神様カクテル

 その店がどこにあるのかと訊かれても、教えることはできない。

 秘密にしているという意味ではなく、本当に教えることが不可能なのだ。どうやら、その店は定位置に存在していないらしく、店が都内にあるとさえ断言できない。たいていは、はちみつ色の満月の夜、ほろ酔い加減で次の店を探してるときにみつける。しかし、出張先で道に迷ったときに偶然みつけたこともあった。系列店が複数あるということではなく、同じ店が様々な場所に出没するようなのだ。店の外見や内装、カウンターの汚れ加減だけじゃなく、バーテンも同じ人物なのだから。

 そして、偶然だか幸運だかわからないが、店に辿り着いた客だけが味わうことができるのだ。神様のカクテルを。



「お客さん、新しいメニューを試してみませんか。《喝采と孤独》というカクテルです」

「いいね」

 彼ほどバーテンらしくない風貌の男はいないだろう。白衣を纏えばマッドサイエンティストとして通用しそうだし、黒衣を着れば魔法使いになりそうな怪しげな雰囲気の男だ。

 いつだったか教えてくれた話によると、彼は本当は錬金術師らしい。錬金術師などという怪しい肩書きで商売するわけにもいかないからバーテンを名乗っているという。たしかに錬金術師が怪しげな薬品を調合するのも、バーテンがカクテルを作るのも似たようなものだと言えなくもない。

「幸運の女神と芸能の神をベースに福の神、美の神、隠し味に遅効性エコロジーの神をブレンドしてみました。幸運、芸能の才能、金、美、すべては儚いものですからね。一瞬の恍惚をお楽しみください」

 神の及ぼす力の液体化に成功した錬金術師は彼だけだそうだ。錬金術業界のことなど調べようがないので真偽のほどは定かではないが。

 私は、虹色の液体が揺れるグラスに口を付ける。

 まばゆいスポットライトを浴びたスーパースターの恍惚感が体内を駆け巡る。続いて最高の贅沢に伴う高揚が私を酔わせる。しかし、その感覚は儚く消え去り、やがて挫折感が押し寄せてきた。落ち目になったスターの悲哀に私は涙した。

「いかがでしたか」

「最後の苦みが良かったよ。でも一般受けはしないだろうね」

「一般受けは考えてません。あなたのような通に好まれる作品を作りたいのです」

 通と言われて単純に気を良くした私は、にやけそうになる顔をひきしめ、いつものヤツを頼んだ。

「《追憶》ですね」

 夕焼け色のカクテルがカウンターの上に差し出された。熟成された愛の神のまろやかな甘み、学問の神、隠し味のスローライフの神の苦みが、心地よく私を少年時代へといざなう。

「いつもながら最高だよ」

「ありがとうございます」

「ところで、神様ドリンクは単体では飲めないのかな」

 私の素朴な疑問に彼は肩をすくめた。

「それは危険です。たとえば、美の神単体を過剰摂取したら、病的なナルシストになってしまいます。福の神単体だと金の亡者になる危険があります」

「一歩間違えると危なっかしいもん飲んでるわけか。でもエコロジーの神とか、スローライフの神だったら単体でも安全な気がするな」

「エコロジーの神、スローライフの神っていうのは、本当はこれなんですよ」

 バーテンがカウンターの上に置いた瓶には《貧乏神》と標示されていた。

「貧乏神じゃ通りが悪いからスローライフの神、エコロジーの神ってわけか。物は言い様だな」

 バーテンの言葉の錬金術に騙されるのも悪くない。私は《追憶》をもう一杯頼んだ

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