況と適合していれば、私、スピリッツトレーダーが田川様とその会員様の魂を交換させていただくというサービス内容でございます」
…………なんだとっ!
…………。
「ごめん、意味わかんないよ。要するにどういうこと?」
「ええと、ですね。たとえば、会員Aさんはハンサムだけど貧乏。会員Bさんは金持ちだけど容姿に不満がある。会員Aさんが金持ちになりたいと願いごとをする。会員Bさんはハンサムになりたいと願い事をする。検索条件にそれぞれが適合します。そこで、私がこの二人の魂を入れ替えるお手伝いをさしあげると、まあ、こういうわけです」
…………。
「意味がわからん。説明下手すぎ。つまり願い事を叶えてくれるってことだよね?」
「……そういうことですね。条件が適合すればですが」
魔神はハンカチで汗を拭った。
「じゃあ、可愛い彼女がほしいな。それと、もっと男前になりたい。体型は逆三角形になりたい。あ、金、とりあえず十億円ほどほしいな」
「あ、いや、あのですね田川様」
一瞬困り顔になったように見えた魔神は、すぐに営業スマイルを取り戻した。
「失礼ながら田川様の株価に見合った願い事じゃないと厳しいかと思われますよ」
「俺の株価って何だよ。意味わかんないよ。願い事叶えてよ」
「……一応検索してみますね」
吉田と名乗る魔神はポケットから端末を取り出しチマチマと小さなキーを叩きはじめた。
「魔神がこんな機械使うなんて不思議な光景だよな」
「田川様、スピリッツトレーダーでございます」
しばらくして、魔神は俺に端末の画面を見せた。
「可愛い彼女を持ち、逆三角形の体型、男前、十億円以上の資産家という条件を満たす会員様の中で、田川様と入れ替わってもいいという方はゼロです」
「あっ……。そういうことか」
さすがの俺も、仕組みを理解しはじめてきた。つまり、願い事を叶えようと思ったら、自分自身にそれに見合ったセールスポイントがなきゃ難しいということ。
「じゃあ、ちょっと願い事控えめにするよ。可愛い彼女がほしい。これでどう?」
「検索します。少々お待ちください」
待っている間、俺は不安になってきた。これもゼロ件じゃないだろうか。俺みたいになりたいというヤツがいるわけがない。何かを成し遂げた過去もなく、何かを成し遂げる未来の展望もない。なにもない男なんだから。俺でさえ、俺以外になりたいのに。
「一件見つかりました」
画面には、シワくちゃのお爺ちゃんが映っていた。
「しかも資産家です。愛人もたくさんいますね。しかし、どうやら死期が近いようです。若くなれるなら何でもいいという心境のようですね。この会員様と魂を交換しますか?」
「まさか」
「違う願い事になさいますか」
「……今回はもうやめておくよ。一年後、いや五年後また利用することにする。それまでに自分を磨いて、セールスポイントができるかどうかが勝負だね」
「そうですか、またのご利用をお待ちしております」
魔神は、また端末をチマチマ操作しはじめ、俺に一瞬明るい笑みを見せた。
「おお、田川様の株価が上がってきたようですよ」
また意味のわからないことを言った魔神は、営業スマイルに戻り一礼すると溶けるように消えていった。
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