11.空の庭(1)
「ずるいですよジロウさん! 私だけおいて先にオフ会するなんて!!」
俺の上で叫んでいるのは上新井、本名を杏子・メイチョン。
この世界での名はカメレオンのかめちょんだ。
俺達は昨日の飲み会を終えて土曜日、昼下がりの中スカイフロントウェアにいた。
「……いや、まさかタカちゃんの店だとは思ってなかったからよ」
現実世界でも散々言及されたがかめちょんは未だに俺達がオフ会をしていたことを根に持っている様子だ。
最初は承諾してくれてたんだけどな……。
「あんまり怒ったらジロウが可愛そうだよ、お姉ちゃん?」
俺の隣の少女イデアは制止に入ってくれる。
以前よりも周りの状況を理解し落ち着いた反応を示す彼女は今やかめちょんより頼りになる気がする。
「そうですぜかめちょんの姉御! 少しは羽を休めて話してくださいな、鳥だけに!」
なんか羽休めのニュアンスが違う気がするが冗談のつもりでいっているであろうこの鳥は大鷲のタカちゃん。
口調から察するに今日は妹の方だろう。
タカちゃんの中の人は二人いる。
それが高島兄妹だ。
俺と松下が昨日訪れた店「バードフェイス」の若き店長兼料理長が兄の
彼は中学校を卒業後、料理の修行のために一人でヨーロッパに渡航しそこそこいいホテルの料理人をしていたらしい。
その時にチキンジョッキーの中の人と出会い今でも交流があったようだ。
だからこそ二つ目の試練について多くの情報を持っていたわけだ。
そんな彼は親が元々居酒屋の店主であり跡継ぎとして日本に帰国し今では店を仕切っているらしい。
そして今俺達の目の前にいるのは妹の
要するに親父さんがバツイチで孝人さんの中学時代に再婚した人との子なのだ。
孝人さんがヨーロッパに一人で修行に行った経緯はその辺にあるらしいが酒がまわってたからか断片的にしか覚えてない。
そういった背景があるものの二人は仲の良い兄妹でこのゲーム「ワイルド・シミュレータ」を二人共同のアカウントで遊んでいる。
俺達が遊ぶ時間は概ね仕事を終えた兄の方だがこういった休日は妹の方なのだ。
妹の高島南は女子高生で将来は兄と同じく料理人を目指しており進路はそちらの方面の短期大学を目指しているようで親から遺伝したハスキーボイスは女性らしからぬ印象で明るく気さくな孝人さんの面影をちらつかせる。
それでいて不思議なギャグセンスを持っており掛詞、要するにダジャレやらそういった言葉遊びが好きなのだ。
以上が俺が昨日の飲み会で話し半分に聞いた彼らの情報だ。
俺の正体を知って大人しくなった松下と対照的に俺達と話すことを心待ちにしていた彼らはとてもよくしゃべっていた。
……しかしネットゲームの知り合いが意外と身近なところにいるなんてあるもんなんだな。
高島兄妹が今回オフ会に積極的だったのは運が良ければ自分達の店に招待しようとしてのことだったらしい。
それが本当に運よく俺達の居住区域の近くだったのだ。
確かにゲーム内で頻繁に顔を会わせるから生活時間が同じなんだろうとは思っていたがこうなるとは思ってもみなかったのだ。
この調子だとゴリラのストロンガーも近くにいたりしてな。
ところで時間通りに集合した俺達に遅れて合流するものがいる。
ギガンテウスオオツノジカのナチュラル、要は松下だ。
「お、遅れてすみません先輩!!」
今までと一変してその大きな体が小さく見える。
彼女は昨日俺の正体を知ったあとただでさえ赤い顔を更に赤面して顔を隠しながら俺の前で今までごめんなさいと連呼していた。
俺自体は別に謝られる覚えはない、寧ろ一時正体を知った上で隠していた罪悪感があるのだが高島兄妹の饒舌な話と同じくらい彼女は静かに同じ言葉を連呼していた。
帰りに家まで送る際は俺が話しかけても終始無言で家につくなり謝罪と共に家に駆け出して行った。
なんだか俺の方が申し訳なくなったくらいだ。
「いいんだよ今まで通りジロウで、ゲームなんだから会社の事は忘れろ」
俺はナチュラルにそう答える。
まぁそうは言っても意識せざるおえないのだろう。
実際俺もそうだった。
「で、でも先輩……」
おどおどと話すナチュラルはいつもの角の悪魔でも職場での期待の新人でもなくか弱い小動物のようだった。
……昨日は結局あんまり話せなかったし今日はイデアと遊ぶついでにナチュラルとしっかり話をしてやらないとな。
「とりあえず今日は観光だ! いくぞナチュラル!」
「……は、はい先輩!」
「冒険だー!!」
「鳥だけにってか、ジロウの旦那!」
「ちゃんと私もいれてオフ会するの忘れないでくださいよ!!」
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